米国農務省(USDA)は2021年10月4日、食肉・食鳥処理加工分野の競争力を強化し、サプライチェーンのボトルネックとなっている当該分野の寡占化の改善を目的に、中小規模の食肉・食鳥処理加工施設への融資保証による支援のために米国救済計画法を財源として1億米ドル(113億円:1米ドル=113円
(注1))を拠出することを発表した。
本支援はバイデン政権が掲げる政策「Build Back Better(より良い再建を)」を受けて、USDAが打ち出した「Build Back Better Initiative」(より良い再建を構想)による各種支援の一つである。
(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の9月末TTS相場。
食肉処理加工能力向上に係る融資保証支援
(1) 支援内容
USDAは、21年7月9日に公表した食肉・食鳥処理加工施設の新規設立への支援に加え、食肉・食鳥処理加工施設の整備・運営を支援すべく、運転資金、施設や設備の整備費用、その他の投資に利用できる地方金融機関および民間金融機関による融資を受けられるよう融資保証を実施する。これにより、食品の集約、処理・加工、流通等を担う企業の新規参入や規模拡大を推進し、サプライチェーンのボトルネックの解消、回復力の強化を図る。USDAは近日中にも本支援の具体的な要件を発表することとしており、10月14日には地方金融機関をはじめとした融資機関を対象にウェビナーを実施するなど準備を進めている。
(2) 業界の反応
USDAによる本支援の発表を受け、全米肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)はプレスリリースを発出し、本支援が牛肉処理加工能力の向上に資するもので、弾力性のある食肉産業の構築に寄与するものであると評価した。
NCBAのレイン副会長は、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって、サプライチェーンにおける多くの
脆弱性が浮き彫りとなったが、特に食肉処理加工においては、肉牛生産者にとっては収益低下、消費者にとっては牛肉価格の高騰が生じてしまった。USDAによる本支援は食肉市場の安定化のための新たな一歩である」と支持を表明した。
「より良い再建を構想」の枠組み
バイデン政権が掲げる政策「Build Back Better(よりよい再建を)」は、(1)コロナ禍からの救済(Rescue Plan)、(2)大規模インフラ投資・雇用拡大計画(Jobs Plan)、(3)教育強化等による家計支援(Families Plan)、(4)税制改正による財源確保を柱としている。このうち、(1)コロナ禍からの救済(Rescue Plan)については、21年3月に米国救済計画法が成立したが、その他のインフラ投資計画や家計支援などについては、21年10月18日時点で議会での議論が続いている。
一方で、USDAは、バイデン政権の政策に沿った施策として、「より良い再建を構想」を打ち出し、これまでに米国救済計画法や21年統合歳出法を財源に各種支援、体制強化に取り組んでいる。
<「より良い再建を構想」とは>
「より良い再建を構想」はCOVID-19の感染拡大等によるサプライチェーンの混乱から得た教訓を踏まえ、新たな市場機会の創出、地域社会への支援、高賃金での雇用への支援、気候変動への対応を目的として、USDAが米国食料システムの中核となる部分を支援する取り組みである。緊急食料支援プログラム(後述)の拡充と、生産、処理・加工、流通、市場・消費といったサプライチェーンの各段階の課題に対する支援から成るものである。また、21年6月には、ヴィルサック農務長官が「サプライチェーン混乱タスクフォース」の共同議長に就任し、短期的な食料サプライチェーンの課題解決に取り組んでいることからも、USDAの取り組みの重要性は増しており、畜産業界も注視している。また、USDAは「より良い再建を構想」の取り組みとして合計50億米ドル(5650億円)の支援の枠組みとして公表しており、同年9月23日、24日に米国ニューヨークで開催された国連食料システムサミットの場でも紹介している。
(1) サプライチェーンの各段階の課題に対する支援 【40億米ドル(4520億円)以上】
フードシステムの強化、新たな市場機会の創出、気候変動への対応、取り残された地域社会への支援、サプライチェーン全体の高賃金雇用への支援を目的として、21年6月8日に公表された支援である。米国救済計画法および21年統合歳出法等から40億米ドル(4520億円)以上を拠出し、サプライチェーンの段階ごとに支援方針を打ち出し、これに沿って支援策を措置することとされている(図1)。
特に、食肉処理・加工施設等において、一部の畜産農家等や小規模加工業者が適切な市場機会を与えられていないこと、畜産農家等に正当な収益がもたらされていないことを踏まえ、中小規模の食肉処理・加工施設の不足を解消し、それを支えるために必要な地域の食料システムインフラの整備に取り組む。
(@) 食肉処理加工能力向上支援【うち5億米ドル(565億円)以上】
補助金交付、融資保証、技術支援によって、新たに設立される食肉・食鳥処理加工施設の整備・運営を支援する。食肉・食鳥処理加工分野の競争力を強化し、サプライチェーンのボトルネックとなっている当該分野の寡占化を改善することを目的として、21年7月9日に公表された
(注2)。
(注2)詳細は、「【海外情報】食肉・食鳥処理の新規参入促進に向けて5億米ドルの支援を発表(米国)(令和3年7月21日発)」を参照。
(A) 食肉処理加工能力向上に係る融資保証【うち1億米ドル(113億円)】
前出の「食肉処理加工能力向上に係る融資保証支援」の通り。上記(@)食肉処理加工能力向上支援による融資保証に加え、既存施設の規模拡大にまで対象を広げ、運転資金、施設や設備の整備費用、その他の投資に係る融資保証を実施する。
(B) 小規模・零細食肉・食鳥処理施設の体制強化【うち1億5520万米ドル(175億円)】
a) 小規模・零細施設における食肉加工能力の強化【うち5520万米ドル(62億円)】
「食肉・食鳥検査準備助成(MPIRG:Meat and Poultry Inspection Readiness Grant)プログラム」を通じて、小規模施設における確実な検査・食品安全基準順守の体制の維持・強化を支援する。食肉・食鳥の処理・加工能力と効率の向上を図るため、21年6月21日に公表された。
b) COVID-19に影響を受けた小規模・零細施設への緊急支援【うち1億米ドル(113億円)】
COVID-19による影響により大規模施設に出荷できなかった家畜を受け入れた小規模・零細施設に対して、処理・加工等に係る検査費用等のコスト増加分を支援する。COVID-19により増加した小規模施設の支出負担を軽減するために、21年7月9日に公表された
(注3)。
(注3)詳細は、「【海外情報】米国農務省、食肉および食鳥処理施設の能力向上に5520万米ドルを投入(米国)(令和3年7月14日発)」および「【海外情報】食肉・食鳥処理の新規参入促進に向けて5億米ドルの支援を発表(米国)(令和3年7月21日発)」を参照。
(C) COVID-19の影響を受けた農場従業員および食肉・食鳥処理加工施設従業員等の救済支援【うち7億米ドル(791億円)】
農場従業員、食肉・食鳥処理加工施設従業員の防護服購入費用、扶養家族ケア費用、検査費用などのCOVID-19対策費用を支援する。また、本予算のうち2000万ドル(22億6000万円)を活用し、食料小売店従業員における同対策費用の重要性および必要性等を把握するためにパイロット事業として同様の支援を実施する。COVID-19からこれら従業員の健康と安全を確保することを目的として、21年9月7日に公表された。
(2) 緊急食料支援プログラム(TEFAP)の拡充【最大10億米ドル(1130億円)】
COVID-19の感染拡大の際に得られた教訓から、緊急食料支援プログラム(TEFAP)による現場体制の強化、食料の購入方法等を改善することを目的として、21年6月4日に公表された支援である。米国救済計画法から5億米ドル(565億円)、21年統合歳出法から5億米ドル(565億円)を拠出し、最大10億米ドルを支援するとしている。支援内容は以下の3点である。
(@) 緊急食料支援【うち5億米ドル(565億円)】
USDAが5億米ドル(565億円)分の米国産食料を購入し、TEFAPを通じて各州のフードバンクに配給する。小規模事業者、女性、マイノリティ、退役軍人を対象とする。なお、本支援により、生鮮食料品の需要も高まると見込まれている。
(A) 地域的、社会的に不利な立場にある農家への支援【うち最大4億米ドル(452億円)】
USDAは州政府やその他の地域団体と協力協定を締結し、フードバンクで配給する食料を地域的あるいは社会的に不利な立場にある生産者からも購入する。なお、この取り組みにより、その後にこれらの生産者が地域の食料システムに参画可能となる関係構築を促進する。
(B) インフラ整備によるフードバンク能力向上支援【うち最大1億米ドル(113億円)】
USDAは、フードバンクなどの地域の食料提供組織がTEFAPの要件を満たした上でインフラを強化し、農村部、遠隔地、低所得者層のコミュニティへの食料提供が可能となるよう、州の緊急食料ネットワークへの参加支援や食料の保管・管理設備の整備を支援する。
<緊急食料支援プログラム(TEFAP:The Emergency Food Assistance Program)とは>
TEFAPは、USDAが高栄養価・高品質の食品を購入し、各州の配給機関に無償で提供することによって、高齢者を含む低所得者の食生活を補うためのプログラムである。各州への配給量は当該州の貧困水準以下の所得に分類される人の数と失業者数によって決まる。各州政府は、地元フードバンク、フードバンクから対象者に直接食料を提供できる地元組織(スープキッチンやフードパントリー等)や低所得世帯への食料提供活動を行う地域組織に食料を配給する。なお、食料の保管・管理費用も補助されている。
【調査情報部 国際調査グループ】