FSSの開催は2019年10月に公表され、その後、準備のためにさまざまな会合が開催された。先ほど述べたように、幅広い参加者から多くのアイデアを募るという点が優先され、政府のみならずNGOや個人からも、食料システムの変革のための画期的な解決策(Game changing solutions)の提出が呼びかけられた。提出されたアイデアは最終的には2000を超え、これを国際NGOが取りまとめ役を担う五つの小グループ(アクショントラック、以下AT)に分かれて一つ一つ議論を重ね、数カ月をかけて練り上げていった。
筆者もこの小グループに参加し、週2〜3回のペースで議論を進めていく中で、畜産分野に対する参加者の関心の高さは驚きの一つであった。以前から畜産の分野では、環境対策は重要項目の一つであるが、このATでは、畜産業と持続可能性を両立に関する議論が最も白熱したと言える。議論の着眼点はさまざまだったが、気候変動関連、すなわち牛などの反すう動物が排出するメタンが地球温暖化に影響するため対応策を講じる必要があること、また一部アマゾンなどで牧畜や飼料作物栽培のために行われている熱帯雨林の伐採を止める必要があること、の2点については多数の参加者から発言があった。また、持続可能な食生活を消費者側としても進めていく必要があるとの観点から、環境に配慮して牛肉消費を抑えるべきであるとの過激な意見も出され、また栄養面からも、またたんぱく源を畜肉に依存することによる健康面から懸念があるといった意見も出された。これに対しては、各国政府からも反論があり、途上国からも食肉は重要なたんぱく源であり、栄養改善の観点からも畜産業の縮小は受け入れられないと、緊張した空気が流れた時間もあった。
他にも、消費面の視点から、肥満や生活習慣病対策として砂糖や油脂などの消費削減が提案された。我が国からも複数の参加者から、こうした特定品目の摂取の是非のみに焦点を当てるのは妥当ではないとして、我が国の和食文化の伝統も踏まえ、各国の伝統的な食文化を重視し、全ての品目をバランスよく摂取することが重要であると主張した。
この他にも、準備プロセスの中では、各国政府に対し、食料システム変革に向け、国内で関係者との対話を行うこと、その上で自国としての戦略を立て、国連に登録することが求められ、個々の企業や個人、団体も、任意で自らの取り組みを「コミットメント」として登録することが推奨された。我が国も、2020年1月以降合計63回にわたり、各関係者と食料システムに関連するさまざまな課題について議論し、そのうち69の企業や自治体などから、温室効果ガスの排出削減、食品ロスの削減、持続可能な調達の推進などについてコミットメントや提言の登録をいただいた。
これを踏まえ、本年5月に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」を軸とした「我が国の目指す食料システムの姿」を国連に登録した(表1)。これは、農林水産業のCO
2ゼロエミッション化、化学農薬・化学肥料の低減、有機農業の取組面積の拡大、持続可能性に配慮した輸入原材料調達などに加え、自由で公正な貿易の重要性などの観点も盛り込んだ幅の広いものとなっている。
9月の本会合に先立って、7月26〜28日には、ローマでプレサミットが開催され、議論の準備状況の総括が行われた。130カ国から500人以上が対面で、183カ国から2万人以上がオンライン参加し、我が国からは野上農林水産大臣(当時)が対面参加、外務省鷲尾外務副大臣(当時)がビデオメッセージで参加した(写真)。野上大臣からは、特に(1)農業イノベーション推進の重要性(2)和食を念頭にバランスの取れた食生活の重要性(3)解決策には万能のものはなく、自然条件その他の異なる各国・各地域でそれぞれ最適解を見つけることの重要性一の3点を強調した。また、鷲尾副大臣からは、
恣意的な輸出規制を防止し、自由で公正な貿易体制を強化すること、農業生産性の向上にはイノベーションとデジタル化が必要であることに加え、本年12月に我が国が主催する東京栄養サミットにおいても、FSSとのシナジーを追求していく旨言及した。