(1)加熱済豚肉製品を取り扱う企業
〜嘉一香食品〜
嘉一香食品は、古くから豚肉関連製品の輸出経験と実績があり、台湾で最も輸出意欲の高い企業の一つといえる。2007年には同社の
屏東工場(写真1)がシンガポール政府の旧農業食品・獣医庁(AVA:食品の安全規制を行う行政機関で19年に食品庁(SFA)に再編)の検査に合格し、台湾でシンガポール向け加熱済豚肉製品輸出が可能な唯一の工場を所有する企業である。11年1月には中国の公的な検査機関である国家品質監督検査検疫総局の検査にも合格し、中国への豚肉加工品の輸出・販売も可能となった。また、同年6月には、日本の農林水産省の検査に合格し、加熱済豚肉製品の日本向け輸出が可能となった。さらに21年4月には、屏東工場に併設されると畜場が行政院農業委員会のHACCP認証を取得し、台湾で初のHACCP認証を取得したと畜場となった。これにより同社は、輸出規模拡大の機会を獲得する上で有利な状況が整った。
同社の
陳国訓董事長(写真2)によれば、現在の台湾の豚飼育頭数からすれば、口蹄疫発生前の輸出量と同水準まで拡大することは不可能であるが、台湾や輸出先の食習慣需要に合わせて、前足、直腸、レバーおよびその周りの食肉、ソーセージ用ケーシングのように台湾で不足する部位を輸入する一方、台湾で供給過剰な部位は輸出するという需給調整は可能であるとしている。例えば、豚皮はフィリピン向けに、内臓類はベトナムに、スペアリブはシンガポールに、ロース肉やヒレ肉は日本市場といったように、部位に応じた輸出先を選択するものである。しかしながら、どの品目でも豚肉関連製品を輸出するためには、まず、双方の検疫または衛生条件に関する交渉が必要であり、交渉が終了して初めて、売買交渉、販売促進、販路拡大が可能となることを念頭に置いておかねばならないとしている。
これらの準備が整ったことで、同社の加熱済豚肉製品などはすでに日本やシンガポールに向けて安定して販売することが可能となっている。日本向けの製品は豚骨スープや雌豚の胎盤が中心であり、シンガポール向けはソーセージ、叉焼(チャーシュー)、東坡肉(トンポーロー:豚の角煮風)などの製品があるほか、シンガポール向け輸出が許可された18社の缶詰製品業者に対する原料肉の供給も行っている。なお、18社のうちの一部の業者は、すでにシンガポール向けの缶詰製品出荷を行っている状況にある。
生鮮豚肉についても、同社は輸出事業を継続しており、20年にマカオに向けて出荷したほか、今後は、アフリカ豚熱の流行が深刻なフィリピンやベトナム、華人の消費需要が見込まれるブルネイやマレーシア、さらには、すでに加熱済豚肉製品の輸出が認められているシンガポールや日本向けもターゲットとする市場としている。同董事長は、「台湾は養豚生産のコストが高いため、冷凍豚肉は価格面で競争力が弱く、欧米やブラジルに対抗することは困難である。しかし、東南アジア向けの冷蔵豚肉や内臓類の出荷では、輸送距離も短く、空輸でも海運でも輸送が可能であることから、新鮮さを重視するこれら東南アジアの消費者向けには優位性があり、この分野こそ台湾の輸出の強みである」と分析する。
例として、ベトナムでは豚の内臓が非常に好まれており、台湾で働くベトナム人労働者は、休日の前には、と畜場に行き、新鮮な内臓や豚の血を購入し、自宅で調理することがある。ベトナム向け輸出では海運を利用しても7日はかからず、冷蔵で鮮度を保つことが可能である。空輸となれば運賃はやや割高となるが、新鮮な豚の腎臓などの製品の輸送には適している。
また、フィリピンでは豚皮が広く消費されており、マニラの街角では小さな屋台で串刺しの揚げた豚皮を売っているのをよく見かける。外国人観光客にとっては珍しい光景であるが、豚皮の揚げ物はビールにもよく合い、フィリピンの消費者にとっては日常的な食べ物である。同社は20年以上前にフィリピン人が豚皮の揚げ物を好んで食べることを知り、豚皮の輸出を行っていた。今後、台湾とフィリピンとの間での検疫手続に関し大きな前進が見られれば、豚皮のフィリピン市場向け輸出も再び日の目を見ることになるかもしれない。実際に、同董事長は、「世界で食用に輸出される豚皮はフィリピンに向かう。フィリピンの豚皮に対する嗜好性と驚くべき消費力がよく分かる」と述べている。
以上のように生鮮豚皮は長年フィリピンに輸出されていたが、生鮮豚肉にも輸出の機会はある(フィリピンでは時々焼肉に用いられている)。フィリピンは現在、アフリカ豚熱の流行が深刻で、豚肉が不足している上、生体豚の価格も1キログラム当たり120台湾ドル(492円)まで跳ね上がっており、豚肉のフィリピン向け輸出にとっては絶好の機会となっている。
さらにシンガポールと日本市場について同董事長は、「加熱済豚肉製品の輸出のみならず、生鮮豚肉についても、台湾政府は輸出相手を招いて工場訪問の機会を設けるなど積極的な取り組みを実施し、台湾が豚熱のワクチン非接種清浄地域認定を受けた場合、正式に輸出を開始できるように準備をすべき」と述べている(写真3、4、5)。また、「生鮮豚肉の輸出は、加熱済豚肉製品の輸出より難易度は高いが、(台湾は)すでに口蹄疫の非感染地域となっており、HACCP認証を取得したと畜工場も有するため、様子を見ているだけで輸出を行えず、進展がないのは惜しい」と悔しさをにじませた。さらに、「台湾は豚の育種、飼育、豚肉加工技術についても優れており、欧米にも劣ることはない。輸出が困難なのは品質が他に及ばないからではない。政府には相手政府側の検疫障壁を突破してもらいたい。それができて初めて企業の努力が可能となり、台湾の優れた豚肉を輸出販売できるようになる」とも述べている。
(2)マカオ向け試験輸出を行う企業
〜栄騰農産〜
2020年6月のOIEによる口蹄疫ワクチン非接種清浄地域の正式認定を受け、栄騰農産は同年7月、同社のブランド豚である「掛川完熟酵母豚」をマカオに向けて試験輸出した。1回目の輸出量はわずかであったが、同社の李敦仁董事長(写真6)はこれを「砕氷」の旅であると考えている。台湾での口蹄疫発生以来、20年ぶりに生鮮豚肉が輸出されたことで、同社のみならず農政機関や台湾豚肉輸出の輝かしい歴史を見てきた食肉業者は、一堂にこの輸出を台湾の生鮮豚肉が国際市場に返り咲く前の第一歩だと感じている。
同社は自社養豚場を所有しておらず、民間の養豚場と契約を結び、指定飼料と飼養方法を指示する形で養豚生産を行っている。豚は230日齢、生体重量125キログラムを超えるまで適切に飼育させた後、家畜取引市場を通さず、直接、外部のと畜場で処理し、と体を自社の加工場に搬入して分割・加工処理を行い、「掛川完熟酵母豚」のブランドで流通させている。この豚肉の特徴は、日本から輸入した酵母菌を用いた発酵で製造した飼料(写真7)を給餌しており、豚肉は独特のうまみを持つとされる。飼料の製造方法は日本で研究開発され、特許の登録をした技術を用いている。酵母菌の導入について美食家である同董事長は、2010年に東京を訪問した際、一番高価とされる掛川酵母豚肉を食してその味に驚嘆したことが、その理由だとしている。
また、具体的な飼育方法については、飼料には人工化合物は用いずに、酵母菌と大豆、トウモロコシを混ぜて自然発酵させた飼料を豚に給餌した上で、飼育密度を低く維持し(一つの飼育スペースで15頭未満)、換気や適度な日照など、豚にとって良好な環境下で飼育している(写真8)。
飼料が酵母菌による発酵を経たものであることから、比較的、生体豚の皮膚が健康的で、血液の循環もよく、精神的にも安定した豚の飼育が可能となっている。生産される豚肉は肉質が細やかで、滑らかな口当たりと新鮮で甘みのある味わいを持つ(写真9)。特に脂肪分布が均等であり、不飽和脂肪酸の含有量が一般の豚肉より高いなど、優れた品質が特長となっている。
同社の豚肉は、台湾の高級飲食店のほか、電子商取引システム、デパートやスーパー、有機食品店などで販売されている。2020年7月から試験輸出が開始されたマカオ向けはすべて空輸であることから運輸コストは高いが、同董事長は、「冷蔵豚肉であって初めて有利な輸出が展開できると考えている。冷蔵豚肉は、距離が近く1時間で輸出可能なマカオで評価されており、品質に優れ、臭みもないため、カジノ内のレストランやその他の五つ星クラスのレストランやミシュランレベルの高級飲食店のシェフからも注目されることになるだろう。マカオ市場での主な競争相手はスペインのイベリコ豚となるが、イベリコ豚は冷凍輸入であるため、台湾は冷蔵豚肉の供給によって競争が可能であり、米国、カナダ、デンマーク、ブラジルといった低価格の豚肉とも競合せずに販売が可能である」と述べている。
今後、マカオ以外への輸出について同董事長は、アフリカ豚熱やCOVID-19によって豚肉供給が不足している市場に進出する構想を持っており、相手国が台湾に来て工場調査を行い、検疫条件の協議を行うことになれば、輸出機会が生まれると考えている。