ア 概要
畜産の「気候変動緩和」として、各個別経営が導入できる技術は、各経営のさまざまな環境や方針を考慮して無理のないものにする必要がある。直接利潤につながらないシステムや施設導入を積極的に考える要素は、「今はない」と考えている。
また、畜産起源の温室効果ガス排出は各畜種経営で大きく異なるため、各経営における排出に効果的な削減策を検討し、導入する必要がある。例えば、肉用牛の飼養管理では、その温室効果ガス排出の3分の1が家畜排せつ物の一酸化二窒素などであり、残りの3分の2がルーメンメタンであるが、図3の乳用牛「従来」の通り、同じウシでも乳用牛では約5割のルーメンメタン以外のふん尿やエネルギー消費からの温室効果ガスがさまざま存在する。
さらに、ここで示した図3の乳用牛経営は北海道の1事例である。さらに大規模な乳用牛経営、飼料や飼養管理方法にこだわった家族経営、また都府県の経営などでは排出温室効果ガスの構成も違うものになっているはずである。
こうしたさまざまな経営環境に合わせた合理的な削減システムについては、今年度中に情報提供する予定としている(具体的には2022年3月を予定)。もちろん、組み合わせる削減技術も多くが実証段階を経て、一部の農家では導入されている。
また、気候変動緩和プロジェクトで取り組んできた下記カテゴリーの開発技術について概要を紹介する。
(1)家畜排せつ物起源の温室効果ガス排出抑制のために、
・一酸化二窒素については「低タンパク質飼料利用による排せつ物管理からの温室効果ガス排出削減」がすべての家畜種で有効 ・炭素繊維リアクターや亜硝酸酸化細菌添加法などの温室効果ガス削減手法
(2)ルーメンメタンの削減のために、
・「低メタン産生牛の育種によるメタン排出削減」
(3)ゼロエミッション(温室効果ガスの排出を総合的にゼロにする)のために、
・「草地の吸収能力を活用した土壌炭素蓄積」(土壌炭素蓄積) ・嫌気性消化(メタン発酵)による化石エネルギー代替効果
(4)削減手法の導入がもたらす「個別農家の温室効果ガス排出削減」検証・認定のために
イ 開発技術の詳細
(1)家畜排せつ物起源の温室効果ガス排出抑制のために
すべての家畜種の排せつ物管理過程で発生がみられる一酸化二窒素については、アミノ酸添加バランス改善飼料(以下「バランス改善飼料」という)の導入が有効である。穀物主体で構成された飼料に単体のアミノ酸を添加して、無駄なたんぱく質の給餌を減らすことにより畜体からの排尿窒素が大きく減少して、排せつ物管理からの一酸化二窒素の排出を削減する。
肥育豚のバランス改善飼料の導入には、農研機構のホームページ(参考資料参照)に導入のための標準手順書も公開している。また、肥育豚とブロイラーのバランス改善飼料は、すでにJ-クレジットの方法論となっており、飼料の導入プロジェクトが登録されることで削減量がクレジットとして扱える状態になっている。
このプロジェクトでは、新たに肉用牛、乳用牛および採卵鶏の残り主要3畜種向けのバランス改善飼料を開発した。肉用牛に関しては、栃木県との共同実証研究を栃木県内肥育経営で削減効果を実証、来春には実証農家から「地球にやさしい肉」が販売開始される予定となっている(図5)。採卵鶏でも茨城県内採卵鶏農家で、搾乳牛では埼玉県畜産試験場における実証試験が行われている。
排せつ物管理のうち、養豚経営で必須の汚水浄化処理から発生する一酸化二窒素の排出抑制には「炭素繊維リアクター」の導入が効果的である。昨今の排水規制強化、特に硝酸性窒素等の暫定基準の改定に伴い、養豚排水に限らず酪農雑排水においてもこれからは浄化処理の導入事例は増えていくものと考えられる。対象の汚水中の汚濁物質の一つである窒素の脱窒過程で発生する一酸化二窒素を削減するシステム(炭素繊維リアクター)がJA岡山畜産の肥育豚舎付帯の浄化処理施設で検証され、近々販売を開始できる状況である。岡山県と農研機構が開発した炭素繊維リアクターは、その導入により、主に脱窒細菌が増殖、養豚汚水浄化処理施設における温室効果ガスの排出を約80%削減できることを農家施設で実証した。本技術を全国の処理施設に導入できれば、二酸化炭素換算で年間60万トンの温室効果ガス排出を削減できると試算される。図6は炭素繊維リアクターの概要である。
家畜排せつ物の大半は堆肥化され、有機性肥料として農業利用されており、昨年5月12日に策定された「みどりの食料システム戦略」の推進には欠かすことのできない資材である。この生産過程で排出される温室効果ガス排出を削減する必要がある。
堆肥化過程起源の温室効果ガス排出削減には、乳用牛の高水分ふん尿混合物からのメタンの削減のための「水分調整堆肥化」と、肥育豚ふんや、肉用牛ふんのような多くの窒素を含有するふん尿混合物からの一酸化二窒素排出抑制のための「亜硝酸酸化細菌添加堆肥」が実証試験中である。実験段階では、共に、温室効果ガス排出を50%以下に削減できる技術であることが確認されており、今後、その導入方法を検討し、普及させていきたいと考えている。
(2)ルーメンメタンの削減のために
このプロジェクトでは、「低メタン産生牛」、つまり、メタン産生量の少ないウシを選び(育種選抜)、その子孫を増やしていけば、将来においてウシ消化管からのメタン産生量を減らせる可能性について国内の乳用牛と肉用牛について確認している。これまでに削減策開発に取り組んできた知見から、飼料が同じであってもメタン産生量は個々のウシで異なる、すなわちメタン排出にはウシの大きな個体差の存在が判明している。このことに着目し、それらの特性が産子に遺伝することが明らかにされていることから、国内でメタンの少ない牛の育種改良の可能性について現在検討を行っている。この削減手法は、生産性の向上(繁殖性の向上や疾病対策なども含む)と同様に、家畜に特別な飼料添加物などを与えることなく生産物当たりのメタン排出量を抑えることが期待できる。これまでに得られた測定データの解析から、育種選抜での削減に十分なメタン排出に関する牛の個体差が存在することが確認され、5〜10年程度で10%近い排出削減も期待されている。
育種選抜には多頭数のメタン測定値が必要になり、現在の標準的な測定システムである開放型呼吸試験チャンバーは、ウシを数日間滞在させる方法で、精密測定では優れているものの多頭数のデータを得るには向いていない。このため、搾乳ロボット(図7)やドアフィーダーにおいて呼気ガスの部分サンプル(スポットサンプル)を採取して、そのガス中のメタン/二酸化炭素比(CH4/CO2比)を基に推定する手法を開発した。ウシが自発的に1日に2〜3回搾乳ロボットを訪問し、搾乳中にウシの口先周辺のガスをポンプで吸引してサンプリングし、携帯型分析計でメタンと二酸化炭素の濃度を分析する。具体的には1週間ほど継続して測定を行い、1日の平均メタン産生量を推定する。この測定方法は日本各地の搾乳ロボットでの適用が可能である。
(3)ゼロエミッション(温室効果ガスの排出を総合的にゼロにする)のために
「草地の吸収能力を活用した土壌炭素蓄積」(土壌炭素蓄積)は、畜産関係では数少ない炭素吸収活動である。飼料生産を行う草地において、化学肥料の代替に堆肥やスラリーなどの家畜排せつ物起源の有機質肥料を活用することで、飼料生産を同じように保ちつつ、温室効果ガスの排出をマイナス(炭素吸収)にすることが可能であることが示された(Mori 2021)。
農研機構畜産研究部門畜産飼料作研究拠点(那須塩原市)の二毛作飼料畑における温室効果ガス収支を紹介する(図8)。このときの温室効果ガス収支(図8の〇印、異符号間で有意差あり)は、化学肥料区よりスラリー、メタン発酵消化液や堆肥区で小さい値(草地当たりの温室効果ガス排出が少ない)となっている。特に、堆肥区では負の値であったことは、堆肥区が正味の温室効果ガス吸収源だったことを意味する。堆肥は飼料畑に有機物を供給して土壌炭素を蓄積するだけでなく、一酸化二窒素の発生量を減らす傾向や、根から土壌への有機物の供給量を増やすことでも、温室効果ガスの削減に寄与したことが3年に及ぶ試験によって確認された。
また、家畜排せつ物、特に乳用牛ふんの嫌気性消化(メタン発酵、バイオガスプラント)はメタン生成と発電により化石エネルギーの代替として注目され、これまでも固定価格買取制度(FIT)などの経済的サポートにより普及が徐々にではあるが北海道を中心に進んできている。このメタン発酵処理の精緻な温室効果ガス軽減効果を、酪農生産系のオフセットに使用可能なクレジットとなるように精緻化しておく必要がある。このため、本プロジェクトではメタン発酵後の消化液の管理から排出される温室効果ガスの「実規模プラントにおける測定システム」の開発を行っている。
(4)削減手法の導入がもたらす「個別農家の温室効果ガス排出削減」検証・認定のために
上記のように削減技術が開発されて国内畜産農家に普及したとしても、この削減策の導入が温室効果ガス削減行為としてクレジット化されたたり、目標である日本国インベントリ(NIR)に反映されて、気候変動に関する国際連合枠組条約事務局(UNFCCC)に認められる必要がある。このための国内手続きは、十分整備されているとは言い難い状況である。われわれは、ここまで紹介してきた削減技術の開発段階で、実際の家畜飼養現場での測定が可能な測定システムも整備してきた。図9は主な家畜排せつ物処理施設からの温室効果ガスを把握するシステムである。これらの測定システムにより、多くの国内排出が畜産現場で測定され、日本国インベントリーが精緻化されてきた。
搾乳ロボット(図7)やドアフィーダーにおいて呼気ガスの部分サンプル(スポットサンプル)の実際の測定方法をマニュアルとして今年3月に紹介する予定である。