ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > ブラジルの牛肉需給動向および今後の展望
ブラジル南部は温帯気候に属し、他の地域と異なりヨーロッパ系の品種も飼育されている。 同国の肉用牛生産は牧草肥育が主体であるが、フィードロットの他、放牧肥育に一部穀物など飼料を給与するセミフィードロット(注)もあり、これらの生産形態は徐々に拡大傾向にある(コラム1―写真1)。
(注)『畜産の情報』2014年12月号「ブラジルの牛肉生産の実態 〜豊富な資源を活用した集約的な飼養形態の進展〜」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2014/dec/wrepo02.htm)を参照されたい。
〇コーペルアリアンサ組合
パラナ州グアラプアバにあるコーペルアリアンサ組合は、アンガス種を主体にフィードロット肥育を行う生産者が中心となって2007年12月に設立され、翌08年9月から活動を開始した。20年現在の組合員数は170戸で、アンガス種の飼育の他、羊の飼育も行っている。同組合の肉用牛取引頭数のうち20年のアンガス種取引頭数の割合は85.2%(2万6873頭)となり、12年の30.4%から2倍以上に高まっている。また、12年にはブラジルアンガス協会に加盟し、認証を受けている。
20年には、アンガス種を中心とした高品質牛肉の生産から加工、販売に至る一貫体制を整備するため、組合として新たに食肉処理施設(1日当たりのと畜処理能力:345頭)を建設し、同年12月から稼働している(コラム1―写真2)。それまで肉用牛のと畜、加工処理は外部に委託していたが、新たな食肉処理施設の稼働を機に、生産された牛肉の販売エリアの許可が州内限定(SIE)から全国および海外(SIF)に拡大された。
〇生産方式
肉用牛生産者は、パラナ州の基準により経営規模に応じて小規模生産者(150〜300頭)、中規模(300〜800頭)、大規模(800頭以上)に分類されている。経営形態は、繁殖(Cria)、育成(Recria)、肥育(Engorda)に分けられ、生産者はいずれか単一の経営形態または組み合わせた経営を行っている(コラム1―写真3)。子牛の導入は生産者により状況が異なるが、自家繁殖、市場、その他相対取引を組み合わせて行っている。
セミフィードロット方式の飼育では、夏期には牧草地(えん麦など)で、冬期は穀物などの飼料を給与する。同組合はもともと穀物を中心とした総合組合の肉用牛部門が独立したものであり、現在でも同総合組合の法人会員であり、配合飼料の供給を受けている。供給される飼料は農家ごとに肉用牛の成長や健康状態などに合わせて配合されている。また、サイレージの大部分は、自家生産した作物を利用し調製しており、これら作物の収穫、サイロへの運搬などは、生産者の経済的負担を考慮し、組合がとりまとめ、外部業者に委託している。
〇独自の枝肉評価
生産された枝肉については、月齢(早熟性)、脂肪付着、認証の有無の項目ごとに独自の評価基準を定め割増金の対象としている(コラム1―表、写真4)。最も高く評価される枝肉は、若齢(+4%)、脂肪付着が十分(+6%)、アンガス種として認証がある場合(+4%)、計14%の割増金が付与される。なお、枝肉については、大き過ぎると作業効率が低下するため、評価されない。組合では生産者がもうかる牛を作ってもらうことを最優先にしており、そのために8人の技術者、獣医が生産者を回って手厚く指導している。
アンガス種の特長は、肉質の良さに加えて、繁殖力の高さ、早熟なことから生産者にとって利益が大きい。ブラジルアンガス協会では、年間40万頭ほどをアンガス牛として認証している。同協会ではコーペルアリアンサ組合に2名の検査官を常駐させ、それぞれ牧場での審査と食肉処理場での個体検査を行い認証の可否を決定している。検査に合格した枝肉には「a」のスタンプが押される。コラム1―写真5の上のスタンプはSIFの認証である。また、製品のパッケージには協会の認証マークが表示される。
ア 発生状況
ブラジルのCOVID-19の感染者は、2020年2月末に初めて確認され、4月以降、感染者数が急速に拡大し、7月ごろに第1波のピークを迎えた。COVID-19の対策として、サンパウロ州では、レストランなどの店舗での対人営業が禁止された。また、21年に入ってからは、デルタ株の感染拡大により3〜6月ごろに第2波を迎えたため、3月には再び店舗での対人営業が禁止された。この間、高止まりする中で2度のピークがあり、6月下旬には1日当たり感染者数が10万5000人を超えた(図14)。しかし、その後はワクチン接種が進み、7月以降、新規感染者数は減少しており、12月中旬には1日当たり5000人を下回った。
イ 肉用牛生産者への影響
COVID-19への懸念が広まった2020年2〜4月のと畜向けの肉用牛取引価格の推移は、図15の通りである。外食産業への影響が懸念されたことなどから、3月半ばに一時的に価格は下落したが、その後は回復している。また、コーヒー生産農家などでは、一時的に労働者の確保難が話題となったが、肉用牛生産者ではこういった状況は見られず、COVID-19の影響は大きくなかったとみられる。
ウ 食肉処理場への影響
ブラジル農牧食糧供給省(MAPA)、経済省(ME)ならびに保健省(MS)は2020年6月19日、共同で食肉処理場や乳製品工場などにおけるCOVID-19の感染を防止・管理・抑制するためのガイドラインを定めた省令を発令した(注1)。この結果、食肉処理場では、これらの対策に伴う掛かり増し経費や生産性の低下により生産コストの増加につながった。
また、ブラジル農牧食糧供給省農牧防疫局動物製品検査部(DIOPA/SDA/MAPA)の月次報告書によると、COVID-19に関連して、労働公安局(MPT)が、食肉処理場に対し従業員の安全のための対策が不十分であるとして地方裁判所に告訴し、その決定により操業停止命令が出されたことで、いくつかの施設では一時的な操業停止の措置が取られた。このほか、別の食肉処理場では、と畜対象となる牛の減少に伴う稼働率の低下により一時的な操業停止を余儀なくされた。
ただし、米国で見られたように処理施設内での大規模感染による工場閉鎖など、生産への大きな影響は見られなかった。これは、ブラジルでは、食肉処理場が全国に分散していることや処理場の規模が比較的小さいことなどが要因として指摘されている。
(注1)海外情報「食肉処理場などにおける新型コロナウイルス感染症に対するガイドラインを定めた省令を公布(ブラジル)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002735.html)を参照されたい。
エ 国内価格、消費の動向
2020年3月には、ブラジルの各州、市でCOVID-19対策としてレストランでの店内飲食の禁止、宅配と持ち帰りのみでの営業といった制限措置が講じられた。牛肉の高級部位の主要な仕向け先であるシュラスカリア、ステーキ店が閉鎖されたため、それらの牛肉は小売店に仕向けられたが、すべての商品をさばききれず値引き販売が行われた。例えば高級肉のフィレミニョン(ひれ肉)は、消費者物価指数(IPCA)で見るとレストランが再開された5月までの間、制限措置実施前に比べて価格は約20%低下した。一方、スーパーマーケットは外食店の営業規制や在宅勤務の増加により売り上げが増加した。
肉用牛取引価格を見ると、レストランの営業停止が始まった20年3月半ばに一時的に大きく落ち込んだ。また、この時期には、食肉メーカーが需要減を見込んで原料の買い控えを行ったり、一部操業を停止したりしている。
2021年9月4日、中西部マットグロッソ州および南東部ミナスジェライス州で、それぞれ1頭の非定型BSEの個体が確認された。このためブラジル政府は、中国との家畜衛生に関する協定に基づき同国向け牛肉輸出を停止した。直近では、19年5月にマットグロッソ州で非定型BSEの個体が確認されたが、牛肉の輸出停止は2週間程度で解除された。当初、今回のケースでも短期間で輸出停止措置が解除されるとみられていたが、牛肉の輸出停止期間は3カ月以上に及び、この間、肉用牛取引価格の下落など国内外の牛肉需給に大きな影響が生じた(図16)。
なお、ブラジルは、BSE発生リスクの低い国として、国際獣疫事務局(OIE)から「無視できるリスク」のステータスを認定されている。
OIEは2021年5月、ブラジルの6地域を口蹄疫ワクチン非接種清浄地域として認定することを決定した(注2)。今回認定されたのは、南部のパラナ州、リオグランデドスル州、北部のアクレ州、ロンドニア州の全域および北部アマゾナス州と中西部のマットグロッソ州の一部である。07年に認定を受けている南部のサンタカタリーナ州と合わせて5州全域および2州の一部となった(図17)。この地域で飼養される家畜は、牛の21%(4700万頭)および豚の51%(2100万頭)に相当する(注3)(表2)。MAPAでは、このOIEの認定は、同国の牛肉・豚肉の新たな市場開拓に向けた取り組みや、すでに参入している市場への輸出拡大などいくつかの可能性を開くものであるとしている。
豚肉業界では、この決定により22年の豚肉輸出が大幅に増加すると試算している。また、牛肉については、将来的に取引価格の上昇などが期待される一方、牛肉は豚肉と異なり生産サイクルが長いことから、輸出量の拡大には時間がかかるとの見方がなされている。
(注2)海外情報「口蹄疫ワクチン非接種清浄地域として6地域を追加(ブラジル)」 (https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002959.html)を参照されたい。
(注3)アマゾナス州およびマットグロッソ州については、今回認定された一部地域の飼養頭数。
(4)温室効果ガス削減対策
ブラジル政府は、温室効果ガス削減対策として、2010年にABC計画(注4)を策定し、20年までの10年間実施してきた。また、21年4月には、これに続く30年までのABC+計画を公表し、同年10月から開始することとした。この計画では、牧草地の回復、作物・家畜・森林の統合(ILPF)とアグロフォレストリー・システム(森林農業、SAF)、不耕起栽培システム、窒素固定、植林、家畜の排せつ物処理といった対策を柱としており、20/21年度には前年度の2倍以上となる50億5000万レアル(1061億円)が予算措置されている。
なお、MAPAでは、世界の人口増加により食料増産が世界的な課題とされていることを踏まえ、将来の肉用牛生産を次の通り試算し、その方向性を示している。
・穀物生産量は20/21年度の2億6213万トンから30/31年度には3億3317万トン(27.1%増)に増加
・森林保護の観点から新たな農地開発は現実的でないため、牧場から農地への転換によらざるを得ない状況
・一方、牛肉生産量は、20/21年度の831万3000トンから30/31年度には972万8000トン(17.0%増)に増加
・肉用牛生産については、単位面積当たり飼養頭数の増加、効率的なフィードロット生産の拡大により対応
(注4)海外情報「2011/12年度農業プランがスタート(ブラジル)―持続可能型農業の推進がポイント―」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_000431.html)を参照されたい。
ブラジルは、国として単独で自由貿易協定(FTA)を締結しておらず、南米6カ国で構成する南米南部共同市場(メルコスール)によるものとしている。独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)によると、メルコスールは、ボリビア(署名済:1997年)、アンデス共同体(CAN、同2005年)、ペルー(同2005年)、イスラエル(同2009年)、パレスチナ(同2011年)とFTA協定を締結している。
また、EUとは2016年6月27日、FTAの締結に政治合意した。しかしながら、EU域内では、ブラジルの環境破壊、特にアマゾンの森林の不法伐採が問題視されており、批准に必要な加盟国議会の承認を得られていない。このほか、メルコスールは、韓国、カナダ、シンガポールなどと交渉を行っている。
ア 中国向け
近年のブラジルの牛肉輸出は、中国向けの依存度を急速に高めてきた。最近の同国向け牛肉輸出量を見ると、2019年後半から急増している(図18)。これは既述の通り、中国における中間富裕層の増加、米ドルに対するレアル安や中国でのアフリカ豚熱発生に伴う代替需要などによるものであり、この状況は21年に入ってからもおおむね継続している。
このような中、中国では20年に入り、COVID-19の拡大により、年初には中国の港湾で貨物が滞留し、一時的に貿易への影響が生じた。また、外出制限などから牛肉需要の中心であった外食向け需要も減少した。加えて、輸入されたブラジル産食肉の包装からウイルスが検出されたとして、ブラジルのいくつかの食肉処理場から中国向け輸出が停止された。
さらに、既述の通り、ブラジルでの非定型BSEの発生で中国向け牛肉輸出が停止された。21年10月以降の中国向け輸出量は前年同月と比べて激減している。この牛肉の輸出停止措置は12月15日、両国間の合意により解除された。
イ 米国向け
米国向け牛肉輸出は、2016年8月に長年に及ぶ輸出停止措置が解除されたが、17年6月に衛生上の問題から再び輸出停止措置が講じられ、その後20年2月に解除され、21年1〜11月の輸出量は6万71トン(前年同期比3.2倍)と急増しており、中国、香港、チリに次ぐ第4位の輸出先となっている(図19)。
ブラジル産牛肉は、米国市場では主にハンバーガーパティなどの加工用として利用され、豪州、ニュージーランドやウルグアイ産牛肉が米国市場での競合相手となる。
なお、米国向け牛肉輸出については、アルゼンチンや、ウルグアイのように個別の低関税枠を有しておらず、「その他の国」に与えられている6万5005トンの低関税枠を利用することとなる。適用される税率は、割当内で1キログラム当たり4.4米セント(5.1円)、割当外で26.4%となる。
ウ 中東など向け
中東など向け牛肉輸出を見ると、サウジアラビア(2020年輸出量:4万トン)、アラブ首長国連邦(同3万9000トン)、イスラエル(同2万4000トン)などが主な輸出先である(図20)。ブラジルは、ハラール認証された食肉処理施設からの輸出が可能なことから、これらの地域への主要な牛肉供給国となっている。ブラジル政府は輸出先の多様化を図る観点から、ハラール市場をはじめ関係各国との交渉を進めている。この結果、19年にはインドネシア、20年にはクウェート向けの牛肉輸出が開始された。また、食肉会社の現地進出も進んでおり、大手食肉会社の一つであるBRF社は、14年にアラブ首長国連邦に食肉処理施設を設立し、鶏肉製品のほか牛肉のハンバーグ製品などを製造している。
エ ロシア向け
ロシア向け牛肉輸出は、2014年に30万9000トンを記録するなど、長期間にわたりブラジル最大の輸出先であった。しかしながら、15年のロシア経済の悪化を契機に輸出量が減少し、また、17年12月に、ブラジル産牛肉からロシアで使用が禁止されているラクトパミンが検出されたとして、大部分の食肉処理場からの輸出が停止された。その結果、20年の同国向け輸出量は5万3000トンとなった(図21)。
その後、21年10月には、18年10月に続き牛肉処理施設の輸出停止措置が一部解除された。さらに、ロシア政府は21年12月、国内でのインフレ抑制対策として、ブラジル産牛肉について22年に20万トンの無税による関税枠を付与すると公表しており、今後、ロシア向け輸出の回復が見込まれている。