(1)生体牛の輸入先と輸入頭数
現在、中国の主な生体牛の輸入先は、豪州、ニュージーランド(NZ)、ウルグアイ、チリの4カ国である。そのほかルーマニアからの輸入が可能となっているが、輸入実績は確認されていない。近年の中国の生体牛の輸入量は増加傾向で推移しており、2017年の11万6600頭から、2020年は26万頭に達している(図6)。2020年の輸入先の内訳を見ると、豪州が14万972頭(前年比12.0%減)と全体の53.0%を占める最大の輸入先となっている。これに、NZが10万619頭(同208.9%増、全体の37.8%)、チリが1万3313頭(同1263%増、同5.0%)、ウルグアイが1万1213頭(同72.9%増、同4.2%)と続く(図7)。
(2)輸入生体牛の種類
中国が輸入している生体牛の多くは、「若齢の繁殖能力を有する雌牛(中国語で「青年能繁母牛」)」であり、主に繁殖を目的に輸入されている若齢の母牛である。繁殖雌牛以外の生体牛輸入について、豪州との協定で「と畜用の生体牛の輸入」も可能となっており、2015年10月に、重慶市政府などの支援を受けて、中国初となる航空便によると畜用の生体牛輸入(黒アンガス種150頭)が行われた。その後、各地で何度か航空便を使用したと畜用生体牛(アンガス種など)の輸入が行われたが、コストと市場価格の関係から、当初想定していた内臓を含めた付加価値について期待通りの結果が得られず、長くは続かなかった。さらに、2018年までは船便による輸入が幾度か実施されたが、この場合、出国前の隔離や検査、船上での飼料負荷(ペレット飼料の給餌)、運送中のストレスなどから牛が消耗してしまうため、採算が合わないという。
また、と畜用生体牛は入国後14日以内にと畜することとされ、入国後は隔離して各種検査が行われることから、入国後の再肥育も困難な状況にある。このため、船便による運送は、航空便に比べてコストは割安ではあるものの、と畜用生体牛の輸入には適していないとされる。そのほか、聞き取り調査では、頭数は非常に少ない(年に数十頭以下)が、種雄牛の生体牛輸入も一部で行われているとのことであった。種雄牛の輸入は、中国の各地の家畜改良センターから中国政府への申請が必要なほか、輸入先の家畜改良部門の許可を取得する必要もあるなど、手続きが複雑であるという。また、種雄牛輸入は、冷凍精液および受精卵の輸入と比較すると非常に割高であり、今後の輸入拡大は見込まれないとのことであった。
輸入される肉用牛の品種を見るとアンガス種が圧倒的に多く(大半が黒アンガス種、残りが赤アンガス種)、次にヘレフォード種、シンメンタール種、シャロレー種(写真4)となっている。そのほかWagyu、ショートホーン種などもわずかではあるが輸入されている。これらの品種は、購入者のニーズに応じたものとなっており、購入者は、自社の経営方針に基づき、発注時に品種を特定しているという。
(3)生体牛輸入のメリット
生体牛の輸入業者や購入業者などを対象に行った聞き取り調査の中で、生体牛輸入のメリットとして得られた回答は下記の通りである。
まず、地方政府による補助金の支援が得られることが大きい。国内飼養牛の多くは在来種であり、1頭当たりの産肉量は決して多くはない。このため雲南省、吉林省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区などの地方政府は、遺伝的改良を通じた産肉量の増加による農家の収入アップを目的に、地域振興策の一環として海外からの良質な生体牛の導入に対する補助政策を実施している。最も補助額が多いのは新疆ウイグル自治区の
南疆地域で、1頭当たり8000元(14万7200円)から1万元(18万4000円)の補助金が受給できる。また吉林省では同3000元(5万5200円)が受給できる。農家が規模拡大のために補助金を受給できることは、生体牛輸入の大きなメリットである。
第2に、検疫検査の徹底により健康面が保障されている。中国には、国産の生体牛の取引市場が多数存在し、肉牛業界全体の発展を支えている。著者の調べでは、1日の出荷頭数が400頭以上規模の生体牛市場が少なくとも東北地域(地区)で21カ所、華北地域では35カ所、西北地域では12カ所、華東地域では9カ所、華中地域では10カ所、華南地域では6カ所、西南地域では11カ所があり、規模の大きな生体牛市場では、1日に1万頭の牛が集まる市場もある。これらの生体牛市場は、週に1回から3回程度の開催で、同一地域内での重複開催日は少ない。また市場間取引も活発で、全国にまたがっている。例えば内モンゴル自治区の通遼市、吉林省、黒竜江省の市場で購入した生体牛を雲南省、貴州省、新疆ウイグル自治区まで搬送することもあるなど、生体牛の移動距離は最長で5000キロメートル以上にも及ぶ。このように中国内での生体牛市場は非常に発展しているが、出品前や市場での検疫検査などが実施されないことから、2度の隔離飼育および3回の徹底的な検疫検査を経た輸入生体牛と比べ国産の生体牛は疾病のリスクが高い。調査先からは、輸入生体牛の疾病のリスクが低い面を非常に高く評価する声が聞かれた。
第3に、品種の優位性が挙げられる。海外のアンガス種、ヘレフォード種、シンメンタール種などは100年以上の品種改良や育種育成の蓄積があり、品質が安定した肉専用種となっている。輸入生体牛には血統系譜の証明書が添付されており、83%以上の純血種であることが保証されている。このように輸入生体牛は生産性が保障され、安定的な利益が見込まれることが非常に魅力的だという。
第4に、短期間で大量調達が可能となる。生体牛の輸入は、発注後、おおむね4カ月程度で届けられる。中国の肉牛産業は1兆元(18兆4000億円)規模と言われ、近年、肉牛業界に投資する他業種企業が多くなっている。中国では、こうした投資を活用し新設牧場の多くが「万頭牧場(1万頭以上を飼養する牧場)」規模であり、繁殖用牛と肥育牛の調達が大きな課題となる。また、前述の地方政府の補助事業による生体牛の調達では、調達規模が数千頭から数万頭規模となるが、輸入業者によると、国内で1万頭の肉用種の繁殖雌牛をそろえるには早くても1年半は要するという。地方政府の補助事業は6〜7月ごろに予算が決定するため、年内中に事業を実施するには、生体牛輸入以外に所要の生体牛を確保する手段がないとしている。新設牧場でも数百頭から数千頭規模で繁殖雌牛の調達が必要となるため、輸入生体牛は多くの時間と労力を省け、コストパフォーマンスが高い。
第5に、国産に比べて安価である。輸入先国や購入する頭数などによって多少価格差があるものの、輸入されるアンガス種は1頭当たり1万6000元(29万4400円)から1万8000元(33万1200円)、ヘレフォード種は同1万8000元(33万1200円)から1万9000元(34万9600円)、シャロレー種は同1万9000元(34万9600円)前後、シンメンタール牛は同2万5000元(46万円)程度となっている
(注2)。一方、国産のシンメンタール牛を購入する場合、12カ月齢の雌牛は同2万1000元(38万6400円)程度であり、仲買人や各生体市場を経由した最終的な市場価格はさらに高くなる。また、前述の通り、国内で同じ月齢の牛を数百頭も集めるのは非常に時間を要する上に、そもそも、アンガス種、ヘレフォード種、シャロレー種などの海外種の肉専用種の繁殖雌牛、肥育用牛は国内でほとんど取引されていない。このような側面を含め、調達にかかる人件費、集荷費用、搬送前の集中的な飼養、時間的コストなど、調達に係る全体のコストを考えると、同種の牛を中国国内から調達するよりも、海外から生体牛を輸入する方が割安感がある。
(注2)ここに示した金額は、ヒアリング先から聞き取った、生体牛1頭の輸入に必要な金額(牛の代金に、後述する業務代行費用を加えたもの)。
第6に、保障が充実していることが挙げられる。生体牛輸入の契約では、「牧場などの指定した場所に健康な牛を届ける」こととされており、輸入された牛をトラックから安全に降ろすところまで含まれている。逆に言えば、指定の場所に届くまでの牛のけがや死亡など全ての損失リスクは購入者が負担しなくてすむメリットがある。そのほか、牛の到着後、不妊や先天性疾患があると判明した場合には、購入者に対し、購入した価格(CIF価格)が全額弁償される(詳細は後述)など、保障が充実している点も購入者に大きなメリットになっている。
一方、中国国内で生体牛を購入する場合、基本的に生体牛市場で購入した時点から、購入者は全てのリスクを負うこととなる。購入後の運搬(特に長距離運搬)の場合においては、運搬中や乗降時に負傷や死亡のリスクがあり、中国国内では運搬中の死亡率は0.3%以上といわれているが、輸入の生体牛ではこれらのリスクを負担する必要がないというメリットがある。特に購入頭数が多い場合、これらのリスクから解放されるメリットは大きいと感じられている。
(4)生体牛輸入のデメリット
もちろん生体牛の輸入には、メリットのみならず、いくつかのデメリットも存在する。
まず、輸入先が限られることがある。現在、中国では、豪州、NZ、ウルグアイ、チリなどの国からのみ生体牛輸入が可能となっているが、業界関係者によると、中国政府は、未解禁国と貿易交渉を行っており、近い将来に生体牛の新規輸入先を開拓できることも期待されている。一方、NZが、2023年までに動物福祉の観点から生体牛の海上輸出を停止すると発表しており、新たな解禁国が生じなければ、輸入先はさらに限定的となる。
第2に、輸入可能な品種が限定的である。現在、検疫検査の基準を満たす品種が限定的であることから、輸入できる生体牛の頭数が限られている。このことが生体牛価格を押し上げ、価格面でのメリットが少なくなりつつあるという。また、聞き取り調査では、輸入先国の輸出業者が調査員を中国に派遣し、中国の生体牛市場の価格調査を行っているという話もあり、今後、輸入生体牛の値上がりも予想されるとしている。
第3に、供給量と需要量が不均衡なことである。中国の生体牛輸入の歴史は長くはなく、むしろ、開始したばかりともいえる。この数年で本格的な生体牛輸入が展開され、今後も多くの需要が見込まれている。一方、輸入先国が限定的である上に、現地の諸条件により、必ずしも今後、高い供給量が見込めるとはいえない現状がある。今後、中国の需要者が必要とする頭数を継続的に輸入できるか、不確かな状況となっている。
第4に、中国側の問題として、輸入される品種の飼養経験が不足している。多くの飼養管理者は、海外から輸入される品種の飼養管理経験が乏しく、飼養管理技術が未熟である。また、同品種の冷凍精液の調達や人工授精の技術など種付けの課題もあるという。
そのほか、肉用牛では、販路の問題を抱えているところもある。中国では、中・高級牛肉の生産量がそれほど多くないことから販売ルートが確立されておらず、各社が独自で開拓しなければならない。従って、輸入したアンガス種(母牛)の産子の肉が中級牛肉として区別されず、一般牛肉として販売されるケースや、シンメンタール種が多数飼養されている地域では、一般牛肉より安い値段しか付けられない現状もあるという。輸入された生体牛の販路も一つの課題となっている。