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特集:海外の牛乳・乳製品需給の動向について〜新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて〜畜産の情報 2022年3月号

ポストコロナ時代を見据えたわが国酪農乳業のあり方

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一般社団法人日本乳業協会 常務理事 本郷 秀毅

1 酪農乳業をめぐる世界の潮流

 2015年に国連においてSDGs(持続可能な開発目標)が採択されたことにより、食料・農林水産業をめぐる世界の潮流は大きく変わった。特に20年は、欧州委員会が「Farm to Fork戦略」を発表し、21年9月には国連食料システムサミットが開催された。国内的にも、農林水産省がEUの「Farm to Fork戦略」(図1)の日本版ともいえる「みどりの食料システム戦略」を策定し、酪農乳業関係では、「持続的な畜産物生産の在り方」の中間とりまとめが公表された。
 一方、酪農乳業界の国際舞台では、16年のワールド・デーリー・サミットにおいて「ロッテルダム宣言」が採択され、さらに昨年は「酪農乳業ネットゼロへの道筋」という取り組みが立ち上げられ、わが国ばかりでなく世界中の酪農・乳業関係者が、持続可能性をキーワードに各般の取り組みを開始している。
 このように世界の潮流が大きく変化する中、わが国酪農・乳業に係る食料システム、ひいてはその根幹を支える政策にも、資源のリサイクルや食品ロスの削減など、地球環境や産業としての持続可能性にも配慮した対応が求められている。

2 パンデミックへの初期対応と国内外における牛乳乳製品の需給状況

 こうした中、2020年当初より新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界中を覆い、酪農乳業の世界にも大きな影響を及ぼしている。
 酪農主要国においては、ロックダウンなどの緊急措置により生乳需要が一時的に急減したため、初期対応の中で生乳の廃棄という不幸な事態が散発した。一方、わが国においては、幸いにも指定団体の需給調整機能が維持されていたことから、酪農・乳業の連携と行政による緊急対策により、例外的に生乳廃棄(食品ロス)という事態は回避された。この間、わが国を含め世界に共通して見られた現象は、家庭内消費の増加が需要を下支えしたことであろう。
 その後、酪農主要国においては、ロックダウンなどの解除とともに外食需要にも一定の回復が見られた。家庭内消費を含めた国内全体の需要の回復が比較的早かったばかりでなく、中国向けなどを中心とした輸出の回復により、一時的に不安定となっていた需給や価格は早期に改善・回復した(図2)。

 
 他方、わが国は、生乳廃棄を回避する一方、業務用を中心として需要の回復が遅れていることに加え、原料用乳製品の輸出による在庫処理という手段が事実上使えないため、行政による緊急対策や生産者団体と乳業の連携による自主対策が講じられているにもかかわらず、過去最高水準となっている乳製品在庫をさらに積み上げつつある(図3)。
 こうした中、22年度に向けて、関係者の努力により新たな自主対策「酪農乳業乳製品在庫調整特別対策事業」が取りまとめられるとともに、ALICによる関連対策として、本対策のうち飼料向け価格差対策を側面的に支援する「ウィズコロナにおける畜産物の需給安定推進事業」が措置された。乳製品の国際市場価格が高騰しつつある好機を捉え、これらの対策などにより乳製品在庫の積み上がりに歯止めがかかることを期待したい。

3 パンデミック以前の政策的な対応

 以上のような現状を踏まえ、ポストコロナ時代を見据えた酪農乳業のあり方を考える前提として、今回のパンデミック以前にわが国ではどのような政策的な検討や改正がなされ、現状はどうなっているのか、2014年度以降に絞って客観的な事実関係を確認することとしたい。

(1) 生乳流通制度改革
 14年末のバター不足問題に端を発して、乳製品に生乳を仕向けやすい環境を整備することなどを目的として、生産者が自由に出荷先を選択できるようにするなどの制度改革がなされ、18年度から改正畜産経営安定法が施行された。バター不足は解消され過剰在庫を抱えるまでになったが、指定団体傘下の生産者に需給調整の負担が集中していることなどが課題として指摘されている。

(2) 生乳取引のあり方等検討会
 指定団体と乳業者間の生乳取引の改善を図るため、生乳取引のあり方について、15年に5回の検討が行われた。その中で、乳価の交渉期限については、価格転嫁に要する期間を踏まえ12月末までに決着させることを基本とするとされたが、需給が緩和する中で対処できない状況が続いている。また、入札制度の導入に向けた対応については、16年度から乳製品向け生乳の入札取引が試行的に実施されたが、需給がひっ迫から緩和に向かう中、19年度を最後に中止されている。

(3) 補給金単価算定方式等検討会
 2015年に決定された「総合的なTPP関連政策大綱」に基づき、17年度から液状乳製品を加工原料乳生産者補給金制度の対象に加えるとともに、補給金単価は一本化された。その算定方式等について16年に4回の検討が行われ、交付対象数量については、加工原料乳全体を対象として設定することとされた。この改正により、それまで別枠で決定されていたチーズ向け生乳に対する補給金について、単価は他用途と同一水準に引き下げられ交付対象数量は明示されなくなった。こうしたことなどから、需給が緩和しているにもかかわらず、確実な需要のあるチーズに生乳を仕向けにくい仕組みとなっている。なお、チーズ生産奨励金は補正予算であり、本来の目的が異なる。

4 ポストコロナ時代を見据えた新たな処方箋

 以上の通り、パンデミックの発生により需給がひっ迫から緩和へと一気に反転し、これまで長く続いた需給ひっ迫時代には見えづらかった課題が顕在化してきている。最近話題となっている、畜産クラスター事業の成果目標の達成も同根の課題であろう。誤解を恐れずに言えば、近年の各種検討会などは、需要に対して生産が不足しているという情勢を背景に検討されたものであり、需給緩和時にも有効に機能するものであるのか検証し、洗い直してみることを期待したい。
 需給が緩和に転じた今、わが国酪農乳業を安定した軌道に戻すためには、需給は緩和することもあるという事実を再認識した上で、業界による自主対策などの自助努力とも連携しつつ、過剰在庫の処理に道筋をつける必要がある。そのための一手段として期待されている国策ともいえる輸出であるが、差別化の可能な小売用商品の地道な販売拡大は期待できるものの、主要輸出品目は国産乳原材料の使用量の少ない商品がほとんどであり、需給の改善には寄与し難い。
 他方、乳製品の過剰在庫を抱える中、乳業界においては、これまでも排水処理の高度化、太陽光発電の導入、廃棄物の削減・再資源化、紙パックのリサイクルなどの環境対策に取り組んできた。また、一般社団法人Jミルクにおいては、生産者と乳業者が連携した取り組みの検討が開始されている。土地利用や栄養などのプラス面の情報発信に加え、まだ一部の取り組みにすぎない、こうした動きを業界全体に広げ、酪農乳業を支えてくれる消費者・社会に貢献していく必要があろう。
 わが国酪農乳業を安定的に発展させ、SDGsの実現に貢献するためにも、その前提として酪農乳業が持続可能でなければならない。そのためには、需給が安定し、経営が安定し、後継者や新規参入者などの労働力・就業者が安定的に確保される必要がある。そのための日本全体のプロダクトミックスはどうあるべきか。そしてそれを支える最適なポリシーミックスはどうあるべきか、生産者間の公平性の確保や環境への配慮にも留意しつつ、需給緩和時にも有効に機能する制度運用のあり方など、ポストコロナ時代を見据えた酪農・乳業対策大綱のような新たな処方箋の検討が必要になっているのではないだろうか。


(プロフィール)
昭和57年  3月 東北大学農学部卒業
         4月 農林水産省入省
平成14年 10月 牛乳乳製品課乳製品調整官
     18年 8月 畜産企画課 畜産環境・経営安定対策室長
     21年 7月 内閣府食品安全委員会事務局 情報・緊急事対応課長
     24年 1月 同事務局次長
     26年 4月 東海農政局次長
     28年 3月 農林水産省退職
         5月  (一社)日本乳業協会常務理事(企画・広報担当)
             現在に至る