(1) 生乳生産の推移
米国の生乳生産量は、2014年から増加傾向で推移しており、COVID-19の流行が始まった20年においても、前年比では2.2%増と高い伸びとなった(図3)。COVID-19の流行当初の20年は、一時的な需要の減少などから減産に動いたが、その後の経済活動の再開に伴って一転して増産となり、結果として生乳生産量は21年も増加傾向が続いている。
(2) 生乳生産への影響
2020年1月下旬に米国内で最初の新型コロナウイルス感染者が出ると、その後の感染拡大から同年3月13日には国家非常事態宣言が発せられた。これにより、多くの州やほとんどの大都市では、レストランなどの閉鎖、公共のイベントも制限され、外食産業などからの乳製品需要は急激に減少した。
一方で、この時期は季節的にも生乳生産量が5月のピークに向けて増加するため、生産者と乳業は余乳の処理に追われることとなり、生産現場は混乱した。まずは、チーズやバター向けに多くの生乳が仕向けられたが、これら製品の在庫が大きく積み上がったことなどから、一部では生乳廃棄も行われた。
生乳廃棄を正確に示す数値は存在しないが、統計から推測できる。米国で生産される生乳の70〜80%は、連邦生乳マーケティング・オーダー制度(FMMO)を通じて販売され、用途別処理量が毎月公表される。この統計の中で「その他の用途
(注2)」として計上されている生乳のうち例年の数量を超える分が急激な需給緩和により廃棄された量として推測できる。図4は、FMMOにおける「その他の用途」の月別処理量である。これを見ると、COVID-19が流行し始めた20年2、3月と増え始め、4月は突出して増加している。地域別に見ると、ペンシルバニア州およびニューヨーク州を含む北東部地域が最も多く、全体の37%を占めた(表)。この地域で生乳廃棄が多かった理由として、当該地域の生乳は飲用乳に仕向けられる割合が高く、乳製品加工処理工場が少なかったことが挙げられる。次いでテキサス州、ニューメキシコ州を含む南西部地域(13%)、ウィスコンシン州、ミネソタ州を含む北中西部地域(11%)と続いており、この3地域で生乳廃棄量全体の6割を占めている。
多くの酪農協が、乳業に出荷する生乳に独自の制限を設けたが、米国最大の酪農協であるデイリー・ファーマーズ・オブ・アメリカ(DFA)も生産者の生乳販売に制限をかけ、それが生乳廃棄に最もつながった。現地関係者によると、米国生乳生産量の25〜28%を取り扱うDFAは、4月の最初の2週間で生産者が生産した7%の生乳を廃棄したとされる。
(注2)連邦規則によれば、「その他の用途」とは「車両事故、洪水、火災、または取扱者の管理の及ばない同様の出来事により、取扱者が投棄した生乳で、動物の飼料として使用、紛失などした生乳」が含まれる。毎月このカテゴリーは計上されるものの、通常数値はほぼ安定している。
また、そもそも生産者が生乳生産量を増加させないように、酪農協などは乳価の調整を行った。通常、乳価は、取引基準量を超えた生乳に対し、生産者履歴に基づいて決定されるが、COVID-19が流行し始めた20年の初めはその乳価よりもかなり低い水準に設定された。その結果、生産者は、乳用経産牛を
淘汰するか、飼料給与量の変更によるコストと生産量の抑制、搾乳回数を減らすなどの選択を迫られた。その結果、例年5月が生乳生産量のピークであるが、20年5月は同年3月の生産量を下回った(図5)。
このような調整の結果、需給の不均衡はある程度緩和されたが、その後の乳製品需要の高まりから一転して生乳の供給が不足し、5月以降の乳製品価格の上昇に寄与することになる。これは、外出制限によりチーズを多用するピザなどのデリバリーやレストランのテイクアウトなどの需要が高まったことで、バターやチーズの価格が上昇し、乳価も再び上昇に転じたものと考えられる。また、4月の乳用経産牛のと畜頭数は前年同月に比べて多かったものの、乳価の上昇から5月は前年同月を下回り、生産者が淘汰を控えたことが読み取れる。
(3) 乳用経産牛頭数の推移から見る生乳生産
米国の生乳生産は、乳用経産牛の飼養頭数からもその変化を見て取ることができる。COVID-19の流行によって、乳用経産牛の飼養頭数は、20年4〜6月にかけて一時減少した(図6)。これは、先に述べた通り減産のための淘汰が要因と考えられる。しかし、同時期に食肉処理場で作業員の新型コロナウイルス感染拡大による操業停止が相次いだことからと畜頭数が減少し(図7)、6月以降になると経済活動の再開に伴う乳製品需要の回復から乳価が急騰したことで飼養頭数は増加傾向に転じた。
他方で、21年に入ると、5月をピークに飼養頭数は減少に転じ、生産者は多くの牛を淘汰するようになった。これは、乳価はある程度の水準で維持されているものの、米国内の一部地域で続いている干ばつなどの影響から飼料コストが上昇するなど、酪農部門の収益が低下したことが要因として挙げられる。また、牛肉価格の高騰に伴う酪農部門からの出荷増も一因とされる。さらに、収益の低下の要因は、飼料コストの上昇に加えて、コロナ禍による人件費や燃料費の増加もある。特に人件費は、COVID-19の流行後、相対的に上昇しており、21年9月まで続いた政府の失業手当やCOVID-19救済金の支給額と競合する形となっている。
米国農務省(USDA)が半期ごとに公表している農業労働報告書の中で、畜産部門で雇用された労働者(畜種などの内訳は不明)の平均時給が示されている。畜産労働者の賃金として酪農部門の実態がより反映されているとみられるカリフォルニア州では、COVID-19流行前の19年の平均と比較して、21年4月は16.3%上昇している。しかし、それでも畜産労働者の賃金は州内の一般的な市場賃金を大きく下回っている状況にあるため、畜産部門の労働力確保はCOVID-19流行前と変わらず厳しい状況が続いている。
(4) USDAによる農業生産者支援「Farmers to Families Food Box Program」の効果
COVID-19により2020年の乳価は不安定なものとなった。米国の乳価は、FMMO制度の下、ClassT〜W
(注3)に分類された用途別の最低取引乳価が設定され、乳業などは生産者に対し、それら用途別乳価を加重平均した乳価(総合乳価)を支払っている。図8は、近年の総合乳価の推移を示したものであるが、COVID-19が流行し始めた20年は、価格の乱高下が大きいことが分かる。
(注3)それぞれのClassの用途は以下の通り。ClassT:飲用乳、ClassU:クリーム、アイスクリーム、ヨーグルトなどソフト製品、ClassV:チーズ、ホエイ、ClassW:バター、脱脂粉乳。製品価格の変動は、Classごとの乳価に影響を与える。
20年の乳価の変動に大きく影響した対策が、USDAが農業生産者の支援のために実施した「Farmers to Families Food Box Program(フード・ボックス・プログラム)」である(写真)。同プログラムは、フードバンクや非営利組織に対し、食品販売業者を通じて食肉、生鮮食品および乳製品などを届けるもので、構想当初は20年5〜12月にかけて、30億米ドル(3480億円)の支出が予定されていたが、最終的には21年4月30日までに45億米ドル(5220億円)が支出された。
このプログラムは計5回にわたって実施されており、第2回までは、乳製品を購入するための具体的な金額が明らかにされており、第1回(20年5月15日〜6月30日)では3億1700万米ドル(367億7200万円)、第2回(20年7月1日〜8月31日)では2億8800万米ドル(334億800万円)が確保された(注4)。購入された乳製品の多くがチーズであったことから、チーズ向け生乳の価格のカテゴリーであるClassV乳価を押し上げる結果となった。ClassV乳価は、同プログラムのラウンドに合わせるように価格が推移し、また、それに沿うように総合乳価も推移した。結果として乳価は大きく変動したものの、ClassV乳価の上昇により、COVID-19の流行初期に予想された生乳生産量の落ち込みはなかったという見方もあり、同プログラムは、乳製品需要の喚起や乳価の下支えにつながったとみられる。
(注4)第3回以降は総額のみで、内訳として乳製品購入額は公表されていない。