2022年1月、ベルギー南部のワロン地域のアルデンヌ地方にある乳業メーカーであるSOLAREC社Baudour工場に訪問する機会を得たので報告したい(写真1、2)。
(1) 同社の概要
ベルギーの南東部にあるアルデンヌ地方で1965年、五つの酪農生産者組合(ベルギー、ドイツ、オランダが各1組合、フランスが2組合)により設立された乳業メーカーである。そのうち一番大きな酪農生産者組合がアルデンヌ酪農生産者組合(LDA)であり、同組合の集乳量や議決権は全体の9割近くを占めている。
同社と契約を結んでいる生産者数は2186戸、年間の集乳量は15億5000万リットルである。そこから、年間5万トンのバター、2億2000万リットルの飲用乳、10万トンの粉乳を生産している。
販売は大規模な食品製造企業への食品原料としての販売のほか、レストランやベーカリーといった事業者、一般消費者への小売販売も行っている。売り上げは6億ユーロ(780億円)で、販売先の地域別シェアは、欧州30%、アジア40%、アフリカ15%、中近東10%、南アメリカ5%で、販売先の国は80カ国を数え、輸出に力を入れている。
従業員は300人、工場は2カ所にあり、設立時からあるRecogne工場は脱脂粉乳、全粉乳、乳たんぱく濃縮物(MPC)、クリーム、バター、UHT(超高温殺菌)ミルクを製造している。もう1カ所は18年から操業を開始したBaudour工場であり、練乳、クリーム、モッツァレラチーズ、ホエイを製造している。
高い品質を保持し、販売先のニーズを満たすため、FSSC22000、有機やハラル、原産地呼称保護(PDO)といった認証を取得ている(図6)。
同社のビジョンは「酪農乳業界で最も頼られるパートナーとなれ」(Be the most reliable partner of the dairy industry)であり、ブランド価値として、「自然を尊重し、信頼を確立する(Reliable by nature)」、重きを置く価値は「効率性、協同、真正(Efficiency | Cooperation | Authenticity)」としている。
(2) 酪農状況
同社の工場のあるアルデンヌ地方は、牧草地として適した自然条件であり、酪農が盛んな地域である。
聞き取りによれば、傘下の生産者が飼育している乳牛の頭数は15万頭程度、1生産者当たり80頭を飼育している。飼育頭数から推測される酪農家の平均経営面積は40ヘクタール程度と考えられる。
搾乳回数は一般に2回であるが、搾乳ロボットを導入している生産者は3回搾乳している。乳牛の飼育期間は5〜7年程度で、雄牛は子牛肉用に飼育されることもあるが、自農場で飼育するだけでなく、他農場に販売するなど生産者によってまちまちであるということであった。
(3) 集乳
同社に生乳を納入しているアルデンヌ酪農生産者組合の例では、生産者からSOLAREC社の工場への生乳の集乳は、同組合の子会社であるLDA Transports社が担当している。頻度は最長でも72時間(3日)以内、集乳後、遅くても20時間以内に加工が行われる(写真3)。
集乳のトラックは、1万7000リットルを運ぶことができるロードトラック、2万8000リットルを運ぶことができるけん引式トレーラーなどが存在する。工場から離れた地域の集乳は、主要な高速道路近くに設置された集乳ステーションに集められた後、そこからはけん引式トレーラーで工場まで運搬されている。
集乳に当たるトラックには、個別の酪農家からの集乳を行う際に、日時、場所、ドライバー、生乳の温度、数量などを自動的に記録する装置がつけられており、集乳ごとにミルクサンプルを採取している。
同社では有機乳製品も製造しているため、生乳もそれぞれに分別して保存している。
(4) 品質の保持
同社は厳しい基準を守るため酪農家と取り決めを交わしている。
アルデンヌ酪農生産者組合においては、同社と契約を行うすべての酪農家は、2015年1月から同組合が定める「品質保持スキーム」(QAスキーム)を順守する義務を負っている。同スキームは五つの観点(動物衛生、動物福祉、環境、衛生的な生乳生産、清浄性)について、順守すべき120点のチェック項目を定めている。
例えば、衛生的な生乳生産に当たって酪農家は生乳に関して
ア 生産者は耳標を用いたトレーサビリティを整備し、1年に1度獣医によるヨーネ病の検査を含む健康診断を行う、農場に新たに導入 する牛について48時間以内に獣医による検査を受けることを義務付けられており、それにより乳牛を健康に飼育する
イ 生乳は品質基準(細菌数、体細胞数、抗生物質の残留、殺菌剤の残留、凍結温度基準(水分の含有量)、生乳の見た目の清浄さ)をクリアする
といった条件を満たす必要がある。
一方で、QAスキームを高い水準で満たし、細菌数、体細胞数、大腸菌数などで優良な成績を収めている農家は、ボーナスを受け取ることができる。
(5) 生産者との契約
契約締結・更新時期は、1年間に2、4、8月の3回設けられており、2020年だけで320の生産者が加入した。SOLAREC社によれば、詳細は分からないものの、価格面の優位性だけでなく、品質管理が高いレベルで行われており、ユーザーからの評価が高いとの評判が影響したのかもしれないとのことである。生乳価格については、毎月改定されるが、これは乳製品の売上額からコストを削減することで、あらかじめ決まった算出方法によって自動的に計算されることから、特段の乳価の交渉が行われることはない。
(6) 環境面での配慮と制約
アルデンヌ酪農生産者組合は、組合として、持続可能性に関する宣言を採択し、生産者は自主的にいくつかの基準を満たすよう取り組みを開始している。同取り組みを行っている生産者は優遇されており、乳価の計算時にボーナスを受けられることとなっている。
SOLAREC社としても、以下のような取り組みを行っている。
●コジェネレーションシステムの導入により工場で使用する電力の4割を発電
●飲用乳パッケージのリサイクルや、工場で発生する蒸気回収による水のリサイクル
●集乳用トラックの空車移動の制限、Baudour工場建設による生乳の長距離移送の廃止
●トラックに備えている生乳積込みポンプの電動化。これによりアイドリングが不要となり、排気ガスや騒音の発生を防止
●天然ガスを燃料とするトラックの導入とRecogne工場への天然ガスステーションの建設
●工場で乳製品を製造する際に生じる排水のリサイクル(写真4)。清浄処理を行い乳牛の飲み水として供給する。工場から出る排水は冬でも温度が高く、牛にとって飲みやすい。
同社に生乳を供給する酪農生産者組合は、何年にもわたってこのような環境や気候変動に対する投資を行っている。
なお、有機生乳については、2015年の乳製品危機の時にあっては、一般の生乳より価格が安定していたが、今の状況では一般の生乳の価格水準が堅調であることから、生産者が特に希望しない限り、工場から勧めることはないとのことであった。
(7) COVID-19パンデミック以降の販売状況
2020年3月のパンデミック発生時には、バター、チーズ、脱脂粉乳などの主力商品が短期間で供給過剰となり、在庫が積み上がったことから、価格は大幅に下落した。同社は価格の回復には半年〜1年必要であったとし、特に脱脂粉乳の販売に苦労したとしている。また、売上高に占める業務用の割合が減少し、小売の割合が増加した。
一方、21年以降の需要は旺盛なものの、供給量が伸びないことから、価格は大きく上昇している。この背景には生産費の高騰と、環境規制の強化による警戒感から、生産者が増産をためらっているということがある。
例えば、肥料の原料である尿素はイタリアにおける指標価格で、20年12月〜21年12月の1年間で約3倍に上昇した。また、アジアからヨーロッパ北部へのコンテナ価格も同期間中3倍以上に上昇しており、収益を圧迫している。また、メタンの排出量について新たな規制が課せられる可能性があり、生産者は牛の頭数を増加させることをためらっており、数年の間、供給量はひっ迫気味で推移するものと考えている。
そのほかにも、動物医薬品規制の強化、森林破壊防止のための大豆かす輸入の制限も行われるとの情報は把握しているが、現時点では詳しい規制内容がわからないため、今後の生産量への影響は不明ということであった。
次号では、後編として食肉の2031年までの展望および欧州委員会により説明された共通農業政策(CAP)の方向性、現在の欧州の畜産業の抱える課題を中心に報告する。
(平石 康久(JETROブリュッセル))
謝辞
今回、COVID-19のパンデミックにより面談に大幅な制限がかかる中、SOLAREC社のみなさまには、快く取材に応じていただきました。改めまして深く感謝の意を表します。