酪農業に限らずすべての業界において、労働人口減少による人員の多様化が進んでいる。これまでのように「仕事は先輩の背中を見て学ぶ」や「従業員はみな同等のレベルであることを前提とした教育や運営ルールを設ける」ということだけでは人員の多様化に対応することが難しくなるだろう。最後にそのような多様化に適用可能なカイゼンのための五つのヒントを紹介する。
(1) 見える化
見える化とは、必要な情報を現場でリアルタイムに見えるようにすることで、誰もが異常や問題にすぐに気付き、迅速に問題を解決し、再発防止策を打てるような仕組みをつくることである(図13)。「見える化」のポイントは以下3点となる。
●必要な情報を必要な人が必要な場所で見えるようになっているか?
●生きた情報か(情報が古くないか)?
●分かりやすい見せ方になっているか?(グラフ化などの工夫)
また、ITの活用は一つの手段となるが、すべてをITに依存するのではなく、入力者の手間も考慮して絞った情報入力からスタートし、実感を得ながら段階的にIT化を進めるのがポイントである(図14)。
(2) マニュアル化
ア メリットおよびデメリット
前項の「見える化」で述べたように、従業員が多様化している環境では、作業の手順やルールを定めるマニュアル化がカイゼンの一つの手段として有効であり、熟練者、若手従業員、経営者(あるいは管理者)それぞれにとって、メリットを生み出す(図15)。
一方、デメリットは、マニュアル作成の手間である。日々の業務に追われることが多い。熟練者の動きを映像に撮り、それを見ながらみんなで議論することから始めるのも一つの手段である。
イ 作成のポイント
作業の手順やルールを詳細に記述したマニュアルは、誰でも同じ作業ができるようにすることを目的としている。そのため、経験の浅い従業員でも熟練者と同じように作業ができるように分かりやすく作成する必要がある。特に、その作業における留意点・注意点は、具体的にはっきりと記述することが大切である。作業マニュアル以外に、事故防止と安全についてのマニュアルも重要なため、ぜひ職場でそろえていただきたい。マニュアルは、カイゼンなどで作業が効率化された場合、それを順次反映して改訂することが重要である。
(3) 作業分担(シフト)
酪農業は従業員が快適で働きやすい職場環境の整備が、従業員の確保と定着につながる鍵となる。長時間労働を減らし、休暇を取りやすい仕組みをつくることで従業員に満足をもたらし、チームワークや業務品質の向上(牛のストレス低減も含む)も実現できると考える。図16のように作業分担をしつつ従業員が計画的に休暇を取得できるようにするためには、それぞれの従業員ができるだけ多くの作業をできることが前提である。一つの作業に固執することなく、いろいろな作業を覚えてもらうことで、この仕組みの確立が可能となる。
(4) 提案制度とPDCAサイクル
アプリや「カイゼン提案ボックス」を利用して、現場を一番よく知る従業員からカイゼンの提案を得ることは大切である。特に新しく入った従業員は新鮮な目でさまざまなことに気付いた場合でも、経営者や先輩従業員に直接言いにくいことがあるかもしれない。コミュニケーションツールを利用して、気付いたことを発信してもらう場を作り、発信された提案については、必ず経営者がコメントをし、従業員全員で議論・検討するよう心掛ける。このような提案制度の効果は、従業員のモチベーション向上にとどまらず、日ごろの作業に対する「気付き」を強化して、カイゼン点を掘り下げられるというメリットがある。
また、カイゼン活動を行う際、PDCAサイクル(図17)の活用を勧めている。PDCAは、英語の「Plan, Do, Check, Act」の頭文字をとったものである。
(1)Plan「計画」:まず、カイゼン計画を立て、カイゼン施策を考える
(2)Do「実行」:次に、策定したカイゼン計画を実施する
(3)Check「評価」:カイゼン活動の
進捗状況をモニタリングし、終了後には結果を評価する
(4)Act「改善」:問題点があった場合は原因分析をし、次のカイゼン計画・カイゼン施策を考える
このように繰り返しPDCAサイクルを行うことにより、カイゼンがどんどん進み、生産性向上、品質向上など、目指す経営目標に徐々に近づいていく。
(5) 経営者のリーダーシップと従業員のモチベーション
カイゼンを推進するためには、経営者のリーダーシップが欠かせない。「カイゼンは経営課題の柱の一つ」と位置付けて、経営者が率先して従業員と一緒に進めることが極めて重要である。ここで二つのポイントを挙げる。
●ビジョンの共有:経営者が従業員にはっきりと牧場の方向性と姿勢を示すことが肝要である。これがリーダーシップにつながり、従業員のモチベーション向上にも影響する。
●経営者主導のパトロール:カイゼン活動を継続するカイゼン手法の根幹に「トップ主導のパトロール」と呼ばれる活動がある。経営トップは以下の点に注意することが大切である。
(1)「聞き流し」「聞きっ放し」にしないで必ず何らかの答えを与える
(2)「つまらないことを」などと軽視せず、訴えていることを理解する姿勢が重要
(3)小さなことをこまめに、できるだけその場で解決し、必要に応じて関係者を即時に現場へ召集し、問題への対処を指示する
(4)メモ帳を肌身離さず持ち歩き、思いついたことがあった場合にはすかさずメモする癖をつける
(5)記入したメモをポストイットで模造紙に貼り付けるなど見える化する
カイゼン活動は、はじめに大きなカイゼンに取り組むのではなく、すぐに実行できて、すぐに成果が見える「小さなカイゼン」から始めることが大切である。特に重要なのは「カイゼン取り組みの見える化」である。
なお、ここで紹介した「簡易診断解決ツール」を無償で提供している。ご希望の方は日本生産性本部経営開発センターまでご連絡下さい。