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調査・報告/国産ナチュラルチーズの現状 畜産の情報  2022年4月号

国産ナチュラルチーズの現状と都府県チーズ工房などの動向

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調査情報部 北村 徹弥、玉井 明雄

【要約】

 2020年度におけるわが国のチーズ総消費量は6年連続で過去最高を記録し、また国産ナチュラルチーズ消費量は2年連続で前年度を上回るなどわが国のチーズ需要は右肩上がりで推移している。チーズ工房数も年々増加し、20年には全国で330を超え、国産ナチュラルチーズは国際コンテストでも高い評価を得る工房も存在する。国内工房の約4割は北海道に所在しているが、都府県の工房においても特色のあるチーズの製造販売が行われている。

1 はじめに

 近年、わが国のチーズ消費量は、消費者志向の多様化やチーズの健康機能の評価により、増加傾向で推移している。農林水産省が2021年7月に公表した「チーズの需給表」によると、20年度のチーズの総消費量は36万744トン(前年度比0.2%増)と6年連続で過去最高を更新した(図1)。


 プロセスチーズ消費量は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大による巣ごもり需要の増加を背景に14万3525トン(同2.1%増)と前年度をわずかに上回った一方、ナチュラルチーズ消費量は、外食需要の減少により21万7219トン(同1.1%減)と4年ぶりの減少に転じた。
 18年12月30日に発効した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)、19年2月1日に発効した日EU経済連携協定(日EU・EPA)に加え、20年1月1日に発効した日米貿易協定を合わせれば、世界経済の6割を占める自由で公正なルールに基づいたマーケットが誕生したことになる。わが国を取り巻く国際情勢も変化する中、わが国酪農業の生産基盤の強化を図るとともに、チーズ生産においても品質向上を図りつつ、製造コストの削減への対応などが求められる。
 こうした中、ナチュラルチーズを生産するチーズ工房では、特色ある商品の製造販売を行うなど、創意工夫にあふれた取り組みが展開されており、国内だけではなく海外で開催される国際的なチーズコンテストへもわが国のナチュラルチーズが出品され、高い評価を得るようになっている。
 本稿では、現在のわが国のナチュラルチーズの需給などに触れた上で、都府県の工房の事例や、一般社団法人日本チーズ協会の取り組みなどについて紹介する。

2 チーズの需給状況など

(1)国内需給

 チーズ1人当たり消費量は、近年の消費者志向の多様化やチーズの健康機能の評価により2014年度の2.2キログラムから20年度の2.7キログラムと増加傾向で推移している(図2)。なお、20年度については、前年度比ほぼ横ばいで推移している。わが国のチーズ消費量は、他国の水準(例:フランスでは19年時点で1人に当たり26.8キログラム)と比べれば約10分の1程度と依然として低い水準にある。


 
 わが国では従来、保存性と携帯性の観点からプロセスチーズが主に消費されていたが、近年は食生活の変化などによりナチュラルチーズへの人気が高まっており、その消費量は1998年度に初めてプロセスチーズを上回って以降、堅調に推移している。
 20年度の国産ナチュラルチーズの生産量は、COVID-19の拡大により休校となった際に学校給食用牛乳に仕向ける予定であった生乳をチーズ向けにも仕向けたことなどから生産が拡大し、4万7564トン(同7.1%増)と前年度をかなりの程度上回った。一方、輸入ナチュラルチーズ総量は、業務用需要の停滞から28万2494トン(同1.5%減)と4年ぶりに前年度を下回った。これらのことから、チーズ総消費量に占める国産割合は、前年度の13.1%から1.0ポイント増の14.1%(注1)となった。
 プロセスチーズ原料用以外の国産ナチュラルチーズの生産量は、チーズ人気の高まりもあって2万6257トン(同5.0%増)と過去最高を記録し、今後も需要の増加が期待されている。プロセスチーズ原料用も7年ぶりに前年度を上回る2万1307トン(同9.8%増)となった。
一方、プロセスチーズ原料用以外のナチュラルチーズの輸入量は19万962トン(同1.9%減)となっており、依然として輸入が国内供給量の約9割を占めている(図3)。

(注1) チーズ総消費量の国産割合は、ナチュラルチーズに換算したチーズ総消費量における国産ナチュラルチーズ生産量の割合から推定したもの(農林水産省「令和2年度チーズの需給表」から引用。


 

(2)輸出状況

 財務省の貿易統計によると、2020年度における国産ナチュラルチーズの輸出量は、370.1トン(前年度比46.8%増)と2年ぶりに増加に転じ、過去最高を記録した(図4)。また、農林水産省が2月4日に公表した「2021年の農林水産物・食品の輸出実績」によると、わが国の21年における牛乳・乳製品の輸出額は前年比9.8%増の244億円となり、3年連続で過去最高を更新した。日本ブランドの人気が高いアジア圏を中心に輸出量が増えたとみられる。品目別で特に増加が目立ったのはチーズ等で、貿易統計によると38.3%増の20億2149万円と大幅に増加した。
 農林水産省では、農林水産物・食品の輸出額を25年までに2兆円、30年までに5兆円に引き上げることを目指しており、牛乳乳製品の輸出もさらなる成長が期待されている。


 

(3)COVID-19による消費の影響

 国産チーズの1人当たり年間消費量については、近年横ばいで推移してきたが、2020年度は、生乳生産量の増加に加え、COVID-19拡大に伴う巣ごもり需要の伸びから前年比7.6%とかなり増加している(農林水産省畜産局牛乳乳製品課調べ)。一方、21年度のナチュラルチーズ輸入量は同1.5%減の27万8251トンとなり2年連続で減少した。これは、COVID-19拡大に伴い業務用需要が減退したためとみられている。また、昨年上半期から為替相場が円安基調で推移し、下半期以降もさらに進んでいることや、米国を中心とした海上輸送の混乱に伴い海上運賃が上昇していること、欧州やオセアニアで生乳価格が高騰していることなどから輸入チーズの価格は今年も高騰するものとみられる。
 さらに、総務省が公表している21年(1〜12月)の家計調査(2人以上世帯=1世帯当たり・品目別)によると、コロナ禍の影響により感染拡大前の19年と食品支出額を比較すると外食需要が大幅に減少する一方、自宅での調理機会の増加から中食や内食に係る品目が増加した。品目別にみると、チーズは6728円(19年度比11.3%増)とかなり大きく増加した。

3 国産ナチュラルチーズ生産者の動向〜都府県のチーズ工房の事例〜

 国産ナチュラルチーズを生産するチーズ工房等は全国各地で着実に増加し、10年前と比較すると、2020年には2倍以上の332工房まで増加している。地域別に見ると、北海道が約4割を占めるが、都府県のチーズ工房も着実に増加している(表1)。
 このように国産ナチュラルチーズの生産者は全国各地に着実に増加しており、酪農家が牧場に併設するチーズ工房や独立したチーズ工房において、地域と連携しながら特色ある商品の製造販売を行うなど、創意・工夫にあふれると取り組みが展開されている。
また、日本のチーズ工房の特徴として、欧州の工房と比べ製造するチーズの種類が多いことが特徴とされる。
 チーズ工房の取り組みについては、本誌19年12月号で北海道の事例を取り上げており、本章では都府県のチーズ工房のうち関東近辺の工房にスポットを当てて事例を紹介する。
 
 

(1)新利根チーズ工房

 茨城県の2020年度生乳産出額は前年度比0.5%減の193億円で、品目別で第5位と産出額の約4%を占めている。新利根チーズ工房がある茨城県稲敷市は、県南部に位置し、稲敷台地と広大な水田地帯からなり、霞ヶ浦、利根川、新利根川、小野川などの水辺環境に恵まれている(図5)。

 
 新利根チーズ工房の西山厚志氏(写真1)は、公務員として千葉県畜産総合研究センターに勤務していた頃、酪農経営における生産から加工、販売まで一体的に行う6次産業化の事例研究に携わったことがチーズ作りのきっかけという。県内各地のチーズ工房に足を運び、チーズ職人から創意工夫やこだわりを聞いていくうちに、チーズ作りの魅力に取りつかれ、自らの手でチーズを製造することを決意した。その後退職し、15年12月から北海道内のチーズ工房での修行を経て、16年11月に茨城県稲敷市に移住し、17年12月に自身の工房をオープンした(写真2)。現在、西山氏一人で11種類の製品を製造しているため、製造スケジュールは非常にタイトである。工房オープン後の最初の2年間は4種類の製造にとどまっていたが、訪問客がより多くの種類のチーズを望んでいることが分かり、11種類まで商品数を増やし、カテゴリー別でも6タイプ製造している(表2)。
 西山氏は、チーズの製造だけではなく原料の調達、卸先への納品、接客などもすべて1人で行っている。工房のチーズは、周辺地域の地名や河川名などを意識して商品名が考案されており、また、地元の日本酒を利用したウォッシュチーズや、竹炭をまぶして酵母の力で熟成させたチーズなど、地場産であることを意識している商品が多い。「勝馬蹄かちばてい」(写真3)は酸凝固タイプ(注2)のチーズで、同タイプは製造開始から10日程度で出荷することができるので商品補充がしやすいという利点があるとのことである。なお、今年中にブルーチーズの製造も手掛けたいとのことであり、経営状況を見ながら新商品の開発に力を注ぐ構えであるとのことである。
 年間売上高は約600万円で、売上の内訳は、店頭販売が8割で、残りの2割は「発酵の里こうざき」などの道の駅やチーズショップへの卸売りなどである。COVID-19の影響で経済活動が停滞しているときには2割ほど売り上げが減少した。工房の広告や宣伝活動はほぼ行っておらず、口コミで評判が広がっているとのことであり、最近では近隣観光地にあるホテルや県内・都内にあるレストランのディナーなどで食材として使われるようになっている。

(注2) 酸凝固タイプは乳酸菌がつくる酸の力を主に使って生乳を固めたチーズ。フランス産のサン・マルセランや山羊乳製のサントモール、またはアジアで見られる酸っぱい乳製品の多くは酸凝固を利用して製造している。一方、生乳を固める作用がある酵素「レンネット」を使うタイプは、ヨーロッパ型のチーズに多く見られる。


 工房は、上野裕氏が酪農経営を営む農事組合法人新利根協同農学塾農場(写真4 飼養規模:成牛約32頭、育成牛約10頭)の敷地内に位置しており、同農場の乳牛から24時間以内に搾乳した生乳を1カ月当たり約500キログラム使用している。同農場では放牧酪農に取り組んでおり、およそ3月下旬〜11月初旬までが放牧期間で自給飼料も生産していることから、粗飼料給与に占める国産割合は100%である。乳牛への給餌は粗飼料が中心であるが、同農場で生産された子実トウモロコシも給与している。都心から最も近い放牧酪農の地であるとして、農場と工房は協力して地域振興に努めている。
 国内のチーズコンテストでは、NPO法人チーズプロフェッショナル協会が主催するジャパンチーズアワード2020で銀賞と銅賞を受賞しており、将来は同コンテストの金賞の受賞を目指している。「日本のナチュラルチーズは世界のコンテストで評価が高くなってきているので、自分もいつか世界の舞台でも戦ってみたい」と力強く語る。西山氏の夢の一つは、国内コンテストでの受賞を足掛かりに世界の舞台で腕試しをしてみることであるという。
 







 

(2)チーズ工房那須の森

 栃木県は生乳生産量が都府県で最も多く、2020年度における生乳産出額は前年比6.8%増の394億円で、品目別でも第2位と産出額の約14%を占めている。中でも同県那須地方(図6)は、乳牛の飼養に適した気候で、かつ原料である新鮮な生乳が仕入れやすいとされ、チーズ作りが盛んである。同地域に位置するチーズ工房那須の森(以下「那須の森」という(写真5))は、19年10月にイタリア・ベルガモで開催されたワールド・チーズ・アワード(WCA)でスーパーゴールドを受賞したことで知られる(写真6)。 
 那須の森の生乳使用量は一カ月当たり約6トンで、工房の近隣にある前田牧場からブラウンスイス種とホルスタイン種の生乳を使用している。ブラウンスイス種の生乳はたんぱく質などの乳成分が高いことからコクのあるチーズが製造できるとされているため、熟成タイプのチーズに使用されている。フレッシュタイプのチーズは、ブラウンスイス種とホルスタイン種の生乳を合乳して製造している。
工房のスタッフは全8名で、製造アイテムの担当が決まっており、定期的に全員でチーズの味をチェックし、意見交換を行っているとのことである。
 年間売上高は約4000万円で、COVID-19の影響は特に見られず、感染拡大前にWCAを受賞した効果もあり、むしろ伸びたという。
現在、6種類のチーズ、カテゴリー別で4種類のアイテムを製造しており(表3)、この他にもチーズフォンデュ用としてミックスを販売している。すぐにアイテム数を増やす予定はないとのことであるが、今後、モッツァレラを製造する可能性はあるという。






 チーズの製造過程で生じるホエイは、高タンパク・低脂肪・ミネラル豊富で、骨を丈夫にし、免疫機能を高めるなどの効果もあると言われているものの、チーズ工房では廃棄されていることも多いとされる。有機物を多く含むホエイの廃棄は、経済的な負担や環境負荷がかかることとなる。那須の森では、全国の工房が共通の課題として認識しているホエイの活用に取り組んでいる。工房長の安田翔吾氏(写真7)は廃棄する代わりに、パンやピザの原料、家畜の飼料への利用などしてきたが、現在は、ブラウンチーズの製造にも取り組んでいる。ブラウンチーズは、ホエイを煮詰めて作られ、ノルウェーが発祥とされている。その味は、キャラメルに似ており、砂糖が使われていないにもかかわらず甘く、このままでも食べられると感じられた。また、ホエイをブラウンチーズにすることで保存が効き、形状の幅が広がることとなる。さらに、菓子の原料とすることにより、新たな価値を創出し、ホエイの利用価値を高めたいとのことである。この取り組みに必要な資金については、昨年10月28日〜12月13日の期間にクラウドファンディングで支援を募ったところ、目標金額の150万円を大きくクリアし、250万円に達した。この資金は、ホエイ保存用冷却タンク購入および設置費とブラウンチーズの開発費用に充てられる。安田氏は「自然の恵みである生乳を無駄なく使うことで、価値を高め、持続可能で豊かなチーズ文化を根付かせたい」とホエイの活用プロジェクトに挑んでいる。
 安田氏は、国産ナチュラルチーズがレベルアップしたのは、関係者が一体となった取り組みによるものと考えており、また、今後の自身の課題としては品質の向上を挙げ、「特に熟成タイプと白カビタイプの品質が安定しないことがあるので、熟成庫の温度管理などを適切に行っていきたい」と意気込みを見せる。




 

(3)アトリエ・ド・フロマージュ

 長野県の2020年度生乳産出額は対前年比2%減の99億円で、品目別で第6位と産出額の約4%を占めている。長野県は畜産の農業産出額が279億円と全国30位にとどまるものの、生乳の産出額は同12位と上位にランクインしている(令和元年生産農業所得統計)。長野県東御とうみ市(図7)に位置するアトリエ・ド・フロマージュ(写真9)は、日本で初めて農家自家製のナチュラルチーズを作った工房として知られており、14年のジャパンチーズアワードでブルーチーズが最高賞のグランプリを受賞したのを皮切りに国内外のコンテストで数々の受賞歴を誇る。


 同工房によると、COVID-19の影響により、卸売の売上は減少を余儀なくされたものの、巣ごもり需要を見越したセット販売に注力したため、トータルにするとコロナ前とほとんど変わらない売上高となった。チーズに関しては売上の内訳は、6割が直営、2割が卸売りでそれ以外は通販である。今後はなるべく通販での売上増を目指したいとのことである。COVID-19の影響で輸入が滞ってしまったため、輸入から国産ナチュラルチーズへの使用を切り替えた取引先もいるという。
 チーズ製造に使用する原料は、ブラウンスイス種およびジャージー種の生乳を近隣のフロマージュ牧場から生乳販連を通じて調達しており、ホルスタイン種の生乳は他の牧場から調達している。また、ホエイについては、半分は近隣の養豚業者に引き取ってもらい、半分は廃棄している状況である。
 現在、フレッシュタイプ、モッツァレラ、白カビ、青カビ、ウォッシュ、セミハードタイプなど20アイテムを製造しており、カテゴリー別製造量は表4の通りとなっている。
 

 工房の熟成庫は六つの熟成室に分かれており、それぞれの扉に担当者のプレートが貼られている。ただし、17年のモンディアル・デュ・フロマージュ(注3)で受賞したホルスタイン種とジャージー種の生乳をミックスして製造する酸凝固タイプの「ココン」は、熟成庫とは別に単体で管理している。これは、ココンを製造する際にチーズの表皮に付着させる微生物(酵母)であるジオトリカムの管理が難しいからとのことである。微生物の管理もさることながら、熟成タイプのチーズの品質を安定させることは非常に難しいため、今後の課題であるとのことであった。
 チーズ製造において重要なポイントは、脂肪分をいかに逃さないかという点であり、特にカード(凝乳)とホエイを分離させる際に注意が必要であるという。
 青カビチーズの製造を志してこの仕事を選んだチーズ工房のチーフを務める塩川和史氏(写真10)は、ヨーロッパと同じ品質を目指すためには日本独自のうま味である味のやわらかさ、繊細さを引き出すことにより海外産のチーズに対抗していきたいという。それには、日本の生乳に合うチーズの作り方を実践している。「ブルーチーズは各種コンテストで高い評価を得ているので、それ以外のアイテムの質も向上させたい。また、今後機会があればモン・ドールタイプのチーズ(注4)を製造してみたい」と今後の抱負を語ってくれた。

(注3) チーズおよび乳製品のプロ向け国際見本市で開催されるフランスの国際チーズコンテスト。

(注4) チーズの外皮は厚めでクリーム色やオレンジ色をしており、表皮を除いて中身の黄色がかったトロリとした部分を味わうチーズ。味は濃厚なミルク感が特徴。







4 国産ナチュラルチーズの活躍および一般社団法人日本チーズ協会の動向

(1)海外チーズコンテストでの活躍

 2021年11月3日、スペインのオビエドにおいて開催されたワールド・チーズ・アワード(WCA)に、わが国のチーズが出品され、入賞を果たしている。WCAは1988年に英国で始まった世界最大級の品質評価コンテストで、今回で第33回目を迎えた(写真13)。出品数は世界45カ国から4079作品であった。日本からは25工房の37品が出品し、そのうち14品受賞、そのうちアトリエ・ド・フロマージュの「翡翠ひすい」(写真14)とニセコチーズ工房(北海道)の「二世古 椛(momiji)」の2品がスーパーゴールドを受賞した。「翡翠」は、当初製造されたブルーチーズをより力強い刺激と塩味を感じられるようにバージョンアップされたアイテムである。
 前出の塩川氏は「ヨーロッパでは味のうま味だけではなく、深みが評価の対象の重要なポイントになると聞いたことがあり、それ以来チーズの苦みやエグ味を塩味で抑えるように心がけるとともに、口に入れたときになめらかさや口どけの良さも感じられるよう製造時に調整した」と受賞にまつわる製造の秘訣を語ってくれた。
 また、WCA以外の海外のコンテストは、フランスのモンディアル・デュ・フロマージュ、米国のワールド・チャンピオンシップ・チーズ・コンテスト(WCCC)がある。
 今年3月4日に開催されたWCCC 2022には、日本から23工房35品が出品され、三良坂フロマージュ(広島県)の「アカショウビン」「富士山・炭」、IL FIO RETTO(大阪府)の「黒花こっか」の3品が金賞を受賞した。この他11品が各部門でトップ10入りを果たすなど前回大会(銀賞2品、各部門トップ10入り2品)を大きく上回る結果となった。
 

  


 

(2)国内チーズコンテスト

 わが国では、国産チーズのブランド化、生産・消費拡大に向けたさまざまな取り組みが行われており、その一つとして国産ナチュラルチーズのコンテストが挙げられる。
 ジャパンチーズアワードは、NPO法人チーズプロフェッショナル協会の主催により2014年から2年に1回開催されるコンクールとなり、種類の違いによる国産チーズが約20のカテゴリーごとに評価され、各カテゴリーでの入賞が発表されている。また、ALL JAPANナチュラルチーズコンテストは、国産ナチュラルチーズの製造技術向上と販路拡大などを目的に、一般社団法人中央酪農会議の主催により1997年度から隔年で開催されている。
 21年10月に開催された第13回ALL JAPANナチュラルチーズコンテストには全国96社から出品があり、そのうち都府県からは7割強の69社から出品があった。大賞の農林水産大臣賞には丹波婦木農場丹波チーズ工房の蔵熟成ゴーダ、農畜産業振興機構理事長賞には神戸農政公社六甲山牧場チーズ工房の六甲山牧場のリコッタが受賞するなど全受賞30作品のうち19作品が都府県のチーズ工房などが受賞し、都府県チーズ工房の活躍が見られる結果となった。
 

(3)日本チーズ協会の取り組み

 一般社団法人日本チーズ協会は、チーズ工房の経営者やナチュラルチーズの生産者による日本産ナチュラルチーズの品質向上、普及・振興などの取り組みを行うための全国組織として、2019年11月11日に設立・発足され、20年4月年から本格的な活動を開始している。同協会の役員としては山田牧場(滋賀県)の山田保氏が会長、ダイワファーム(宮崎県)の大窪和利氏が副会長、他に理事8名が主にナチュラルチーズ生産者から任命されている。会員数は22年1月31日現在、正会員36、賛助会員(法人・個人)25となっている。
 主な活動内容は、(1)認証事業(2)衛生事業(3)広報事業(4)企画研修事業─である。この他にも工房の開設希望者の相談も受け付けている。
 21年6月から食品の製造・流通のグローバル化を受け、HACCPの導入・運用がすべての食品製造事業者に完全義務化されることに伴い、昨年4月24日にチーズ製造ブラッシュアップセミナー「安全なチーズの製造について」〜HACCPの制度化について〜が行われるなど、会員や賛助会員に対する情報共有が図られた。
 また、2021〜23年度の3カ年、日本中央競馬会の支援事業(JRA畜産振興事業)を活用し、日本チーズ認証基準策定普及事業に取り組んでいる。21年度は全国の工房を対象としたアンケート調査を実施、22年度は海外視察および日本国内の他の食品の事例研究、23年度は国産ナチュラルチーズの製造実態を踏まえた認証基準の策定に着手する予定で、24年度から独自の認証制度を開始する予定とのことである。
 さらに、各分野の専門家や事業者を招き、同協会会員や全国各地のチーズ工房が中心となって各地のコミュニティづくりをしながら日々の問題を解決する研修会を開催している。今年度は食品表示、HACCPを含む食品衛生・食品安全に関する研修会が8回開催され、参加者から生乳に含まれる抗生物質のリスク管理や生乳の自主検査の方法、温度計校正時に誤差が生じたときの対応、異物の防止対策や実際に発生した時の対処方法などへの意見が寄せられた。なお、活動状況はフェイスブックなどのSNSでも紹介されるとともに同協会のホームページも開設され、一般消費者にも広く公開されている。(https://j-c-a.or.jp
 同協会の奥泉事務局長は、「今後ますます増加が予想されるわが国のチーズ工房でチーズづくりに携わる方が、日ごろナチュラルチーズを製造する上での悩み、疑問、課題などについて意見交換を行う場として利用していただきたい。また、工房製ナチュラルチーズを広め、チーズを楽しんで応援して下さる方たちとともに活動していきたい」と呼び掛けている。

5 おわりに

 日本農業新聞による乳業メーカーや小売り計37社への調査結果によると、牛乳・乳製品において最も消費の伸びが期待される品目のうち、チーズはヨーグルト、乳酸菌飲料に次いで第3位にランクインした。また、チーズの消費増へてこ入れすべき要素をヒアリングしたところ「価格」、「用途提案」、「おいしさ、フレーバー」が挙げられ、輸入品との競合の中、割高感のない価格設定で味わいや鮮度で差別化できる国産品が求められているとのことである。
 本稿の作成に当たり、今回訪問した3工房の製造者の話として「自由貿易協定の進展による輸入品の低関税化や関税撤廃は、海上運賃などによる価格上昇により相殺され、国産品への影響はそれほど大きくないと考えている」「わが国の1人当たりチーズ消費量は今後も伸びていく」といった前向きなコメントが寄せられた。一方、飲用消費が主体の都府県では、チーズ生産に使用する生乳を安価で確保することは困難であるとの意見も聞かれた。中国や東南アジアでの旺盛な需要やコロナ禍での海上輸送の混乱などにより世界的に乳製品需給はひっ迫している状況にあり、EUやオセアニア、米国などの乳製品価格は上昇傾向にある。わが国のチーズ消費は、プロセスチーズの消費量が大半を占めており、この層にどのようにして国産ナチュラルチーズを食べてもらうかが今後の課題になるものと考えられる。
 また、国際環境の変化に伴う低関税化や関税撤廃が進む中、輸入ナチュラルチーズとの差別化といった課題を抱えつつ、わが国における地域の気候風土に適した製造方法を経て、安全かつ安心な製品が消費者に受け入れられることが望まれる。
 本稿が特色のある良質かつ多種多様なナチュラルチーズを日本の生産者が作り、おいしい国産チーズを一般消費者が応援する、そうした環境づくりの参考となれば幸いである。