国産ナチュラルチーズを生産するチーズ工房等は全国各地で着実に増加し、10年前と比較すると、2020年には2倍以上の332工房まで増加している。地域別に見ると、北海道が約4割を占めるが、都府県のチーズ工房も着実に増加している(表1)。
このように国産ナチュラルチーズの生産者は全国各地に着実に増加しており、酪農家が牧場に併設するチーズ工房や独立したチーズ工房において、地域と連携しながら特色ある商品の製造販売を行うなど、創意・工夫にあふれると取り組みが展開されている。
また、日本のチーズ工房の特徴として、欧州の工房と比べ製造するチーズの種類が多いことが特徴とされる。
チーズ工房の取り組みについては、本誌19年12月号で北海道の事例を取り上げており、本章では都府県のチーズ工房のうち関東近辺の工房にスポットを当てて事例を紹介する。
(1)新利根チーズ工房
茨城県の2020年度生乳産出額は前年度比0.5%減の193億円で、品目別で第5位と産出額の約4%を占めている。新利根チーズ工房がある茨城県稲敷市は、県南部に位置し、稲敷台地と広大な水田地帯からなり、霞ヶ浦、利根川、新利根川、小野川などの水辺環境に恵まれている(図5)。
新利根チーズ工房の西山厚志氏(写真1)は、公務員として千葉県畜産総合研究センターに勤務していた頃、酪農経営における生産から加工、販売まで一体的に行う6次産業化の事例研究に携わったことがチーズ作りのきっかけという。県内各地のチーズ工房に足を運び、チーズ職人から創意工夫やこだわりを聞いていくうちに、チーズ作りの魅力に取りつかれ、自らの手でチーズを製造することを決意した。その後退職し、15年12月から北海道内のチーズ工房での修行を経て、16年11月に茨城県稲敷市に移住し、17年12月に自身の工房をオープンした(写真2)。現在、西山氏一人で11種類の製品を製造しているため、製造スケジュールは非常にタイトである。工房オープン後の最初の2年間は4種類の製造にとどまっていたが、訪問客がより多くの種類のチーズを望んでいることが分かり、11種類まで商品数を増やし、カテゴリー別でも6タイプ製造している(表2)。
西山氏は、チーズの製造だけではなく原料の調達、卸先への納品、接客などもすべて1人で行っている。工房のチーズは、周辺地域の地名や河川名などを意識して商品名が考案されており、また、地元の日本酒を利用したウォッシュチーズや、竹炭をまぶして酵母の力で熟成させたチーズなど、地場産であることを意識している商品が多い。「勝馬蹄」(写真3)は酸凝固タイプ(注2)のチーズで、同タイプは製造開始から10日程度で出荷することができるので商品補充がしやすいという利点があるとのことである。なお、今年中にブルーチーズの製造も手掛けたいとのことであり、経営状況を見ながら新商品の開発に力を注ぐ構えであるとのことである。
年間売上高は約600万円で、売上の内訳は、店頭販売が8割で、残りの2割は「発酵の里こうざき」などの道の駅やチーズショップへの卸売りなどである。COVID-19の影響で経済活動が停滞しているときには2割ほど売り上げが減少した。工房の広告や宣伝活動はほぼ行っておらず、口コミで評判が広がっているとのことであり、最近では近隣観光地にあるホテルや県内・都内にあるレストランのディナーなどで食材として使われるようになっている。
(注2) 酸凝固タイプは乳酸菌がつくる酸の力を主に使って生乳を固めたチーズ。フランス産のサン・マルセランや山羊乳製のサントモール、またはアジアで見られる酸っぱい乳製品の多くは酸凝固を利用して製造している。一方、生乳を固める作用がある酵素「レンネット」を使うタイプは、ヨーロッパ型のチーズに多く見られる。
工房は、上野裕氏が酪農経営を営む農事組合法人新利根協同農学塾農場(写真4 飼養規模:成牛約32頭、育成牛約10頭)の敷地内に位置しており、同農場の乳牛から24時間以内に搾乳した生乳を1カ月当たり約500キログラム使用している。同農場では放牧酪農に取り組んでおり、およそ3月下旬〜11月初旬までが放牧期間で自給飼料も生産していることから、粗飼料給与に占める国産割合は100%である。乳牛への給餌は粗飼料が中心であるが、同農場で生産された子実トウモロコシも給与している。都心から最も近い放牧酪農の地であるとして、農場と工房は協力して地域振興に努めている。
国内のチーズコンテストでは、NPO法人チーズプロフェッショナル協会が主催するジャパンチーズアワード2020で銀賞と銅賞を受賞しており、将来は同コンテストの金賞の受賞を目指している。「日本のナチュラルチーズは世界のコンテストで評価が高くなってきているので、自分もいつか世界の舞台でも戦ってみたい」と力強く語る。西山氏の夢の一つは、国内コンテストでの受賞を足掛かりに世界の舞台で腕試しをしてみることであるという。
(2)チーズ工房那須の森
栃木県は生乳生産量が都府県で最も多く、2020年度における生乳産出額は前年比6.8%増の394億円で、品目別でも第2位と産出額の約14%を占めている。中でも同県那須地方(図6)は、乳牛の飼養に適した気候で、かつ原料である新鮮な生乳が仕入れやすいとされ、チーズ作りが盛んである。同地域に位置するチーズ工房那須の森(以下「那須の森」という(写真5))は、19年10月にイタリア・ベルガモで開催されたワールド・チーズ・アワード(WCA)でスーパーゴールドを受賞したことで知られる(写真6)。
那須の森の生乳使用量は一カ月当たり約6トンで、工房の近隣にある前田牧場からブラウンスイス種とホルスタイン種の生乳を使用している。ブラウンスイス種の生乳はたんぱく質などの乳成分が高いことからコクのあるチーズが製造できるとされているため、熟成タイプのチーズに使用されている。フレッシュタイプのチーズは、ブラウンスイス種とホルスタイン種の生乳を合乳して製造している。
工房のスタッフは全8名で、製造アイテムの担当が決まっており、定期的に全員でチーズの味をチェックし、意見交換を行っているとのことである。
年間売上高は約4000万円で、COVID-19の影響は特に見られず、感染拡大前にWCAを受賞した効果もあり、むしろ伸びたという。
現在、6種類のチーズ、カテゴリー別で4種類のアイテムを製造しており(表3)、この他にもチーズフォンデュ用としてミックスを販売している。すぐにアイテム数を増やす予定はないとのことであるが、今後、モッツァレラを製造する可能性はあるという。
チーズの製造過程で生じるホエイは、高タンパク・低脂肪・ミネラル豊富で、骨を丈夫にし、免疫機能を高めるなどの効果もあると言われているものの、チーズ工房では廃棄されていることも多いとされる。有機物を多く含むホエイの廃棄は、経済的な負担や環境負荷がかかることとなる。那須の森では、全国の工房が共通の課題として認識しているホエイの活用に取り組んでいる。工房長の安田翔吾氏(写真7)は廃棄する代わりに、パンやピザの原料、家畜の飼料への利用などしてきたが、現在は、ブラウンチーズの製造にも取り組んでいる。ブラウンチーズは、ホエイを煮詰めて作られ、ノルウェーが発祥とされている。その味は、キャラメルに似ており、砂糖が使われていないにもかかわらず甘く、このままでも食べられると感じられた。また、ホエイをブラウンチーズにすることで保存が効き、形状の幅が広がることとなる。さらに、菓子の原料とすることにより、新たな価値を創出し、ホエイの利用価値を高めたいとのことである。この取り組みに必要な資金については、昨年10月28日〜12月13日の期間にクラウドファンディングで支援を募ったところ、目標金額の150万円を大きくクリアし、250万円に達した。この資金は、ホエイ保存用冷却タンク購入および設置費とブラウンチーズの開発費用に充てられる。安田氏は「自然の恵みである生乳を無駄なく使うことで、価値を高め、持続可能で豊かなチーズ文化を根付かせたい」とホエイの活用プロジェクトに挑んでいる。
安田氏は、国産ナチュラルチーズがレベルアップしたのは、関係者が一体となった取り組みによるものと考えており、また、今後の自身の課題としては品質の向上を挙げ、「特に熟成タイプと白カビタイプの品質が安定しないことがあるので、熟成庫の温度管理などを適切に行っていきたい」と意気込みを見せる。
(3)アトリエ・ド・フロマージュ
長野県の2020年度生乳産出額は対前年比2%減の99億円で、品目別で第6位と産出額の約4%を占めている。長野県は畜産の農業産出額が279億円と全国30位にとどまるものの、生乳の産出額は同12位と上位にランクインしている(令和元年生産農業所得統計)。長野県
東御市(図7)に位置するアトリエ・ド・フロマージュ(写真9)は、日本で初めて農家自家製のナチュラルチーズを作った工房として知られており、14年のジャパンチーズアワードでブルーチーズが最高賞のグランプリを受賞したのを皮切りに国内外のコンテストで数々の受賞歴を誇る。
同工房によると、COVID-19の影響により、卸売の売上は減少を余儀なくされたものの、巣ごもり需要を見越したセット販売に注力したため、トータルにするとコロナ前とほとんど変わらない売上高となった。チーズに関しては売上の内訳は、6割が直営、2割が卸売りでそれ以外は通販である。今後はなるべく通販での売上増を目指したいとのことである。COVID-19の影響で輸入が滞ってしまったため、輸入から国産ナチュラルチーズへの使用を切り替えた取引先もいるという。
チーズ製造に使用する原料は、ブラウンスイス種およびジャージー種の生乳を近隣のフロマージュ牧場から生乳販連を通じて調達しており、ホルスタイン種の生乳は他の牧場から調達している。また、ホエイについては、半分は近隣の養豚業者に引き取ってもらい、半分は廃棄している状況である。
現在、フレッシュタイプ、モッツァレラ、白カビ、青カビ、ウォッシュ、セミハードタイプなど20アイテムを製造しており、カテゴリー別製造量は表4の通りとなっている。
工房の熟成庫は六つの熟成室に分かれており、それぞれの扉に担当者のプレートが貼られている。ただし、17年のモンディアル・デュ・フロマージュ
(注3)で受賞したホルスタイン種とジャージー種の生乳をミックスして製造する酸凝固タイプの「ココン」は、熟成庫とは別に単体で管理している。これは、ココンを製造する際にチーズの表皮に付着させる微生物(酵母)であるジオトリカムの管理が難しいからとのことである。微生物の管理もさることながら、熟成タイプのチーズの品質を安定させることは非常に難しいため、今後の課題であるとのことであった。
チーズ製造において重要なポイントは、脂肪分をいかに逃さないかという点であり、特にカード(凝乳)とホエイを分離させる際に注意が必要であるという。
青カビチーズの製造を志してこの仕事を選んだチーズ工房のチーフを務める塩川和史氏(写真10)は、ヨーロッパと同じ品質を目指すためには日本独自のうま味である味のやわらかさ、繊細さを引き出すことにより海外産のチーズに対抗していきたいという。それには、日本の生乳に合うチーズの作り方を実践している。「ブルーチーズは各種コンテストで高い評価を得ているので、それ以外のアイテムの質も向上させたい。また、今後機会があればモン・ドールタイプのチーズ
(注4)を製造してみたい」と今後の抱負を語ってくれた。
(注3) チーズおよび乳製品のプロ向け国際見本市で開催されるフランスの国際チーズコンテスト。
(注4) チーズの外皮は厚めでクリーム色やオレンジ色をしており、表皮を除いて中身の黄色がかったトロリとした部分を味わうチーズ。味は濃厚なミルク感が特徴。