ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > EUの食肉産業の展望と次期共通農業政策 〜2021年EU農業観測会議から〜
乳製品と同様に、2020年3月のCOVID-19の世界的な拡大(パンデミック)により、外食の営業が制限・閉鎖されたことなどから、食肉需給にも大きな影響が生じた。欧州委員会のデータにより試算したところ、1人当たりの食肉消費量の推移は図1および表5の通りであった。
牛肉については、パンデミックに伴うロックダウンにより、外食からの需要が失われる一方で、家庭内消費は増加した。これにより、家庭での調理で多く使われるひき肉などの廉価な牛肉の消費が大きく増加したが、レストランなどで使われる高級部位の消費は減少した。
この事態に対応するため、欧州委員会は20年5月4日、牛肉の民間在庫措置(PSA)の実施を発表している(注2)。同措置は、20年5月7日〜7月8日の受付期間中に最大150日間の利用が認められたことで、1959トンの牛肉が対象となった。
その後の外食需要が徐々に回復してきたものの、景気の悪化に伴い高級部位の需要は大きな回復とはならなかった。
一方、安価な牛肉については、乳牛の飼養頭数が減少していること、英国のEU離脱後、EUが定めた衛生措置への英国側による対応が遅れたこと、EU産に比べて価格面で優位な南米産牛肉が中国に仕向けられたことなどから、EUへの供給量が減少した。一方で、飼料穀物価格の上昇などから牛肉価格は堅調に推移しており(図2)、EUの1人当たり牛肉消費量は減少が続いている。
豚肉については、中国で発生したアフリカ豚熱発生の影響などによる18年以降の好調な輸出需要を受けて、生産量は増加しながらも域内価格が堅調に推移したことから、1人当たりの豚肉消費量は減少していた。しかし、20年に入りパンデミックによる外食需要の減少、また、EUでのアフリカ豚熱の発生に伴う輸出先国規制による供給過剰も抱え、1人当たりの豚肉消費量は減少したまま豚肉価格は低迷し、生産者にとって厳しい状況が続いている(図3)。
家きん肉については、前述の通り健康に良いとのイメージなどにより、牛肉や豚肉から消費が移っており、1人当たりの家きん肉消費量は増加傾向にある。また、鶏肉価格についても堅調に推移している(図4)。
(注2) 海外情報「欧州委員会、新型コロナウイルスの追加対策を採択。乳製品、牛肉などの民間在庫補助(PSA)を5月7日から。チーズは最大10万トン市場隔離へ」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002692.html)を参照されたい。
農業観測会議の開催に先立ち、欧州委員会のボイチェホフスキ農業担当委員から次期共通農業政策(次期CAP:2023〜27年)の特色について総括的な説明が行われた(写真1)。
以下にその概要を紹介する。
まず、欧州委員会の代表として、会議の直前である12月2日に次期CAPが、欧州議会や閣僚理事会との間で合意に至ったことについて感謝を述べた。
そして、EUで行われている農業が環境に優しく、より持続可能な農業となるよう、同委員は次期CAPが「より公平」で、「より環境にやさしく」で、「より効果的なもの」となることを強調した。
集約化が進んだ農業の中で、中小規模の家族経営の農家、特に畜産の家族経営が脱落していったことを挙げ、今後それらの農家が脱落せず、あるいは生産を再開することが重要であると述べ、「誰も取り残されない(No one left behind)」というキーワードで強調した。
そのために有用な政策手段として、次期CAPでの強化、導入が予定される再分配支払いやエコ・スキーム(注3)を挙げた。また、動物福祉や有機農業に対する支援内容が中小規模経営にとって利用しやすいものとなることを紹介した。
一方で、大規模農家も除外されることはないとし、エコ・スキームの対象とされる精密農業や炭素農業(注3)が大規模農家にとっても魅力的なものになるとした。
また、加盟国ごとの温室効果ガスの排出量、農薬、化学肥料、抗生物質の使用量、有機農業の進展などについて、各加盟国の戦略的計画を評価する際に考慮すると述べた。
(注3) 海外情報「欧州委員会、『エコ・スキーム』として有機農業、総合的病害虫・雑草管理(IPM)、アグロ・エコロジー、アニマルウェルフェアなどの取組みを提案(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002882.html)を参照されたい。
世論は、次期CAPがより環境に優しいものであることを求めているとし、持続可能な農業、アグロエコロジー、土壌保全、二酸化炭素排出削減、水管理の改善などに重点を置いているとしている。
一方で、環境に優しい農業は生産性を下げるとは考えていないとし、環境に優しい農法や動物福祉に対する資金援助などにより、多くの農家がより持続可能な方法で農業生産を再開したり、増加させたりすることができるとした。また、炭素農業や精密農業も、生産資材消費量の削減や排出物の削減に寄与しつつ生産を増加させることができるとした。
次期CAPは、結果に焦点を当てなければならないことを強調した(注4)。次期CAPで支出が予定されている3870億ユーロ(約51兆円)は、生産者や社会全体にとって目に見える結果をもたらし、同時に農家に適正な収入をもたらす経済的効果が必要であるとした。さらに気候、天然資源、生物多様性に対し、利益をもたらす環境的な成果や、農村の発展という社会的な効果も必要であるとした。
(注4) 実際の効果の有無にかかわらず、表面的にCAPの要件を満たすだけで補助金が支給されているという批判に対応。
委員は、次期CAPは、中小規模の生産者への支援について課題として挙げつつも、大規模生産者にも目配りし、より環境に配慮した内容であるとした。また、加盟国が実施に当たり、それぞれ戦略計画を策定することで各国の実情を反映した形で実施できる利点を挙げている。
同会議では、「回復力のあるEU農業食料システム、生産者からの視点」と題したセッションで2人の生産者から発表が行われた。
1人目のフェッター氏(写真2)は、有機野菜の生産者であり、オーストリア西部地域で30ヘクタールの農地で、20名を雇用して生産を行っている。顧客とのつながりを大切にするとともに、情報通信技術(ICT)を利用した中間流通の削減による売り上げの向上が、回復力のある農業の実現につながるとした。
具体的には、クラウドファンディングにより設備投資のための資金を集め、これに協力した資金提供者に対して優良な有機野菜を返送することで投資額に付加価値を与えている。また、多くの国からの注文に応じられるよう、各国の言語や配送手段、規制などに対応したソフトウェアを開発し、オンラインで直接、顧客と取引できるシステムを作っている。
一方、2人目のオディ氏(写真3)は、EU域内では小規模農家に分類される経営規模1.3ヘクタールのフランスの野菜農家である。同氏は、中小規模の生産者が食料を提供する能力を持ち、それらの生産者が持続可能な食料生産を行うことによって十分な収入を上げられるよう、政府が効果的な施策を実施することが重要であると訴えた。
また、営農を継続するためには、「孤立せず、生産者で助け合うこと」が最も重要であるとし、トラクターの故障時に近隣の生産者のトラクターを使わせてもらい修理を手伝ってもらったことや、生産者同士で開催する講習会で技術向上を図ったことなどの経験を披露した。これらの経験から、必ずしも最新技術が経営を助けてくれるわけではなく、多数の生産者が寄り添うことが小規模生産者にとっては助けとなり、回復力のある農業につながるとの主張を行った。