(1)肉用牛飼養頭数
豪州の肉用牛飼養頭数は、干ばつが発生した際には
淘汰が進むことで減少し、その後気象条件の回復に伴い増加に転じる傾向がある。
2019/20年度は、主要畜産地域である豪州東部を中心に前年度からの広範囲な干ばつの影響が残ったことから、過去30年間で最低となる2114万頭
(注5)(前年度比5.5%減)にまで落ち込んだ(図1)。しかし、その後は、一定の降雨など気象条件の改善から20/21年度には2151万頭(同1.7%増)とわずかに回復した。21/22年度に入ってからは、豪州東部の大部分で例年よりも多い降水量が記録され、牧草の生育に好ましい気象条件であったことなどから牛群再構築が進展し、22年6月時点の飼養頭数は2275万頭(同5.8%増)と過去10年で最大の伸び率が見込まれている。今後、降水量は平均的な水準に戻ると予測されるため、牛群再構築の勢いは鈍化するものの、22/23年度には2377万頭(同4.5%増)になると見込まれている。
(注5) 各年度6月30日時点(2019/20年度であれば、20年6月30日時点)の飼養頭数。図では分かりやすさの観点から年で示した。後述する乳用牛経産牛頭数(図6)も同じ。
(2)と畜頭数および牛肉生産量
2021/22年度は、牛群再構築のための雌牛保留やCOVID-19に起因する食肉サプライチェーンでの労働力不足などから、と畜頭数は621万頭(前年度比6.2%減)、牛肉生産量は188万トン(同2.5%減)といずれも前年度からの減少が見込まれている(図2)。なお、牛肉生産量については、過去12カ月のと畜頭数が少なく、長期間の肥育による1頭当たり重量の増加から、と畜頭数ほどは減少しないと見込まれている。
22/23年度には、これまでの牛群再構築により一定の飼養頭数が確保されたことで市場に流通する肉用牛頭数が増加し、また、労働力不足が一定程度緩和すると予測されることなどから、と畜頭数は713万頭(同14.8%増)、牛肉生産量は206万トン(同9.5%増)といずれもかなり増加すると見込まれている。
23/24年度以降の見通しとして、24/25年度(と畜頭数789万頭:同1.4%増、牛肉生産量228万トン:同1.4%増)までは増加傾向であるものの、その後は、気象条件が悪い年の影響
(注6)が顕在化することなどから、と畜頭数、牛肉生産量ともに減少傾向で推移すると見込まれている。
なお、食肉サプライチェーンの労働力は、国境が再開され、サプライチェーンの混乱が解消されるにつれてCOVID-19流行以前の水準に戻ると見込まれている。
(注6) 干ばつなど気象条件が悪化すると、牧草の確保が困難になることなどから牛群再構築の速度が鈍化し、出荷頭数(と畜頭数)が増加する傾向にある。このような場合、雌牛など比較的軽量な牛もと畜されるため、と畜頭数に比べて牛肉生産量が伸びない傾向がある。また、気象条件が通常に戻った際には、雌牛を中心に出荷が控えられ、牛群再構築が図られる傾向がある。
(3)肉用牛生体価格
2021/22年度の家畜市場の肉用牛平均取引価格は、牛群再構築の伸展による出荷頭数の減少などから、過去最高の1キログラム当たり789豪セント(742円、前年度比13.9%高)と見込まれている(図3)。この肉用牛価格の歴史的な高騰により、同年度の肉用牛関連の総産出額も157億豪ドル(1兆4758億円、前年度比9.7%増)と過去最高額が見込まれており、農業全体の総産出額が過去最高額(810億豪ドル、7兆6140億円、同17.4%増)となる一因として挙げられている。
22/23年度は、平均的な降水量から前年度に比べると牛群再構築が鈍化し、若齢牛需要の減少などから同711豪セント(668円、同9.0%安)とかなりの程度の下落が見込まれているが、下落してもなお、過去10年の平均価格に比べると高い水準となっている。
23/24年度以降は、干ばつ様の状況に陥る年度(「経済回復が早いシナリオ」では23/24年度、「遅いシナリオ」では24/25年度)には価格が下落するが、見通し期間の終盤には、世界がより安定した経済状況に戻り牛肉需要が増加することや、平均的な気象条件により農家が牛群を維持できるようになることから価格は回復するとしている。この結果、見通し期間の最終年度である26/27年度には同804豪セント(756円、同6.1%高)と8豪ドルの大台に乗ると見込まれている。
今回、アウトルックの家畜に関するセッションに登壇したオランダの農協系金融機関ラボバンクの市場分析担当であるギロレイ・バード(Gidley-Baird)氏は、直近の肉用牛価格の状況について、好調な価格を背景に生産者が農場への再投資を検討しているため、持続可能性の要素を活用したプレミアムのある肉牛生産を促進できる環境が整っていると分析している。ただし同氏は、持続可能性を訴求したプレミアムにより得られる付加価値は必ずしも高価格帯で売れるということではなく、新しい市場へのアクセス、ブランド評価の向上なども含めて捉える必要があるとしている。
(4)牛肉輸出
見通し期間中、主要輸出市場の経済は緩やかなプラス成長が予測されることから、世界の牛肉需要は増加すると見込まれている。また、シナリオ次第で時期は異なるものの、発展途上国も同様に、所得の向上と都市化の伸展から牛肉消費の増加傾向が続くとされている。ただし、「経済回復が遅いシナリオ」の場合、発展途上国では所得の向上に時間を要することから、低価格帯の牛肉輸出および生体牛輸出(後述)に影響が生じる可能性があることを挙げている。また、中国については、中国国内でのアフリカ豚熱の発生により減少していた豚肉生産の回復後も、牛肉需要が引き続き堅調であること、さらに、所得向上などによる牛肉需要の増加傾向が継続していることから、見通し期間を通して旺盛な需要が見込まれるとしている。
一方、米国については、2023年までは、米国内での牛群縮小傾向から加工用の輸入牛肉需要は弱まると見込みつつも、米国での牛肉価格の高騰と為替レートの低下が豪州産牛肉の対米輸出に有利に働くとしている。併せて、23年から対米輸出に係る関税が実質無税となることにも期待を寄せている。また、24年以降は、米国内での牛群再構築が進展するため冷凍牛肉の需要が増加するとしている。なお、日本については、「日本と韓国についても見通し期間を通して比較的強い需要が維持持される見込み」とし、韓国とともに一文のみ触れられている。
このような中にあって、牛肉生産量の増加と国内の肉用牛価格の下落により、豪州産牛肉の国際競争力は高まると予測しており、牛肉輸出量(船積重量ベース)は、21/22年度に104万トン(前年度比5.9%増)、22/23年度は110万トン(同5.4%増)と順調に増加し、見通し期間の最終年度である26/27年度には、いずれのシナリオにおいても、120万トンの大台を超えると見込んでいる(図4)。
なお、冷蔵コンテナ不足やコンテナ価格の上昇などの世界的なサプライチェーンの混乱はいまだに続いているものの、「経済回復が早いシナリオ」では比較的早期に解消されると見込んでいる。
(5)生体牛輸出
2021/22年度の生体牛(と畜場直行牛および肥育もと牛)の輸出頭数は、65万頭(前年度比16.8%減)と大幅な減少が見込まれている(図5)。この要因についてABARESは、牛群再構築の影響(市場に出回る頭数不足、豪州国内の肉用牛価格高騰など)により豪州の輸出生体牛価格が高騰したことや、COVID-19パンデミックに伴う景気減速で所得が減少し、主要市場である東南アジアの需要が縮小したことを挙げている。23/24年度以降の予測として、平均的な気象条件となることで生体牛市場への供給頭数が増え価格が下がると見込まれることや、経済回復に伴い需要者の所得が向上すると見込まれることから、見通し期間を通じて増加傾向で推移するとしている。
また、主要市場の一つであるベトナム向け生体牛輸出のライバルとして、ブラジルが挙げられている。今後、豪州の価格が低下するに従って両国の生体牛の価格差は縮小するとしており、輸送コストと頭数確保が競争力のキーになるとみている。
生体牛輸出については動物福祉の観点からさまざまな意見があるが、今回、アウトルックの家畜に関するセッションに登壇した豪州の生体牛輸出会社であるライブストック・コレクティブ社のルードマン(Ludeman)氏は、一般を対象とした生体牛輸出に関するアンケート調査結果を報告した。この中で、回答者の72%が「生体牛輸出は豪州経済に大きく寄与している」と認識しているにもかかわらず、「今後生体牛輸出を継続するべきか」や「生体牛輸出産業は社会の声に耳を傾けているか」などの設問に「どちらでもない」と回答した割合が3割に上ったと紹介し、豪州国民の大多数は生体牛輸出について強い意見を持っていないとした。その上で、今後、生体牛輸出が社会に受け入れられるためには、動物福祉への対処や海外の食料供給への貢献など生体牛輸出に係るストーリーを共有し、社会の懸念に応えることが必要であると強調した。