(3)飼養動向
メキシコの豚飼養頭数は増加基調で推移しており、2022年(期末)は1220万頭(前年比3.6%増)まで拡大すると見込まれている(表2)。同国では、豚の品種改良や家畜衛生プロトコル(手順書)の普及による衛生対策の向上などから、現在では家畜疾病の流行が少なく、1腹当たりの産子数の増加、事故率の少なさが特徴となっている。こうした生産性の向上に加え、国内外からの強い豚肉需要が飼養頭数、産子数、と畜頭数の増加に寄与している。
米国とカナダの間で行われているような肥育もと豚や肥育豚の移動はないが、メキシコは米国とカナダから繁殖母豚を輸入している。輸入頭数を見ると、22年は2万5000頭(同66.7%増)と見込まれており、その7割が米国、3割がカナダからとなる。メキシコでは、生産性の維持・向上や疾病管理などを目的に、米国、カナダから繁殖母豚を輸入しており、ユカタン州やプエブラ州が主な仕向け先となっている。
(4)養豚の生産体系
メキシコの養豚は、庭先養豚を除いてインテグレーションが進展しているが、資本投下の水準によりその規模や構成は大きく異なる。メキシコ農業農村開発省(SADER、旧農畜水産農村開発食料省(SAGARPA))は、養豚の生産体系をインテグレーションの度合いや導入技術のレベルなどによって、次の三つのタイプに分類している。
ア 高度技術型(インテグレーションの進んだ大規模な企業養豚。飼料部門からと畜・解体部門まで統合している企業もある)
イ 中小規模商業的生産型(資金力が乏しいことからインテグレーションの度合いも低く、飼料は飼料会社から購入している)
ウ 伝統的庭先生産型(基本的に自家消費、または副収入源として豚を飼っており、メキシコ全土で散見される)
メキシコの養豚は、インテグレーションが進展していることから一般的には一貫経営であるが、繁殖農家や肥育農家も存在する。ただし、それらは主にインテグレーションの中に組み込まれた契約生産となる。
国内外の旺盛な豚肉需要に応えるため、また、安価な米国産に対抗するためにも効率的な生産体系である高度技術型の生産が進展しており、その影響を受けて中小規模商業的生産型は縮小傾向にある。ただし、廃業に追い込まれるものだけではなく、高度技術型のインテグレーションの中に組み込まれていく例もある。
高度技術型の生産体系では、母豚の年間分娩回数は平均2.3〜2.4回であり、1腹当たり生存産子数は平均10.5〜11頭で、年間離乳頭数は約25頭となる。品種については、日本と同様にランドレース、大ヨークシャー、デュロックの三元交配が主流となっている。出荷体重は経営体によって異なるものの、企業養豚ではと畜・解体の効率性の観点から1頭当たり130キログラムで統一される傾向がある。
(5)飼料穀物
メキシコで生産されるトウモロコシの約8割が食用の白トウモロコシであり、これらは主にトルティーヤなどに使用される。残りの約2割が黄トウモロコシであり、飼料用などに用いられるが、絶対量が不足していることからその多くを米国から輸入している。主な輸入港は、ユカタン半島のプログレソ港であり、南東部の主要養豚生産州ではこの米国産トウモロコシに依存した生産体系となる。これは、競合する米国産豚肉などと比べて穀物相場の影響を受けるため、輸送コストなどの面でも不利な立場になる。また、小麦の主産地であるソノラ州では、カナダ西部と同様、小麦を中心とした飼料が給餌されており、豚肉の脂肪は白くなる特徴がある。USDAによると、メキシコでは、養豚の生産コストに占める飼料費の割合は75%近くに上るとされ、他国と比べて高い傾向にある。なお、メキシコの飼料業界団体のCONAFABによると、同国内で生産された配合飼料の約17%が養豚向けであり、養豚向け飼料の約6割は、インテグレーション化された養豚企業の飼料部門が製造する配合飼料で、残りの約4割は飼料会社が製造する配合飼料となっている。2022年はインフレが進み、エネルギーコストや飼料費が上昇する中で、飼料用トウモロコシの米国依存度の高い養豚経営の収益性は悪化しており、同国養豚業界が抱える課題の一つとなっている。
(6)と畜施設の種類
メキシコのと畜施設は、(1)TIF(Tipo Inspección Federal)認証施設(2021年12月時点の施設数:120カ所)(2)地方公共団体が設立した公営と畜施設(同910カ所)(3)その他私営の小規模なと畜施設(同157カ所)―の3種類に大別される。
TIF認証とは、食肉製品の製造過程で安全衛生基準が満たされていることを保証するものであり、SADERの出先機関であるメキシコ食品衛生安全品質管理局(SENASICA)が認証する。インテグレーションの進んだ高度技術型の養豚経営では、豚肉輸出にはTIF認証施設でのと畜が必要条件となるため、多くのインテグレーションは自社でTIF認証施設を所有している。TIF認証施設は、食肉製品の製造過程で連邦政府による検査を受ける必要がある。
近年の豚肉の輸出需要の高まりやインテグレーションの進展などにより、TIF認証施設での豚と畜割合が増えている。19年のTIF認証施設での豚と畜割合は8年前(11年)と比べて21.3ポイント増の59.9%となっている(図5、6)。これでもTIF認証施設は不足しているとみられ、と畜処理能力を超えた稼働や週末の稼働があるといわれている。一方で、私営の小規模なと畜施設は、農村部の低所得者層のニーズを満たすために今後も存続していくとみられている。
21年のTIF認証施設での豚と畜頭数を州別に見ると、ソノラ州が28%と最も高く、次いでユカタン州が19%となった(図7)。一方で、豚肉生産量が最も多いハリスコ州は14%と3番手にある。ソノラ州は企業養豚が多く、日本向けを中心に輸出量が多い。また、ユカタン州は大手企業養豚のケケン社がある。輸出需要が高まる中で、今後、伝統的な生産州であるハリスコ州などでもTIF認証施設は増えていくものとみられる。
(7)安価で技術力のある労働力
メキシコには安価で、かつ、輸出先のニーズに柔軟に対応できる技術力のある労働力が豊富にあるため、人件費の安さを強みに国内向け、輸出向けともに加工度の高い製品などを供給しており、日本向けの規格にも対応可能である(主要豚肉生産国の平均賃金は図8の通り)。日本では、加工・業務用として用いられることが多い冷凍豚肉は、現在、スペインからの輸入が最大であるが、スペインが日本向けの規格に対応した加工処理を習得するに当たり、メキシコから技術者を
招聘したとも聞く。同じスペイン語圏であることから意思疎通が容易だったものと想像される。
米国食肉輸出連合会(USMEF)の推計では、メキシコ向けに輸出された米国産豚肉の約7割はメキシコ現地で加工処理(脱骨作業など)が行われているとしている。加工処理は、骨付き肉(もも・うで)の脱骨、脂肪の除去・成形、ポーションカット(そのまま調理できる大きさ、形に分割したもの)などが行われるほか、ソーセージなどの豚肉加工品の製造も行われている。それらは国内市場のみならず米国向けに再輸出されている。また、日本や韓国向けには、串刺しや糸巻きなどの一次加工品の輸出も行われている。
(8)コロナ禍の生産動向
コロナ禍初期の2020年4〜5月ごろは、隣国の米国では、労働力不足などによる一部食肉処理場の稼働停止や稼働時間短縮が相次いで起こり、同国の豚肉を含む食肉生産などに大きな影響を及ぼした。他方でメキシコのTIF認証施設では、COVID-19の予防措置として衛生プロトコル(手順書)が的確に順守されたため、豚肉生産を中断・縮小することなく維持することができた。
しかしながら、外食産業や観光業などメキシコ経済への影響は大きく、国内の豚肉需要は落ち込み、20年3〜5月ごろは豚枝肉価格や生体価格が一時期に下落した。特に豚枝肉価格の下落は生体価格の下落幅よりも大きく、大手企業養豚の収益を圧迫したとされる。しかし、その後は巣ごもり需要により同価格は回復した。また、アフリカ豚熱の影響により国内需給がひっ迫した中国向け豚肉輸出の増加なども、豚枝肉価格や生体価格の回復を後押しした。現在は、メキシコ経済の回復に伴う豚肉需要の増加、世界中で加速するインフレなどを背景に高値で推移している。