(1)Wagyuの遺伝的能力評価
豪州Wagyuは、従来、豪州の肉牛の牛群改良に利用されるブリードプラン(BREEDPLAN)と呼ばれる遺伝的能力評価システムにより、増体や脂肪交雑、枝肉重量など14項目の形質を評価し、改良が行われてきた。2018年以降は、豪州Wagyuに特化した遺伝子解析モデルであるシングルステップ豪州Wagyuブリードプランが利用されてきた。これは、AWAが豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)の資金援助を受け、豪イングランド大学とNSW州第一次産業省との共同事業である動物育種遺伝ユニット(AGBU:Animal Genetics and Breeding Unit)および農業ビジネス研究協会(ABR:Agricultural Business Research Institute)と連携して開発したものである。脂肪交雑などWagyu固有の形質の推定育種価(EBV)計算に遺伝子情報を取り入れることにより、従来のブリードプランよりEBVの正確度が増したとされている。
さらにAWAでは、22年3月からAGBUによって更新された新たな豪州Wagyuブリードプランを導入している。これは、交雑種のデータを組み込んだもので、豪州Wagyuと他の肉牛品種との交配による子牛生育および枝肉成績などへの効果を考慮することができるものとしている。この新たな豪州Wagyuブリードプランでは、600日齢時体重の遺伝率を除き、出生体重、枝肉重量、脂肪交雑、ロース芯面積で遺伝率が向上している(表4)。また、平均EBVの精度もそれぞれわずかに向上しているほか、EBVの範囲が広がっているため、AWAは、新たな豪州Wagyuブリードプランにより算出されるEBVが生産者の交配牛選定に寄与するとしている。
このほかAWAでは、豪州Wagyuの繁殖を行う農家に向けて、以下に定義する優秀な種雄牛や繁殖雌牛などのEBVに関するデータを毎月更新し、「豪州Wagyu繁殖ガイド」として公開している(図3)。
- 種雄牛:登録された子牛が10頭以上であり、過去3年以内に生まれた子牛が登録され、200/400/600日齢のそれぞれの体重EBVの精度が80%以上である種雄牛。
- 繁殖雌牛:登録された子牛が3頭以上であり、過去3年以内に生まれた子牛が登録され、200/400/600日齢のそれぞれの体重EBVの精度が80%以上である繁殖雌牛。
- 若齢の雄牛:5歳未満であり、200/400/600日齢のそれぞれの体重EBVの精度が50%以上である雄牛。
(2)Wagyuの改良増殖状況
AWAによると、豪州Wagyuブリードプランで改良増殖に供する牛の頭数は、2021年度で20万頭以上が登録されている(図4)。これらの牛の遺伝子がフルブラッドWagyuとの交配に用いられ、豪州で30万頭以上のF1 Wagyuが増殖したとしている。
また、AWAが遺伝子検査を導入した17年以降、枝肉重量、脂肪交雑、ロース芯面積のそれぞれの平均EBVは着実に上昇しており、21年までの5年間で枝肉重量は約6キログラム増、ロース芯面積は約0.7平方センチメートル増、脂肪交雑は約0.4増となったとしている(図5〜7)。
さらにAWAでは、今後1年以内に豪州Wagyu肉に含まれるオレイン酸などの一価不飽和脂肪酸の測定を開始し、将来的に改良に活用することを検討するとしている。当該形質は遺伝率が0.5以上と高く、一価不飽和脂肪酸の含有量を測定し、豪州Wagyuブリードプランにおける豪州Wagyu肉の脂肪酸組成に関するEBVを開発することが目標であるとしている。これにより、より柔らかく融点の低い脂肪を選択することが可能となり、豪州Wagyu肉のブランド力が高まると期待されている。
(3)後代検定プログラムの実施と活用
Wagyuの改良増殖を行う上で必要となる遺伝的データのうち、特に枝肉形質のデータは、垂直統合型のサプライチェーンを持たない小規模なWagyu生産者にとって入手が難しいものとなっている。AWAでは、これまで測定していない形質を含めたWagyuの総合的な遺伝子情報をすべての会員に提供するため、会員の豪州Wagyuを対象とした後代検定プログラム(Progeny Test Program:PTP)を実施している。
本プログラムでは、21年から31年までの10年間で250頭以上の豪州Wagyu種雄牛の遺伝的能力評価が行われる。具体的には、評価を行おうとするフルブラッドWagyu種雄牛約40頭とフルブラッドWagyu雌牛約2000頭を交配して子牛を生産する取り組みを7回行い、これにより生産された雄子牛から成長特性、飼料効率、枝肉特性などのデータを、雌子牛から成長データ、繁殖能力などのデータをそれぞれ収集することにより、合計で250頭以上(最大、40頭×7回=280頭。種雄牛が40頭に満たない組もあることから、AWAは「250頭以上」と公表している)のフルブラッドWagyu種雄牛の遺伝的能力評価を行うこととしている。本プログラム1年目となる21年には、豪州国内9カ所の生産農場のWagyu群40頭の種雄牛と1433頭の雌牛が本プログラムに参加し、同年10月から人工授精によるデータ取得のための子牛生産が進行中であるとしている。
AWAは本プログラムにより、成長形質に対する遺伝的メリットを早い段階で推定することができるとし、まだデータのない肉牛の歩留まりの遺伝的情報や、Wagyuの脂肪酸組成の変化、体型や健全性も新たにデータとして収集し、豪州Wagyuブリードプランに反映するとしている。