当所は、わが国における畜産の発展と国民の豊かな食生活に貢献することを使命としています。福島県に本所があり、北海道から九州まで11牧支場があり、うち肉用牛関係は5牧場(黒毛4、褐毛1)です。本所も含め各場が連携しながら、種牛の育種改良と肉用牛に関する技術開発などを行っています。生産された種雄牛は、一般社団法人家畜改良事業団などの後代検定を行うAI事業体に貸し出されますので目立たない存在ですが、他にも各県などの和牛の育種改良などにも重要な役割を果たしています。
まず本所では、牛の個体識別(トレーサビリティ)業務を行っており、生産履歴情報などの大量のデータを蓄積し、情報発信しています。同業務はもともとBSE対策として始まったものですが、現在は各種補助事業、家畜や枝肉の売買、家畜改良や登録などに幅広く応用され必須のツールとなっており、アクセス数も増加し続けています。
さらに上述の業務の他に各県などから集められた肉用牛の発育や肉質データから高度な統計解析により遺伝的能力を評価し、フィードバックして改良に役立ててもらっています。またDNAマーカーや遺伝子の解析を行い、ゲノム育種に役立てています。繁殖分野では、超音波法による経膣採卵技術と体外受精による胚生産技術などを得意としています。これらは県や民間などから依頼を受け、技術研修も実施しています。さらに若齢牛肥育、経産牛肥育などの技術開発を行い、多様な牛肉生産にもチャレンジしています。
肉質分野では牛肉の食味性と各種評価技術との関係や、和牛肉輸出に関連する調査研究(外国人の和牛肉に対する
嗜好性など)に取り組んでいます。実は前述したオレイン酸などの脂肪酸の成果は、私が前職場でメーカーと開発した光学装置と、当所などが作成したソフトウェアや食味性の成果が基盤となっており、さらには後述する全共での採用などと相まって全国に広く普及したものです。
近赤外光を用いた光学評価技術は、非破壊で迅速、安価、安全に評価できるという優れた特徴を有し、青果物分野では日常的に利用されています。肉質分野ではわが国が国際的最先端の光学評価技術で実践しており(光学評価法)、和牛肉の脂肪質が大きく注目されるきっかけにもなりました(写真1)。すでに神戸ビーフや宮崎牛などの和牛の改良、さらには信州プレミアムなどの新ブランド作出、食肉市場での肉質評価などに貢献し、近赤外光ファイバ装置が150台以上普及しています(写真2)。また当所では本技術の豚肉への実用化も進めています。
なお脂肪質は、格付や外観だけでなく、人の健康や肉の食味性の高さに関係する大切な要因です。特に和牛の脂肪酸は他品種に比べオレイン酸含量が高いことが特徴で、食味性全般(舌触りなど食感の良さ、多汁性の高さ、呈味性と香り(風味)の強さや良否)に関係しています。一方、脂肪交雑と脂肪質は異なる要素で、例えば脂肪交雑が非常に高くても脂肪質が劣るものだと食味性は劣ります。和牛肉の脂肪質と食味性の詳細については別に紹介しています(日本畜産学会報92(1)1-16、畜産技術誌、本年3、4月号)ので、そちらをご覧ください。
さらに各牧場では和牛の遺伝的多様性に貢献すべく、基礎となる系統群に加えて希少系統も考慮した改良・維持を進めています。前述した遺伝子検査の成果(FASN(脂肪酸合成酵素)型は特許取得)はすでに種牛生産に生かされ、脂肪質にも優れた貴隼桜、知恵久、勘太などの種雄牛を作出しています。
近年の肉用牛飼養技術の目玉は、当所の鳥取牧場で実現された代謝プロファイル法です。多くの牛を飼育し、詳しく調査できる当所の特徴があってこそ生み出された優れた実用技術です。体型や血中成分で栄養代謝をモニタリングしながら栄養制御により繁殖成績を上げるというもので、詳細は当所のホームページ
(http://www.nlbc.go.jp/tottori/kenkyuuseika/taishaprofairu/H28mptsindan.pdf)をご覧ください。実際に各牧場で応用したところ、大変効果的であることが裏付けられています。是非ご活用ください。
他にも当所は、種畜検査や和牛精液・受精卵などの保護調査業務、飼料作物の種苗の生産や検査、家畜伝染病や自然災害時の外部支援、SDGs、アニマルウェルフェア、分娩監視などのスマート畜産を含め、非常に多くの分野で実際の肉用牛産業に貢献しています。