総会では、世界の乳製品市場の展望などについても報告が行われた。ここでは、EUを中心とした世界の乳製品市場の動きについて紹介する。
(1)乳製品の輸出に影響を与える競合国や輸出先などの動向
ア 中国
中国は、EUにとって主要な乳製品輸出先の一つであり、近年、中国国内の乳製品需要の増加もあり、EUからの乳製品輸出量は脱脂粉乳やチーズを中心に大きく増えている(図7)。また、世界の乳製品の貿易に占める中国の割合は13年の15%から21年には22%まで増加するなど、世界の乳製品需給に与える影響は拡大している。しかし、中国国内での生乳生産量の増加などに伴い、22年に入り輸入量は減少している。
総会では、中国国内の生乳価格上昇から酪農家の収益が増加し、生乳生産量も増加傾向となり、これが輸入量の減少につながったと報告された。他方で消費量については、上海のロックダウンの影響などもあり、22年は増加が期待できないと見込まれている。
なお、中国の生乳生産量が1%増加するとオセアニアの乳製品輸出量が1%減少するなど、中国国内の生乳生産動向は世界の乳製品需給に大きな影響力を及ぼすとの報告があった。21年の中国・香港の乳製品輸入量のうち、約65%がNZ産で占められている一方で、NZも中国向けが40%以上を占めるなど、相互依存の関係となっている。
イ 米国
米国の牛乳・乳製品輸出量は世界の2割を占めるなど、EUにとって乳製品の貿易競合国の一つである。米国の生乳生産量の18%が輸出に向けられており、近年は東南アジア、メキシコ、中国向けなどが増加し、米国内の乳製品消費量の増加に比べ輸出向け乳製品貿易量の増加が大きくなっている。
総会では、米国の乳製品輸出の懸念材料として、中国のロックダウン、インフレ圧力、輸送の遅延、農場や工場での投入コスト上昇、米国の生乳生産量のひっ迫が挙げられた。一方で、中国以外の国・地域の在庫量が低水準であり、乳製品の健康的なイメージ、観光需要の回復など米国の輸出に有利に働く点も挙げられた。このうち、米国内では、生乳生産量は伸びているが、それは利益の確保が可能な州に限定されていることに加え、牛群再構築が進んでいること、また、乳業工場などが人手不足ということもあり、乳製品生産量は新型コロナウイルス感染症(COVID−19)拡大前の水準にまで回復していないとの報告がなされた。
しかし、米国の乳製品部門は、長期的に見ると成長の余地があることに加え、脱脂粉乳、全粉乳などの価格はEU、オセアニアと比較して安価であることから、今後の輸出は伸びが見込まれるとされた。なお、世界的に需要が堅調なチーズは、新たな製造工場が建設されるなど国内向け生産量が増加している。
ウ オセアニア(NZおよび豪州)
オセアニアの牛乳・乳製品輸出量は世界の3割を占めるなど、EUにとって米国と同様に乳製品の貿易競合国の一つである。
総会では、NZについて、干ばつによる草地状況の悪化により補助飼料を給与しているが、その価格が上昇するなど生産コストが増加する中で、為替の影響もあり輸出競争力が低下していると報告された。特に北米、ロシア、イラン向けの輸出が減少している。
豪州については、国内需要が堅調で、乳価が高い水準にあるものの、生乳生産量の伸びは困難と報告された。この要因として、人件費や燃料、光熱費の上昇など生産コストの増加から利益が目減りする中で、労働力不足や天候不順が挙げられた。加えて、牛肉需要の増加から乳用牛のと畜が増えていることや、土地価格の上昇による新規参入の抑制も影響している。
オセアニアからの乳製品輸出については、東南アジア向け輸出は好調に推移しており、特に脱脂粉乳やチーズが増加している。中国向け輸出は、短期的には、上海のロックダウンによる人の動きの停滞、フードサービス業界の回復遅れといったマイナス面があり、今後はロックダウン解除後の需要への刺激、輸送の混乱の回復が重要であるとしている。
エ その他
総会では、これら以外にもEUの乳製品の輸出に影響を与える可能性がある国として、アルゼンチン、インドなどが挙げられていた。アルゼンチンについては、輸出税など政策面での見通しが立たないことから今後の影響は不透明であるとされた。一方で、インドは世界最大の生乳生産国であるものの、同国内の消費者物価の高騰に伴い乳製品を一時的に輸入する可能性もあるとされた。しかし、生乳の国内生産が政治的に果たす重要性を考えると、生産者の輸入反対によって、乳製品の輸入が行われないのではないかとしている。同国は、伝統的に乳製品の貿易に参加してきていない閉鎖的な国であると報告があった。
(2)世界的な乳製品の輸入需要への課題など
ア 生産コストの上昇
ロシアによるウクライナ侵攻以降、世界的なエネルギー価格の高騰に拍車がかかっている。また、穀物生産国であるロシアやウクライナからの穀物輸出が停滞する中で、世界的な穀物価格の高騰は今後も継続すると見込まれている。さらに、EU南部での干ばつなども加わり、飼料需給もひっ迫しており、生産コストは上昇の一途をたどっている。一方で、生乳取引価格は過去最高値を記録するなど上昇が続くものの、生産者の手取り収入(収入−全算入コスト)は例年並みの水準にとどまっているとの報告もあった。
総会の中では、過去にこうした状況になった際は小売価格への転嫁が可能であったが、今回は政府によるインフレ抑制の雰囲気醸成もあり価格転嫁を容認しづらい状況になっていると報告された。こうしたコスト高騰を予測し、リスク回避のためにはサプライチェーンを見直し、それぞれの利益が圧縮されないような準備が必要との指摘もなされた。
イ 持続可能な生乳生産への対応
欧州委員会は、欧州グリーンディール政策内で温室効果ガス(以下「GHG」という)排出量の削減やFarm to Fork(農場から食卓まで)戦略
(注6)(以下「F2F」という)内で持続可能な食料生産を掲げている。こうした中で、畜産業に対しても窒素排出量削減やアニマルウェルフェアに関する規制が強まり、生乳生産への影響が報告された。
F2Fの影響については、生乳生産量が10%減少するという欧州委員会の試算
(注7)があるが、登壇した欧州委員会担当からは、この試算に当たっての前提条件を限定していることに加え、次期共通農業政策
(注8)の加盟国別の戦略計画により、生乳生産に与える影響は変わってくるとの回答があった。
一方で、出席者からは、ロシアによるウクライナ侵攻で食料安全保障も大きなテーマとなっているとして、EUは世界に向けて食料供給を行っていく役目もあるとの発言もあった。
(注6) ALICセミナー「EUの『Farm to Fork(農場から食卓まで)』戦略について」(https://www.alic.go.jp/content/001184979.pdf)を参照されたい。
(注7) 海外情報「欧州委員会がF2F等の実施により域内生産が減少するとの予測を公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003045.html)を参照されたい。
(注8) 海外情報「欧州議会および閣僚理事会が次期共通農業政策を正式に承認(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003120.html)を参照されたい。
ウ 乳製品代替食品の動向
乳製品代替食品は、健康、アニマルウェルフェア、持続可能性に寄与するとのイメージもあり、若い世代を中心に市場が拡大し、現在では多くの乳業も市場に参入している(写真2、3)。また、世界人口の増加に加え所得の向上により、動物性タンパク質の需要も増加基調にある。2050年には畜産物の需要は現在より60%増加するともいわれており、畜産業は農業の中ではGHGの大きな排出源とされることから、現在の生産方法を継続していくことは難しく、新しい方法を考える必要があるとの声もあった。
乳製品代替食品は、一般的に植物性の場合は製造技術が低く、製品の種類も多いが、植物性以外にも精密発酵(注9)や細胞培養などによる代替食品の研究が進められている。乳製品代替食品への投資額は、21年でも植物性乳製品代替食品に対して21億ドル(2891億円)と最も多いものの、20年以降は精密発酵や細胞培養などによる代替食品への投資額も急速に増加している。
米国では21年末に精密発酵によって製造されたチーズ代替食品が販売されたものの、成分表記には「動物性タンパクでないホエイ」「本製品には乳製品を含む可能性がある」といった記述が見られたことから、規制を実態に合わせていく必要があると考えられる。また、乳製品代替食品の生産コストが高いため、消費を増やすには今後大量に生産してコストを抑えていく必要があるとの指摘があった。
総会では、EUの代替乳生産・販売の動向に関する質問があり、発表者からは、EUは食品に関する規制が厳しいため、現在、研究などが進められている米国、シンガポール、イスラエルなどと比較して、製品の実用化には最も時間がかかるのではないかとの回答があった。
(注9) 微生物に製造させたいタンパク質の遺伝子を挿入し、タンパク質を生産する手法。