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海外情報 畜産の情報 2022年9月号

酪農大国ドイツにおける持続可能性への取り組み

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 ドイツは、EUの生乳生産量の2割を占めるEU最大の酪農国である。同国は国土面積に占める農用地の割合が高く、農業が環境に与える影響が大きいこともあり、昨今の持続可能性や動物福祉に対する意識の高まりや生産コストの上昇が、生乳生産を抑制する要因となっている。同国最大の乳業メーカーであるDMKは、持続可能性、動物福祉などに対する消費者の要望に応えるため、長きにわたりさまざまな取り組みを行っているが、すべての要望に対応できるかは不明である。また、取り組みに係るコストを誰が負担するのか、今後焦点になるものと思われる。

1 はじめに

 前回(畜産の情報2022年8月号)は、EU酪農・乳業の現状と展望について報告したが、本稿では、EUの酪農大国であるドイツの酪農・乳業について概観するとともに、同国の持続可能性、動物福祉、生産コスト上昇の現状について資料および聞き取り結果などを基に整理した。また、現地の乳業による持続可能性などに対する取り組み内容や、酪農生産者の営農状況について報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2022年7月末TTS相場である1ユーロ=138.75円を使用した。

2 ドイツの農業、酪農の概況

(1)ドイツの農業概況

 森林が大部分を占める日本とは異なり、ドイツは国土面積のうち、半分以上が農用地として利用されており、農業に適した地形を持つ国である(表1)。言い換えれば、農業による国土への影響も大きくなるため、環境に及ぼす影響の一因として農業が注目されている。
 ドイツの農業産出額のうち約半分を畜産が占めるが、そのうち4割以上は酪農であり、同国農業における酪農の存在感、影響度合いは大きい(表2)。
 


 

(2)ドイツの酪農概況

 ドイツの生乳生産量はEU全体の2割を占め、欧州最大の酪農国である。
 ドイツの酪農概況を見ると、経産牛の飼養頭数は、乳製品需給の緩和などからの乳価下落や、1頭当たり乳量の増加などにより、2016年以降は減少に転じており、21年の経産牛飼養頭数は385万頭(日本の同頭数の4.6倍)と15年のピークから10%減少している。また、酪農家戸数は10年から21年の間に40%も減少し、1戸当たりの飼養頭数は70頭と同期間に53.8%増加している(表3)。
 このためドイツでは、200頭以上を飼養する酪農生産者(全体の5%)が国内の経産牛の3割を飼養するなど、大規模化が進んでいる一方で、飼養頭数49頭以下の酪農生産者(全体の5割以上)の飼養頭数は16%となっている(図1)。





 このように、経産牛の飼養頭数は、10年から20年にかけて6.2%減少する中で、家畜改良や飼料利用の増加などから同期間の1頭当たりの乳量は19%増加したことで、20年の生乳生産量は3317万トン(前年比0.3%増)となった。21年は3270万トン(同1.4%減)と減少したが、ドイツ乳業協会によると、生産コストの増加やEUの環境規制強化などによる飼養頭数の減少に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大による労働力不足が影響しているとされる。
 ドイツの酪農地帯は大きく南東部、北西部、北東部の三つに分けられる。生産者戸数や飼養頭数は南東部のバイエルン自由州や北西部のニーダーザクセン州に多いものの、1戸当たりの飼養頭数は、北東部のメクレンブルク=フォアポンメルン州やブランデンブルク州といった旧東ドイツ諸州が多い(図2)。 


 20年のデータによると、生乳のうち32%がチーズ、28%がバターに仕向けられ、飲用は8%にとどまった。半数以上が飲用に仕向けられている日本と比べ、乳製品に仕向けられる割合が高い(図3)。

 

(3)ドイツの生乳・乳製品需給

 ドイツで生産される牛乳・乳製品の約5割(生乳換算1680万トン)が輸出に向けられる一方で、国内で消費される同製品の約4割(同1260万トン)が輸入で賄われている(図4)。このほか、近隣諸国とは生乳の輸出入も行われており、EU域内との結びつきが深い。
 また、伝統的に食生活の中で多くの乳製品が利用されており、日本と比較するとチーズ、バター、ヨーグルトなどの生産量やその種類も多い(表4)。





 
  ドイツ国内で生産されたバターおよびチーズは、それぞれ生産量の3割程度と5割程度が域内外に輸出されている。バターの輸出量の約9割、チーズの8割以上が域内向け輸出であるが、域内からの輸入も多い(表5)。バターを見ると、主要輸出先はオランダ、フランス、オーストリアであり、主要輸入先はオランダ、アイルランド、ベルギーである。また、チーズでは、主要輸出先はイタリア、オランダであり、主要輸入先はオランダ、フランス、デンマークである。


 ドイツ国内の乳業会社については、年間100万トン以上の生乳を処理する企業が7社ある一方、年間5万トン未満の生乳を処理する企業も全体の40%近くを占める。これらは主に、チーズなど地域に根付いた製品を製造しているとみられる(表6)。

 

(4)持続可能性に関する基準

 EUはグリーンディール戦略(注1)の中で、次のような持続可能性に関する目標を掲げている。
 
 ・2030年までに化学農薬の使用とリスクを50%削減、同年までにより有害性の高い農薬の使用を50%削減
 ・2030年までに肥料の使用量を少なくとも20%削減、同年までに土壌の肥沃度を低下させることなく、養分の損失を少なくとも50%削減
 ・2030年までに家畜・水産養殖用の抗菌性物質の販売を50%削減
 ・2030年までに全農地の25%を有機農業とするための取組を後押し
 ・2024年を目途に、消費者が健康で持続可能な食品を選択できるよう、持続可能な食品表示制度を開発
 
関係者の間で、共通認識となるような影響分析は行われていないが、欧州委員会の研究機関が行った試算結果では、これら目標を達成することによって、生乳生産量が10%程度減少するという見通しがある。

(注1) 資源の消費を抑えつつ経済成長を実現し、2050年までの温室効果ガスの実質排出ゼロ(気候中立)とすることを目指す戦略。
(参考) 海外情報「欧州委員会がF2F等の実施により域内生産が減少するとの予測を公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003045.html)を参照されたい。
 
 さらにドイツは、23年からの共通農業政策(CAP)の戦略計画の中で、有機農業の農地割合を30年までに全農地の30%に拡大するという、F2F戦略で定める水準を超える目標を定めている。
 しかしながら酪農に関しては、21年の生乳生産量のうち、有機生乳の占める割合は4%程度であり、ドイツ政府が目標とする生乳生産量の30%を有機生乳にすることは困難であろうとの意見も聞かれた。

(5)ドイツの動物福祉における基準

 ドイツには、イニシアティブ・ティア・ウォール(ITW)と呼ばれる2015年に創設された動物福祉に関する同国最大のグループが存在する。ITWはドイツの生産者団体であるドイツ農民連盟(DBV)をはじめ、食肉加工、食品流通、小売、食品産業関係者で構成されており、21年のドイツ産豚肉の34%、家きん肉の80%がITW会員によって供給されたとしている。
 ITWは22年に新たに乳牛に関する動物福祉の自主基準を定めた(表7)。この基準では、つなぎ飼いを禁止し、就寝や運動のための十分な環境を用意することや、分娩時の環境や除角の方法、生乳の体細胞数などについての条件を定めている。22年5月の欧州乳製品輸出入・販売業者連合(EUCOLAIT)総会では、ドイツではこうした動物福祉に関する基準が主流となり、中には法制化されていくことが家畜の飼養環境の改善につながるとの見方が示された。しかし一方では、品質や安全性を向上させる点は認めつつも、これに対応する設備投資を行えない小規模生産者が酪農から撤退することが危惧されるとした。

(6)ドイツの生乳生産コスト

 欧州の生乳生産者団体である欧州ミルクボード(EMB)は、ドイツの農業経済地域研究所(BAL)が欧州委員会の農業経営データネットワーク(FADN)をもとに試算した欧州の主要国の生乳生産コストについて、隔年で報告している。
 2021年のドイツの生乳生産コストは、生産者の手取りを含まない支払いコストだけで1キログラム当たり36.09ユーロセント(50円)であった。これは、過去最悪と呼ばれた19年の干ばつの影響を受けた支払いコストに次ぐ過去2番目に高い水準である。21年のEU平均では、同38.06ユーロセント(53円)と過去最高となっており、支払いコストは上昇している。
 21年の生産者手取額(乳価にCAPによる補助相当額を加えたものから支払いコストを差し引いた額)を見ると、ドイツは1キログラム当たり3.01ユーロセント(4円)にとどまった。同年の報告では、これを生産者1時間当たりの手取額に換算すると同6.10ユーロ(846円)に相当するとし、21年1月時点のドイツの最低賃金額9.5ユーロ(1318円)を大きく下回る水準であった。なお、19年は支払いコストが収入を上回っており、赤字の状態となっている。
 このように、乳価は上昇しているものの、生産者の生産意欲を刺激する水準には至っていない(表8)。

3 ドイツ乳業の取り組み

 上述のような欧州域内の酪農生産者などに対する生物多様性の維持や気候変動対策、動物福祉に関する要求の高まりについて、ドイツではどのように対応しているのか、国内最大の乳業であり酪農協でもあるDMKから聞き取りを行う機会を得たので紹介する。

(1)DMKの概要

 DMKは、グループ全体で生産者5200名、雇用者7500名を抱えるドイツ国内で最大の酪農協・乳業であり、全世界で見ても2020年では世界13位の規模とされている(表9)。また、年間630万トンの生乳を処理しており、これは日本の生乳生産量(21年は765万トン)の8割以上に相当する。
 
 
 DMKの本社があるブレーメン市は、ドイツ北西部の酪農が盛んな地域であり、日本近辺でいえば樺太半島北部と同じく北緯53度に位置している。しかし、気候は温暖であり、夏の最高気温は20度程度にとどまる一方で、冬の最低気温もマイナス2度程度までしか下がらず、また、1日の寒暖差も小さく恵まれた気候条件となっている(図5)。
 生産者はDMKとの間で生乳の供給契約を締結すると、最低2年間、生産した生乳の全量を出荷する義務が生じる。乳価は乳製品の販売による収益を分配する形式で毎月変更され、前月末には生産者に通知される。工場は製品別に分かれているが、生乳規格は社内で共通である。

 

(2)持続可能性戦略とその取り組み

 DMKは、持続可能性を戦略要素として不可欠であるとみなしており、2030年に向け、より持続可能な企業活動を実現させるための行動戦略を策定している(表10)。

 
 以下は、その行動戦略に基づく、環境・気候変動対策、動物福祉、生物多様性の維持などに関する同社の具体的な取り組み状況の内容である。

(ア)環境・気候変動対策
 DMKは、10年以上持続可能性に関する取り組みを行っており、世界的な取り組み(SBTイニシアティブ)にも参加している。
 生産過程の対策として、同社の全ての工場でISO14001やISO50001を取得している。
 例えば、排水の削減については、同社の乳業工場で生乳を1キログラム処理するのに水1.12リットルを利用しているが、これはドイツの乳業工場平均の2.05リットルを大幅に下回っている。さらに欧州委員会の14〜20年の研究開発支援プログラムである「ホライズン2020」の研究対象として、エーデヴェヒト(Edewecht)工場で、生乳中の乳脂肪や乳タンパク質などを処理した後の残留水から、飲料水を回収する技術を協力者と共に開発した。研究を進め24年までにドイツの乳業工場で実際に使用できる段階にすることが目標である。
 また、ヴァーレン(Waren)工場では木くずを利用したバイオマスボイラーを設置し、年間約2500トンの温室効果ガスの排出を削減した。
 一方でDMKは、温室効果ガスは家畜飼養段階でその多くが発生し、排出量削減には飼養管理段階での削減努力が必須であるとみており、後述の同社と契約する生産者(以下「契約生産者」という)参加型のミルクマスタープログラムによる取り組みを進めている。

(イ)動物福祉
 契約生産者の75%が、牛が自由に移動できるフリーストールおよびフリーバーンによる管理を行っている。
 このため、放牧が可能な生産者については放牧を推奨し、定期的な放牧と搾乳ロボットの導入により、牛の快適度の向上と搾乳量の増加を実現させている。
 一方で、舎飼いについても、冬季の飼養管理や飼料の給餌量を最適化することで二酸化炭素排出量を抑えることができる利点を挙げており、双方のメリットを強調している。
 同社の課題としては、つなぎ飼いへの対応がある。契約生産者のうち、つなぎ飼いを行っている者の数は全体の4分の1を占めている。つなぎ飼いに対しては、消費者の抵抗感が強いことから、同社は25年までに廃止するという目標を掲げているものの、酪農協でもあるという立場から、つなぎ飼いを行っている契約生産者を排除することはできないジレンマがあるように見受けられた。

(ウ)生物多様性の維持のための取り組み
 DMKは契約生産者に対し、飼料作物のほ場で、カバークロップ(注2)としてマメ科作物を同時に栽培することを奨励し、化学肥料の使用量削減に努めている。また、CAPの直接支払いを受給するために義務付けられている契約生産者の休耕地などでは、その地域固有の多年生草本をは種し、各種生物の生息地とすることで、チョウやハチの蜜源を提供している。ただし、ウクライナ情勢を受けて欧州委員会が休耕地での作付けを22および23年に限定して認めるとの決定を行ったことから、同社は一定数の契約生産者が休耕地での作物栽培を再開するのではないかとみている。

(注2) 土壌浸食を防ぎ、土壌中の有機物質を増加させるために用いる植物。

(エ)ミルクマスタープログラム
 上述のような気候変動対策、動物福祉の向上、生物多様性の維持のため、DMKは契約生産者に対してミルクマスタープログラムへの参加を呼び掛けている。同プログラムには契約生産者の87%が参加している。
 このプログラムは、契約生産者に飼養環境の改善、適切な給餌、家畜の健康や環境・気候保護などに役立つ取り組みを行い、農場を改善していくことを支援するものである。これらの取り組みに対して同社は、乳価に最高で1キログラム当たり1ユーロセント(1.4円)上乗せする仕組みを取っている。
 このプログラムに参加するすべての契約生産者は、外部機関による抜き打ち検査を含む審査を定期的に受け、要求事項が満たされているか確認を受けるようになっている。一方で、契約生産者は乳牛の乳房や蹄の健康維持、牛舎の構造といった飼養管理に当たっての課題から、環境保護といった課題に至るまで、専門家による指導・助言を受けることが可能となっている。また、同社の提供するプログラムに指標を入力することで、温室効果ガスの削減量が計算できるだけでなく、コストがどれだけ削減できたかも目に見える形で示される。
 その概要としては、例えば、経営条件が許す限り、牧草地への放牧あるいは運動ができるスペース(ペン)で、牛を年間120日以上、自由に運動させることを推奨するといった内容となっている。
 これらの取り組みの成果の一つとして、例えば契約生産者の83.4%が飼料の調達先を主として自家生産または近隣地域からの調達で賄うことができたとしている。

4 ドイツ大規模家族経営の酪農生産者事例

 DMKの契約生産者である大規模家族経営を訪問する機会を得たので、ドイツ酪農現場の一例として紹介する。

(1)酪農生産者の概要

 今回訪問した契約生産者は、ブレーメンから直線距離で60キロメートルほど北東に位置する主要酪農州であるニーダーザクセン州北部で営農している(写真1)。農場の概要は表11のとおりで、就農前訓練の2名は、就農前に2〜3年間、週に1度学校に通いながら、生産者の牧場で作業を行うプログラムが政府により用意されており、さまざまな酪農作業を行うことで、経験を積むようになっている。

 
 経営主は1980年生まれで、両親が農場を営んでいたその当時は、16頭の乳牛と母豚を飼養していたが、86年と2000年に近隣の生産者の経営を買収するなどして経営規模が拡大した。その後、両親から経営を継承した後、13歳の息子が後継者となることを想定して20年には1.5キロメートル離れた場所に新たに酪農場を開設したため、現在では農場を二つ経営している。元々の農場はパーラー式の搾乳方法(搾乳頭数250頭)を採用しており、新たな農場(搾乳頭数240頭)は搾乳ロボットを導入している(写真2および写真3)。
 飼料は大部分を自家生産しているが、一部近隣農家から購入している(写真4および写真5)。



  

   
 

(2)飼養管理

 出産間近になった母牛は、古い牛舎を再利用した分娩用畜舎に集められる(写真6)。この分娩用畜舎は、事務所のすぐそばにあり、従業員が頻繁に行き来していることから、母牛に出産の兆候がでるとすぐに気が付くことができるようになっている。性判別精液を利用しているものの、時々雄牛が生まれる。雄牛は14日齢に達するまで農場で飼養管理し、その後仔牛肉用牛生産者に出荷している。
 

 出産14日後、母牛は搾乳ロボット(1日当たり搾乳量平均45キログラム)を導入している農場へ移動する(写真7)。200日を過ぎると、パーラー(同28キログラム)に戻す。ロボットでの搾乳が難しい牛はパーラーで管理している。

 
 
 全頭に歩数計を装着して、食事の回数、発情兆候を監視している。ドイツでは政府によりトレーサビリティーが義務づけられていることから、アルファベット2桁と数字11桁の耳標が各個体に装着されている。
 ロボット搾乳では、1日に3回程度乳牛が自ら搾乳スペースに移動し搾乳されるため、監視役の従業員1名で240頭の作業を終えることができる。パーラーは1日に2回の搾乳で、誘導含め3名で250頭の牛の搾乳を2時間で終了することができる。

(3)労働力管理

 労働時間は省力化を進め、年間1頭当たり30時間となっている。従業員の勤務時間は6時から16時までに加え、当番による2回目の搾乳作業(写真8および写真9)が主要業務である。
 
   
 

(4)環境面や牛の飼養管理面での配慮

 本農場はミルクマスタープログラムに加入している。牛を健康に管理しているか、十分な期間乳牛を飼養しているか、放牧に出しているか、自家農場または近隣地域から飼料を確保しているか、飼料生産において環境に配慮(写真10)しているかなどによって判断され、100ポイントで買取価格が1キログラム当たり1ユーロセント(1.4円)上昇する。当農場は同0.8ユーロセント(1.1円)のプレミアがついているが、町中にあるため放牧ができないことから、完全なポイントが付いていない。


 農場主からは、放牧を行うことは牛にとってベストであるとは限らず、強い日差しや雨風が防げる牛舎で外敵におびえず(注3)、食事に不自由することなく管理されることは必ずしも悪いことではないという意見も聞かれた。

(注3) 欧州ではオオカミによる家畜への被害が問題となっている。

 二酸化炭素削減の取り組みのために、以前は飼料に輸入大豆かすを用いていたが、近隣地域の菜種かすに切り替えたとのことである。ふん尿については年間1万6000トンが発生するが、圃場への散布は10〜2月の間禁止されているため、貯蔵スペースがある。散布はインジェクターで行っている(写真11)。

 

(5)生産面での課題と対応

 当農場の生産面での課題としては、後継者の就農を見据えた規模拡大の必要や労働時間の短縮が挙げられた。
 規模拡大については、以前の農場は市街地にあり、教会の所有地に隣接するなど拡大は難しかったことから、郊外で町の所有地が売り出された機会に新しい農場を立ち上げた。
 労働時間の短縮は、搾乳牛の半数を対象にした搾乳ロボットの導入や、事務所近くの分娩用畜舎への妊娠牛の集約による遠方の牛舎への分娩監視の見回り廃止、牧草収穫機リース会社からのヘルパー派遣などで実現していた。搾乳ロボットは、搾乳量の増加や搾乳作業の軽減のほか、労働作業が事務仕事のようになり従業員確保の面で有益とのことであった。これらにより、経営主は海外旅行に行くことも可能となり、子弟への経営継承を念頭に、家族が仕事で忙殺されない仕組みを構築した。
 なお、飼料についてはおおむね自給しているものの、購入している菜種かすや肥料の価格上昇には懸念を示していた。

5 まとめ〜今後の見通しと課題〜

 訪問したDMKでは、持続可能性の向上は重要な目標であり、その達成のために多くの労力とコストをかけていることがうかがわれた。
 一方で生産コストが上昇している状況の下、持続可能な酪農への取り組みにかかるコストを誰が負担するのかは大きな課題である。
 また、つなぎ飼いを行う経営が今後どのような方向に向かうのかを予測することは困難である。このような経営が動物福祉基準を達成できるのか、例外措置が適用されるのか、または酪農から撤退せざるを得なくなるのかによって、生産量や生産コストに大きな影響が出ることも考えられる。この問題については、つなぎ飼いが多いドイツ酪農全体の課題であると考えらえる。
 放牧については、欧州委員会が強く推進しているものの、放牧地を牛舎近くに用意できる経営は限られている。今回訪問した生産者のように飼養している牛を大切に扱い持続性に配慮していたとしても、放牧地へのアクセスがないという条件の下で、生乳買取価格が一部で劣後する扱いを受けざるを得ない状況は、生産者にとって割り切れないものであることが想像された。
 生物多様性の維持にとって重要な休耕地の扱いについて、ウクライナ情勢などで飼料が高騰している状況から、2022年および23年に限り欧州委員会は作付けを認める決定を行った。しかしながら、直接支払いを含めた政策支援を受けるために、通常作付けする土地を利用しないという仕組みそのものは、生産者にとっての機会損失ともいえる。
 こういった点から、今後ドイツで供給される乳製品については、生産された乳製品そのものに対する対価だけではなく、原料である生乳の生産から製品の生産過程において、環境への配慮などのために費やされた努力に対する対価が求められる状況も出てくるのではないかと思われる。
 なお、今回、COVID-19拡大による大幅な制限下で、DMK、酪農家の方々には、快く取材に応じていただきました。改めまして深く感謝の意を表します。

(平石 康久(JETROブリュッセル))