(1)ドイツの農業概況
森林が大部分を占める日本とは異なり、ドイツは国土面積のうち、半分以上が農用地として利用されており、農業に適した地形を持つ国である(表1)。言い換えれば、農業による国土への影響も大きくなるため、環境に及ぼす影響の一因として農業が注目されている。
ドイツの農業産出額のうち約半分を畜産が占めるが、そのうち4割以上は酪農であり、同国農業における酪農の存在感、影響度合いは大きい(表2)。
(2)ドイツの酪農概況
ドイツの生乳生産量はEU全体の2割を占め、欧州最大の酪農国である。
ドイツの酪農概況を見ると、経産牛の飼養頭数は、乳製品需給の緩和などからの乳価下落や、1頭当たり乳量の増加などにより、2016年以降は減少に転じており、21年の経産牛飼養頭数は385万頭(日本の同頭数の4.6倍)と15年のピークから10%減少している。また、酪農家戸数は10年から21年の間に40%も減少し、1戸当たりの飼養頭数は70頭と同期間に53.8%増加している(表3)。
このためドイツでは、200頭以上を飼養する酪農生産者(全体の5%)が国内の経産牛の3割を飼養するなど、大規模化が進んでいる一方で、飼養頭数49頭以下の酪農生産者(全体の5割以上)の飼養頭数は16%となっている(図1)。
このように、経産牛の飼養頭数は、10年から20年にかけて6.2%減少する中で、家畜改良や飼料利用の増加などから同期間の1頭当たりの乳量は19%増加したことで、20年の生乳生産量は3317万トン(前年比0.3%増)となった。21年は3270万トン(同1.4%減)と減少したが、ドイツ乳業協会によると、生産コストの増加やEUの環境規制強化などによる飼養頭数の減少に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大による労働力不足が影響しているとされる。
ドイツの酪農地帯は大きく南東部、北西部、北東部の三つに分けられる。生産者戸数や飼養頭数は南東部のバイエルン自由州や北西部のニーダーザクセン州に多いものの、1戸当たりの飼養頭数は、北東部のメクレンブルク=フォアポンメルン州やブランデンブルク州といった旧東ドイツ諸州が多い(図2)。
20年のデータによると、生乳のうち32%がチーズ、28%がバターに仕向けられ、飲用は8%にとどまった。半数以上が飲用に仕向けられている日本と比べ、乳製品に仕向けられる割合が高い(図3)。
(3)ドイツの生乳・乳製品需給
ドイツで生産される牛乳・乳製品の約5割(生乳換算1680万トン)が輸出に向けられる一方で、国内で消費される同製品の約4割(同1260万トン)が輸入で賄われている(図4)。このほか、近隣諸国とは生乳の輸出入も行われており、EU域内との結びつきが深い。
また、伝統的に食生活の中で多くの乳製品が利用されており、日本と比較するとチーズ、バター、ヨーグルトなどの生産量やその種類も多い(表4)。
ドイツ国内で生産されたバターおよびチーズは、それぞれ生産量の3割程度と5割程度が域内外に輸出されている。バターの輸出量の約9割、チーズの8割以上が域内向け輸出であるが、域内からの輸入も多い(表5)。バターを見ると、主要輸出先はオランダ、フランス、オーストリアであり、主要輸入先はオランダ、アイルランド、ベルギーである。また、チーズでは、主要輸出先はイタリア、オランダであり、主要輸入先はオランダ、フランス、デンマークである。
ドイツ国内の乳業会社については、年間100万トン以上の生乳を処理する企業が7社ある一方、年間5万トン未満の生乳を処理する企業も全体の40%近くを占める。これらは主に、チーズなど地域に根付いた製品を製造しているとみられる(表6)。
(4)持続可能性に関する基準
EUはグリーンディール戦略
(注1)の中で、次のような持続可能性に関する目標を掲げている。
・2030年までに化学農薬の使用とリスクを50%削減、同年までにより有害性の高い農薬の使用を50%削減
・2030年までに肥料の使用量を少なくとも20%削減、同年までに土壌の肥沃度を低下させることなく、養分の損失を少なくとも50%削減
・2030年までに家畜・水産養殖用の抗菌性物質の販売を50%削減
・2030年までに全農地の25%を有機農業とするための取組を後押し
・2024年を目途に、消費者が健康で持続可能な食品を選択できるよう、持続可能な食品表示制度を開発
関係者の間で、共通認識となるような影響分析は行われていないが、欧州委員会の研究機関が行った試算結果では、これら目標を達成することによって、生乳生産量が10%程度減少するという見通しがある。
(注1) 資源の消費を抑えつつ経済成長を実現し、2050年までの温室効果ガスの実質排出ゼロ(気候中立)とすることを目指す戦略。
(参考) 海外情報「欧州委員会がF2F等の実施により域内生産が減少するとの予測を公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003045.html)を参照されたい。
さらにドイツは、23年からの共通農業政策(CAP)の戦略計画の中で、有機農業の農地割合を30年までに全農地の30%に拡大するという、F2F戦略で定める水準を超える目標を定めている。
しかしながら酪農に関しては、21年の生乳生産量のうち、有機生乳の占める割合は4%程度であり、ドイツ政府が目標とする生乳生産量の30%を有機生乳にすることは困難であろうとの意見も聞かれた。
(5)ドイツの動物福祉における基準
ドイツには、イニシアティブ・ティア・ウォール(ITW)と呼ばれる2015年に創設された動物福祉に関する同国最大のグループが存在する。ITWはドイツの生産者団体であるドイツ農民連盟(DBV)をはじめ、食肉加工、食品流通、小売、食品産業関係者で構成されており、21年のドイツ産豚肉の34%、家きん肉の80%がITW会員によって供給されたとしている。
ITWは22年に新たに乳牛に関する動物福祉の自主基準を定めた(表7)。この基準では、つなぎ飼いを禁止し、就寝や運動のための十分な環境を用意することや、分娩時の環境や除角の方法、生乳の体細胞数などについての条件を定めている。22年5月の欧州乳製品輸出入・販売業者連合(EUCOLAIT)総会では、ドイツではこうした動物福祉に関する基準が主流となり、中には法制化されていくことが家畜の飼養環境の改善につながるとの見方が示された。しかし一方では、品質や安全性を向上させる点は認めつつも、これに対応する設備投資を行えない小規模生産者が酪農から撤退することが危惧されるとした。
(6)ドイツの生乳生産コスト
欧州の生乳生産者団体である欧州ミルクボード(EMB)は、ドイツの農業経済地域研究所(BAL)が欧州委員会の農業経営データネットワーク(FADN)をもとに試算した欧州の主要国の生乳生産コストについて、隔年で報告している。
2021年のドイツの生乳生産コストは、生産者の手取りを含まない支払いコストだけで1キログラム当たり36.09ユーロセント(50円)であった。これは、過去最悪と呼ばれた19年の干ばつの影響を受けた支払いコストに次ぐ過去2番目に高い水準である。21年のEU平均では、同38.06ユーロセント(53円)と過去最高となっており、支払いコストは上昇している。
21年の生産者手取額(乳価にCAPによる補助相当額を加えたものから支払いコストを差し引いた額)を見ると、ドイツは1キログラム当たり3.01ユーロセント(4円)にとどまった。同年の報告では、これを生産者1時間当たりの手取額に換算すると同6.10ユーロ(846円)に相当するとし、21年1月時点のドイツの最低賃金額9.5ユーロ(1318円)を大きく下回る水準であった。なお、19年は支払いコストが収入を上回っており、赤字の状態となっている。
このように、乳価は上昇しているものの、生産者の生産意欲を刺激する水準には至っていない(表8)。