(1)飼養動向
ア 農家戸数など
2020年の養豚農家戸数は、3661戸(前年比14.8%減)と減少傾向で推移している。経営規模別(母豚飼養頭数)養豚農家戸数を見ると、母豚を所有しない農家は全体の11.4%であり、また、1〜50頭の小規模農家は同56.6%と多いのが特徴である(図2)。
前年と比較すると、これらの小規模層が減少する一方で、251頭以上の大規模層が同3.5%増と増加しており、経営の大規模化が進んでいることがうかがえる。
また、経営規模別と畜頭数の割合を見ると、251頭以上の大規模層が飼養頭数全体の6割弱を占め、このうち1001頭以上は全体の3割を占めている(表1)。
アルゼンチンの養豚農家の経営規模別経営状況はおおむね表2のように分類される。経営規模により状況が大きく異なり、一般的に規模が大きくなるに従い技術水準が高く効率的で生産性の高い経営管理が行われている。
イ 飼養頭数、地域
(ア) 飼養頭数
2022年の豚飼養頭数は、前年比2.4%増の547万7107頭となった(図3)。飼養頭数の増加率は近年鈍化しているものの、10年間で29.7%増となっている。
(イ)飼養地域
豚の飼養地域はアルゼンチン全体に広がっている。地域別飼養頭数(2022年)を見ると、中部が全体の73.6%を占め最も多く、北東部(全体の10.4%)、北西部(同8.4%)と続く(図4)。州別ではブエノスアイレス州(同24.4%)が最多で、コルドバ州(同23.6%)、サンタフェ州(同14.5%)といずれも中部の州が続き、これら上位3州で全体の6割強を占める。中でもブエノスアイレス州北部、コルドバ州中央部、サンタフェ州南部が豚肉生産の中心である。これらの地域は、飼料となるトウモロコシや大豆(大豆かす)といった穀物生産が盛んな地域であり、最大の食肉消費地である首都ブエノスアイレスに比較的近いという地理的優位性を備えている。
主な州の直近10年間の豚飼養頭数を比較すると、上位3州の順位に変動はない(表3)。それ以外では、中部のエントレ・リオス州が上位3州に次ぐ生産地としてその地位を確立したほか、西部のサンルイス州、北西部のサンティアゴ・デル・エステロ州、北東部のコリエンテス州といった中部以外の地域での飼養頭数の増加率が高く、中部以外にも養豚地域が拡大している。
ウ 品種
アルゼンチンの豚の育種・改良は、その多くが海外の企業に依存しており、主にブラジルやカナダから生体豚や精液などが輸入されている。
アルゼンチンで生産される肉豚は、現在、デュロック種、ハンプシャー種、ピエトレン種、ランドレース種、ヨークシャー種といった品種の系統から生産された交雑種が中心である。デュロック種の雄にランドレース種、ラージホワイト種の雌を交配するケースが多い。また、雌系のランドレースは、メイシャン豚と交配させたものを利用する例も見られる。その他、放牧養豚では、強健性があり放牧に適したデュロック種とランドレース種またはヨークシャー種を交配するケースが多い。
(2)豚肉生産
ア 生産量
2021年の豚肉生産量は、69万5939トン(前年比6.2%増)と11年連続で増加した(図5)。また、と畜頭数は748万4000頭(同6.8%増)、1頭当たり枝肉平均重量は、93.0キログラム(同0.6%減)となった。10年前と比較すると、生産量は2.1倍に増加、1頭当たり平均枝肉重量は7.3%増加している。
イ 食肉処理
(ア)
州別と畜
州別と畜頭数(2021年)を見ると、中部のブエノスアイレス州が376万2200頭で最も多く全体の半分程度を占める(表4)。中部のサンタフェ州、コルドバ州がこれに続き、いずれも100万頭以上のと畜が行われ、これら上位3州で全体の9割近くを占める。特にブエノスアイレス州では、飼養頭数が全体の4分の1程度であるのに対し、と畜は同2分の1程度を占めており、と畜用の肉豚が他州から同州に輸送されている。消費地に比較的近いこと、労働力の確保の可能性が高いこと、一定以上の事業規模が可能であることなどが食肉処理場設置の要件となるため、生産地域との地理的な差が生じる要因とみられる。
(イ)食肉処理施設
国家農業食品衛生品質局(SENASA)は、食肉処理施設を以下の四つのタイプに分類しており、タイプごとに衛生基準などが異なる。
(a)食肉処理施設A
この施設(SENASAが認可)で生産された食肉および内臓は国内および輸出仕向けが可能。検査は州が実施し、国際市場に輸出可能な高い衛生基準を満たす。
(b)食肉処理施設B
1日のと畜頭数が牛150頭、豚100頭、羊・ヤギ300頭以内。この施設で生産された食肉および内臓は当該施設のある州内での販売、消費に限定される。検査および格付けはSENASAが実施。
(c)食肉処理施設C
1日のと畜頭数が牛80頭、豚50頭、羊・ヤギ160頭以内。この施設で生産された食肉および内臓は当該施設のある州内での販売、消費に限定される。検査は州が実施。
(d)都市部または農村部のと畜場
1日のと畜頭数が牛15頭、豚30頭、羊・ヤギ30頭以内。この施設で生産された食肉および内臓は許可された地域内での移動、消費に限定される。ただし、許可があれば域外での移動、販売が可能となる。公営で市町村の管理下にあるが、最近は民営化されるケースもある。当該と畜場では常設の衛生検査がなく、自治体の免許のみとなる。
2020年に稼働している施設は、食肉処理施設(A、B、C)が160カ所、と畜場(都市部)が14カ所、と畜場(農村部)が2カ所あり、このほか、独立したと畜・集荷業者として1232者が登録されている(表5)。
また、21年の主要食肉(豚肉)処理場は表6の通りである。ブエノスアイレス州にあるALIMENTARIA LA POMPEYA社のと畜頭数が年間87万7600頭と最大で、全体の11.7%を占めているが、突出した状況にはなくと畜場の寡占状況は見られない。同社は豚のと畜業務のほか、部分肉製造、加工品の製造業務を行っており、国内販売のほか海外輸出を行っている。それ以外では、上位10社中8社がブエノスアイレス州にある。
(3)豚肉価格
ア 生産者価格
2021年12月の豚出荷価格は、生体1キログラム当たり179.52ペソ(181円)である(図6)。アルゼンチンでは、インフレの進行により名目価格が急上昇している。一方で実質価格(基準年は12年)を見ると、20年後半からは12〜21年平均を超える水準で推移している。20年前半には、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の影響により需給が緩和し価格が大きく下落したが、その後、急速に回復し、21年は年間を通じて平均値を超えて推移した。
イ 豚肉価格の季節変動
アルゼンチンでは、通常10〜12月にかけて、豚肉の消費量の増加に伴い、価格が上昇し、3〜4月には価格が下落するという価格の季節変動が見られる(図7)。同国では、伝統的に豚肉は腸詰製品として消費されることが多く、これらは外出機会が増える夏場を中心に、外食やバーベキューなどを通じ消費量が増加することで価格は上昇する。一方で、秋から冬に当たる3〜9月には、外出機会が減ることで豚肉の消費量が減少し価格は下落する。
ウ 生産費
アルゼンチン畜産開発基金(FADA)によると、2020年11月の生体豚1キログラム当たりの生産費は0.87米ドル(119円)である。生産費の内訳は、飼料費が同0.62米ドル(84円)と最も大きく全体の70%を占め、これに続き人件費が0.13米ドル(18円、全体の14%)と、これらで全体の84%を占める(表7)。一方で、販売価格は同1.29米ドル(176円)であり、生産費との差額の0.38米ドル(52円)を利益として確保している。21年から直近(22年7月)までの状況を見ると、豚肉価格は引き続き高値で推移しており、生産者は利益を確保できる状況にあるとみられる。
(4)流通
アルゼンチンでは、豚肉の生産部門や食肉処理加工部門での垂直統合はあまり進展していない。また、と畜された豚は枝肉の状態で流通するのが一般的であり、枝肉は食肉小売店などで分割・小割され販売されている。
(5)消費の動向
ア 消費量
アルゼンチンは年間1人当たり食肉消費量が最も多い国の一つである。また、食肉の中でも牛肉の消費量が最も多いという特徴がある。
直近10年間(2012〜21年)の年間1人当たり食肉消費量の推移を見ると、牛肉は57.7キログラムから47.7キログラムとこの間で17.3%減少した(図8)。一方で、鶏肉は40.2キログラムから45.6キログラムと同13.4%増加、豚肉は8.6キログラムから15.9キログラムと同84.9%増加した。全体の食肉消費量に大きな変化が見られない中で、牛肉から豚肉や鶏肉へと消費が移行していることがうかがえる。
アルゼンチンで豚肉消費が増加した要因の一つとして、生鮮肉での販売が受容されたことが挙げられる。2000年の豚肉消費量を見ると、全体で8キログラムのうち9割弱の7キログラムがハム・ソーセージ類の加工品、1割強の1キログラムが生鮮肉として販売されたのに対し、直近では全体で15キログラムのうち、5割程度の7〜8キログラムがソーセージや塩蔵肉、残り5割程度が生鮮肉として販売されている。
イ 消費者価格
アルゼンチンの食肉販売価格の推移を見ると、急激なインフレの進行などの影響で、近年いずれの食肉も価格は急上昇している。2022年6月の豚肉価格は1キログラム当たり699.51ペソ(707円)、牛肉価格は同1108.84ペソ(1120円)、鶏肉価格は同338.59ペソ(342円)で、牛肉は豚肉の1.59倍、鶏肉の3.27倍の価格差がある(図9)。
アルゼンチンでは、経済状況が悪化し消費者の購買力が低下する中で、豚肉と牛肉の価格差は拡大傾向にあり、これが牛肉から豚肉消費へと移行する大きな要因とされる。
(6)豚肉輸出・輸入の動向
ア 輸出・輸入
2021年のアルゼンチンの豚肉輸出量は1万6300トン、輸入量は3万8000トンと輸入量が輸出量を上回っている(図10)。
直近10年間のアルゼンチンの豚肉輸出・輸入状況を見ると、輸入については年によりばらつきがあるものの、毎年1万〜4万トン輸入されている。一方で、輸出についてはほとんど実績がなかったが、17年ごろから増加し、20年には2万800トンと初めて輸出量が輸入量を上回った。
イ 主な輸出先の動向
主な輸出相手先別の動向を見ると、2019年11月を挟んで、それ以前をロシア向け、それ以降を中国向けがほぼ独占している(図11)。
ロシアは、19年まで豚肉輸入無税枠を設定していたが、20年1月からはこれが廃止され、輸入に対して25%の関税がかけられることとなった。このロシアの政策転換を期にアルゼンチンからの同国向け輸出は実質ゼロとなった。同国向け輸出量は、17年1670トン、18年5989トン、19年4573トンとなっている。
また、中国への豚肉輸出は19年4月、二国間で中国向け輸出解禁に向けた衛生面での合意がなされ、対中国向け輸出としてアルゼンチンの3カ所の食肉加工施設が認可された。中国では18年にアフリカ豚熱が発生し、国内での豚肉供給不足を補うため、輸入先の多様化を図ったが、アルゼンチンもその一つに加わった。同国向け輸出量は、19年が961トン、20年が2万817トン、21年が1万6251トンとなった。しかし、中国向けは、同国内で豚肉生産の回復に伴う需給緩和により、21年6月の3700トンをピークに急減し、同年10月以降は輸出されていない。
ウ 主な輸入先の動向
アルゼンチンの直近5年間の豚肉輸入量を見ると、ほぼ全量がブラジルからである。ブラジルはアルゼンチンに隣接し、豚肉生産量が436万5000トン(2021年米国農務省、枝肉重量ベース)、輸出量が132万1000トン(同)とアルゼンチンと比べて格段に大きな生産規模を有する。最近の輸入状況を見ると、豚肉輸入量は21年後半から増加し、22年1〜7月には2万6500トン(前年同期比64.9%増)と前年同期を大幅に上回っている(図12)。輸入先のブラジルでは、21年後半から輸出量全体の6割弱を占める中国向けが減少に転じており、これがアルゼンチンの豚肉輸入量増加の一因とみられる。業界関係者によると、ブラジルから安価な豚肉が輸入されると豚肉価格の下落など国内需給に影響を及ぼすため、アルゼンチン業界にとって収益性の低下につながると指摘している。