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【特集】新型コロナウイルス感染症と畜産業界 畜産の情報 2022年10月号

新型コロナウイルス感染症危機のチーズ工房への影響と事業戦略の革新 〜北海道・十勝地域を事例に〜

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北海道大学大学院農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 准教授 清水池 義治

【要約】

 本稿の目的は、北海道・十勝地域を事例として、工房製ナチュラルチーズを製造・販売するチーズ工房に新型コロナ危機が及ぼしている影響と、危機を受けた事業戦略の革新について考察することである。
 食需要の減少に起因する売上高の減少に対して、チーズ工房は通販サイトの活用・強化による個人消費者への直接販売を通じて売上高を確保している。工房製ナチュラルチーズは、「巣ごもり需要」と外食・観光需要の減少というプラス・マイナスの双方の影響が出ており、結果的に悪影響が相殺されている側面もある。また、チーズ工房に関わるサプライチェーンに、販売面と原料調達面で新型コロナ危機の影響を減じる特徴があることも明らかになった。

1 はじめに

 2020年春からの新型コロナウイルス感染症(COVID−19。以下「新型コロナ」という)の流行拡大と感染防止対策の実施、それによる人々の行動変容によって、農産物・食品の生産と消費に大きな影響が生じてきた。牛乳・乳製品では、20年に「巣ごもり」による需要増加が牛乳など一部品目で見られたものの、外食・観光需要の大幅減少によって乳製品需要が減少し、生乳生産量の増加傾向と相まって、乳製品在庫が過去最大水準にまで増加している(清水池2021、2022)。国の支援も受けつつ、酪農家と乳業メーカーは資金拠出を行って乳製品在庫の削減対策を進めるとともに、北海道の酪農家を中心に生乳の「生産抑制」が組織的に行われつつある(清水池2022)。このように、酪農乳業を全体として見れば、需給緩和への対応に明け暮れた2年間であったが、同じ牛乳・乳製品であっても品目による違いの大きさが今回の新型コロナ危機の一つの特徴である(清水池2021、p.175)。
 2000年代以降、国内のナチュラルチーズ市場の拡大や「6次産業化」志向の高まりを背景に、小規模事業者や酪農家によって経営されるチーズ工房が農村地域で増加してきた。工房製ナチュラルチーズ生産の伸びが著しい北海道のチーズ工房は、高品質で地域特性のある国産乳製品に旺盛な需要を持つ観光客や外食産業を主要な販売先としてきた(清水池2017)。しかし、新型コロナ危機は、これら外食・観光需要に最も大きな影響を及ぼしたため、大きなビジネスモデルの転換を迫られている可能性がある。新型コロナ危機によるチーズ工房の経営面での影響と、販売チャネルなど事業戦略の転換に注目する。
 本稿の目的は、北海道・十勝地域を事例として、工房製ナチュラルチーズを製造・販売するチーズ工房に新型コロナ危機が及ぼしている影響と、危機を受けた事業戦略の革新について考察することである(注1)。調査対象は、十勝地域のチーズ工房である足寄町農業協同組合あしょろチーズ工房(足寄町)、農事組合法人共働学舎新得農場(新得町)、複数のチーズ工房により共同熟成事業を行う十勝品質事業協同組合(音更町)である(図1)。なお、本稿執筆に当たっての対面およびオンライン調査は、2021年9月と11月に行った。
 以上の課題を解明するため、まず、新型コロナ危機が北海道のチーズ工房に与えた影響を概観し、その後に各チーズ工房の事例分析を通じて、新型コロナ危機の経営面での影響と具体的な対応策について検討していく。

(注1) 本稿では、大手乳業メーカーによって大量生産されるナチュラルチーズとは異なり、中小規模業者によって手工業的に製造されるナチュラルチーズを「工房製ナチュラルチーズ」、このチーズを製造する業者を「チーズ工房」と呼ぶ。

2 新型コロナ危機と北海道のチーズ工房への影響

 新型コロナ危機で牛乳・乳製品需要は大きな影響を被った。2019年比で、20年の需要変化を見ると、脱脂粉乳、バター、業務用牛乳、クリーム、脱脂濃縮乳などの需要減少が起きている一方、家庭用牛乳では逆に需要が増加した(清水池2021、p.175)。21年になると、バターやクリームなどで需要回復の兆しが見られるものの、脱脂粉乳の需要は依然として低迷している。家庭牛乳の「巣ごもり」特需はほぼなくなり、牛乳需要は19年並みに戻った(清水池2022)。
 一方、ナチュラルチーズについては、20年の国内生産量は約4万7000トンと19年比で増加し、直近10年間では高い水準になった(農林水産省「令和2年度チーズの需給表」。以下同じ)。ただし、これは需給緩和を受けて乳業メーカーがチーズ増産に取り組んだ結果で、需要増加を必ずしも反映していない。20年のナチュラルチーズ輸入量は約28万2000トンであり、前年比で微減となった。この結果、ナチュラルチーズ全体の消費量は前年並みに落ち着いた。直近10年間はおおむね増加傾向にあったので、新型コロナによる影響で増加にストップがかかったと思われる。
 図2は、北海道の工房製ナチュラルチーズ向け生乳加工量と直接消費用ナチュラルチーズ(注2)工場数の推移である。この生乳加工量は、ホクレンからチーズ向け生乳を購入する中小規模業者の加工量であるため、すべての工房をカバーしているわけではないが、大半の工房が含まれると思われる(注3)。チーズ工房の生乳加工量は2000年代以降、顕著に増加し、その傾向は現在も継続している。新型コロナ危機下の20年度も前年度から2000トン弱増加して約1万8000トン、21年度は約2万2000トンとさらに4000トン以上も増えた。大手乳業メーカーと異なり、チーズ工房は需要に見合った生産を行っているため、工房製ナチュラルチーズは新型コロナ危機でも堅調に推移していることが分かる。


 図3に、直近3年間における北海道の工房製ナチュラルチーズ向け生乳加工量の月別変動を示した。1回目の「緊急事態宣言」発出期間である20年4、5月は前年を下回ったが、6月以降は回復に転じ、夏には大きく前年を上回った。21年に至っては、ほぼ前年比プラスで推移し、同年夏以降の伸びは顕著である。この需要変動は、輸出市場中心の欧米諸国における乳製品需要の動向と類似しており、興味深い(清水池2021、p.173)。
 このように、北海道の工房製ナチュラルチーズからは牛乳・乳製品一般とやや異なる市場動向が見いだせる。ただし、これらチーズ工房の中には突出して生乳加工量の多い業者1社(本稿で取り上げていない)が含まれる。この業者の動向が全体に大きな影響を与えていると推察されるため、チーズ工房全体が同様の傾向かどうか、解釈には注意が必要である。


(注2) プロセスチーズ原料用以外のナチュラルチーズを指す。
(注3) この間の北海道内のホクレン集乳シェアは95%以上を維持している。また、後述する理由で、酪農家によるチーズ工房も含めてホクレンから生乳を購入する形式を取っている場合が多い。

3 新型コロナ危機下のチーズ工房と事業戦略

(1)足寄町農業協同組合あしょろチーズ工房

 2021年9月に、足寄町農業協同組合あしょろチーズ工房(以下「あしょろチーズ工房」という)・工場長の鈴永寛氏に、オンライン調査を行った(写真1)。


ア 経営概要
 あしょろチーズ工房は、十勝北部の足寄町に位置する。工房設立は1981年で十勝のチーズ工房でも最も長い歴史を持つ(写真2)。当初は足寄町も出資する第三セクターとして発足した。経営難で2014年に事業を停止するが、15年にJAあしょろ直営のチーズ工房として再スタートした。鈴永氏は、後述の共働学舎新得農場と四国の乳業メーカーと合わせて17年間ほどチーズ製造に関わった後、15年からあしょろチーズ工房の工場長を務めている。


 20年の売上高は4510万円、チーズ向け生乳加工量は179トンであった。1日当たり生乳処理能力は1トンで、十勝でも規模の大きい工房の一つである。週5日平日のみ稼働してチーズを製造している(写真3、4)。チーズ製造担当は鈴永氏を含め3名、周辺作業を行うパート2名、事務担当1名の合計6名体制である。
 
   

 製造品目は、熟モッツアレラ「ころ」(2週間熟成)、モッツァレラ、ゴーダ、「結(ゆい)」(3カ月熟成)、白カビタイプ「天(てん)」、ラクレット「真(しん)」(3カ月熟成)、ハードタイプ「大(だい)」(4カ月以上熟成)、十勝品質事業協同組合向け原料ラクレットである(注4)。原料ラクレットが売上高の約3割で最も多く、次に多いのが熟モッツァレラ「ころ」で2割弱である。
 あしょろチーズ工房は、十勝品質事業協同組合によるラクレットの共同熟成・販売事業を経営の前提としている。品質の統一されたチーズを大量生産できることが、組合による共同熟成の魅力と鈴永氏は指摘する。

(注4) 同じラクレットでも、「真」はあしょろチーズ工房で熟成した製品である。

イ 新型コロナ危機の影響と対応策
 図4は、あしょろチーズ工房の販売チャネル別売上高である。まず、2019年の売上高を見る。十勝品質事業協同組合への出荷を除くと、小売業向けの卸が多く、売上高の6〜7割である。小売業は、土産物店やスーパーマーケット、道の駅、セレクトショップなどで、ほぼ北海道内の店舗である。他には、早くからふるさと納税の返礼品に取り組み、売上高の1割程度を占める。他のチーズ工房には多い外食・ホテル向け直接販売がほぼないのは、15年の事業再開時には後発であり、他工房との競争の激しい外食・ホテルを回避したためである。
 新型コロナ拡大後の20年には、空港店舗を中心に小売業への販売が800万円近く減ったが、十勝品質事業協同組合への出荷が増えたので、売上高全体では約600万円減の4510万円(前年比12%減)となった。21年は、小売業販売がやや増加したため、売上高の増加を見込んでいる(4700万円の見込み)。だが、19年の売上高5130万円よりは少ない状態が続くと思われる。
 図5は、19年1月以降の月別売上高の推移である。感染者が多くなり行動規制が行われた時期である20年4、5、8月、21年4、5、8月に、19年比で売上高が減る傾向を読み取れる。一方、感染者が減り行動規制が緩和された時期には、19年並み、あるいはそれ以上の売上高の場合もあった(20年11月、21年3月など)。新型コロナによる売上高への影響は大きいと言える。21年1〜8月の累計売上高は、19年同期間の9割強まで回復した。図示していないが、同期間のチーズ向け生乳加工量は19年同期間より多くなっていて、回復傾向がより鮮明である。
 



 新型コロナによる影響は、特に影響が深刻な外食・ホテル向け販売が従来からほとんどないことと、十勝品質事業協同組合の販売促進によって、工房経営として特段の対応をしなくてもよい水準にとどまっているという評価である(注5)。むしろ、販路開拓を新たにしようとしても対面の商談会は開催されておらず、ネット販売もリードタイム(注6)が短いため、小規模な工房ではネット販売の拡大に対応しきれない面があるのが現実である。
 チーズ原料は、4〜5戸の放牧酪農家の生乳である。ハードタイプのチーズの香りが良くなるため、こだわりを持って放牧生乳を使っている。生乳の直接的な購入元は北海道全体で生乳の共同販売を行うホクレンであり、放牧酪農家から乳業メーカーの工場まで輸送する途中で工房に立ち寄り、購入する生乳をミルクローリーから抜き取っている。事前に定める年間・月間計画に基づき配乳を受けているが、チーズの販売状況に応じた生乳購入量の調整が、ある程度は可能となっている。例えば、20年はチーズ製造日を週5日から6日に増やす計画であったが、新型コロナ危機で販売が落ち込んだため、生乳購入量を計画より減らし、チーズ加工量自体を抑える対応が可能となった。

(注5) 2020年に製造担当職員を1名増員したが、初年は「地域おこし協力隊」での雇用で人件費負担が少なかった。21年には直接雇用となって人件費負担が増え、経営面での影響は同年の方が大きいという。
(注6) 商品の発注から納品に至るまでの生産や輸送などにかかる時間。

 

(2)共働学舎新得農場

 2021年9月に、農事組合法人共働学舎新得農場(以下「共働学舎新得農場」という)・代表の宮嶋望氏に対面調査を実施した(写真5)。
 

 
ア 経営概要
 共働学舎新得農場は、共働学舎の理念である「自労自活」の理念の下、宮嶋氏が1978年に開設した農場で、主力製品であるチーズのほか、生乳、肉牛、養豚、養鶏、食肉製品、手芸品、パンなど幅広い品目を生産し、農場敷地内でカフェ・売店も運営する(注7)(写真6)。つまり、酪農経営も行うチーズ工房である。1991年に1億2000万円を投資してチーズ工房を建設、93年にチーズの製造・販売を開始した。
 
   
 
 飼養する乳牛は、チーズ製造時に歩留まりの良いブラウンスイス58頭(注8)、農地は108ヘクタール、うち牧草地は65ヘクタールである(写真7)。非遺伝子組換え以外の輸入配合飼料を使っていないほか、近年ではデントコーンも給与せず、放牧・牧草主体の飼料構成となっている。そのため、生乳生産量は減少傾向にあり、2021年は300トンと見込む。穀物を給与しない方がチーズの歩留まりも高まるとのことである。
 20年の売上高は1億8000万円(うち約6割がチーズ)、チーズ向け生乳加工量は20年が255.4トン、21年が203.7トンである。1日当たり加工乳量は約900キログラム、日曜日を除く週6日稼働が通常である。チーズ製造はスタッフ4名とチーズ技術の習得を目指す実習生2名の計6名、チーズ包装を4名で行っている。同農場から独立してチーズ工房を開設した職人も多い。
 製造するチーズは、乳量ベースで3分の1が白カビ(カマンベール)タイプ、残りがその他タイプである。白カビタイプの「さくら」「笹ゆき」「雪」、セミハードタイプのラクレット、ハードタイプの「シントコ」などが主要製品である(写真8)。ラクレットは1998年に「第1回オールジャパンナチュラルチーズコンテスト」で最高賞、「さくら」は2004年に国際的な「第3回山のチーズオリンピック・スイス」で、日本のチーズでは初となる金メダルとグランド・グランプリを受賞するなど、高い品質で知られている(注9)
 

 
(注7) 共働学舎新得農場に関わるメンバーは2021年現在約60名で、およそ半数が何らかの障がいを抱えている。特定非営利活動法人共働学舎は新得共働学舎と農事組合法人共働学舎新得農場から構成され、前者に大部分のメンバーが所属し、そのメンバーが後者に労務提供する形での運営である。共働学舎の理念やその独特の農場運営については、宮嶋(2017)pp.45–104を参照。
(注8) 経産牛頭数。宮嶋氏によれば、チーズ歩留まり率はホルスタイン10%に対し、ブラウンスイスが13.5%(全タイプのチーズの平均)とのことである。
(注9) 共働学舎新得農場のチーズづくりの哲学や方法は、「食生活」編集部(2014)を参照。


イ 新型コロナ危機の影響と対応策
 新型コロナ危機以前の売上高は2億2000万円程度で、うちチーズで1億5000万円、売上高の7割弱を占めていた。その他の収入として約3000万円の生乳販売収入などがある。生産する生乳のすべてを自家加工に用いるのではなく、生乳の一部を、地元の新得町農協を経由してホクレンにも出荷している(注10)
 チーズの販売先は、大きく分けて、レストラン・ホテル、個人消費者、生協の3カテゴリーである。本来、リスクヘッジの観点からはカテゴリーごとに3分の1ずつの売上高が理想的だが、レストラン・ホテル向けの販売が好調で、販売ロットも大きく売りやすかった。そのため、新型コロナ拡大前の段階で、レストラン・ホテル向けがチーズ販売の6割近くになっていた。共働学舎新得農場も十勝品質事業協同組合に原料ラクレットを出荷しているが、チーズ売上高の4%程度である(注11)
 新型コロナ危機による外食需要の減少は、チーズの売上高に大きな影響を与えた。売上高を維持するため、自社通信販売サイトを通じた個人消費者向けセット販売を開始、あるいは「ポケットマルシェ」といった産地直送型の通販サイトを活用した。特に、後者は多い時期で1日当たり300~400件の注文数があり、2021年9月の段階でも100件程度の注文数がある。ただし、通信販売は売上高の1割程度にとどまっている。こういった努力によって物量ベースで9割近くまで戻したものの、個人消費者向け販売の送料の高さや、値引き販売により、レストラン・ホテル向けと比べると同じ量を売ったとしても売上高は低下してしまう。結果的に、チーズ売上高は約3割減の1億1000万円まで低下、売上高全体も1億8000万円程度(2020年)となった。主要な販売チャネルであるレストラン・ホテルの外食需要が回復しないと、売上高の回復も難しいと評価している。
 20年と21年にはチーズの販売不振により、2週間〜1カ月半も工場稼働を停止せざるを得ない時期が複数回あった。チーズを製造しない場合でも、バルククーラー内の生乳は全量、農協が隔日集荷するので助かっているとの評価である。つまり、チーズ製造量の変動に応じて、実際に農協へ出荷する乳量を上下させることが可能となっている。

(注10) 共働学舎新得農場は、会計上はすべての生乳を地元の新得町農協(最終的にはホクレンまで)に出荷した上で、チーズの自家加工に用いる生乳を買い戻している。
(注11) 十勝品質事業協同組合の競合事業者がラクレット製造を縮小したため、組合のラクレット受注が増え、共働学舎新得農場からの組合出荷も増加傾向にある。

(3)十勝品質事業協同組合

 2021年11月に、十勝品質事業協同組合・代表理事の佐藤聡氏、総務担当の中林司氏、製造担当の三浦さなえ氏に対面調査を行った(写真9)。


ア 経営概要
 十勝品質事業協同組合は、十勝ブランドの統一に基づく市場シェアの確保などを目的に2015年に設立され、十勝地域の建設業や食料卸売業、チーズ工房の経営者らが理事を務めている。佐藤氏は地元建設業の経営者である。設立当初はチーズ工房8社の加入であったが、22年現在、10社まで拡大している。
 十勝品質事業協同組合の主な事業は、共同熟成庫によるラクレットチーズの共同熟成とその販売である。ラクレットはそのままでも喫食可能であるが、加熱して溶解し、パンや各種料理にかけて食されることが多い(注12)(写真10)。16年に2億円を投資して音更町十勝川温泉地区に大型の共同熟成庫を建設、組合員のチーズ工房から原料ラクレットを購入して約2カ月半の熟成を行っている(写真11、12)。共同熟成庫は、1ホール4キログラムのラクレットを年間2万ホール熟成できる能力がある。22年現在、組合向けに原料ラクレットを出荷するのは加入しているすべての工房である。

  

 
 共同熟成ラクレットは、「十勝ラクレットモールウォッシュ」という組合のブランド名で販売されている(写真13)。モールウォッシュは、植物発酵成分を多く含む十勝川温泉のモール温泉水による洗浄で特徴的な発酵を促し、芳醇かつまろやかな風味を有し、既存のラクレットとの差別化を図っている。また、モールウォッシュは共同熟成庫の利用が必須であり、組合統一の生産基準に従って生産される。この基準は、2000年代以降における十勝のチーズ工房の共同行動を通じて形成されてきた(注13)


 20年の売上高は約1億円で、原料ラクレット購入量は約20トン、約5000ホールである。従業員は12名(正社員4名、パート社員8名)、熟成庫の作業はマニュアル化され、専門技能を持たない従業員でも対応可能となっている。共同熟成によって、熟成品質の高位平準化がなされるとともに、個別工房では困難な大ロット受注にも対応でき、販売の機会損失を回避している(清水池 2017参照)。
 なお、このモールウォッシュや各工房で熟成するラクレットを含め、「十勝ラクレット」として地理的表示保護制度(日本GI)に申請中である。

(注12) ラクレット(Raclette)は、フランスのサヴォワ地域、スイスのヴァレー地域を原産とするチーズであり、EUとスイスの地理的表示にそれぞれ登録されている。
(注13) モールウォッシュに至るチーズ工房の共同行動の展開は、清水池(2017)、庄子(2008)を参照。
 
イ 新型コロナ危機の影響と対応策
 図6は、十勝品質事業協同組合の販売チャネル別売上高である。新型コロナ危機前の2019年度の売上高はおよそ1億円である。内訳は、生協・土産物店などの小売業(卸売業経由含む)が約4割で最も多く、次に飲食店・ホテル(3割弱)、組合員の工房が組合からラクレットを買い戻す工房買い戻し(2割弱)、デパート(催事含む)(2割弱)、個人消費者(約5%)であった。
 新型コロナ危機の影響が生じた20年度は、結果的に売上高は約1億円で、前年度と同程度となった。しかし、その内訳には大きな変化が見られる。まず、小売業の売上高はほぼ同じだが、観光客が多いと思われる土産物店が減る一方、従来からの得意先であった二つの生協の売上高が大きく伸長した(注14)。飲食店・ホテルの売上高は、実に6割減と激減した。需要先は観光客が多いと思われる工房買い戻しも、2割減となった。一方、増加したのはデパート(催事含む)と個人消費者である。デパートは、従来、北海道物産展といった催事の占める割合が高かったが、感染拡大で中止を余儀なくされたため大きく減り、その代わりに関東地域の百貨店での店頭売りが増え、このカテゴリーでは3割強の増加となった。個人消費者の売上高は、組合の通販サイト販売を強化した結果、実に5倍余りも増加した。外食・観光需要の減少と「巣ごもり需要」の増加(=内食回帰)という新型コロナ危機で生じた需要変動を反映した売上高の内訳変化と言える。
 図7に、19年1月以降の月別売上高の推移を示した。新型コロナ危機後の特徴としては、4月や秋、年末といった売上高の多くなる時期の売上高はさほど変わらないか、むしろ増加している場合もある一方、5〜9月にかけての売上高は半分近くまで減少している。正確な検証は難しいが、定期的な取引の多い飲食店・ホテル向けの減少がこういった形で現れている可能性がある。20年10月以降から年末にかけての売上高増加は、自組合の通信販売サイトが大きく貢献した。

 
 
 外食・観光需要に依存していた十勝品質事業協同組合は、コロナ危機で大きな影響を受けたが、多方面での対応を行い、売上高を維持してきた。20年には自組合の通販サイトを強化し、売上高の補填ほてんに寄与した。専用の溶解器具や季節によって異なる十勝の農畜産物とのセット販売、各工房のチーズを含む詰め合わせの予約販売など、リピーターを意識した販売方法の創意工夫が見られる。また、代表理事の佐藤氏は営業担当として、コロナ危機下でも積極的な営業を行い、感染状況が落ち着いてきた21年秋にかけて、飲食店を中心に新規取引先を開拓してきた。加えて、他社と連携したラクレット使用の冷凍食品・加工食品の開発、冷凍ラクレット(賞味期限180日)の輸出が取り組まれている。まだ少量だが、冷凍ラクレットは21年秋から台湾へ輸出されており、輸出の本格化を見越して冷凍設備の設置が検討されている。これらは、売上高増加はもちろんだが、賞味期限延長による需給調整を可能にする意図もある(注15)
 各工房からの原料ラクレットは年間計画に従って組合が購入するが、組合の受注状況に応じて組合と各工房との話し合いを通じた柔軟な調整が行われている。実際にコロナ危機下では年間計画より数量が低下したが、年間計画の引き下げや各工房の原料ラクレット納品時期の延期といった対応をとっている。

(注14) コロナ危機下の生協では宅配利用の大幅な増加が見られた。七夕(2021)を参照。
(注15) 通常のラクレットの賞味期限は出荷後60日間で、冷凍や加工食品の取り組みは賞味期限を大きく延長させる。

4 おわりに

 新型コロナ危機は、北海道のチーズ工房にも大きな影響を与えている。外食・観光需要への依存度の大きさによって影響の濃淡はあるものの、事例としたチーズ工房では従来の事業戦略の修正を迫られてきた。特に外食需要の減少に起因する売上高の減少に対して、共働学舎新得農場では自社および他の事業者の通販サイトの活用、十勝品質事業協同組合では自組合の通販サイトを強化し、個人消費者への直接販売を通じて売上高を確保している。この背景には、新型コロナ危機による影響のもう一つの特徴である「巣ごもり需要」の喚起がある。「巣ごもり需要」の対象に工房製ナチュラルチーズが選択されたのは、事例となったチーズ工房が高品質なチーズを供給していたからであり、新型コロナ危機で抑制された外食・観光消費の代替として評価された点もあるだろう。工房製ナチュラルチーズは、牛乳・乳製品の中でも外食・観光需要の減少と「巣ごもり消費」の双方の影響が顕著に現れた品目であり、結果的に売上高への影響がある程度、相殺されたとも言える。
 また、チーズ工房に関わるサプライチェーンに、販売面と原料調達面で新型コロナ危機の影響を減じる特徴があることも明らかになった。例えば、あしょろチーズ工房の場合、十勝品質事業協同組合への原料ラクレット出荷が新型コロナ危機下でも安定的に継続できたことが、経営の安定に寄与した。チーズ工房による販売の共同化がバッファとして機能したと言える。原料となる生乳調達面では、あしょろチーズ工房と共働学舎新得農場は、チーズ販売の状況に応じた生乳購入量の調整が許容されていた。これによって、チーズ工房は購入した生乳を完全利用するための無理な販売をする必要はなく、それによる損失も回避できた。酪農家と乳業メーカーとの間を仲介して生乳の分配調整を行う農協の共同販売(共販)事業が、需給調整システムとしてうまく機能した事例の一つと言える。特に、これらチーズ工房の生乳購入量は一般の乳業メーカーと比べるとわずかであり、そうであるがゆえにチーズ工房の生乳購入量の変動が許容されてきた。大規模な乳業メーカーと零細なチーズ工房の両方を販売先に持つ農協共販の総合性が生かされた事例であろう(注16)
 このように、チーズ工房は新型コロナ危機に対して、個別の事業戦略レベルでの対応に加えて、販売と原料調達に関わるサプライチェーンの特徴を生かして影響を緩和させている。新型コロナ危機の影響はサプライチェーン全体の観点からの評価が求められる。

(注16) 農協の共同販売事業は、出荷者である農家も購入者も、事前に策定される年間計画に従って出荷・購入を行っており、需要変化に応じた無制限の数量調整が認められているわけではない。酪農家としての共働学舎新得農場は、年間計画に沿って生乳の全量出荷を行っている。事例のチーズ工房による生乳購入量の調整が容認されている背景には、購入量の少なさに加え、購入量の変動によって生乳を集荷するミルクローリーの運行に影響を与えない、すなわち農協の負担する生乳輸送費に影響を与えないためと思われる。

参考文献
宮嶋望(2017)『共鳴力−ダイバーシティが生み出す新得共働学舎の奇跡−』地湧社
清水池義治(2022)「新型コロナ危機下の酪農乳業と今後の課題」『月刊NOSAI』74(3)、pp.4–13
清水池義治(2021)「新型コロナウイルス感染症(COVID―19)危機の酪農乳業への影響と需給調整システム」『フードシステム研究』28(3)、pp.172–185
https://doi.org/10.5874/jfsr.21_00041
清水池義治(2017)「地理的表示制度と乳製品の地域ブランド戦略−十勝地域の工房製ナチュラルチーズを対象として−」『畜産の情報』327、pp.40–53
「食生活」編集部(2014)「にっぽんの食材紀行 共働学舎新得農場/北海道上川郡新得町(特集 チーズ)」『食生活』108(7)、pp.6–15
庄子太郎(2008)「小規模食品製造業者間における組織的活動の展開論理−北海道・十勝における小規模ナチュラルチーズ製造業者の事例をもとに−」『2008年度日本農業経済学会論文集』、pp.231–238
七夕誠司(2021)「新型コロナウイルス感染症危機における生協の共同購入の強みと課題」『フードシステム研究』28(3)、pp.155–159
https://doi.org/10.5874/jfsr.21.28.3_4