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話題 畜産の情報 2022年11月号

ミルクは乳児の命づな〜災害時の備蓄を考える〜

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甲南女子大学 名誉教授 奥田和子

1 はじめに

 今日、災害食は多種多様になりましたが、他の食品を転用できない唯一の食べ物が乳児用のミルクです。胎内から人間の住む外界に躍り出た乳児は、残念ながら「歯」が生えていない。そのために噛むことができない。栄養の整ったミルクしか食べられないのです。災害時に乳児用ミルクを備蓄していない行政はいまだにあるのでしょうか。もし忘れられているとすれば、最も弱い乳児のことを考えなければならない。自助が建前ですが、突然家ごと押し潰される災害も後を絶たないので、公助が是非とも必要となってきます。

2 未来を背負う乳児にこそ国はプッシュ型支援(注)を!

 行政の備蓄による支援は、弱い立場の被災者を最優先し、その順位に従って救済を行うべきですが、なぜか実態はその逆です。「元気な大人」を真っ先に優先しています。その証拠に2016年の熊本地震において、国が被災地に送った支援物資で最も多かったのはカップ麺でした(表1)。元気な大人以外にどのような人達がいるのか、何が必要なのかを考え、リスト化しておく必要があります。即刻改めなければなりません。

(注) プッシュ型支援とは、災害発生当初は被災地方自治体のみでは、必要な物資量を迅速に調達することは困難と想定されることから、国が被災都道府県からの具体的な要請を待たないで物資を調達し、被災地に物資を緊急輸送する支援のこと。

3 液体ミルクを使って災害時の育児を円滑に

 液体ミルクとは、誕生から12カ月までの乳児が母乳の代わりに飲むことができるように調整された「調乳済みのミルクが液体状で販売されているもの」を言います。2018年8月8日、食品衛生法に基づく「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」、健康増進法に基づく「特別用途食品制度」において液体ミルクに関する規格や表示の基準が決められ、日本での乳児用液体ミルクの製造・販売が解禁されました。
 これを受けて日本でも液体ミルクが江崎グリコ株式会社(2019年3月11日発売)、株式会社明治(2019年4月26日発売)、雪印ビーンスターク株式会社などにより全国販売されるようになりました。
 液体ミルクのメリットおよび利用時の注意点は次の通りです。

液体ミルクのメリット
・湯に溶かしたり、温度調整する手間が不要(災害時、水や湯の入手が困難な時に助かる。)
・哺乳瓶に移し替えるとすぐ飲める。
・常温で保存できる。
・賞味期限は紙パック約9カ月、缶約1年など。
※メーカーにより異なるので表示をよく見る。

液体ミルクの利用時の注意点
・飲み残しを再利用するのは厳禁。品質が大幅に変化する。

メーカーにより包装の形(紙パック、缶)、内容量、賞味期限などがそれぞれ違います。ここでは最初に市場で販売された液体ミルクを例に特徴を簡潔に説明します(図1)。

4 災害時に加熱機器を使って温かいミルクをつくる

 ところで、災害時は「電気、ガス、水道」が停止します。液体ミルクは常温で飲ませることも可能ですが、寒冷な時期にはミルクを温めることが必要です。過去の主な災害時の気温を挙げると、阪神・淡路大震災時の最低気温は4.7度、東日本大震災時の最低気温はマイナス2.5度でした。そして今後被害が想定される「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震」では積雪寒冷地特有の課題として「低体温症対策」が挙げられています。寒冷地では災害時の避難所は厳しい低温下にあり、液体ミルクの温度調整を考えなければなりません。その用意としてミルクを体温程度まで温めるための対策を述べたいと思います。
 最近、さまざまな持ち運び可能な加熱機器が製品化されています。加熱剤に水を加え、発熱した蒸気により食品や水を温めることができます。特に写真の製品の場合、外袋に加熱剤、内袋に食品や水を入れ、両者を別々の袋に入れる仕組みになっているので、加熱剤が直接食品に触れず衛生的です(図2)。内側の袋に入れる食品や水は約12分前後で内部温度が約90度以上に達します(参考文献2)。




 乳児用の液体ミルクの適温は、体温付近(37〜40度程度)が良いとされているので、このような加熱機器の場合、写真のように袋内ではなく加熱中の袋の外側と紙製の枠の隙間に置き、袋に密着させ間接方法で温めると哺乳時の適温まで温められることができます。

5 冷たいミルクは大人にとっての「冷や飯」と同じ (参考文献4)

 液体ミルクを温めるかどうかは、外気温(おおむね30度程度)を基準に判断していただければと思います。しかし、ミルクが冷たすぎると乳児は嫌がって飲まないことが後述の研究でわかりました。大人で言えば、炊きたてのご飯はおいしいのに、わざわざ冷めた「冷や飯」を食べさせるのと同じ理屈です。「乳児はなぜ冷えたミルクを飲まないか」という疑問の答えを探ったのでご紹介します。
 温かいミルクと冷たいミルクの授乳時の乳児の反応について、学生の親を対象に聞き取り調査を実施しました(表2)。学生自身が乳児の頃、授乳中にミルクが冷えた時、飲むのを拒んだり嫌がったりしたか、なぜ乳児は冷めたミルクを飲まないと思うか尋ねました。


 
 最も多い理由は、「母親の体温と異なるから」でした。次に多いのは「ミルクの味や匂いが変わるから」で、このほかに多くの理由が挙げられました。そこで次にミルクの温度によって味が変わるか実験で官能評価を行いました(表3)。
 育児用調製粉乳を熱湯で溶かした後、温かいミルク(人肌程度:43度)と冷めているミルク(室温:25度)の2試料を学生が飲み、味など6項目を比較しました。冷たいミルクを基準とした場合、温かいミルクはどうか1〜5点の採点法(数値が高いほどよい)で比較しました。


 
 冷めたミルクを基準にすると温かいミルクは、5項目で有意に高い評価でした。ただし外観は両者に有意な差はありませんでした。

6 おわりに〜行政備蓄とローリングストックのかたち〜

 行政の災害対策としての乳児用ミルクの対応の多くは、まだ粉ミルク主体の備蓄や小売業との流通協定を結んでいるケースが多く、液体ミルクによる備蓄対策は充分とは言えない状況です。
 まだまだ活用方法やスキームの整備には工夫が必要ですが、乳児の災害対策を先行する自治体では部局連携で危機管理部局が購入した液体ミルクが子育て部局などを通じて、公立の保育園や病院で有効利用されている事例が出始めています。避難生活が長引くケースなども視野に入れた場合、適切な方法を編み出し、早急にモデル化する必要に迫られるのではないかと危惧されます。最後に、図3の通り筆者が考えるミルクの備蓄対策スキームを示して筆をおきます。


参考文献
1.アイクレオ赤ちゃんミルク パッケージ表示変更のご案内 江崎グリコ株式会社
2.奥田和子 水谷 好 可能となった温かい災害食−進化した加熱機器の誕生 日本災害食学会発表要旨集2021 8
3. 山本潤一 山本商事(HOT PLUS)発売元 液体ミルクの加熱 未発表 2021
4. 奥田和子 倉賀野妙子 乳児はなぜ冷めたミルクを飲まないか 小児保健研究 VOL.61 NO.1 2002.1
5.奥田和子 本気で取り組む災害食 同時代社 2016
6.奥田和子 震災下の食―神戸からの提言 NHK出版 1996
7.奥田和子 働く人の災害食 編集工房ノア 2008

(プロフィール)
学術博士
・専門は災害食危機管理学、食デザイン論。
・福岡県生まれ。
・広島大学教育学部卒業後、甲南女子大学教授のほか、米国カリフォルニア大学バークレー校栄養学科客員研究員、英国ジ   ョーンモアーズ大学食物栄養学科客員研究員などを歴任。
・現在は甲南女子大学名誉教授のほか、日本災害食学会顧問、防災安全協会顧問、NPOボランティアネットワークNANDA理事を務める。
・主な著書は『現代食生活論』(講談社)、『震災下の食 神戸からの提言』(NHK出版)、『働く人の災害食 神戸からの伝言』(編集工房ノア)、『和食ルネッサンス』(同時代社)、『箸の作法』(同時代社)、『本気で取り組む災害食 個人備蓄のすすめと共助・公助のあり方』(同時代社)など。