(1)農業概況
デンマークは温暖で一定の降水量があり、平坦な地形を持つ国である。デンマークの国土面積のうち、3分の2が農用地であり、国土面積は日本の9分の1であるにもかかわらず、農用地面積は日本の6割の規模となる(表1)。このため、環境と農業との関連性が高くなり、その影響が強く懸念されている。
さらに、デンマークの農業産出額の3分の2が畜産によるものであり、そのうち養豚の産出額が2分の1を占め、飼料向け穀物生産も多いことから、デンマークの農業の中で養豚産業が大きな地位を占めている(表2)。
飼料向け穀物として、小麦、大麦、ライ麦は自給率が100%を超えている一方、大豆かすはドイツや南米から輸入している(表3)。
(2) デンマークの養豚・豚肉概況
デンマークの養豚産業の特徴は、小麦や大麦などの飼料穀物の自給率が高く、国際的な穀物価格の変動に左右されにくい経営が確立されていることにある。2021年の豚肉生産量を見ると、デンマークはEU27カ国のうち、スペイン、ドイツ、フランス、ポーランドに次ぐ5番目となった(表4)。
豚肉の輸出量は主要生産国の中で格段に多いとはいえないものの、子豚の輸出頭数は突出して多い。デンマーク農業理事会によると、同国の子豚の輸出頭数が多いのは、主要輸出先であるドイツやポーランドはデンマークに比べ人費が低いことから、デンマーク国内で肥育豚を生産するよりも子豚として出荷する方が、メリットが大きいためとされている。子豚を含めた生体豚の輸出も合わせると、デンマークで飼養された豚の9割が輸出されており、輸出に焦点を合わせた産業構造になっている。
養豚生産者数は、疾病予防措置や環境・動物福祉対策、雇用労働条件が厳格化されるにつれて減少が進み、2010年の5068戸から21年には2576戸に半減した(表5)。このうち、一貫経営は1062戸(41%)、肥育経営が1044戸(41%)、繁殖経営329戸(13%)、その他141戸(5%)である。同国の豚のうち7割がSPF豚であり、生産者の規模は1戸当たり飼養頭数が数千頭から1万頭台が主力となっている(図1)。
同国の生産性は高く、例えば2021年の母豚1頭当たりの年間産子数は34頭であり、今後も増加傾向が続くとみられている。その要因として、(1)優良な系統が選抜されていること(2)30ヘクタール以上の農地を所有する生産者は、グリーン認証と呼ばれる6カ月の講習が求められる資格の取得が必要であるなど、農業経営者となるために各種講習を受講する義務があり経営技術が向上していること(3)獣医師が頻繁に訪問し、指導を行っていること―が挙げられる。
同国の食肉処理・加工企業は、年間の処理頭数ベースで7割強がデニッシュクラウン、2割がドイツの大手食肉パッカーのトーニス(Tönnies)社傘下のティカン社、残りを小規模の民間と畜場が占めている(図2)。と畜場での1時間当たりの賃金は各種手当込みで302.50クローネ(5881円)と高い水準にあるため、人手による作業を極力削減し、機械化が進んでいる。
デンマークの豚肉の主要な飼養管理は、(1)慣行的なもの(2)フリーレンジ(ストールを利用せず、豚が屋外へのアクセスを持つが飼料は慣行的なもの)(3)有機―の3種類が挙げられる。また、慣行飼養よりもストールの利用制限をより厳しくするがフリーレンジよりは緩い、英国向け規格に特化した生産も行われている。
(3) デンマークのこれまでの持続可能性の向上に関する取り組み
ア 抗生物質の使用量の削減
欧州医薬品庁によると、デンマークの農業分野における抗生物質の使用量は、2011年の1PCU(注1)当たり42.1ミリグラムから、20年には同37.2ミリグラムと11.7%減少している。これは、20年の英国などを含む欧州31カ国の平均同89ミリグラムと比較しても低い水準である。
(注1) PCU(Population Correction Unit)とは、治療時の家畜の標準的な体重(キログラム)に、統計に基づく頭数を乗じたもの。抗生物質の使用量を年次別、家畜別、国別に比較するために欧州医薬品庁のプロジェクトチームが提唱する方法で算出された畜産物重量のこと。
同国では、養豚生産者の9割が獣医師とアドバイザー契約を結んでおり、繁殖用母豚は年9〜12回、肥育豚は年4〜6回の訪問指導を受ける。アドバイザー契約を結んでいない生産者も年1回、獣医師による検査を受ける必要がある。この検査を通じて、すべての豚の健康状態および抗生物質の投与に関する履歴は獣医師によりVETSTATというデータベースに登録される。
このデータベースを基に、抗生物質の使用量が多い生産者や獣医師に対して、イエローカードとよばれる警告が送付されるシステムとなっており、生産者や獣医師とも使用量には注意を払っている。さらに、成長促進目的の抗生物質の使用も禁止されている。
また、動物用医薬品に対して医薬分業制を導入しており、獣医師が書いた処方箋の薬局による確認や、診断と医薬品の利益の分離によって、医薬品を多く処方する動機が働かない仕組みにしていることも、抗生物質使用量の低減に貢献している。
イ 窒素排出量の削減
デンマークのこれまでの持続可能性に関する取り組みとしては、窒素排出量の上限をEUの基準(1ヘクタール当たり170キログラム)よりも厳しくし、1ヘクタール当たり140キログラムに設定していることが挙げられる。
さらに、圃場に直接排せつ物を散布する方法や、屋外に開放した浄化槽で排せつ物を処理する方法から、地中に直接排せつ物を注入するインジェクション方式による散布や、建物で囲んだ空間で排せつ物処理を行うようにすることで、大気中へのアンモニア排出量を削減した(写真1)。また、作物の生育期間以外の排せつ物の散布も禁止されている。
このような努力により、アンモニア排出量は1985年と比較して、2018年には73%の削減となった。
ウ 食肉処理・加工場のエネルギーや水の使用量の削減
食肉処理・加工場に対しては、環境への影響の発表を義務付け、同施設のエネルギーや水の使用量を大きく削減することに成功した。
具体的な例として、鶏の足(もみじ)の洗浄工程における水を再利用し、水の使用量を削減している。また、処理工程を工夫することで、一部の工程の水温を55度から35度に引き下げエネルギー使用量を削減した。
エ 動物福祉
豚舎の床は、全面すのこ床が禁止され、一部をコンクリート床などにする必要がある。また、母豚は離乳から次の分娩の7日前まで、ストールに固定することはできない。この規制は、新規豚舎については2015年1月1日から、既存豚舎については35年1月1日から適用される。
さらに、出産から離乳までの生後21〜28日の間、母豚と子豚を長く一緒に飼養しており、床には豚の地面掘りの欲求を満たすためのわらの提供、体調不良の豚を休ませる豚房の配置、20キログラムを超える豚に対して高温時に使用するスプリンクラーの設置も義務付けられている。
去勢について09年以降、鎮痛剤の投与を義務付けるとともに、品種改良や飼料の工夫などによって獣臭を抑える研究を進め、外科的措置の必要のない方法を開発している。デニッシュクラウンでは、物理的な去勢を行わない方法で飼養された豚肉について、今後、日本向け輸出を行いたいとの意向を持っているようである。
また、豚の輸送には、換気装置や輸送中の水分補給が可能なトラックを使用している(写真2)。
オ その他
同国の豚は、国によって定められたトレーサビリティーの対象となっている。個体管理が基本であるが、生産者から食肉処理・加工施設まで一貫して群管理が行われている場合は、群単位でトレーサビリティーを行うことが認められている。これにより、豚肉に何らかの異常が認められた場合、生産者までさかのぼっての追跡が可能となる。
飼料は政府認可を受けた飼料メーカーから購入する必要があり、後述の大豆などに関して、持続可能な生産が行われた原料であるか否かも含め、基準に沿った飼料が給餌されているか確認可能な体制となっている。自家配合を行っている生産者も含めて、公的機関による検査が年1〜5回の頻度で行われている(飼料の自家配合を行っている生産者は年1回)。
(4) デンマークにおける今後の持続可能性の向上への取り組み
同国では、生分解性プラスチックの利用を進めるとともに、プラスチックの使用量や廃棄量を2025年に50%、30年に80%減少させる取り組みを開始した。
また、排せつ物からのメタン発生量を削減するために、飼料添加物の開発と普及、排せつ物のバイオガス工場への提供、タンクから発生するメタンガスの吸着、汚泥槽の酸性化や冷却によるメタンガス発生削減、メタンガスの排出が少ない家畜の品種改良を進めている。
タンパク質の飼料原料として、大豆かすの置き換えも試みられている
(注2)。温室効果ガスの発生がより少なくなる養豚農場付近の地域で生産、供給される作物の中で、置き換えに有望な原料はソラマメ(Broad bean)であり、デンマーク国内にある乳業会社が置き換えに成功している。また、飼料に混合できる量は一定割合に限る必要があるが、菜種かすも候補の一つである。さらに、タンパク質含有量の多い牧草からタンパク質を分離することも試みられている。
(注2) EUでは、農地の拡大に伴う森林破壊を防止することを目的に、大豆や牛肉といった農畜産物が森林破壊によって開発された農地で生産されていないことと、生産国の法令を順守していることを確認するため、農畜産物の輸入者が輸入先に対して行う事前調査(デューディリジェンス)の義務付けを導入予定である。
(5) 持続可能性への取り組みを進める原動力
このように生産者にとって負担となる持続可能性への取り組みに関し、継続して進めていく原動力についてデンマーク農業理事会の担当者に質問したところ、個人の意見としつつ、次のような説明を受けた。
●まず、デンマークの消費者は、例えば有機食品を購入する頻度が高く、小売店の棚に標準的な商品として有機食品が並ぶ ような 国であるため、持続可能性について高い意識があり、消費者ニーズが高いこと、また生産者もそれをよく理解していることがある。
●それに加え、デンマーク政府からの強い後押しも原因として挙げられる。これは、デンマークのように必ずしも大国とはいえない国であっても、持続可能性の向上といった自分たちが主張した点については、厳格に執行することで説得力を持たせ、これにより欧州委員会に対して交渉力を発揮するという考え方がある。
一方で、デンマークの生産者数は毎年5%程度減少しているというデータがあり、同担当者から詳しい状況は聞けなかったものの、小規模生産者では、収益の確保が難しいことに加え、環境保全や動物福祉といった面への投資が困難なことが要因とみられる。このため、大規模生産者はより大規模な投資を行い、生産規模を拡大し、生産効率を向上させていく必要がある一方、小規模生産者は離農という痛みを伴う現状があるように感じられた。