併せて、ライブコープに対し、NZにおける生体家畜輸出禁止措置による豪州の生体家畜輸出産業への影響を確認したところ、豪州の業界は従来、アニマルウェルフェアを最優先事項としており、生体家畜輸出では然るべきアニマルウェルフェアを確保しているため、影響はないとのことであった。また、同業界における各種研究は、農家や家畜輸出業者から支払われる賦課金によって賄われているが、予算の約7割をアニマルウェルフェア関連の研究に費やしているとしている。
他方で、2022年5月に行われた連邦総選挙で政権を奪取した労働党は、選挙公約に羊の生体輸出の段階的禁止を掲げていたが、同年6月、マレー・ワット農相は、空路および海路での羊の輸出禁止の実現を今期の政権ではなく、時間をかけて目指していくと述べている。この動きが牛の生体輸出にも波及するのではないかとの懸念が業界内にあったが、アルバニージー首相およびワット農相は、生体牛の輸出を禁止したり、段階的に縮小したりする計画は全くないとしている。またMLAからも、従来、羊の生体輸出は禁止されている
(注8)ところであるが、牛については、暑熱ストレスへの耐性が羊より優れており、これを将来的に禁止しようという議論が拡大するとは考えられないとのことであった。
(注8) 羊は牛と比較し体が小さく、暑熱ストレスに弱いため、主に中東や東南アジアに輸出される海路でこれまで大量死が度々確認されてきたことを受け、暑熱ストレスが過酷となる北半球の夏期(6月1日〜9月14日)において、羊の生体輸出が禁止されている。
(1) 豪州政府の取り組み
豪州では、家畜輸出規制の枠組みとして、豪州農林水産省(DAFF)が所管する輸出管理法2020(Export Control Act 2020)および関連する規則と基準に基づいて、家畜の輸出を規制している(図11)。
このうち、農場での管理から輸出先の食肉処理施設までの家畜輸出サプライチェーンにおけるアニマルウェルフェアに関しては、輸出業者が家畜を輸出する際に満たさなければならない最低限のアニマルウェルフェア要件として、豪州家畜輸出基準(ASEL)ならびに輸出業者サプライチェーン保証システム(ESCAS)の主要な二つのシステムにより管理されている
(注9)。
(注9) 豪州生体牛輸出におけるアニマルウェルフェア要件の経緯などに関しては、『畜産の情報』2018年2月号「豪州の生体牛輸出動向〜アニマルウェルフェアと家畜疾病管理における変化を中心に〜」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2018/feb/wrepo01.htm)を参照されたい。
ア ASEL
ASELは、家畜の輸送計画、農場から検疫施設、港までの家畜の輸送、船舶の準備など、輸出業者が順守しなければならない輸出までの一連の流れにおける家畜管理の規定である。
ASELは2004年に最初に導入されたが、最新のものとしては、ASEL3.2が2020年輸出管理法(Export Control Act 2020)に基づいて施行されている。
ASELの内容は多岐にわたるが、一例として、生体牛輸出時の暑熱ストレス基準に関する以下の規定などがある。
(ア)豪州の南緯26度(図5)以南の地域から輸出されるボストーラス種の牛は、5月1日〜10月31日の間に豪州を出発し、赤道を超える航海で輸出する場合、非妊娠牛であり、中東向け、または中東を経由する輸出牛は、熱ストレスリスク評価(HSRA:Heat Stress Risk Assessment)
(注10)が管理可能となる基準以下でなければならない。
(注10) 航海ルートの気象観測データから、湿球温度分布の確率・評価に相違があることや、牛の代謝熱を抑えるために、時期によって飼養密度を変えるという原則などに基づいて設計されており、5%の死亡率が発生する確率が2%未満でなければならないなどとされている。なお、豪州から海上輸出される牛の死亡率や死亡原因の調査結果などは、定期的に政府に報告され、DAFFのウェブサイト上(https://www.agriculture.gov.au/biosecurity-trade/export/controlled-goods/live-animals/live-animal-export-statistics/reports-to-parliament)で公表されている。
(イ)肉用牛の場合、ボディコンディションスコア
(注11)が平均的な肉付きを示す2から4であることを要する(ただし、南緯26度以北の豪州地域から輸出されたボストーラス種の牛は、10月1日〜12月31日の間に2以上3以下であること)。また乳用牛の場合、同3.5以上5.5未満であることを要する(ただし、10月1日〜12月31日の間に南緯26度以北の豪州地域から輸出されたボストーラス種の牛は3.5以上5未満であること)。
(注11) 肉用牛は0〜5の6段階評価、乳用牛は1〜8の8段階評価。
イ ESCAS
ESCASは、2012年以降、すべての輸出市場に対して課せられた規制であり、輸出業者は、輸出先港への到着からと畜までの家畜のアニマルウェルフェアを提供するために、サプライチェーン関係者との商業的な取り決めを行う保証システムである。
ESCASは2021年輸出管理(動物)規則に基づき、四つの保証システムにより運用されている(図12)。
(2)業界団体の取り組み
生体家畜輸出におけるアニマルウェルフェアの理解醸成のため、ライブコープおよびMLAが共同で創設したThe Livestock Collectiveのウェブサイト上(
https://www.thelivestockcollective.com.au/vrshiptour)では、3D写真や動画(写真2)により、農場から輸送船舶内までの家畜の移動や船舶内の家畜の状況のほか、輸出先の港に到着してからのサプライチェーンでの様子や、輸入業者や獣医師による管理や診療の状況に関する情報発信を行っている。
なお、生体家畜輸出業界と豪州政府は2016年、第三者機関による評価制度として、ESCASと連携し、比較的安価に輸出される肥育・と畜用家畜のアニマルウェルフェアを確保することを目的とした任意制度として「家畜グローバル保証プログラム(LGAP:Livestock Global Assurance Program)」を考案し、18年から試験的導入を開始している。しかしその後、新型コロナウイルス感染症により、同プログラムの運用が現場を混乱させるとの理由から、管理運営を担っている業界団体のALECは21年9月、LGAPの一時停止を決定した。22年9月現在、再開のめどは立っておらず、ESCASの下で慣行を改善する方向で進めることで対応している。
他方で、生体家畜輸出における規制コストが過去5年で約3倍になったとし、輸出業界輸送業者らはDAFFに対し、これらの規制の見直しを求めている。