ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 米国食肉・食鳥業界における労働力不足の現状と対応について
パンデミックの影響を受け、一部の食肉・食鳥施設の稼働停止や稼働率低下が生じたことにより、移動式食肉処理・加工装置(MSU:Mobile Slaughter Units)に注目が集まっている(コラム1-写真1)。MSUは元来、施設から遠方に位置する小規模生産者にとって、家畜の長距離輸送によるコスト負担が大きいとの声を受けて製造されたものであり、2002年に初めてMSUが米国農務省食品安全検査局(USDA/FSIS)の認証を受けた。そして近年、食肉処理・加工能力の向上に対する需要の増加、地元で生産・加工された食品に消費者の関心が高まっていること、家畜の長距離輸送が肉質の低下につながることなどの理由から、地方の小規模生産者の発注を受けてMSUの稼働が増えていた。米国食肉処理・加工業者協会(AAMP)によると、パンデミックの影響によって、MSU事業が急速に拡大しているという。
ウィスコンシン州に拠点を置くプレム・ミート社は16年にMSUを導入した(コラム1-写真2)。当初、MSUを活用して週に3〜5頭の牛と8頭の豚を処理することを想定していたが、現在は週に最大25頭の牛と30頭の豚や羊を処理しており、MSU専任の労働者を7人雇用している。費用は牛1頭当たり140米ドル(2万896円)、豚1頭当たり80米ドル(1万1941円)に設定している。ミシガン州に拠点を置くバイロン・センター・ミート社は18年にMSUを導入したが、パンデミック中に注文が爆発的に増加し、今では1日に4カ所の農場を回っているという(コラム1-写真3)。費用は牛1頭当たり175米ドル(2万6121円)、豚1頭当たり80米ドル(1万1941円)に設定している。
一方で、初期投資費用が高額であること、MSUの処理可能頭数が少ないことから専門家の中には採算が取れないとの声もある(コラム1-表)。さらに、さまざまな条件下にある複数の農場において、温水、電気、排水先の確保もしなければならず、その負担は大きく、一般的に普及することは容易ではないという。地方に普及させるためには、前述のような成功している事業者を優良事例として、その事業内容を広く横展開することが必要である。
業界における労働力確保の現状として、同じ業界の中で競合し合うだけではなく、すべての製造業、そしてそれを超えた業界の間で人材争奪戦が繰り広げられている。その中で、食肉・食鳥企業はより能力のある労働力を長期的に確保するために、労働環境の改善と労働者の福利厚生の充実に力を入れている。特に大手企業ではさまざまな手段を用いて、労働力不足の現状に対抗している。
米国の牛肉、豚肉、鶏肉のいずれにおいても市場占有率上位に位置するタイソン・フーズ社は、非常に多くの観点から労働力の確保に取り組んでいる。同社は2020年に、時間給労働者の賃金水準の引き上げとボーナス支給のために5億米ドル(746億3000万円)以上を投資し、事業所内託児所や無料の近接型診療所の設置を進めたほか、自宅で過ごす時間を延ばすための労働時間の調整などのより柔軟な勤務体系への改善を進めた。そして22年には、16年以来展開してきた労働者教育プログラムである「アップワード・アカデミー・プログラム」を拡大し、米国内の大学や教育機関と提携して労働者による修士号、学士号および準学士号の取得、英語教育や一般教育などの基礎教育への支援を開始した(コラム2−写真1)。4年間で6000万米ドル(89億5560万円)を投資し、授業料や教材費を全額負担することとしている。さらに、100万米ドル(1億4926万円)を投じて移民労働者への米国市民権取得支援プログラムを開始した。
米国食肉最大手であるJBS USA社と同社の傘下にある米国鶏肉大手であるピルグリム・プライド社も「ベター・フューチャーズ・プログラム」という無料教育プログラムを開始している(コラム2−図)。本プログラムは、両社がコミュニティ・カレッジや専門学校の学費を全額負担することで、労働者やその家族に準学士や専門資格の取得の機会を提供するものであり、地域社会にも貢献している。労働者が働きながら通学する場合には、両社が大学側と通学・通勤の時間帯を調整する。
また、財源も限られる中小規模の食肉・食鳥企業には、連邦政府や州政府による支援を活用するほか、工夫して労働力確保・人材育成に取り組む企業もある。バージニア州の小規模食肉処理・加工企業であるT&Eミート社は、大学のウェブサイトに公表されている教材やユーチューブに掲載されている動画などのオンラインのリソースを駆使して予算をかけずに労働者教育を行っている(コラム2−写真2)。中にはビーフ・チェック・オフの資金が投入されて制作されている教材もあり、うまく活用すれば十分に労働者の教育に通じるという。同社は「T&Eミート研修プログラム」を開発し、3年の間、毎週3〜4時間の学習と5〜6週間に一度の小テストを行っている。修了時にはバージニア州が発行する「ジャーニーマン・ミート・プロフェッショナル」という認定証を取得することができるという。
さらに、施設においては、機械化・自動化が進められており、労働力不足を補うための省力化としても注目されている。タイソン・フーズ社は、21年から3年間で18億米ドル(2686億6800万円)もの機械化・自動化への投資を発表している。同社によると、24年までに2000人以上に相当する労働力の削減につながり、生産性の向上も含めると年間4億5000万米ドル(671億6700万円)もの効果につながるという。JBS USA社やピリグリムズ・プライド社なども機械化・自動化に多額の投資を行っている(コラム2−表)。