(1)労働力不足
近年のタイの鶏肉業界、特に食鳥処理場では、労働環境の厳しさからタイ人の採用が進まず、外国人労働者が占める割合は過半数を優に超えているとされる。これら鶏肉業界など単純労働に従事する外国人労働者は、近隣3カ国(ミャンマー、ラオス、カンボジア)出身者が大多数を占めており、タイの鶏肉産業はこれらの国々からの外国人労働者によって支えられている。
そのような中にあって、タイ国内のCOVID−19流行による陸上国境の閉鎖や飲食店の営業停止、大型事業所でのクラスター頻発(後述)などに伴い、失業や帰国困難、また、タイ国内で働くことへの懸念を抱いた外国人労働者が多数生じた。さらに、不法入国者や外国人労働者の感染が多々報道された
(注12)ことなどで外国人に対する風当たりが強くなったことなどから、外国人労働者の帰国ラッシュが発生し、新規外国人労働者の供給も途絶えることとなった。
このような事態に対し、タイ政府は2020年8月以降、労働許可の延長や違法労働者などの適法化に係る閣議決定を複数回行い、すでにタイ国内に滞在する外国人を活用した労働者不足の解消を図った。しかしながら、食肉処理場での近隣3カ国からの労働者数は、COVID−19流行前の6割にまで減少(20年2月:7万585人、22年12月:4万5334人)するなど、鶏肉生産現場の労働力不足は、依然として深刻であった(図13)。
(注12)第2波を中心に、ミャンマーから不法に入国した者がCOVID-19に感染していたこと、サムットサーコーン県中央エビ市場で発生した大型クラスターでは、感染者の半数近く(約550人)が外国人労働者であったことなどが報道された。
このような状況の中、ヒアリングを実施した3社のうち2社では、特に労働力が不足した21年半ば、期間限定で特別手当(賃金の1〜3割)を別途支給するなどして労働力確保に努めた
(注13)。
(注13)残り1社は、通常時から近隣他社よりも高めの賃金設定としているため、特別手当の上乗せは行わなかったとのこと。
また、21年2月からは、順次、外国人労働者の新規受入が再開されたが、入国時の隔離やワクチン接種などのCOVID−19対策が求められるようになった。その結果、外国人労働者の新規受け入れに際して受け入れ先事業者が負担する経費は、COVID−19流行前の1人当たり4400バーツ(1万7468円、20年2月時点)から同1万1490〜2万2090バーツ(4万5615〜8万7697円、21年2月時点)と最大5倍にまで膨らんだ
(注14)(表2)。
(注14)21年5月からはワクチン接種完了者などに対する隔離免除、同年7月1日からは保険加入の義務付け撤廃など順次緩和された。
さらに、タイ人も含めた状況として、感染の恐れから工場での勤務に
躊躇した労働者が多数いたことに加え、肥満や高血圧などを抱えた労働者が感染した場合の重症化リスクからこれら労働者の雇用を控えたい事業者の意向も相まって、COVID−19流行期の新規人材確保は難航を極めた。ヒアリングでは、21年8月に定員100名の新規採用募集を行ったものの、採用者はわずか1名であったとの声も聞かれた。
(2)クラスター発生による工場閉鎖
タイでは、娯楽施設などの他に、工場でもクラスターが頻発した。タイ工業省クライシスマネジメントセンターによると、最も感染拡大が深刻だった第3波中の2021年4月1日〜8月17日には、全国76県のうちの62県、749カ所の工場でクラスターが発生した。業種別内訳は、食品関係が最も多く136カ所(全体の18%)であった。
また、タイCOVID−19対策本部によると、同じく第3波中の同年6月1日〜8月15日には、食鳥処理場9カ所でクラスターが発生した(表3)。クラスターが発生した処理場は閉鎖され、消毒や感染管理対策を整備した後に稼働再開することとなるが、処理場閉鎖期間は1〜2週間程度であったという。また稼働再開後も、労働力不足や生産現場でのソーシャルディスタンス確保などの制限により、稼働率は通常時の1〜5割程度にとどまったとされる。
クラスターが発生した処理場名は公表されていないが、現地関係者への聞き取りなどから推定されるクラスター発生処理場の処理羽数は、国内の総処理羽数の32%
(注15)に及び、これらの処理場の工場閉鎖などが同期間の鶏肉生産量の落ち込みに一定程度の影響を及ぼしたと考えられる。
(注15)21年2月の処理羽数(タイ農業・協同組合省農業経済局)に占める各処理場の処理羽数(各社聞き取りなど)。
(3)バブル&シール対策
工場でのクラスター頻発を受けてタイ政府は2021年7月以降、「バブル&シール」と呼ばれる感染管理対策を推進した。これは、工場敷地外に居住する従業員に対して外部との接触を制限する「バブル」と、従業員を常時工場敷地内に隔離する「シール」を状況に応じて組み合わせる対策である。しかし、現地関係者からは、外部との接触制限など勤務環境面で従業員への負担が大きく、結果として離職者の増加や新規応募者の減少につながったとの声が聞かれた。
本対策には、従業員への定期的な抗原検査の実施や、敷地内に従業員の治療や経過観察隔離(2週間)に使用する臨時仮設病院などを建設することも含まれていることから事業社の負担は大きく、ヒアリング先では20年および21年の2年間で、1社当たり1億5000万〜2億バーツ(6億〜8億円)程度を要したとしている(写真4、5)。
(4)海上輸送運賃の上昇
一部の近隣諸国向け輸出を除き、タイからの鶏肉などの輸出はほぼすべて海上輸送によって行われており、主に40フィート・リーファーコンテナ
(注16)が用いられる。このコンテナ運賃がCOVID−19による港湾の混乱などの影響で世界的に高騰した。
タイ発の40フィート・リーファーコンテナ運賃についてタイ荷主協議会によると、2020年中旬頃から欧州向けなど長距離輸送を中心に上昇し始め、COVID-19流行前後で欧州向けが7.2倍、日本向けが1.5倍となった(図14)。なお、現地関係者によると、航路や時期によって燃料割増料金などが付加されることから、実際の運賃は、協議会の公表額よりも1〜3割程度高いという。
(注16)外寸がおおよそ2.6メートル×2.4メートル×12.2メートルの温度管理機能付きコンテナ。
コンテナ不足への対応として各社は、コンテナ手配を従来より2週間程度早く開始するなどにより数の確保に努めたが、それでもなお十分な手当てができず、1〜2週間の出荷遅れが散見されたとのことであった。
また、タイ国内の輸送についても、物流各社の運転手などの健康管理や感染対策に関する掛かり増し経費が発生したが、現地関係者によると、それらを理由とした輸送費用の値上げ打診は受けなかったとのことであった。