政府が豚肉の価格安定のための市場介入時に基準にするのが「豚糧比(肉豚の出荷価格/トウモロコシの卸売価格)」である。「豚糧比」における肉豚出荷価格とトウモロコシ卸売価格は、国家発展和改革委員会が発表する価格を基準にする。本稿では当該データを入手することができなかったため、以下では豚糧比の代わりに「全国の定期市における肉豚価格対トウモロコシ価格の比率」を用いる。
図2は、全国の定期市における肉豚価格対トウモロコシ価格の比率を示したものである。2010年以降を見ると、12年から15年半ばまでの期間において、肉豚価格対トウモロコシ価格の比率が6:1以下になっている時期が多い。15年後半から同比率が上昇し、16年には10:1を超えるようになる。その後下落し、18年には6:1以下となるが、19年には急速に上昇し、20年の2月と3月には17:1を超え、それまでと比べ異常な価格変動となった。既述のように、この時期に多くの養豚農家(場)が養豚業から退出したが、養豚を続けた零細規模養豚農家は、19年(1頭当たり1139.62元(2万2485円))、20年(1頭当たり1770.62元(3万4934円))に14年(1頭当たり256.22元(5055円))のそれぞれ4.4倍、6.9倍の所得を得ることができた。また、30頭規模以上の養豚農家(場)は19年(1頭当たり956.28元(1万8867円))と20年(1頭当たり1685.66元(3万3258円))に14年(1頭当たり106.35元(2098円))の9倍と15.9倍と10倍以上の所得を得ることができた(表1)。一方で、豚肉の価格高騰により消費者は困るのであるが、10年代以降、中国では豚糧比を基準にした豚肉価格安定政策が実施されてきた。その基準となる政策に関するここ10年の状況を紹介しておこう
(注5)。
(注5)以下の2012年と15年における政策の説明は、李(2017)に依拠している。
12年4月に「緩解生猪市場価格周期性波動調控予案(肉豚市場価格の周期的変動の緩和に関する方策)」(以下「12年版方策」という)が発布され、さらに、15年10月には、新版「緩解生猪市場価格周期性波動調控予案(肉豚市場価格の周期的変動の緩和に関する方策)」(以下「15年版方策」という)が公布され、12年版方策は廃止となった。
12年版方策では、正常区域(緑色区域)として豚糧比6:1
〜8.5:1の間を設定する。豚糧比が8.5:1以上になった時と6:1以下になった時には、政府はメディアを通じて適宜市場価格に介入する旨を伝える。豚糧比が8.5:1
〜9:1および6:1
〜5.5:1の範囲(青色区域)に一定期間とどまっている場合は、中央と地方の備蓄肉の放出・買い入れが行われ、9:1
〜9.5:1および5.5:1
〜5:1の区域(黄色区域)になると、中央と地方の備蓄肉の放出・買入量の規模を増やす。さらに、豚糧比が9.5:1以上と5:1以下の区域(紅色区域)になると、引き続き中央と地方の備蓄肉の放出・買い入れが行われる。豚糧比が5:1以下となった場合は、財政補助政策を行い、大型豚肉加工企業の商業備蓄を増やすとともに、豚肉高次加工の規模を拡大する。政府備蓄と商業備蓄を増加させた後においても豚糧比が5:1以下にとどまり、かつ、養豚農家の母豚廃棄が進行し、繁殖可能な母豚の飼養頭数が前月比で5%低下した場合は、現行の補助政策を維持するとした。加えて、国が指定している肉豚生産大県の養豚農家(場)に対して繁殖可能な母豚1頭当たり100元(1973円)を基準に、一時的に飼養補助金を支払い、さらに国が指定した優良品種の種付け豚農家(場)に対しては、種付け豚(雄)1頭当たり100元(1973円)を基準に、一時的に飼養補助金を支払うとした
(注6)(李2017)。
(注6)繁殖可能な母豚の飼養頭数を4100万頭に維持することが目標である。
こうした価格安定政策における備蓄肉の放出は消費者保護であり、備蓄肉の買い入れは生産者保護であるが、15年版方策は、12年版方策に比べ、生産者保護的な記述は大幅に変更・削除されている。
15年版方策においては、各基準範囲が変更されている。12~14年の生産費データによると、肉豚生産の損益分岐点が豚糧比5.5:1~5.8:1の間であったとし、緑色区域の下限が12年版方策の6:1から5.5:1に変更された。その他区域の場合は、緑色区域より上の範囲基準は変更されていないものの、下の範囲基準はいずれも下方修正され、青色区域は5.5:1~5:1、黄色区域は5:1~4.5:1、紅色区域は4.5:1以下となった。また、15年版方策は、12年版方策とは異なり、青色区域では備蓄肉の放出・買い入れは行わない。紅色区域時には、最多25万トンまでに中央備蓄量を買い増すとしながら、2012年版方策の一時的な補助金に関わる記述は削除された。ただし、紅色区域の臨時的な措置として輸出入が付け加えられている(李2017)。
12年版方策と15年版方策を比較してみると、養豚業における飼養部門の構造調整をより進める方向に改訂されてきたが、こうした変更の背景には、前述の養豚業における規模拡大が急速に進んでいる事情があった。