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調査・報告 畜産の情報 2023年2月号

さかうえの挑戦 〜アグリバレー構想と里山牛による循環型農業のビジネスモデル構築〜

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鹿児島大学 学術研究院・農水産獣医学域 農学系 教授
(現北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター)
後藤 貴文

【要約】

 鹿児島県志布志市の株式会社さかうえは、園芸業を事業軸としてきたが、2019年より農地を放牧活用した牛肉生産に乗り出した。手始めに経産牛の放牧肥育と自家産デントコーンサイレージを補助飼料として給与し、まず里山の再生に着手している。生産される牛肉の販売はオンラインを主軸として、全国にマーケットを広げようとしている。本稿では、さかうえの坂上隆代表取締役の農業版シリコンバレー、いわゆるアグリバレー構想に基づく取り組みを紹介し、九州の土地から新しい農業ビジネスモデルを提案する。

1 はじめに

 新型コロナウイルス感染症パンデミックの拡大防止のため、消費者の生活は外出の頻度が減少し、自宅での飲食の割合が増加した。これにより生産者や消費者の食に対する認識は変わらざるを得なくなった。大勢での飲食は少なくなり、より食の質に関心が向くようになった。一方で、経済において観光業界や飲食業界がダメージを受け、その影響を受けて牛肉の流通も変わらざるを得ない状況がある。今後は、家庭消費に合った良質タンパク質供給源としての牛肉の生産も必要になってくるだろう。また、牛肉の生産において持続可能な開発目標(SDGs)を目指す世界的な施策もあり、持続的な生産やアニマルウェルフェアを考慮した生産への要求も高まっている。日本農業において、地方の農地は高齢化により耕作放棄地が増え続け、限界集落も増加している。そのような農地をどのように持続的に活用していくか、今こそ新しい農業システムとビジネスモデルの構築が求められる。今回、鹿児島県志布志市の株式会社さかうえ(以下「さかうえ」という)が取り組み始めた、園芸、飼料作物生産から地域の休耕地における放牧を基盤とした牛肉生産による畜産など、すべて含めた新しい持続的農業ビジネスモデルを紹介する。

2 さかうえの概況

 さかうえは、坂上隆代表取締役(以下「坂上社長」という)が1995年に設立し、2022年12月現在の正社員は68人、その他現場や事務のパートタイムスタッフが47人である。設立以来、園芸作物事業を行ってきたが19年からは畜産事業も開始した。休耕地を利用した経産牛放牧を通じて、里山をも再生させる牛肉ビジネスである。
 現在、日本の農業従事者(農業経営体)は年々減少の一途をたどっている。10年は168万経営体、15年は138万経営体、20年は108万経営体と30万経営体単位で急速に減少している(農林水産省「農林業センサス」)。そのうち、農業生産法人(販売農家)において売り上げが5000万円以上の大規模経営体は全体の2%に満たない。実はこの2%弱で全農業産出額の半分以上を占めている。日本の農業は、今後売上規模の小さな農業経営体は縮小が進み、大規模経営体の売上割合は拡大していくことが予想される。このような未来予想を考慮すると、大規模農業を経営することができる若手経営者の育成が、日本の農業の発展には不可欠である。これが坂上社長の考えである。
 坂上社長の住む志布志市も、高齢化や人口減少により離農する農家が増え、休耕地が年々増加の一途をたどる。それらの土地を活用する方法の一つとして、坂上社長はこれまでの園芸事業に加えて、土地利用型の畜産事業への取り組みを開始した。志布志市の20年の農業産出額は237億9000万円で、そのうち耕種農業と畜産業の占める割合はそれぞれ47.0%、48.0%である(農林水産省「令和2年 市町村別農業産出額」)。畜産業の農業産出額を見ると、肉用牛とブロイラーの割合が高く、それぞれ4割弱を占めている。
 さかうえは、20年度時点で、飼料生産販売事業4400万円、露地野菜生産事業1億7000万円、施設野菜生産事業2億9000万円、野菜流通事業2億4000万円、その他の事業3200万円および近年開始した畜産精肉事業で3200万円と総額約8億円の売り上げを示し、現在、志布志市の農業生産高の向上に貢献している。
 筆者と坂上社長との出会いは10年以上前にさかのぼる。そのころ坂上社長は、畜産農家から処理に困っているふん尿を引き取り、堆肥化して、自社でデントコーンサイレージを生産し、畜産農家へ販売するというビジネスモデルを構築していた。それにより、農業ビジネス界では、ちょっとした“時の人”となっており、多くのメデイアで取り上げられていた。筆者も、坂上社長のデントコーンサイレージビジネスは、当たり前の仕組みだが、実践する人がいない中で、この循環する農業ビジネスを真っ向から実行するユニークな方だと認識していた。その後、19年に坂上社長と再会し、これから畜産業を始めていきたいという話を伺った。当時、すでにピーマン、ケール、デントコーンサイレージといった作物での農業ビジネスは一定の成功を収められており、そろそろ畜産を始めたいということであった。

3 さかうえの夢

 地方には過疎化と農家の高齢化により耕作放棄地などの未利用農地が急速に増加し、管理されなくなった山の維持も困難となっている。このような状況は里山の崩壊と限界集落として表現される。2040年には自治体の半数が消滅すると言われる。また、昨今の新型コロナウイルス感染症の影響や多発する自然災害などにより、食の役割、ひいては農業が果たすべき役割も大きく変わってきた。消費者はおいしいものを安心して食べることができる食の安全への意識をより一層高めている。食料自給率の低迷やフードマイレージの高さはすでに日本国民の間でも広く認知された課題である。坂上社長は、今後、日本農業と国内食料生産を持続的に安定させるためには、エシカルマーケット(注1)の確立が必要不可欠であると考えている。そのためさかうえは、農業生産法人として、地方で農業ビジネスを展開できる人材が育つ仕組みを作ることで、地域に根差した就農人口を増やし、農業ビジネスで地域を発展させることを目指している。坂上社長は、自身の提唱する農業版シリコンバレー「アグリバレー」を形成し、農業と地域の発展基盤を創り出すことが極めて重要と考えている。農業ビジネスに夢やチャンスを求める若者が志布志市に集まり、一方で、そのような若者たちの農業ビジネスプランに投資するファンドや銀行が集まる。そして若者が新たな農業ビジネスに挑戦する。失敗しても挑戦するものには何度でもチャンスを与える。その中から新しい農業ビジネスが志布志から生まれ、世界に羽ばたく。これは「地球規模の視野で物を考えつつ、必要に応じて地域視点で行動する」というグローカルな視点に根差したモデルであり、志布志の地を「アグリバレー」として、農業、ひいては日本、世界の未来を見据えた食料生産ビジネスの仕組みを発信しようとしている。

(注1)単に商品やサービスの価値を訴求するだけでなく、企業の社会的責任や地球環境、また畜産分野であれば生産の持続性、環境負荷およびアニマルウェルフェアなどに対する「価値観・倫理観」に基づいたマーケット。

4 坂上社長の農業哲学

 坂上社長は、1968年生まれの54歳で、これまで複数のビジネスモデルを確立してきた(写真1)。30代にはデントコーンサイレージの生産・販売による地域内循環のビジネスモデルを構築、40代ではピーマンの生産・販売のビジネスモデルを構築し、現在では日本のピーマン生産量のうち約1%を生産・供給するに至っている。そして50代で、畜産事業での新たなビジネスモデルの確立を目指して取り組み始めた。これは、もともとの事業の一つである牧草飼料、特にデントコーンサイレージの生産と野菜の大規模生産による土地の集約という強みを最大限に生かした、全く新しい畜産事業である。与える飼料は自生する草と自社で生産した粗飼料のみとしている。粗飼料は耕種農業で培われた肥沃ひよくな土地で生産された高品質なものである。放牧地には、増加の一途をたどる休耕地を活用する。牛が地を耕し、ふん尿を土に戻すことで、土地が再び肥沃になり、ゆくゆくは野菜の生産も可能となる。坂上社長は、野菜の生産と畜産を組み合わせ、社内での循環型農業を実践している。
 

5 現在に至るまでの道

 坂上社長は、関東地方の大学を卒業後、しばらく東京でアルバイトなどをしていたが、1992年に志布志に戻り、父親とともに芝を栽培して販売した。3年余りで芝の栽培技術を習得した後、父親から野菜の栽培技術を学んだ。こちらもほどなくして習得したため、父親が芝を、自身が野菜をそれぞれ分担して栽培するようになった。自ら市場調査も行うようになり、情報収集の難しさや楽しさを実感するとともに、自身がそうした調査や分析を得意とすることも認識したという。また、ダイコンやケールなどさまざまな品目の栽培・販売に取り組み、失敗も成功も経験する中で、損失を出さない契約栽培へとシフトしていった。
 その後携わった前述のデントコーンサイレージビジネスは、作物や畜産といった枠を超えて課題を解決して実現したもので、実用化としての農業ビジネスのよい体験となった。草地協会(現一般社団法人日本草地畜産種子協会)の会長から「待っていたよ、このようなビジネスを」と評価された。その後、講演や視察受け入れの依頼が多数寄せられるようになり、すべて引き受けてきた。

6 畜産業

 農家の高齢化により、志布志市の農家の方から農地を使ってほしいと、さかうえに要望が来るようになったため、同社は借料を払ってそれらの農地を利用するようになった。野菜栽培だけでは農地を利用しきれないため、坂上社長は、かねてより関心があった畜産業、いわゆる牛飼いを50代で開始した。
 当初、牛の頭数を増やすために経産牛を購入して、電気牧柵とスタンチョンを設置した農地に放牧した(写真2)。それらの経産牛に人工授精を試み、受胎したものは繁殖牛として活用し、子牛の生産を行った。受胎しない牛は、放牧しながら自家生産のデントコーンサイレージを給与した。現在の牛の頭数は全頭137頭、その内訳は母牛66頭、肥育牛43頭、子牛去勢 9頭、子牛19頭である(2022年12月現在)。現在、志布志市の48カ所の農地延べ12ヘクタールに牛を放牧し、自家産子牛の放牧肥育も開始している。毎月、約140頭全頭の体重測定や体尺を2日間かけて行い、肥育の状況、飼料効率やコストなどの分析や自身の勉強を怠らず(筆者も質問を受けることがある)、最適な生産システムを模索している。

 
 畜産経営の開始時には地権者から反対を受けるなど苦労や失敗を重ねてきたが、周囲の助けを得ながら乗り越え、経営者としての信念も強固なものになっていった。常に従業員の気持ちに寄り添い、従業員と生産性の向上に向けて改善策を探ることに努めている。

7 赤身肉のマーケット構築へ向けて

 このような新しい畜産事業への取り組みをする上での大きな課題の一つが販売・流通面である。放牧環境で粗飼料を食べて育つ牛は脂肪交雑(サシ)が少なく赤身率の高い肉質が特徴である。一般の等級規格ではこのような肉質は価値がつきにくく、利益が残る販売は非常に困難であるため、独自の販路を構築していくことが必要不可欠である。一般消費者の中で、食材の安全性への意識の高まりや健康的な食事を求める動きは顕在化しており、牛肉に関しては牛の育つ環境(アニマルウェルフェア)や、給与する飼料などへの関心も高まりつつある。サステイナブルな世の中を志向するSDGsという言葉も広く使われるようになってきた。こうした課題に関心を持つ消費者に対し、いかに訴えかけ、安全安心な商品を届けることができるかが、ビジネスとして維持・発展していく上では非常に重要なポイントとなる。
 坂上社長は、「里山牛」というブランド名で、黒毛和種の経産牛を放牧飼養している。補助飼料として、輸入飼料に頼らず自家産デントコーンサイレージを給与し、6カ月以上肥育をしている(写真3)。筆者の試食した感覚では、里山牛は、黒毛和牛の経産牛ということで、赤身肉にコクがあり、補助飼料(デントコーンサイレージ)の影響か、少し風味が甘くなっているように感じた。また、肉質に関しては、経産牛ではあるが黒毛和種であるため、適度な脂肪交雑が認められる(写真4)。現在、鹿児島大学との共同研究により、肉質の詳細な解析を進めている。
 現時点でも少しずつではあるが、さかうえの発信に反応してくれる消費者も出てきている。坂上社長は、まだまだ継続的な努力が必要ではあるが、今後は、すでに顕在化しているニーズだけでなく消費者の潜在的なニーズにもアプローチしマーケットを拡大していければと考えている。



8 Sustainable Japan Award 受賞

 2022年9月、さかうえは、Sustainable Japan Award 優秀賞(注2)を受賞した。
 受賞内容は、里山牛プロジェクトが評価されたものだ。黒毛和牛を耕作放棄地(遊休農地)に放牧し、自給飼料で飼育していることなど、地域資源を最大限活用していることが評価された。コンセプトやシステムは、確立しつつあるが、牛肉生産はまだ始まったばかりである。今後、真に新しい持続的畜産システムとして、展開されることを期待したい。

(注2)The Japan Times紙を発行する株式会社ジャパンタイムズが創設した賞。持続可能な社会の実現に向けた先進的な取り組みを行った企業・団体・個人に贈られる。
https://sustainable.japantimes.com/sjaward-company2022

9 おわりに〜アグリバレー構想〜

 坂上社長は、このような園芸事業と畜産事業モデルを基盤として、将来的に農業版シリコンバレーである“アグリバレー”をつくり、農業ビジネスの拠点形成を目指している。アグリバレーとは、農業を志す若者の参入を支援し、その早期安定経営を支えるモデルである。そのために大学や他の企業などとも連携し、新しい生物科学、IoTなどの先端技術を導入し、低コストで良質肉を生産する未来型の新たな畜産ビジネスモデルの構築についても共同研究している。畜産業だけでなく、その他の農業分野も含めて、利益の出るビジネスモデルにより人材育成することで、全国の過疎地や中山間地域の活性化のために活躍する若手人材を育成する。それにより日本農業全体の活性化を目指す。これがさかうえの考えるアグリバレーである。文字通り畜産だけでなく、園芸などの事業と組み合わせることで、国土、土壌を中心とした、より循環型の農業ビジネスが可能となる。坂上社長は、新規就農者の増加による農業の発展、地域の活性化を支える仕組みを、鹿児島県志布志市から発信したいと強い思いを持つ。今後が、楽しみな農業者である。


謝辞
本報告における調査は、株式会社さかうえの坂上隆社長および中川昌聡営業部部長、
世良田圭祐生産部部長に御協力を得て行った。ここに感謝の意を表する。