(1)新しいCAP〜公平で環境負荷の少ない政策〜
2022年EU農業観測会議の開始に当たり、欧州委員会のヴォイチェホフスキ農業・農村開発担当委員から、今回の会議テーマ「難局の中で構築される持続可能な農産物システム」に沿って次の通り説明があった(写真2)。
20年から継続する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に加えて、22年2月以降のロシアによるウクライナ侵攻により、食料安全保障が脅かされており、この侵攻は、食料を戦争の武器として使用し、供給を混乱させ、市場を不安定にし、燃料をはじめとする生産資材や市民のための食料を高騰させ、特に所得の低い人々の生活が損なわれているとした。また、難局の一つとして、22年夏の干ばつによって穀物に壊滅的な被害がもたらされたことにも言及した。
これらの課題の多くは、過去の2度にわたる大戦後の食料不足と紛争の脅威からEUの構築に至ったころの課題に近いものであるとし、今回の会議テーマは、フランスの経済専門家にしてEUの前身となる欧州石炭鉄鋼共同体の創設に深く関わったジャン・モネの「ヨーロッパは難局の中で構築され、難局のために講じられる対策の総和となる」という言葉を反映したとのことだ。60年前、EU構築時に人々の出した答えが、CAPの確立であったという。
国際的な食料安全保障は難局に直面したが、ロシアによるウクライナ侵攻の直後の22年3月には、EUの方針として次の4本の柱を策定した。
●世界中の弱い立場にある人々との連帯の確立
●持続可能な生産への支援
●連帯レーンや黒海穀物協定を含む、開かれた市場と貿易の確保
●多国間協議の継続
そして、ウクライナ危機による世界的な穀物危機を阻止するために、EUは開かれた市場と貿易の確保のために重要な貢献を果たしたことを強調した。
また、農業に関する議論では、環境問題や持続可能性、食料価格などに関心が集中するが、それ以前に生産者の営みがあり、そこには深い課題があることに言及した。EUの生産者の平均年齢は57歳であり、25〜44歳の生産者の離農は少なくない。さらに、生産者戸数は過去10年間で300万戸減少し、20年には910万戸となった。持続的な資源循環型農業は、特に、畑作と畜産の複合経営を営む小規模生産者により可能であるとし、こうした小規模生産者が、経済的に優位な大規模経営や単一経営に取って代わられている現状に警鐘を鳴らした。大規模化が進展するものの、農地面積は過去10年間で200万ヘクタール失われたという。
持続可能な農産物システムには、農業従事者の世代交代のための若者の新規参入や若者の活躍できる環境整備、ある種の閉鎖環境での資源循環が可能な複合経営の継続、および小規模農家の経営継続などのための展望が重要であるとした。
23年1月から適用される新しいCAPは、これまでの10年間で顕在化した問題に対応し、今後10年間の時代の潮流に適応していくための方向性を持っており、小規模生産者の減少や若手生産者への支援も盛り込んだ強力なものであることが報告された。
(2)持続可能な食料システムへの移行
欧州委員会のキリアキデス保健・食品安全担当委員からは、持続可能な食料システムへの移行について報告があった(写真3)。
同委員は、食料安全保障の維持には、持続可能な食料生産が不可欠であり、同時に食料生産に気候変動や生物多様性の喪失などへの対応が求められていることに言及した。
その上で、Farm to Fork(F2F)戦略は、次世代のために食料システムを存続させる行動指針として策定されており、同戦略の中でも次の3点が重要であることを強調した。
●CAPに基づく国家戦略計画
●責任ある食品事業のためのEU行動規範
●食品
残渣削減
さらに、持続可能な未来に向けた議論には、特に若い世代の農業従事者に焦点を当てることが重要であるとした。
キリアキデス委員の報告に合わせて、持続可能な食料システムへの移行に必要なことについてパネルディスカッションが行われ、パネラーから次の提言がなされた。
●生産者と消費者の連携が重要であること。
●収益性がなければ、持続性もないこと。
●消費者の選択に任せるだけではなく、流通業者にも重要な役割があること。
●消費者が食料システムの中で積極的な役割を担うことが必要であること。
流通業者の事例として、ベルギーに本拠地を置く大手スーパーマーケットのデレーズ(DELHAIZE)の取り組みについて紹介があった。同社では、食品廃棄物、プラスチック、温室効果ガスの削減について指標を設定し、温室効果ガス排出量を2030年までに少なくとも37%削減し、50年までのカーボンニュートラルを目指している。このために、具体的な環境要件を伴う長期契約や、生産者への投資を行っている。
例えば、17年からベルギーとオランダで1100の生産者と提携して、温室効果ガスの削減に取り組んでいる。この取り組みには、400以上の酪農家が参加しており、環境要件の達成に応じて、酪農家から生乳をプレミアム価格で買い取ることを保証している。このように環境に対する取り組みが実施されると、商品が消費者まで届く一連の活動における温室効果ガス排出量が減少し、生物多様性が改善され、製品の生産過程などの透明性が高まるといった効果があるとしている。店頭にはデレーズブランドの商品が並ぶ(写真4)。
(3)EU農業食品部門が直面する課題〜EU市場の進化をめぐる情勢と短期的課題〜
ラボバンクのゴシック氏からは、EU農業食品部門における短期的な課題が次の通り提示され、それぞれについて関係者から意見が出された。
●生産者における課題と動物疾病
資材費など生産コストが上昇する中で、生産物販売価格の低下により赤字となっている。また、アフリカ豚熱や高病原性鳥インフルエンザなど動物疾病の発生により生産量が減少し、輸出先が制限されることで輸出量は減少している。
【フランスの養豚農家ポウル氏からの意見】
COVID-19のまん延以降、農業環境の変化への対応ができておらず、不確実性が課題である。特にアフリカ豚熱や飼料価格高騰の影響が大きい(写真5)。アフリカ豚熱が発生すると当該地域の生産再開の見通しは立たなくなり、その後の営農再開までの地元との関係性の維持が困難になる。
●消費者の課題
これまで好調であった有機農産物販売も影響を受けるほどの消費意欲の甚大な減退。
【フランス小売業連合会からの意見】
消費者は強いインフレに直面していることから、購買量が減少している。また、有機農産物の売り上げはこれまで増加を続けていたが、2022年は前年比で販売量は8%、販売額は5%、それぞれ減少している。
(4)EU農業の先行き
欧州委員会のブーシャー農業・農村開発総局長は、1日目の会議を振り返り以下のような意見を提示した(写真6)。
若手生産者への世代交代が円滑に行われていないという意見に大きなショックを受けた。生産コストの上昇や環境面での対応について問題意識が提示されたが、これらはCAPおよびEU加盟各国で策定された国家戦略計画によって対処することが可能である。生産者はCAPの支援を受け取るために、定められた要件を順守する必要がある。
現在、われわれが取り組んでいる生物多様性の維持、気候変動への対応、環境保全などは、5年後や10年後にもつながる課題である。われわれは、今日からでもこれらの問題に対処していかなければならない。EU加盟各国で策定された国家戦略計画を実行していけば、温室効果ガスの削減は2023年末にある程度の削減結果を出すことができる。欧州の風景を守っているのは農業であり、それは将来世代のためにも持続可能な形で行われる必要がある。同時に食料の供給といった重要な役割も果たしていく必要がある。