(1)酪農・乳業業界
ア 酪農イノベーションセンター
(Innovation Center For U.S. Dairy)
酪農・乳業業界における持続可能性の取り組みは、酪農チェックオフを通じて2008年に設立された「酪農イノベーションセンター」がけん引する。同センターは、デイリー・マネージメント・インク(DMI)、全米生乳生産者連盟(NMPF)、国際乳食品協会(IDFA)など35の組織で構成される理事会に加え、550以上の企業・団体が会員として活動に携わる。同センターが18年11月から始めたイニシアチブである「米国酪農スチュワードシップ・コミットメント
(注5)」には、22年11月時点で米国生乳生産量の約75%を占める生産者および乳業メーカーが参加している。
(注5)米国酪農業界全体で持続可能性のリーダーシップを推進する業界関係者と連携したイニシアチブ。環境やAWといった重要な分野における業界の取り組みの整合性を取り、成果を数値化して発信することとしている。
酪農イノベーションセンターは、重点項目に「環境スチュワードシップ」を含む5項目を位置付け(図16)、生産者を含む業界関係者向けプログラムの策定・発信やイニシアチブの主導に取り組んでいる。「環境スチュワードシップ」の分野では「2050環境スチュワードシップ目標」として、(1)GHGニュートラルの達成(2)水の利用の最適化と再利用率の最大化(3)ふん尿と栄養塩
(注6)の適切利用による水質改善−を50年までの目標として掲げている。この目標に対する進捗は25年から5年ごとに報告することとしており、同センターに設置されている酪農持続可能性協会(The Dairy Sustainability Alliance)が開催する会合やウェビナーなどを通じて、必要な技術的改善点や新たな開発技術などの先端情報も発信される(写真1)。
(注6)植物が生育するために必要な無機塩類。
イ ネット・ゼロ・イニシアチブ(NZI)
2050環境スチュワードシップ目標に向けて、生産者の自主的な取り組みを推進すべく酪農イノベーションセンターによって2020年に発足した農場における行動戦略が、ネット・ゼロ・イニシアチブである。生乳生産過程のGHG排出源として「飼養管理」「飼料生産」「ふん尿管理」「エネルギー使用」の4点に重点を置き、炭素隔離、ふん尿の肥料化や再生可能エネルギー化など、生産者も利益を得られる形でカーボン・オフセットを目指している(図17)。また、同イニシアチブでは「研究・分析・モデル化」「農場での実証」「各農場への普及」という三段階に分けた取り組みを進めている。
ウ FARM環境スチュワードシップ・プログラム
これらの取り組みの成果の測定・評価を行い、改善に向けた知見や情報を提供するプログラムが「生産者保証責任管理(FARM)環境スチュワードシップ・プログラム」である。本プログラムはDMIが2017年に開始し、酪農イノベーションセンターが普及を行っているが、ポイントは酪農家へのフィードバックのみならず乳業メーカーにも情報提供を行うことで、サプライチェーン全体として改善に取り組む方針としている点にある。22年11月までに小規模酪農家からメガファームまで42州・2600農場が測定・評価・分析を受け、改善を要する点についてフィードバックを受けている。また、これらの結果はデータベースに蓄積し、乳業メーカーなどのアクセスが可能となっている。
なお、測定・評価方法には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)ガイドライン
(注7)とライフサイクル・アセスメント(LCA)
(注8)に基づくモデルを活用しており、生乳生産、牛群管理、飼料管理、ふん尿管理、エネルギー使用量などに関するデータから、農場レベルにおける脂肪・タンパク質調整乳(FPCM)1ポンド当たりのGHG排出量とエネルギー消費量を推計しているという。
(注7)国連気候変動枠組条約に基づきGHG排出量を把握するために各国が作成する「温室効果ガスインベントリ」において用いられるGHG排出・吸収量の算定のためにIPCCが作成したガイドライン。
(注8)ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法。
(2)肉用牛・牛肉業界
ア 持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)
肉用牛・牛肉業界における持続可能性の取り組みは、2015年に発足した「持続可能な牛肉のための米国円卓会議」がけん引する。米国で最も主要な肉用牛生産者団体である全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)がUSRSBの事務局を務め、肉用牛繁殖、子牛市場、肉用牛肥育、食肉処理・加工、小売・外食といったサプライチェーンの各セクター企業・団体に加え、研究機関、非政府組織・市民団体、関連業界団体・企業など、132に及ぶ会員から構成される(表2)。
USRSBは、GHG排出量削減といった気候変動対策や水・土地資源保全といった環境保全対策の他、消費者や投資家が注視する労働安全やAWも含めた6項目を持続可能な牛肉生産に向けた重点項目に設定した(図18)。そして、22年4月には重点項目ごとに項目目標と、サプライチェーンのセクター別の目標・指標を設定するに至った
(注9)。
(注9)海外情報「持続可能な牛肉のための米国円卓会議、持続可能に向けた目標を設定(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003251.html)を参照されたい。
気候変動対策として取り組まれる「GHG」の項目では「40年までに牛肉サプライチェーン全体で気候ニュートラル(GHG排出量ネット・ゼロ)を達成すること」を目標とする。セクター別に見ると、牧草給与や放牧が多い繁殖農家では、適切な資源利用や生産性向上・生産コスト軽減などのためにUSDAも推進する放牧管理計画に位置付ける放牧面積を拡大することを目標とした。特に、土壌炭素固定に貢献可能なセクターであるとして繁殖農家に協力を求めている。穀物飼料を多く給与し、多くのエネルギーを消費する肥育農家には、適切に配合された飼料の給与、化石燃料・電力使用量の削減などのGHG排出量削減戦略の策定を求め、牛肉1ポンド当たりのGHG排出量を10%削減するという具体的な目標を設定した(表3)。
USRSBは、これらの目標に向かって、セクター別の教育モジュールや自己評価ツールの提供、会合開催による最新技術や研究成果などの情報提供などによって肉用牛・牛肉業界における持続可能性の取り組みを推進している(図19、写真2)。
イ プロテインPACT
食肉処理・加工企業を主要会員とする北米食肉協会(NAMI)は2021年7月、持続可能な食肉供給に向け、「人々」「動物」「環境」における動物性タンパク質の貢献を強化するための取り組みとしてプロテインPACT(Protein for the people, Animals, and Climate of Tomorrow)を立ち上げた(図20)。プロテインPACTでは、食肉処理・加工業界全体の目標、分野ごとの指標、透明性のある成果を示していくこととしている。重点分野には「AW」「環境」「食品安全」「健康・栄養」「労働力・人権」の5項目が位置付けられ、USRSBと同様に消費者や投資家の動向を見据え、持続可能性を広く捉えたものとしている(図21)。
「環境」の項目では「30年までにすべての会員がパリ協定の目標に沿ったGHG排出量削減目標を設定し、それに従うこと」を目標とした。また、指標には廃棄物関連の指標に加え、エネルギーおよびGHG、土地利用、水利用といった気候変動と環境保全関連の指標を設定した(表4)。特に、エネルギーおよびGHGの指標においては、GHG排出量削減に向けた詳細な計画の策定や、スコープ1から3まで(注10)のそれぞれのGHG排出量の測定と結果の公表を求めている。なお、NAMIはUSRSBにも参画しており、プロテインPACTの目標・指標をUSRSBのものと整合させているが、USRSBによる目標・指標の設定に比べ、より具体的なものとなっている。
(注10)スコープ1:事業者自らによるGHGの直接排出、スコープ2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3:スコープ1、2以外の間接排出(事業者に関連する他社の排出)。
22年10月に開催されたプロテインPACTサミットでは、これまでの進捗状況が報告された(写真3、4)。重点5項目に関する指標の達成・把握状況の報告を行った会員は全会員の44%(会員の運営事業所ベースで376事業所)に上った。「環境」の分野については米国産食肉の大部分を占める会員企業11社が科学的根拠に基づく目標を設定済み、あるいは設定することを公約しているという(表5)。また、報告事業所のうち51%がエネルギー効率を高め、GHG排出量削減を図るためのプログラムを導入し、エネルギー消費量の目標を設定済みであることがわかった。
(3)気候変動に配慮した商品のためのパートナーシップ・プログラム
前述の3(2)でも紹介した本プログラムは、(1)気候変動に配慮した農畜産物の市場拡大(2)市場機会を捉えた生産者の収益化―を目的として、非営利・営利団体、州政府・地方自治体、農業団体・組合、大学・研究機関、民間企業などがパートナーシップを組んで実施する、3〜5年間の取り組みを支援する大規模プログラムである。具体的には、(1)生産者による自主的な気候変動に配慮した生産方法の導入(2)GHG排出量のモニタリング・定量化・報告・検証の方法の実証(3)気候変動に配慮した農畜産物の市場拡大に対して技術・財政支援を行う。また、USDAは生産者や専門的知見を有する組織など互いに求めるパートナーシップを推進するために、専用ウェブサイトに検索機能を搭載するなど、関係者同士のマッチングも促している。
本プログラムの目的や支援が酪農・肉用牛業界が目指す方針と合致しているとして、業界からは賛同の声が広がり、多くの団体、民間企業、大学・研究機関などがパートナーシップを組んで、支援を受けるための申請を行った。USDAは、2022年9月に1件当たり500万米ドルから1億米ドル(6億5735万円から131億4700万円)までのプロジェクトを対象に70件・28億米ドル(3681億1600万円)、同年12月に1件当たり25万米ドルから499万9999米ドル(3286万7500円から6億5734万9868円)までのプロジェクトを対象に71プロジェクト・3億2500万米ドル(427億2775万円)を採択した。これまでに採択された141件のうち、畜産に関係するプロジェクトは70件あり、そのうち酪農に関係するプロジェクトは29件、肉用牛に関係するプロジェクトは50件にのぼる(表6、7)(注11)。州別に見ると、酪農ではニューヨーク州とペンシルベニア州で実施するプロジェクトが12件と多く、肉用牛ではミズーリ州とバージニア州で実施するプロジェクトが14件と多い(注12)。
(注11)乳用牛と肉用牛に関するプロジェクトは一部重複するため、合計は畜産に関するプロジェクトの件数と一致しない。
(注12)プロジェクトの中には複数の州にまたがって実施されるものが多いため、州ごとの合計は乳用牛と肉用牛に関するプロジェクトの合計と一致しない。
例えば、酪農分野では、カリフォルニア酪農研究財団(CDRF)がカリフォルニア州政府、NMPF、カリフォルニア・ファーム・ビューロー、カリフォルニア大学、ネスレ社などとパートナーシップを組み、生産者にインセンティブを付与するふん尿管理システムの開発・実証と、関係事業者のマッチングを行う。肉用牛分野では、タイソン・フーズ社がグリフィス・フーズ社やマクドナルド社などとパートナーシップを組み、気候変動に配慮した牛肉製品市場の拡大、肉用牛・飼料生産における炭素固定の増加とGHG排出量削減に向けた小規模生産者を対象とした技術的・財政的支援を行う。本プログラムの開始によって、酪農・肉用牛業界でも目標達成に向けた機運が高まっている。