(1) 豪州
酪農業界ではDAが関連機関とともに2012年に発足させた「豪州酪農の持続可能性に関する枠組み」により、赤身肉業界でもレッドミート諮問委員会(RMAC)が関連機関とともに17年に発足させた「豪州牛肉の持続可能性に関する枠組み」により、それぞれの業界で持続可能な生産を定義しつつ、さまざまな取り組みが行われている(表2、3)。また、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)では、赤身肉業界が30年までにカーボンニュートラルにするという目標「CN30
(注3)」を掲げ、ロードマップに基づく取り組みを行っている。
(注3)『畜産の情報』2021年9月号「豪州の牛肉需給展望〜持続可能な牛肉生産を踏まえて〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001766.html)3(3)エ(ア)CN30への取り組みを参照されたい。
これら持続可能な畜産に関する取り組みのうち、環境関連の取り組みについて、豪州政府は多額の予算措置を行うなどの支援を行っている(表4)。
また、豪州政府は、前政権で署名を見送った米国主導のグローバル・メタン・プレッジ(メタン排出量を30年までに20年比で30%削減することを目標とする国際的な公約)について、現政権では、本署名に拘束力はないとしながらも、豪州の農畜産業が貿易相手国と同じ土俵に立つことができるとして、22年10月、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)において署名し、畜産関係団体などからおおむね支持を得ている状況にある。
本署名に関連して連邦政府のマレー・ワット農相は、豪州では、NZで実施されている農家へのGHG排出量に応じた課税制度を導入する予定はないとしている(3(2)ウ参照)。
他方で、家畜が排出するメタンの測定方法について、100年間の二酸化炭素(CO2)換算のGHG累積値を用いる地球温暖化係数GWP100が国際的に用いられているが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告でも、GWP100がメタンの温暖化への影響を3〜4倍に過大評価されていることや、メタンの大気中での分解が考慮されていない点などが問題視され、豪州科学技術産業機構(CSIRO)などもその取り扱いに対し懸念を示している。なお、米オックスフォード大学が考案した新たな気候変動係数指標であるGWP*(スター)では、メタンの大気中の寿命が12年と、同1000年の二酸化炭素と比較して早期に分解されることを踏まえて、メタンによる気温上昇への影響評価が可能だが、豪州政府はパリ協定の下、GWP*は現在、国際的なインベントリ報告規則では認められていないとしている。
また、豪州政府は、家畜からのメタン排出削減のための研究助成金を拠出している(表5)。これは、豪州の畜産業者が参加するフィールド調査を支援し、メタン排出削減技術の開発と生産性への影響に関するデータなどを収集するもので、総額400万豪ドル(3億7572万円)の助成金が提供されている。
(2) NZ
酪農業界では、2013年に「持続可能な酪農のための戦略」が採択されて以降、さまざまな取り組みと見直しが行われてきた。現在、業界団体であるDairyNZ、農民連合(Federated Farmers)、ニュージーランド乳業協会(DCANZ)、酪農女性ネットワーク(Dairy Women's Network)により設立された「Dairy Tomorrow」により、25年までの戦略が示されている(表6)。また、肉用牛業界では、業界団体のビーフ&ラムNZ(BLNZ)や、大手食肉事業者であるアンズコフーズ社、シルバーファーンファームズ社などの他、政府系研究機関のアグリサーチやオランダの金融機関であるラボバンクなども参画し、19年に設立された「持続可能な牛肉生産のためのNZ円卓会議(NZRSB)」によって、さまざまな取り組みが行われている(表7)。
また、NZは「気候変動対応(ゼロ・カーボン)改正法2019」に基づき、30年までに生物由来のメタン排出量を17年比で10%削減、50年までに同比24〜47%削減することを目標としており、グローバル・メタン・プレッジに関しても、21年のCOP26においてすでに署名している。本法律の削減目標についてNZ政府は、「Fit for a Better World」と呼ばれる第一次産業の付加価値化を目指すロードマップにより各種取り組みを実行しているほか、22/23年度(22年7月〜23年6月)予算においても、GHG排出削減対策として3億7972万NZドル(327億8502万円)が措置されている(表8)。
また、NZ政府は近年、気候変動に関して以下の特徴的な動きを見せている。
ア 持続可能な農業と食料システムのための変革的解決策に関する宣言
2022年11月、仏パリで開催され、NZのダミアン・オコナー農相がカナダの農相とともに共同議長を務めた経済協力開発機構(OECD)農業委員会において、「持続可能な農業と食料システムのための変革的解決策に関する宣言」が採択された。この宣言では、食料安全保障と栄養の確保、持続可能性の強化、農業と食料システムの変革のために必要な行動に関して、各国政府が共有するビジョンを明示しており、GHG排出量の削減や炭素貯留量の増加などにも言及されている。
イ ヘ・ワカ・エケ・ノア第一次産業気候変動パートナーシップ
NZでは政府と第一次産業界が連携して2019年にヘ・ワカ・エケ・ノア(HWEN:He Waka Eke Noa、NZ先住民マオリのことわざで、「われわれは皆、一緒にいる」という意味)第一次産業気候変動パートナーシップを立ち上げ、25年までGHG排出量の削減と農業部門の気候変動への強じん性を強化するため、各農家が農地でのGHG排出量を測定し、管理、削減するための取り組みが行われている。本パートナーシップは政府機関や関係団体など、全13の組織によって主導され(図11)、以下の目標が設定されている。
(ア)22年12月31日までに、すべての農場でGHGの年間総排出量を把握することが義務付けられる。
(イ)24年1月1日までに、さまざまな種類の農場で、農場レベルでのGHG排出量に係る計算・報告システムの試験運用を完了する。
(ウ)25年1月1日までに、すべての農場で、GHG排出量を測定・管理するための計画書が作成される。
(エ)25年1月1日までに、農業からのGHG排出量を農場レベルで計算・報告するシステムが、すべての農場で使用される。
なお、これらの目標に対する進捗状況を確認するための規定は、2002年気候変動対策法(Climate Change Response Act 2002)で法制化されている。
ウ 農家のGHG排出量に応じた課税制度の検討
NZ政府は、2025年から農業によるGHG排出に農家レベルの課税を導入することを計画している。本計画はこれまでGHG排出権取引制度(ETS)から除外されていた農業分野を対象として、家畜のげっぷや尿などからGHGを排出する農家に課税するというものである。もともとは22年5月にHWENが提案していた計画であるが、同年10月に政府から具体的な提案が発表され、パブリックコメントを募集したところ、提案内容がHWENの提案とは異なっていたことで、農家や農業団体からの批判が相次いだ。NZ政府はそれらの意見を踏まえ、農業界との共通の目標は輸出を増やしつつGHG排出量を削減し、農業界の国際的な競争力を将来にわたって維持することであり、重要なのは持続的なGHG排出削減システムの構築であるとして、同年12月下旬に修正案を公表した(表9)。
HWENの声明によると、NZ政府の当初計画案からの重要な改善点は、(1)家畜由来メタンと亜酸化窒素の課税価格が、経済的な影響などを考慮し、成果を得るために可能な限り低くすべきとされ、その価格は5年間固定される(2)GHG排出量を相殺するためのすべての種類の炭素吸収減としての樹木や植生を考慮し、HWENとの連携の下に実施されることが約束される−ことであり評価している。他方で引き続き留意すべき点として、(1)価格設定に関し、HWENが関与する監視委員会の助言が気候変動委員会の助言と並んで十分な重みを持つようにする(2)加工業者レベルの暫定的な課税の導入を支持しないため、農場レベルのシステムが25年までに稼働することを保証する−ことを挙げている。
また、HWENは、GWP
*を含む最新の科学に基づき目標を見直すべきと主張してきたが、気候変動委員会が24年に排出削減目標を見直す際にGWP
*による評価を考慮するよう要求するとした政府の見解を歓迎している。HWENの一員であるBLNZによると、牛肉生産におけるメタン排出量は過去数十年にわたり安定しており、GWP100よりもGWP
*を用いた場合の牛肉生産のカーボンフットプリントは大幅に低く算定されるとしている(表10)。
なお、この修正案は、23年初頭に閣議決定される予定であり、同年半ばの法案提出を目指すとされている。