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海外特集 豪州、NZ 畜産の情報 2023年3月号

豪州およびニュージーランドの畜産業界における持続可能性 〜気候変動対策を中心に〜

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調査情報部

【要約】

 持続可能性について世界的な関心が高まる中、豪州とNZでもさまざまな取り組みが行われている。とりわけ気候変動対策では、世界的な潮流を踏まえ、政府が温室効果ガス(GHG)削減に向けた予算措置や研究支援を行う他、特にNZでは、GHG排出量に応じた生産者への課税制度導入に向けた業界内の調整が行われている。また業界団体や民間企業が中心となり、飼料添加物などのGHG削減のための手法が検討されるなど、官民一体となった取り組みが展開されている。

1 はじめに

 豪州およびニュージーランド(NZ)では、連日、政府や関係団体などから畜産業界の持続可能性に関する情報が発信されるなど、持続可能な畜産のための取り組みへの関心は高い。特に気候変動対策に関しては、官民を挙げて温室効果ガス(GHG)の一種である牛由来のメタン排出抑制に向けたさまざまな取り組みが講じられている。
 本稿では、両国の肉用牛生産および酪農における気候変動対策を中心とした持続可能性に関する政府の動きや、畜産業界の反応と取り組みなどについて報告する。
 なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月、NZの年度は6月〜翌5月であり、為替レートは1豪ドル=93.93円、1NZドル=86.34円(注1)を使用した。

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2023年1月末TTS相場。

2 豪州およびNZの畜産の概要

(1) 豪州(注2)

ア 酪農・乳業
 豪州の酪農は、2022年6月時点で4420戸の酪農家により134万頭の乳用経産牛が飼養されている(図1)。2021/22年度の生乳生産量は、豪州全体で855万キロリットルとなっている(図2)。州別ではビクトリア州が最も多く、全体の6割強が生産されている。酪農の業界団体であるデイリー・オーストラリア(DA)によると、同州は主に加工品向けの生乳を生産しており、ニューサウスウェールズ州など他州では主に飲用乳向けの生乳が生産されている。また、経産牛1頭当たりの乳量は、放牧主体の生産体系のため日本などと比較して少ないが、遺伝的改良などにより、増加傾向で推移している。

(注2)近年の豪州における畜産業の動向の詳細は、年報『畜産』海外版(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_001669.html)を参照されたい。NZも同様。





イ 肉用牛・牛肉産業
 豪州の肉用牛は、牧草肥育牛と穀物肥育牛が約半数ずつになっており、牛肉生産量の約7割が輸出に仕向けられている。また、放牧主体である同国の飼養頭数は、気象状況に大きく影響を受ける構造となっている。干ばつ時には牧草をはじめとした飼料確保が困難となることから飼養頭数が減少し、降雨が多い時期は牧草の生育が良好となることで増加する傾向にある。2022年の飼養頭数は2275万頭となっており、過去の干ばつで減少した飼養頭数が、近年の潤沢な降雨による牛群再構築により回復してきている(図3)。
 と畜頭数と牛肉生産量も、気象の影響により増減するが、干ばつ時には飼料確保が困難なことから牛群淘汰とうたにより増加し、降雨が多い時期は牛群再構築により減少する。2021/22年度のと畜頭数は614万8000頭、牛肉生産量は187万8000トンとなっている(図4)。
 




ウ 畜産業におけるGHG排出実態
 乳用牛と肉用牛では、給餌される飼料内容の違いなどからGHG排出量に差があるものの、前述の通り豪州では乳用牛に比べて肉用牛の飼養頭数が多いこともあり、肉用牛が4〜5倍となっている(図5)。長期的には、これまでの排出削減の取り組みにより、いずれも減少傾向で推移している。


 

(2) NZ

ア 酪農・乳業
 NZの酪農も豪州と同様に放牧が主体であり、牧草の生育状況に連動する傾向にある。例年8月に搾乳を開始し、10月から12月に生乳生産のピークを迎え、翌年6〜7月にはほとんどの搾乳牛が乾乳するという季節型の生産体系となっている。2020年末の乳用経産牛飼養頭数は490万4000頭、飼養戸数は1万1034戸となっている(図6)。また、2020/21年度の生乳生産量は217億リットルであり、1頭当たり乳量は、遺伝的改良などにより増加傾向で推移している(図7)。





 
 
イ 肉用牛・牛肉生産
 NZの牛肉生産は、同国の畜産における基幹部門である酪農と密接な関係にあり、と畜頭数の約4割は乳用経産牛、約2割は乳用種と肉用種の交雑種となっている。2021/22年度は乳価が高水準だったことなどにより、酪農家における乳用経産牛の供用期間延長などの動きを背景に、と畜頭数や牛肉生産量はともに減少し、それぞれ271万頭、69万4000トンとなった(図8)。また、飼養頭数も384万2000頭と前年より減少した(図9)。なお、生産された牛肉のうち約8割は、米国や中国などへの輸出に仕向けられている。




 

ウ 畜産業におけるGHG排出実態
 NZでは、肉用牛よりも乳用牛の飼養頭数が多いことなどからGHG排出量も乳用牛が肉用牛の約2.3〜2.4倍となっている(図10)。近年、乳用牛からのGHG排出量は頭数の動向を反映して横ばいで推移している一方、肉用牛は頭数の増加に伴い増加傾向となっている。
 NZ農業温室効果ガス研究センターが第一次産業省の持続可能な土地管理と気候変動プログラムから資金提供を受けて運営するアグ・マターズ(AgMatters)によると、NZのGHG排出量全体の48.1%が農業から排出されており、うち乳用牛由来のものが22.5%と最も多い割合となっている(表1)。






3 政府による気候変動に関する持続可能な畜産への取り組み

(1) 豪州

 酪農業界ではDAが関連機関とともに2012年に発足させた「豪州酪農の持続可能性に関する枠組み」により、赤身肉業界でもレッドミート諮問委員会(RMAC)が関連機関とともに17年に発足させた「豪州牛肉の持続可能性に関する枠組み」により、それぞれの業界で持続可能な生産を定義しつつ、さまざまな取り組みが行われている(表2、3)。また、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)では、赤身肉業界が30年までにカーボンニュートラルにするという目標「CN30(注3)」を掲げ、ロードマップに基づく取り組みを行っている。

(注3)『畜産の情報』2021年9月号「豪州の牛肉需給展望〜持続可能な牛肉生産を踏まえて〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001766.html)3(3)エ(ア)CN30への取り組みを参照されたい。
 
 これら持続可能な畜産に関する取り組みのうち、環境関連の取り組みについて、豪州政府は多額の予算措置を行うなどの支援を行っている(表4)。





 
 また、豪州政府は、前政権で署名を見送った米国主導のグローバル・メタン・プレッジ(メタン排出量を30年までに20年比で30%削減することを目標とする国際的な公約)について、現政権では、本署名に拘束力はないとしながらも、豪州の農畜産業が貿易相手国と同じ土俵に立つことができるとして、22年10月、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)において署名し、畜産関係団体などからおおむね支持を得ている状況にある。
 本署名に関連して連邦政府のマレー・ワット農相は、豪州では、NZで実施されている農家へのGHG排出量に応じた課税制度を導入する予定はないとしている(3(2)ウ参照)。
 他方で、家畜が排出するメタンの測定方法について、100年間の二酸化炭素(CO2)換算のGHG累積値を用いる地球温暖化係数GWP100が国際的に用いられているが、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告でも、GWP100がメタンの温暖化への影響を3〜4倍に過大評価されていることや、メタンの大気中での分解が考慮されていない点などが問題視され、豪州科学技術産業機構(CSIRO)などもその取り扱いに対し懸念を示している。なお、米オックスフォード大学が考案した新たな気候変動係数指標であるGWP*(スター)では、メタンの大気中の寿命が12年と、同1000年の二酸化炭素と比較して早期に分解されることを踏まえて、メタンによる気温上昇への影響評価が可能だが、豪州政府はパリ協定の下、GWP*は現在、国際的なインベントリ報告規則では認められていないとしている。
 また、豪州政府は、家畜からのメタン排出削減のための研究助成金を拠出している(表5)。これは、豪州の畜産業者が参加するフィールド調査を支援し、メタン排出削減技術の開発と生産性への影響に関するデータなどを収集するもので、総額400万豪ドル(3億7572万円)の助成金が提供されている。

 

(2) NZ

 酪農業界では、2013年に「持続可能な酪農のための戦略」が採択されて以降、さまざまな取り組みと見直しが行われてきた。現在、業界団体であるDairyNZ、農民連合(Federated Farmers)、ニュージーランド乳業協会(DCANZ)、酪農女性ネットワーク(Dairy Women's Network)により設立された「Dairy Tomorrow」により、25年までの戦略が示されている(表6)。また、肉用牛業界では、業界団体のビーフ&ラムNZ(BLNZ)や、大手食肉事業者であるアンズコフーズ社、シルバーファーンファームズ社などの他、政府系研究機関のアグリサーチやオランダの金融機関であるラボバンクなども参画し、19年に設立された「持続可能な牛肉生産のためのNZ円卓会議(NZRSB)」によって、さまざまな取り組みが行われている(表7)。




 また、NZは「気候変動対応(ゼロ・カーボン)改正法2019」に基づき、30年までに生物由来のメタン排出量を17年比で10%削減、50年までに同比24〜47%削減することを目標としており、グローバル・メタン・プレッジに関しても、21年のCOP26においてすでに署名している。本法律の削減目標についてNZ政府は、「Fit for a Better World」と呼ばれる第一次産業の付加価値化を目指すロードマップにより各種取り組みを実行しているほか、22/23年度(22年7月〜23年6月)予算においても、GHG排出削減対策として3億7972万NZドル(327億8502万円)が措置されている(表8)。

 
 また、NZ政府は近年、気候変動に関して以下の特徴的な動きを見せている。
 
ア 持続可能な農業と食料システムのための変革的解決策に関する宣言
 2022年11月、仏パリで開催され、NZのダミアン・オコナー農相がカナダの農相とともに共同議長を務めた経済協力開発機構(OECD)農業委員会において、「持続可能な農業と食料システムのための変革的解決策に関する宣言」が採択された。この宣言では、食料安全保障と栄養の確保、持続可能性の強化、農業と食料システムの変革のために必要な行動に関して、各国政府が共有するビジョンを明示しており、GHG排出量の削減や炭素貯留量の増加などにも言及されている。

イ ヘ・ワカ・エケ・ノア第一次産業気候変動パートナーシップ
 NZでは政府と第一次産業界が連携して2019年にヘ・ワカ・エケ・ノア(HWEN:He Waka Eke Noa、NZ先住民マオリのことわざで、「われわれは皆、一緒にいる」という意味)第一次産業気候変動パートナーシップを立ち上げ、25年までGHG排出量の削減と農業部門の気候変動への強じん性を強化するため、各農家が農地でのGHG排出量を測定し、管理、削減するための取り組みが行われている。本パートナーシップは政府機関や関係団体など、全13の組織によって主導され(図11)、以下の目標が設定されている。


(ア)22年12月31日までに、すべての農場でGHGの年間総排出量を把握することが義務付けられる。
(イ)24年1月1日までに、さまざまな種類の農場で、農場レベルでのGHG排出量に係る計算・報告システムの試験運用を完了する。
(ウ)25年1月1日までに、すべての農場で、GHG排出量を測定・管理するための計画書が作成される。
(エ)25年1月1日までに、農業からのGHG排出量を農場レベルで計算・報告するシステムが、すべての農場で使用される。
 なお、これらの目標に対する進捗状況を確認するための規定は、2002年気候変動対策法(Climate Change Response Act 2002)で法制化されている。

ウ 農家のGHG排出量に応じた課税制度の検討
 NZ政府は、2025年から農業によるGHG排出に農家レベルの課税を導入することを計画している。本計画はこれまでGHG排出権取引制度(ETS)から除外されていた農業分野を対象として、家畜のげっぷや尿などからGHGを排出する農家に課税するというものである。もともとは22年5月にHWENが提案していた計画であるが、同年10月に政府から具体的な提案が発表され、パブリックコメントを募集したところ、提案内容がHWENの提案とは異なっていたことで、農家や農業団体からの批判が相次いだ。NZ政府はそれらの意見を踏まえ、農業界との共通の目標は輸出を増やしつつGHG排出量を削減し、農業界の国際的な競争力を将来にわたって維持することであり、重要なのは持続的なGHG排出削減システムの構築であるとして、同年12月下旬に修正案を公表した(表9)。

 
 HWENの声明によると、NZ政府の当初計画案からの重要な改善点は、(1)家畜由来メタンと亜酸化窒素の課税価格が、経済的な影響などを考慮し、成果を得るために可能な限り低くすべきとされ、その価格は5年間固定される(2)GHG排出量を相殺するためのすべての種類の炭素吸収減としての樹木や植生を考慮し、HWENとの連携の下に実施されることが約束される−ことであり評価している。他方で引き続き留意すべき点として、(1)価格設定に関し、HWENが関与する監視委員会の助言が気候変動委員会の助言と並んで十分な重みを持つようにする(2)加工業者レベルの暫定的な課税の導入を支持しないため、農場レベルのシステムが25年までに稼働することを保証する−ことを挙げている。
 また、HWENは、GWP*を含む最新の科学に基づき目標を見直すべきと主張してきたが、気候変動委員会が24年に排出削減目標を見直す際にGWP*による評価を考慮するよう要求するとした政府の見解を歓迎している。HWENの一員であるBLNZによると、牛肉生産におけるメタン排出量は過去数十年にわたり安定しており、GWP100よりもGWP*を用いた場合の牛肉生産のカーボンフットプリントは大幅に低く算定されるとしている(表10)。
 なお、この修正案は、23年初頭に閣議決定される予定であり、同年半ばの法案提出を目指すとされている。

4 畜産団体や民間企業などによるGHG削減に向けた具体的な取り組み

 豪州のGHG削減に向けた取り組みとして、飼料添加物による手法の検討が政府、業界関係者のメディアリリースのほか、現地報道でも頻繁に触れられている。他方でNZでは、政府関係者に取材をしたところ、家畜の遺伝的改良、新たな草種の導入、メタンワクチン、メタン発生阻害剤やプロバイオティクスの利用など、新しいさまざまな技術やより良い解決策を見つけたいとしている。しかし、いずれも実験段階であるものや、製造コストなどの面から商業ベースには至っていないとの評価が得られた。本項では、両国の畜産団体や民間企業などによる具体的な事例について紹介する。

(1) 飼料添加物における取り組み

ア アスパラゴプシス
 豪州およびNZの業界で、家畜由来のメタン排出量の削減として最も有望視されているのが、紅藻の一種であるアスパラゴプシス(Asparagopsis:日本では通称カギケノリと呼ばれる)の飼料添加物としての利用である(写真2)。豪州では、CSIRO、豪ジェームズクック大学、MLAとの共同研究により改良されたアスパラゴプシスは、乾物飼料に0.5%混ぜるだけで肉質などの成績に影響を与えることなくメタン排出量を80%以上削減できるとしている。この知的財産権を付与され、ライセンサーとして研究開発などを手掛けるフューチャーフィード社によると、2022年12月現在、世界9社にライセンシーとしてアスパラゴプシスの生産を認可しており、今後も拡大する予定としている。NZでも、南島のブラフという地域で22年にNZ原産のアスパラゴプシスの陸上養殖場建設が開始されており、23年半ばまでにフル稼働し、1万5000頭の牛に飼料添加物を供給できるようになるとしている。
 なお、放牧飼育の場合では、リックブロック(ミネラル分などを補給するための牛がなめるブロック)や糖蜜に混ぜて給餌する方法などが検討されているものの、牛が給餌推奨量を適切に摂取していることの確認が困難であるため、メタン削減の手法としては適さないとされている。
 また、22年9月に公表された豪金融機関のコモンウェルス・バンクと豪州の農業研究開発公社であるアグリフューチャーズの調査結果によると、40年までにアスパラゴプシス生産部門の生産額は15億豪ドル(1409億円)に達し、9000人の雇用に加え豪州のGHG排出量を10%削減できる可能性があると試算している。
 公表資料によると、豪州のすべてのフィードロットでアスパラゴプシスを給餌する場合、乾物重量で年間2万2886トンが必要であり、総額で1億3200万豪ドル(123億9876万円)から10億6200万豪ドル(997億5366万円)のコストがかかるとしている。また、アスパラゴプシスの養殖は、水質や温度管理が可能な陸上での生産が望ましいことなどから養殖施設の建築費や維持費の割増が見込まれるが、規模の原理によりコストは一定程度抑えられるとしている。

 
 ライセンシーによって販売価格は異なるが、タスマニア州のシー・フォレスト社は、1日1頭当たり1豪ドル(94円)以下のコストで豪州のフィードロット6農場に供給している。また、西オーストラリア州のシー・ストック社は、乾燥させたアスパラゴプシスに地元で生産されるキャノーラ油を混ぜたものを提供している。乳用牛1日1頭当たり約50グラムの給餌を想定し、これを同2.5豪ドル(1キログラム50豪ドル(4697円)で酪農場との契約がある乳業メーカーなど3社に販売し、商業試験で使用する予定としている。さらには、米国に本社を置くCH4グローバル社は、1日1頭当たり2豪ドル(188円)でフィードロットに販売できるとしている。

イ 有機化合物3-NOP
 MLA、豪ニューイングランド大学、オランダの化学関連企業であるDSM社およびワーゲニンゲン大学が共同で研究開発した有機化合物3-NOP(3-ニトロオキシプロパノール)も注目されている。牛への給餌により、肉質や1日当たり増体量、飼料要求率などへの悪影響が生じることなく、メタン排出量を最大90%削減することができるとされている。豪ニューイングランド大学によると、飼料への3-NOPの導入率の違いによるシミュレーションでは、仮に半分の飼料に導入して豪州の肉用牛約100万頭に給餌した場合、年間で乗用車約15万台分のCO2排出量の削減に相当するとしている。また、世界的な食肉企業であるJBS社も、DSM社と連携し、3-NOPの飼料給餌試験などに取り組んでいることを公表している。なお、アスパラゴプシスと同様、3-NOPの放牧での利用は、適正管理の困難さを理由に適切ではないとされている。
 3-NOPの販売面を担うDSM社は現在、商品名「ボベアー(Bovaer)」として流通に向けて取り組んでいるが、供給数量による変動はあるものの、1日1頭当たり0.4〜0.5豪ドル(38〜47円)で販売できるとしている。

ウ その他
 上記二つの飼料添加物以外にも、まだ試験段階ではあるものの、実用化に向けた研究が行われているものがある。
 スタートアップ企業の豪州のルーミン・エイト社は、アスパラゴプシスの生物活性を再現する方法で飼料添加物を製造しており、今後ブラジルでのフィールド調査を実施するとしている。
 豪州の農業用生物学的製薬会社であるテラジェン社は、プロバイオティクスである液体飼料添加物マイロ(Mylo)を開発しており、牛1日1頭当たり10ミリリットルの給餌でメタン排出量を減少させ、牛の生産性を高めることが証明されている。

(2)小売店での取り組み

 豪州小売大手のウールワースは2022年9月、主要食肉生産国の関係者で構成する「持続可能な牛肉のための世界円卓会議」に参加することを発表している。また、同じく豪州小売大手のコールスは同年同月、国内フィードロットおよびDSM社と提携し、ボベアーを同社が関与する農場で試験的に使用すると発表している他、すでにカーボンニュートラル牛肉をクイーンズランド州および北部準州を除くすべての州で販売している(写真3)。この牛肉は、気候変動に対応するために企業がGHG排出量を測定し、削減するための総合的な取り組みとして、豪州政府公認である「クライメート・アクティブ・カーボン・ニュートラル基準」の認証を取得している。23年4月以降は、全豪で販売される予定となっている。なお、このカーボンニュートラル牛肉「Finest」シリーズは、コールスのプライベートブランド牛肉と比較し、1.2〜1.3倍程度の売価が設定されている。

コラム  フォンテラ社における持続可能性に関する取り組み例

 2022年11月末、NZ最大手の酪農協系乳業メーカーであるフォンテラ社を訪問し、持続可能性に関する取り組みを取材した。同社はNZ国内の約9000戸の酪農家から集乳し、世界約130カ国に乳製品を輸出している。同社の乳製品ビジネスは、NZのGHG排出量の約20%を占めており、そのほとんどが牛由来のメタンとなっている。このメタン排出量の低減に向けた研究ではさまざまな方法が検討されており、メタンワクチンの開発や飼料添加物としての海藻や3-NOP、同社が独自開発した「KowbuchaTM」(注)の利用など多岐にわたる。なお、飼料添加物に関しては、他者と同様に牛への確実な給餌を要するため、NZの牧畜システムでの応用は工夫が必要としている。これまでのところ、それぞれに有望な初期結果が得られているものの、商業的な流通にはさらなる研究が必要であると整理している。

(注)乳製品の発酵や培養を利用して牛のメタン発生を抑制する手法。大洋州の各小売店舗で人気の酵母菌などからなるゼラチン質の塊を紅茶または緑茶と砂糖で発酵させて調整した微炭酸の健康飲料「Kombucha」をもじって、フォンテラ社が商標登録。

 近時、オーツ麦など植物を原料とした多様化が進む飲料との競合に関しては、栄養的な利点で競合飲料を上回ることをアピールするため、引き続き乳製品のラベル表示を行うとしている。具体的には、オーツ麦飲料に比べて同社が販売する飲用牛乳(コラムー写真1)の方がたんぱく質1グラム当たりのGHG排出量が3分の1以下であるという同社の分析結果も含め、消費者に乳製品などの優位性を訴求していくとしている。
 

 
 また、NZ政府が国会に提案している農業排出権価格設定案について同社の意見を求めたところ、従来から農家や生産者が農場での農業によるGHG排出を測定、管理、削減し、気候変動に適応できるようにする枠組みであるHWENの信頼性が高く、実行可能なバランスの取れたものであるとして支持している。他方で政府の農業排出権価格設定案については、乳価設定プロセスの信頼性を損なう恐れのある内容が含まれていることなどを危惧しているとしながらも、政府や関係機関と同制度の導入に向けて連携しつつ、農家を支援していくとしている。
 また、ワイトア地域にある同社のUHT乳業工場にも訪問し、同工場が先駆けて取り組んでいる脱炭素プロジェクトについて話を聞いた。
 同工場は、約230人の従業員が勤務しており、約130戸の酪農家から集乳し、各種乳製品を全量輸出向けとして製造している。また、製品の97%が中国向けに仕向けられている 。
 同工場では、低コストで長寿命という持続可能な電力供給のためのポリジュールバッテリーを乳業工場として世界で初めて導入しており、電力のピークカットや余剰電力の売電などに取り組んでいる(コラムー写真2)。導入費用は約3万NZドル(259万円)とのことだが、約1年で償還できるとしており、今後同社の別の乳業工場でも導入を検討している。
 また、同工場では、同国初となる電動ミルクローリー「Milk-E」を試験導入している(コラムー写真3)。このローリーはバッテリースワップ技術により6分でバッテリーを交換できるため、これまで25〜50%であったローリーの稼働率が約90%に向上したとしている。連続走行距離はフル充電で約140キロメートル、2万5700リットルの生乳を運搬することができるとしている。現在の導入台数は1台であるが、今後台数を増やすことを視野に入れている。

5 おわりに

 気候変動に対応した飼料添加物の導入や炭素吸収のための植林には一定のコストがかかるため、豪州やNZの現地報道では、生産者自らが取り組むことは簡単ではないと指摘されている。これに対しMLAは、生産者のインセンティブを高めることが飼料添加物の量産化・低価格化やGHG削減につながるが、これらに伴う農家のコスト増については、最終的に消費者が負担することになると見通している。また、ウールワースの食肉事業を担うグリーンストック社が行った調査によると、消費者の36%がより持続可能な商品に対価を支払うと回答しているが、実際に買い物をする場合、価格面から消費者は必ずしもそのような行動をとらないとしている。現状において、カーボンニュートラル牛肉を求める消費者の中でも、意図や趣旨を正確に理解するには知識や理解のギャップがあることから、このギャップはメディアや業界団体などの取り組みにより、埋めていく必要があるとしている。
 このような中、豪州とNZが署名したグローバル・メタン・プレッジや、輸出型の畜産業態である両国の将来的な市場アクセスなどを背景に、両国において、畜産業界における気候変動への対応は、今後ますます強く求められると考えられる。豪州では飼料添加物をはじめとするさまざまな手法の調査研究がより進展してきており、情報収集の中で、アスパラゴプシス供給のライセンシー資格取得を目指す企業もあると聞いた。他方でNZでは、政府関係者に取材した際、同国の全体に占める畜産業からのGHG排出量割合が高いことから、気候変動に対処しなければならないことは畜産業界の共通認識となっており、世界的にもこの分野のフロントランナーでなければならないとの積極的な意見も聞かれた。また、同国では、世界に先駆けて、農場のGHG排出量に応じた課税制度の施行に向けた手続きが進められている。
 このように両国では、飼料添加物のみならず、さまざまな方法でGHG削減に向けた検討が各方面で行われているが、これらの技術の開発と生産現場への普及が、政府が掲げる目標に追いついていくのか、今後の動向が注目される。
(赤松 大暢(JETROシドニー))