「全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)」の下、政府主導によるさまざまな取り組みが進む中、民間企業でもさまざまな取り組みが行われている。本章では、乳業最大手の「内蒙古伊利実業集団股
份有限公司(以下「伊利集団」という)」が行うカーボンニュートラルの認定獲得などの取り組みについて紹介する。
(1)中国乳業最大手「伊利集団」の持続可能な畜産に関する取り組み概要
酪農の盛んな内モンゴル自治区に本社を構える伊利集団は中国乳業の大手企業の一つであり、「内蒙古蒙牛乳業集団股
份公司(以下「蒙牛乳業」という)」とともに、中国の乳製品供給で非常に大きな役割を担っている(参考―表)。伊利集団は世界的に見てもその規模は大きく、39カ国に拠点を構え、世界の乳業メーカーの中でも第5位の事業規模を持つ(年間売上高ベース、2020年、表6)
(注2)。
このように中国の乳業で大きな影響力を持つ伊利集団は、2007年の夏季ダボス会議
(注3)で「グリーンリーダーシップ」
(注4)を提言し、09年には「グリーン生産、グリーン消費、グリーン開発」の三位一体開発コンセプトを提唱するなど、以前から環境問題を考慮した経済活動を行ってきた。また、国際的なGHG排出の第三者監査機関であるSGS通標標準技術服務有限公司と共同で10年以降、12年連続で「カーボンインベントリレポート」を作成しており、傘下企業のGHG排出量などを系統的に調査している。同社は12年にすでにGHG排出量のピークアウトを実現したとしており、持続可能な開発を企業戦略に統合し、業界全体のGHG排出量の削減を自社の責任として、50年までに産業全体のカーボンニュートラルを達成することを目標に掲げている。20年4月8日には、50年までにカーボンニュートラルを達成するための「伊利集団ゼロカーボン未来計画」「伊利集団ゼロカーボン未来計画ロードマップ」を発表し、目標達成への道筋を示している。
(注2)蒙牛乳業は世界第9位。詳細は海外情報「ラボバンク、世界の乳業メーカーランキングトップ20(2020年)を公表」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003041.html)を参照されたい。
(注3)世界経済フォーラムが主催する年次総会。世界各国から企業の経営者や政治家などが集まり、世界経済の課題や環境問題などについて議論される。
(注4)中国では「緑色」という言葉は「環境に配慮する」という意味が含まれる。ここでは「グリーン」と表記する。
(2)GHG排出量ゼロ工場の設立
2022年2月28日、伊利集団は中国食品産業界で初のGHG排出量ゼロ工場が誕生したと発表した。伊利集団傘下の「雲南伊利乳業有限責任公司(以下「雲南伊利」という)」は、第三者監査機関によるカーボンニュートラルに関するPAS2060認証を取得し、21年における工場のGHG排出量ゼロが認められた。雲南伊利がGHG排出量ゼロを達成するための取り組みはエネルギー効率の改善が主であり、天然ガスボイラーのメンテナンスや断熱強化、蒸気復水からの熱エネルギーの回収、工場操業効率の最適化など、合せて100以上の取り組みが実施されたという。
(3)GHG排出量ゼロに関する商品の開発
上述の通り、2050年のカーボンニュートラル達成を目標にさまざまな取り組みを進める伊利集団であるが、同社が取り扱う商品の中にはこれまでのカーボンニュートラルへの取り組みをうたう商品が存在する。
一つ目は有機牛乳の「金典A2β-カゼイン有機純牛乳」である(写真1)。06年に立ち上げられた「金典」シリーズは高品質かつ栄養価の高い有機牛乳として消費者に愛される高価格帯製品群とされており、22年3月12日に同シリーズから初のカーボンニュートラル牛乳として発表された。同製品は有機牛乳であり、A2βカゼインミルク
(注5)であるという特徴を持つだけではなく、原料乳の生産、製品製造、輸送、容器の廃棄などの製品製造から消費までの全行程でカーボンニュートラルを実現した。同製品は1箱(250ミリリットルパック10本入り)当たりの二酸化炭素排出削減量を約7.7キログラムとしており、これは樹木1本の年間二酸化炭素吸収量に相当するとされる。
二つ目は同様に「金典」シリーズに分類される「金典娟
姍有機純牛乳」である(写真2)。これは22年5月14日に発表された有機牛乳であり、原料にジャージー種の生乳を使用している。「金典」シリーズの中でもより多くのタンパク質を含む製品とされ、まろやかな味わいが特徴である。
三つ目はヨーグルト製品の「蛋白時光」である(写真3)。これは22年5月20日に初のカーボンニュートラルヨーグルトとして発表された。栄養価の高い製品としてタンパク質含有量が高いことを特徴としており、20代後半〜30歳前後の世代や、健康志向が高く日ごろからの運動など健康管理に取り組む消費者を主なターゲットとしている。
(注5)A2型のβカゼインを多く含む牛乳。βカゼインは牛乳に含まれる主要タンパク質であるカゼインの一種である。βカゼインにはさらに複数の種類があり、産出する乳牛の遺伝子型により生乳中に含まれるβカゼインの型やその割合が決定される。一般的な製品では含まれるβカゼインの型は区分されていないが、A2型が多く含まれるもしくはA2型のみを含むものをA2βカゼインミルク(もしくはA2ミルク)という。