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海外情報 中国 畜産の情報 2023年3月号

中国における持続可能な食料生産システムに関する取り組み 〜全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)の進捗状況〜

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調査情報部

【要約】

 SDGsの達成に向けて国際的な議論が活発化する中で、中国では2015年に「全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)」を発表し、農畜産業の発展を推し進めるとともに、環境資源の保護にも努めるとしている。また、政府主導の下で、乳業最大手の伊利集団は傘下の工場がカーボンニュートラル認定を獲得するなど、民間企業でもさまざまな取り組みが進んでいる。今後、60年のカーボンニュートラル達成などに向け、同国のSDGs関連の動向が注目されている。

1 はじめに

 SDGs(持続可能な開発目標)の達成に向け、持続可能な食料生産システムの推進について国際的な議論が活発化している。畜産分野においては、特に温室効果ガス(GHG)や有機農業を中心に各国・地域で規制を強化する動きがあるほか、メタンガスなどの排出を抑制するための技術開発も進んでいる。
 農業生産大国の中国では、農林水産業の生産額が引き続き増加傾向にある中で、畜産業の占める割合(29.2%:2020年、前年比2.6ポイント増)も増加傾向にあり、畜産業の重要性は増している状況にある。また、近年の中国の畜産物1人当たり年間消費量はおおむね増加傾向にあり、消費者の食生活における畜産物の重要性もますます高まっている。
 そのような背景の中で中国政府は、2015年5月20日付けで「全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)」を発表し、農畜産業の生産能力、農畜産物の品質や安全性の進展とともに環境資源の保護に努め、持続可能な農業開発に取り組んでいくこととしている。本稿では、同計画による中国でのSDGs達成に向けた取り組みの進捗状況とその具体例の一部について紹介する。

2 畜産業の概要

 中国の食肉生産量の約6割を占める豚肉は、同国の食文化の中心的な存在として広く消費者に親しまれている(図1、2)。


 
 しかし近年は、2018年8月に発生したアフリカ豚熱の影響により養豚業界は大きな損害を受け、一時的にその生産能力は大きく低下した。そのような中で、代替需要として大きく生産を伸ばしたのが鶏肉であり、若者を中心とした健康志向の高まりも需要をけん引しているとされている。また、牛肉も所得の向上などから年々需要が伸びており、これに伴い牛肉生産量は増加している。需給状況に目を向けると、中国では自国で消費される食肉の大部分を自国で生産し、不足分を輸入品で補っている状況にある。主要食肉の輸入依存度を見ると、牛肉が最も高いものの、輸入量では消費規模の大きい豚肉が多く、いずれも世界の需給に大きな影響を及ぼす規模である。また、鶏肉は生産の一部を鶏肉調製品として日本にも輸出している。
 各畜種の飼養頭数はおおむね増加傾向にあり、前述の通り、豚の飼養頭数はアフリカ豚熱の影響により19年に大きく減少したが、21年にはアフリカ豚熱発生前の水準にまで回復している(図3)。近年では厳しい伝染病対策を取り入れた「ビル養豚プロジェクト(注1)」が各地で展開されるなど、アフリカ豚熱からの回復期において、大規模生産者の間では数多くの生産拡大が行われている。このように大規模化が進む畜産業界ではあるが、いずれの畜種においても、中国では依然として従来の形態である「庭先飼育」を行う零細または小規模な生産者が、生産者全体の9割以上を占める状況が続いている(表1)。

(注1)山地など平坦な場所が少ないなどの理由で利用可能な土地に制約がある地域では、複数階建の「養豚ビル」などと呼ばれる豚舎も建設されている。一つの階ごとに繁殖から肥育までを一貫して行い、数百〜千頭強の飼養スペース、飼料保管庫、薬品保管庫が設置されており、最下層に排せつ物処理装置が備えらえていることが多い。
 



 乳製品に関しても、近年の需要の高まりからその生産量は増加しており(図4)、輸入量も同様に増加傾向にある。特に20〜21年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、免疫力の効果などから政府により乳製品消費が喚起されたこともあり、飲用乳を中心に生産量および輸入量は大きく増加している。乳製品別の輸入状況を見ると、全粉乳や脱脂粉乳の多くが輸入に依存している状況にあり、国内生乳生産の大部分は飲用乳に仕向けられている(表2)。
 



  中国では、拡大する畜産物需要を満たし、また、安定供給を実現するために生産量を伸ばす一方で、近年、特に畜産業による環境への影響が社会問題化されている。深刻化する環境問題に対して中国政府は、14年に「大規模家畜家きん飼育場における汚染防止条例」を、15年に「中華人民共和国環境保護法」を施行するなど、環境保護を目的とした対策を推し進めてきた。これにより、家畜・家きんの飼養を禁止する「飼養禁止区域」が設定され、同区域内の生産者は立ち退きを強制され、また、排煙や廃水を排出する農場や工場などが厳しく取り締まられた。新規投資が困難な生産者は、経営状況の悪化から廃業に追い込まれたことで、16年の豚の飼養頭数や豚肉生産量などは減少に転じることとなった。

3 中国政府の持続可能な畜産に関する取り組み

 前述の通り、畜産業における環境規制が推し進められたのと同時期の2015年5月20日、中国政府は「全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)」を発表した。この中で同国政府は、「農業を取り巻く問題は、食料安全保障、資源保護および生態系保護に関する問題であり、持続可能な農業の発展を推進することは中国の農業を発展させていく上での固有の要件であって、中国をより発展させていくための必須事項である」とうたっている。本章では同計画について紹介する。

(1)目的および目標

 同計画では、持続可能な開発を推し進める中で2020年と30年の二段階の目標を設定している。まず、20年までには農業の持続可能な開発の初期段階を達成するとしている。この段階で農業の総合的な生産能力の改善、農業生産構造の最適化、農産物の品質および安全性の改善、農業資源の保護を推し進めるとし、併せて、生態系の保護および生物多様性の維持にも努めるとした。続いて次の目標設定年である30年までには、農業の持続可能な開発が大きな成果を上げるとし、この段階で食料の安定供給の保証、農業資源のさらなる効率化、生産環境の改善、生態系の安定化、安定した農家経営の確立などを成し遂げ、美しい田園風景を特徴とした持続可能な開発を確立させるとしている。

(2)主な取り組み

 同計画では大きく五つの項目を設定しており、それぞれの項目で主な取り組み内容を定めている(表3)。五つの項目には(1)農業生産能力の向上(2)農耕地などの資源の保護(3)農業用水利用の効率化と安全性確保(4)環境汚染の防止と改善(5)農業に関連する生態系の修復―が挙げられている。限られた資源の有効利用や環境保護に取り組みつつも、膨大な人口を抱える中国で非常に重要となる食料の安定供給を目指す内容となっている。

 

(3)区域区分

 東西南北に広大な土地を持ち、地域ごとに農業生産環境が異なる中国では、農業資源の優劣、環境負荷耐性、生態系の特徴などの基礎的な要素を総合的に考慮し、地域ごとに直面する課題に対応する必要がある。このため、本計画では、各地の状況に応じた適切な措置を実施するための地域区分として、全国を「最適化発展区域」「適度な発展区域」「保護発展区域」の三つに区分している(表4−1〜3)。最も農業環境に恵まれるとされる「最適化発展区域」には、東北地域(黒龍こくりゅうこう省、吉林きつりん省、遼寧りょうねい省、内モンゴル自治区東部)、黄淮こうわい海地域(北京市、天津市、河北かほく省中南部、河南かなん省、山東さんとう省、安徽あんき省、江蘇こうそ省北部)、長江中下流地域(江西こうせい省、浙江せっこう省、上海市、江蘇省、安徽省中南部、湖北こほく省、湖南こなん省大部分)、華南地域(福建ふっけん省、広東かんとん省、海南かいなん省)が含まれる。中程度に農業環境に恵まれているとされる「適度な発展区域」には、西北地域および長城沿線地域(新疆しんきょうウイグル自治区、寧夏ねいか省、甘粛かんしゅく省大部分、山西さんせい省、陝西せんせい省中北部、内モンゴル自治区中西部)、西南地域(広西こうせい省、貴州きしゅう省、重慶市、陝西省南部、四川しせん省東部、雲南うんなん省大部分、湖北省、湖南省西部)が含まれる。あまり農業環境に恵まれていないとされる「保護発展区域」には青海せいかい省およびチベット地域(チベット、青海省、甘南かんなんチベット族自治州、四川省西部、雲南省西北部)が含まれる。



 
 

(4)計画の目標達成状況

 前述の通り、同計画では五つの項目を設定し、それぞれの項目で取り組む内容を細かに示しているが、その中には「農業科学技術の進歩による貢献率」や「主要な農産物の栽培および収穫における機械化率」など、具体的に2020年もしくは30年までの数値目標が掲げられており、その一部は達成状況が公表されている(表5)。

 

4 民間企業の持続可能な畜産に関する取り組み

 「全国農業の持続可能な発展計画(2015〜2030年)」の下、政府主導によるさまざまな取り組みが進む中、民間企業でもさまざまな取り組みが行われている。本章では、乳業最大手の「内蒙古伊利実業集団股有限公司(以下「伊利集団」という)」が行うカーボンニュートラルの認定獲得などの取り組みについて紹介する。

(1)中国乳業最大手「伊利集団」の持続可能な畜産に関する取り組み概要

 酪農の盛んな内モンゴル自治区に本社を構える伊利集団は中国乳業の大手企業の一つであり、「内蒙古蒙牛乳業集団股公司(以下「蒙牛乳業」という)」とともに、中国の乳製品供給で非常に大きな役割を担っている(参考―表)。伊利集団は世界的に見てもその規模は大きく、39カ国に拠点を構え、世界の乳業メーカーの中でも第5位の事業規模を持つ(年間売上高ベース、2020年、表6)(注2)
 このように中国の乳業で大きな影響力を持つ伊利集団は、2007年の夏季ダボス会議(注3)で「グリーンリーダーシップ」(注4)を提言し、09年には「グリーン生産、グリーン消費、グリーン開発」の三位一体開発コンセプトを提唱するなど、以前から環境問題を考慮した経済活動を行ってきた。また、国際的なGHG排出の第三者監査機関であるSGS通標標準技術服務有限公司と共同で10年以降、12年連続で「カーボンインベントリレポート」を作成しており、傘下企業のGHG排出量などを系統的に調査している。同社は12年にすでにGHG排出量のピークアウトを実現したとしており、持続可能な開発を企業戦略に統合し、業界全体のGHG排出量の削減を自社の責任として、50年までに産業全体のカーボンニュートラルを達成することを目標に掲げている。20年4月8日には、50年までにカーボンニュートラルを達成するための「伊利集団ゼロカーボン未来計画」「伊利集団ゼロカーボン未来計画ロードマップ」を発表し、目標達成への道筋を示している。

(注2)蒙牛乳業は世界第9位。詳細は海外情報「ラボバンク、世界の乳業メーカーランキングトップ20(2020年)を公表」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003041.html)を参照されたい。
(注3)世界経済フォーラムが主催する年次総会。世界各国から企業の経営者や政治家などが集まり、世界経済の課題や環境問題などについて議論される。
(注4)中国では「緑色」という言葉は「環境に配慮する」という意味が含まれる。ここでは「グリーン」と表記する。


 

(2)GHG排出量ゼロ工場の設立

 2022年2月28日、伊利集団は中国食品産業界で初のGHG排出量ゼロ工場が誕生したと発表した。伊利集団傘下の「雲南伊利乳業有限責任公司(以下「雲南伊利」という)」は、第三者監査機関によるカーボンニュートラルに関するPAS2060認証を取得し、21年における工場のGHG排出量ゼロが認められた。雲南伊利がGHG排出量ゼロを達成するための取り組みはエネルギー効率の改善が主であり、天然ガスボイラーのメンテナンスや断熱強化、蒸気復水からの熱エネルギーの回収、工場操業効率の最適化など、合せて100以上の取り組みが実施されたという。

(3)GHG排出量ゼロに関する商品の開発

 上述の通り、2050年のカーボンニュートラル達成を目標にさまざまな取り組みを進める伊利集団であるが、同社が取り扱う商品の中にはこれまでのカーボンニュートラルへの取り組みをうたう商品が存在する。
 一つ目は有機牛乳の「金典A2β-カゼイン有機純牛乳」である(写真1)。06年に立ち上げられた「金典」シリーズは高品質かつ栄養価の高い有機牛乳として消費者に愛される高価格帯製品群とされており、22年3月12日に同シリーズから初のカーボンニュートラル牛乳として発表された。同製品は有機牛乳であり、A2βカゼインミルク(注5)であるという特徴を持つだけではなく、原料乳の生産、製品製造、輸送、容器の廃棄などの製品製造から消費までの全行程でカーボンニュートラルを実現した。同製品は1箱(250ミリリットルパック10本入り)当たりの二酸化炭素排出削減量を約7.7キログラムとしており、これは樹木1本の年間二酸化炭素吸収量に相当するとされる。
 二つ目は同様に「金典」シリーズに分類される「金典娟有機純牛乳」である(写真2)。これは22年5月14日に発表された有機牛乳であり、原料にジャージー種の生乳を使用している。「金典」シリーズの中でもより多くのタンパク質を含む製品とされ、まろやかな味わいが特徴である。
 三つ目はヨーグルト製品の「蛋白時光」である(写真3)。これは22年5月20日に初のカーボンニュートラルヨーグルトとして発表された。栄養価の高い製品としてタンパク質含有量が高いことを特徴としており、20代後半〜30歳前後の世代や、健康志向が高く日ごろからの運動など健康管理に取り組む消費者を主なターゲットとしている。

(注5)A2型のβカゼインを多く含む牛乳。βカゼインは牛乳に含まれる主要タンパク質であるカゼインの一種である。βカゼインにはさらに複数の種類があり、産出する乳牛の遺伝子型により生乳中に含まれるβカゼインの型やその割合が決定される。一般的な製品では含まれるβカゼインの型は区分されていないが、A2型が多く含まれるもしくはA2型のみを含むものをA2βカゼインミルク(もしくはA2ミルク)という。






5 おわりに

 伊利集団のほか、同じく乳業大手の蒙牛乳業も2030年にカーボンピークアウト、50年にカーボンニュートラルを目標に掲げている。また、中国の同業他社も二酸化炭素排出量の削減に取り組むなど、政府の方針の下でさまざまな取り組みを進めている。
 中国は膨大な人口を抱え、必要とされる食料の量や食料生産のための農畜産業の規模も必然的に大きい。一方で、同国は広大な土地を所有しているが、農地として活用できる恵まれた土地は限られており、地域によっては干ばつや洪水、塩害などの課題を抱える地域も存在し、農畜産業を営む上で許容できる環境負荷の大きさも異なる。また、畜産業では悪臭など生活環境への影響も問題となっており、人口密集地近辺での営農は制限されている状況にある。
 このようにさまざまな制約がある中で、中国では必要な食料を確保し、持続的に豊かな生活環境を維持、開発していくため、政府主導の下、多くの企業が取り組みを進めている。現在、畜産物を始めとする中国の輸入動向は、世界的な農畜産物の需給を左右するほどの大きな影響力を持つため、目標として掲げる60年のカーボンニュートラル達成に向けた取り組みを含め、いかに持続可能な開発が進められていくのか、世界の関心が集まっている。また、これらの取り組みの影響と効果が同国の農畜産物需給にどのような影響をもたらすのか、引き続き今後の動向が注目されている。