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話題 畜産の情報 2023年4月号

ホエイを発酵でおいしく有効活用 〜ホエイ酒の製品化について〜

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酪農学園大学 農食環境学群 食と健康学類 応用微生物学研究室 教授 山口 昭弘

1 はじめに

 牛乳からチーズを製造する過程の副産物であるホエイを原料として、生乳由来の酵母と乳酸菌を用いた馬乳酒ばにゅうしゅのようなホエイ酒試作品を開発しました。実際の製品化されたホエイ酒は、安全醸造、アルコール産生能および風味向上の観点から、クエン酸を産生する白麹と酒造用の酵母を用いて醸造されています。以下、未利用資源の新たな有効利用の試みとなった「発酵原料にホエイを用いたお酒」の開発経緯についてご紹介します。

2 ホエイの利用

 牛乳に乳酸菌とレンネット(凝乳酵素)を加えることで形成される凝固物のカード(主に変性したカゼインタンパク)を除いた残りの水分と水溶性成分(原料牛乳の90%)がホエイに相当します(図1)。ホエイも94%が水分ですが、6%の固形分には乳糖、ペプチドやミネラルなどの栄養成分が含まれます。さらにホエイはpHが中性であるため、そのままでは保存性が悪く、扱いにくいことから廃棄される未利用資源の代表でもあります。従って、ホエイの有効利用は以前から注目されており、一部はそのまま家畜に給与されることもあるようですが、その多くは水分を除いたホエイパウダーとして、飼料、機能性素材、あるいは化粧品材料としての利用が進められています。今回のようにホエイ酒の原料として用いる場合、冷凍保存は必要ですが、乾燥などの複雑な工程を経ずに、液体のホエイをそのまま利用できる点は魅力的と言えます。


 
 

3 さまざまな酒類

 お酒は人類の歴史とともにあると言われる身近な発酵食品の代表です。さまざまな原料と発酵様式の組み合わせがありますが、8000年前から存在したワインは、ブドウ果実に着生していた酵母がブドウ糖をそのまま利用する最もシンプルな単発酵と言われる発酵様式をとります(図2)。これに対して麦あるいは米を原料とするビールや日本酒の場合、高分子多糖体のデンプンを酵母が発酵に利用できるショ糖(ブドウ糖と果糖の二糖類)やブドウ糖などの低分子糖に分解するステップ(糖化反応)が不可欠です。


 
 ホエイに含まれる糖類は乳糖でブドウ糖とガラクトースからなる二糖類なのですが、乳糖を利用できる酵母は馬乳酒の発酵にかかわるKluyveromyces 属など一部の酵母に限られています。また馬乳酒の特徴として乳糖含量が数%と低いため、発酵で産生されるエタノール濃度も1〜2%と低く(通常の酒類では8%以上)、微生物学的安定性(雑菌の増殖抑制)を担保するために、乳酸発酵を併用しpHを4前後まで下げて造られます。

4 ホエイ酒の試作

 ホエイ酒の開発に際して、馬乳酒をモデルにまず乳糖を利用できる酵母と乳酸菌を生乳から分離するところからはじめました。その結果、Pichia 属およびCandida 属の3種12株の酵母を分離することができました。このうち、ホエイを用いた予備発酵の結果、フルーティーな香りを与えたC. parapsilosisを試作に使用することとしました(図3)。発酵条件として、やはり生乳から分離された乳房炎原因菌に対する抗菌性が知られている乳酸菌Lactobacillus perolens添加の有無を検討しました(図4上)。発酵7日後には、C. parapsilosisと乳酸菌を添加した試験区2はエタノール (EtOH) 濃度3%、乳酸の酸味(pH3.3)と乳本来の風味を併せ持つホエイ酒となりました(写真1)。





 
 一方で、市販製品化を見据え、田中酒造株式会社の高野篤生杜氏とじにご指導いただきながら、ブドウ糖濃度を20%に上げ、汎用酒造酵母Saccharomyces cerevisiaeと酒麹の添加条件を検討しました(図4下)。ホエイへ酒造酵母と酒麹を添加して発酵させた試験区4では、アルコール濃度が16%と本格的な日本酒と同等のレベルまで上昇し、独特の風味が得られることが分かりました。
 

5 ホエイ酒の製品化

 研究室で開発したホエイ酒は、生乳由来の酵母と乳酸菌を用いた馬乳酒のようなアルコール濃度を抑えたヨーグルト風味でしたが、原料ホエイ由来の雑菌対策として低温殺菌(60度、30分)を行っていました。商品として一定の品質を確保したホエイ酒を安心して製造するため、日本酒の伝統的な醸造で培ったプロの技術が生かされることになりました。前述のように日本酒は米のデンプンを麹で低分子糖へと分解する糖化のステップが不可欠ですが、この麹にもさまざまな種類が存在します。酵母との組み合わせを含め目的に応じて使い分ける杜氏の言わば職人道具です。田中酒造株式会社ではすでにヨーグルトのお酒を開発した実績をお持ちでしたが、ホエイ酒の製品化に際しては高野杜氏が、九州地方の焼酎醸造に用いられるクエン酸を産生する白麹を選定しています。酒造酵母と白麹が産生したクエン酸によりpHが低下したもろみ(一次発酵)に未殺菌の原料ホエイを加えて二次発酵を行うことで、微生物学的に不安定なホエイを安全にアルコール発酵に導くとともに、麹と酵母が産生するさまざまな成分がホエイ由来の成分と相まって独特の風味を醸し出した、他にはないお酒に仕上がっています。
 ホエイ酒の開発を卒業研究として取り組んだ2020年度のスタートは、大学もコロナ感染対策として入構禁止措置がとられており、実際に実験をスタートできたのは8月になってからでした。この年はコロナ対策の影響を大きく受けて就職活動が遅延したこともあり、卒業研究に集中できたのは例年に比べかなり限られた期間でした。そのような中、製品化についても当初、21年春の完成を予定していましたが、仕込み作業に学生を派遣することが大学側あるいは酒蔵側の制限の関係から何度も延期となり、冷凍で保存していた原料ホエイも廃棄せざるを得ない状況でした。最終的に当初の予定より1年半遅れとなりましたが、田中酒造のご高配により、22年9月にようやく学生3名が製品化に向け、ホエイ酒の醸造作業(二次発酵)に関わらせていただけました(写真2)。そして開発を手掛けてから3年越しとなった23年2月3日、「田中酒造のひなまつり」でホエイ酒製品の完成報告と販売を実現することとなりました(写真3)。まろやか、クリーミーでさわやかな酸味が特徴の新製品「ゆきんこ」として300ミリリットルボトル×200本を販売しています。また、大学限定版は「みるくの精果」として、ラベルには開発に携わった亀田くるみさんの牛のイラストが採用されています(写真4)。





 

6 おわりに

 実家が酪農業でワインサークルROWPのメンバーとしても活躍していた亀田さんからの「卒業研究のテーマとして牛乳を題材にした新たな酒類を開発したい」との提案が、このホエイ酒開発のきっかけでした。卒業論文「ホエイ酒の試作と細胞外小胞体(EV)の挙動」の成果として、生乳から分離した乳酸菌・酵母由来のEVについても研究用試薬5製品がコスモ・バイオ株式会社から販売されています。今回のホエイ酒の製品化を実現する上では、ゼミ学生のインターンシップなどでお世話になっていた田中酒造株式会社の岡田栄造専務の温かいご理解とご協力に加え、高野篤生杜氏のご経験と優れた技術力が不可欠であったことは本稿をお読みいただければ自明の理かと思います。また、製品化ホエイ酒の仕込み作業を担った食と健康学類3年生の按田枝穂さん、久保田花さんと松元柚夏さん、何度も原料ホエイをご提供いただきました本学乳製品製造学研究室の竹田保之教授および栃原孝志講師、生乳をご提供くださいました苦楽園亀田牧場の亀田泰貴代表にも心より感謝申し上げます。


(プロフィール)
1983年 北海道大学大学院理学研究科修士課程修了
1997年 札幌医科大学医学博士号取得(病態診断)
札幌市衛生研究所、株式会社札幌IDL、財団法人日本食品分析センターを経て2012年4月から現職。
三重県出身。