現在、AIの開発環境はオープン化され、農業分野や畜産分野へも活用できる土台が構築されつつある。畜産分野(肉用鶏の生産現場)においては、飼養規模の拡大に伴う最適な管理システムの強化とともに、生産現場での人手不足へ対応した管理システムへの移行が求められており、少ない労働力で最大限の生産を得られる効率的な家畜(肉用鶏)の飼養管理をアシストしていく技術の開発が強く望まれている。本調査では、肉用鶏の多羽飼養での群れ管理下において、一定個体(鶏舎内の飼養総羽数のうち、数パーセントの個体)の情報から総体的な成育状態を把握するための技術開発に不可欠な個体の検出と追跡について、可視光カメラを用いて得られた画像に対する、個体識別用の物体検出モデルの検出精度や追跡能力を検証した。
(1)材料と方法
ア 供試動物と飼養条件
肉用鶏(チャンキーブロイラー、雌)の
雛を導入し、群れでの一般的な飼養条件下で管理した10羽(5週齢)を供試した。本調査は山形大学動物実験委員会の承認を受けた動物実験飼養施設にて動物実験計画書に従って実施した。飼料は市販の配合飼料を、水は水道水を用いた。飼養管理については、仕切り板で囲いを設置して給餌器と給水器を配置した二つのエリアに分割し、不断給餌、自由飲水とし、敷料としてもみ殻を用いて行った。
イ データの収集と物体検出モデルの作成
画像データは、5〜6週齢の肉用鶏を撮影した画像を用いた。また、無線で自動認識が可能な個体識別用の小型タグ(RFIDタグ)を肉用鶏に取り付け、二つのエリアの通路にRFIDタグ受信器内蔵の体重計を設置し、個体の確認と体重を記録した。
本調査では飼養管理した10羽のうち、1羽の肉用鶏(ID95鶏)を選定して個体識別用の物体検出モデルを作成した。市販の可視光カメラ(M25、Mobotix)で収集した画像から、ID95鶏を物体検出モデルへ学習させるため、アノテーション作業(鶏体をポリゴン(多角形)頂点で囲うラベル付け作業)として、同個体の全身を指定した。アノテーションによる物体検出モデル学習用の教師データは2617枚とし、物体の特徴を学習させるためのディープラーニング
(注1)のフレームワークにオープンソースのニューラルネットワークである、Darknetを、物体検出アルゴリズムにYOLOv4(yolov4.conv. 137)を用いて転移学習にて物体検出モデルを作成した。YOLOは、物体検出のアルゴリズムであり、You Only Look Onceの頭文字から作成された造語である。YOLO以外のアルゴリズムでは、物体を検出する場合、複数の要素に分類した後、どのような物体かを判断しているため検出の速度と正確さで劣っている。YOLOは、入力画像を正方形にリサイズし、ニューラルネットワークを用いて物体の特徴を高速に見つけながら細かく画像解析を行うため、高速かつ高精度な物体検出が可能である。ディープラーニングの学習の設定は、入力する画像サイズを800×800ピクセル、バッチサイズ(教師データをグループ分けした際の大きさ)を64、Train(訓練データ)とValidation(検証データ)の分割割合を8:2とし、学習回数を1万回で統一した。
肉用鶏の成長により、その容姿は変化するため、定期的に新たな画像を用いて物体検出モデルを作り変えることで、一定の調査期間での個体の検出と追跡を行った。肉用鶏の個体検出モデルは、撮影1日目の画像データ2617枚で作成したパタンAの物体検出モデル、撮影1、4、7日目に、それぞれ2617枚の画像で作成したパタンBの物体検出モデルを比較した。
(注1)ディープラーニングとは、人間の手を使わず、コンピュータが自動的に大量のデータの中から特徴を発見する機械学習技術のこと。
ウ 物体検出モデルの精度評価
物体検出モデルがID95鶏をどの程度正確に検出・分類できるか調査するため、本実験では適合率と再現率、F値を算出して評価した。本実験の場合、適合率は物体検出モデルが検出したすべてのID95鶏のうち、正確に分類できた割合を示す指標である。適合率は、1に近いほど、物体検出モデルが誤分類していないことを示す。再現率は、物体検出モデルが検出・分類対象のID95鶏を正確に検出・分類した割合を示す指標である。再現率は、1に近いほど物体検出モデルが検出対象のID95鶏を見逃していないことを示す。F値は、適合率と再現率の調和平均である。F値は、1に近いほど、物体検出モデルがID95鶏を未検出・誤分類することが少ないことを示す。これらの指標は、図1の式(1)〜(3)に基づき算出した。
TP(True Positive:真陽性)は、物体検出モデルがテスト画像内のID95鶏を正確に検出・分類できたケースである。FP(False Positive:偽陽性)は、物体検出モデルが検出したID95鶏の分類項目を誤分類したケースである。FN(False Negative:偽陰性)は、物体検出モデルが検出対象のID95鶏を見逃したケースである。精度評価者は、物体検出モデルがテスト画像内のID95鶏をどのように検出・分類したか確認し、TPとFP、FNのいずれに該当するか確認した。それらの個数を式(1)〜(3)に代入することで、分類項目ごとの適合率と再現率、F値を算出した。
物体検出モデルの精度評価は、作成したパタンAとBの二つのID95鶏を検出する物体検出モデルに対して、モデル作成用と異なるテスト用画像を撮影期間中の12:00〜13:00の時間帯から1日当たり100枚(20枚×5セット)を無作為に抽出し、合計900枚で混同行列に従って行った。適合率などはDarknetに実装されている「. /darknet detector map」プログラムを利用して算出し、信頼度(物体検出モデルが検出したものが対象物であると推定した確率)が50%以上のものを検出するように指定した。
エ 調査個体の体重増加率と行動量
ID95鶏の体重はRFID受信機内蔵体重計で記録した。体重増加率は、基準値を調査初期が撮影1日目、調査中期が撮影4日目、調査後期が撮影7日目として体重増加分の差分を算出して容姿の変化を示す指標とした。また、ID95鶏の行動量は、アノテーションの際に作成した囲い線の左上部点を原点とし、XとYの座標データが得られるため、それを利用して累積値として算出し、体重を表示するLED表示器の寸法(15センチメートル×5センチメートル)と比較して距離に換算した。なお、調査期間については、1〜3日目を調査初期、4〜6日目を調査中期、7〜9日目を調査後期とした。
(2)結果と考察
写真1にはパタンAの物体検出モデルでのID95鶏の検出状況を示した。作成した個体識別用の物体検出モデルは、調査開始日の時点で、ID95鶏を再現率0.4で検出していた。ID95鶏の体重増加率は、調査中期から調査後期の期間で39.0%、調査後期の期間で13.4%とそれぞれ増加し、成育が進むにつれて期間内の体重増加率が低下する傾向にあった。ID95鶏の体重は調査1日目で1864グラム、調査9日目で3206グラムと、期間中に体重が1342グラム増えており、体重増加率の変化と合わせて検出の特徴点となる体型や羽毛が成長して容姿が変化していたと思われる。これは、特徴に関する情報が成育に伴って変動することを示し、物体検出モデルの検出精度に影響を及ぼす。
作成した個体識別用の物体検出モデルの精度を判断するための適合率、再現率およびF値の結果を図2〜4に示した。適合率において、パタンAは調査4日目まで良好であったが、その後、時間の経過とともに低下し、パタンBは調査6日目まで0.8〜1.0と良好であり、それ以降で低下した。再現率を見ると、両パタンとも調査3日目まで0.4程度であり、ID95鶏の誤検出や未検出があったが、パタンBは調査4日目に検出能力が0.8まで改善され、パタンAと明らかに傾向が異なっていた。F値に関して、両パタンとも調査3日目まで同様に推移し、パタンBは調査4日目で高まり、調査4日目以降でパタンAとパタンBの変化は大きく異なっていた。
図5には調査初期から後期までの体重増加率と行動量を示した。これらの結果と比較させながら物体検出モデルの検出精度を照らし合わせると、調査初中期は、ID95鶏の行動量が多く、体重の増加に伴う体型や羽毛といった容姿の変化により、特徴点となり得る多様な画像を収集できていたことが考えられる。これらの画像を使って作成した新たな物体検出モデルを調査4日目に差し替えることで、新たな容姿に追従できる物体検出モデルとなり、ID95鶏をある程度の精度で検出できたと考えられる。一方、調査7日目からの調査後期において、新たに作成したパタンBの物体検出モデルは、調査1、4、7日目に収集した画像で作成しており、調査4〜6日目の期間での行動量とともに、体重の増加に伴う特徴点の変化が大きく、物体検出モデルが対応しきれていなかったと思われ、調査7日目時点では再現率が上昇すると期待していた。しかしながら、AI作成のために収集したID95鶏の画像の多くが動きの乏しいシーンであったことが影響し、作成した物体検出モデルでは実際の鶏の成長に伴う容姿の変化に追従できず、ID95鶏の検出が難しかったのではないかと考えられる。
これらの結果から、調査対象とした5〜6週齢の肉用鶏では、一定の体重増加率や行動量の範囲で個体識別用の物体検出モデルを再作成することで、50%程度の精度で検出を継続することが可能であることが示唆された。なお、5週齢の後半では、適合率、再現率、F値がともに低下していることから、体重増加率や行動量を加味して物体検出モデルを切り替える必要があると思われる。