今回公表されたABARESの中期見通しでは、世界的なインフレ圧力の持続と金利の上昇による世界経済の成長鈍化を前提とした上で、2023/24年度および26/27年度にエルニーニョ現象による乾燥気候がもたらされるシナリオに基づき予測している。なお、本項中、特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月とする。
(1)肉牛・牛肉
ア 肉用牛飼養頭数
豪州の肉用牛飼養頭数は、干ばつなど気象条件が悪化すると
淘汰が進むことで減少し、その後、気象条件の回復に伴い増加に転じる傾向があるなど、気象条件によって大きく左右される。主要畜産地帯である豪州東部では、2018年1月〜19年6月にかけて20年に一度とも言われる深刻な干ばつに見舞われ、牛群の淘汰が進められた。この結果、19/20年度(20年6月末時点)の飼養頭数は過去30年間で最低となる2114万頭(前年度比5.5%減)にまで落ち込んだ(図1)。
しかし、20年以降は3年連続でラニーニャ現象が発生し、国土の大部分で平年を上回る降雨に恵まれ、牧草の生育状況が良好に転じたことで牛群再構築が進展した。この牛群再構築はすでに完了したとされており、23年6月末時点の飼養頭数は2367万頭(同6.4%増)と過去10年で最大の伸び率が見込まれている。
23/24年度は、通常よりも乾燥気候をもたらすエルニーニョ現象の発生が予測されることで、牧草の生育状態は前シーズンの「良好」から「平年並み」の状態に戻るため、飼養頭数は前年同水準での推移が見込まれている。
イ と畜頭数および牛肉生産量
2021/22年度は、牛群再構築による雌牛の保留に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に起因する食肉処理施設の労働力不足に伴い、と畜頭数は過去最低となる615万頭(前年度比7.1%減)、牛肉生産量は188万トン(同2.8%減)といずれも記録的な低水準で推移した(図2)。22/23年度のと畜頭数は628万頭(同2.2%増)、牛肉生産量は192万トン(同2.2%増)といずれも前年度からわずかな増加が見込まれている。ABARESによると、食肉処理施設の慢性的な労働力不足は継続しているものの、COVID-19に起因する労働力不足は緩和傾向にあり、23/24年度以降の見通しでは食肉処理能力に及ぼす影響はないとしている。また、23/24年度は乾燥した気象条件により1頭当たりの枝肉重量は減少するものの、と畜頭数(678万頭、同7.9%増)の増加がこれを相殺し、牛肉生産量は201万トン(同4.6%増)とやや増加が見込まれている。また、24/25年度以降は、輸出競合国である米国で干ばつ後の牛群再構築が進展することで、同国産の牛肉供給量の減少が見込まれている。このため、豪州の牛肉生産は、米国産牛肉が席巻してきたアジア市場に加え、米国自体からの引き合いが強まることから堅調に推移すると見込まれている。
ウ 肉用牛生体価格
2022/23年度の家畜市場の肉用牛平均取引価格は、牛群再構築が完了に向かうことから、牧草肥育業者からの需要が低下することで1キログラム当たり726豪セント(666円、前年度比10.0%安)と4年ぶりの下落が見込まれている(図3)。また、取引価格の下落が一因となり、同年度の肉用牛関連の総生産額は144億豪ドル(1兆3203億円、同10.0%減)とかなりの程度の減少が見込まれている。
23/24年度からの乾燥した気象条件により、24/25年度まで取引価格の下落傾向は継続するものの、25/26年度は気象条件が改善することで737豪セント(676円、同6.9%高)まで上昇、その後も堅調に推移し、27/28年度には786豪セント(721円、同0.4%高)まで上昇すると見込まれている。
エ 牛肉輸出
(ア)ABARESによる見通し
2022/23年度の牛肉輸出量は、(1)牛群再構築下で牛肉生産量が低水準にあること(2)鶏肉・豚肉価格の上昇
(注2)に伴い牛肉が相対的に安価となり国内消費が増加していることから93万6000トン(前年度比0.5%減)とわずかな減少が見込まれている(図4)。23/24年度以降の輸出量は、生産動向(と畜頭数の増加および牛肉生産量の増加)に従い、見通し期間を通じて増加が見込まれている。また、米国の干ばつに関しては、同国での牛群再構築の開始が世界市場に大きな影響を与え、豪州の牛肉輸出業者にとっては大きなビジネスチャンスになるとしている。ABARESは、米国の牛群再構築は23年後半に始まり、その勢いは24年〜25年前半に加速、26/27年度までに終了し、その後は価格への影響は緩和されるとしている。しかし、牛群再構築が長引けば長期にわたって価格上昇が続く可能性が高いとした上で、牛群回復の正確なタイミングは不明であり、天候に左右されるとしている。また、米国の牛群再構築が完了した際は、豪州産牛肉との競争が激化するとしている。
(注2)主要穀物などの飼料コストが高止まりしていることに加え、牛肉に比べて安価であることから消費者需要が高く、価格上昇の圧力になっている。
(イ)業界関係者の反応
これについて豪州の業界関係者からは、アジア向け輸出の伸びは期待できるとしつつも、主要輸出先である日本向けは米国にとっても主要な市場であることから、同国の牛肉生産量が減少する中でも一定量の輸出は確保されるのではないかとの見方が示された。また、日本向けは他の市場向けとは異なる独自の仕様で肥育しているため、フルセット(全部位)での販売を拡大できない限り、大きな伸びはあまり期待できないとの声も聞かれた。どのような牛肉も受け入れる中国向け輸出の拡大に期待するという姿が見え隠れしていた。
オ 生体牛輸出
2022/23年度の生体牛(と畜場直行牛および肥育もと牛)輸出頭数は、豪州国内の生体牛価格が高値で推移していることや、主要輸出先のインドネシアやベトナムなどの景気後退に伴う需要減から46万頭(前年度比11.4%減)とかなり大きな減少が見込まれている(図5)。しかし、23/24年度にはこれらの輸入国の景気が上向くことで、生体牛輸出頭数は55万頭(同19.3%増)と大幅な増加が見込まれている。
(2)酪農・乳製品
ア 乳用経産牛飼養頭数および生乳生産量
2022/23年度は、酪農主産地であるVIC州やTAS州での長雨や洪水に加え、中国からの乳用牛の生体輸入需要
(注3)が堅調に推移すると予測されることから、乳用経産牛の飼養頭数は124万頭(前年度比2.0%減)、生乳生産量は804万キロリットル(同6.0%減)と過去30年間で最低水準になると見込まれている(図6、7)。また、多湿な気象条件が牧草の品質低下や乳房炎などの健康リスクを高めたことで、同年度の1頭当たりの生乳生産量は6500リットル(同4.1%減)と見込まれている。23/24年度については、乾燥した気候により、前シーズンまでの牧草地の貯水過多が緩和され、牧草の質と量が改善することで、1頭当たりの乳量増加が見込まれる。しかし、飼養頭数の減少がこれを相殺するため、生乳生産量は前年度と同水準にとどまると予想されている。また、中期的には酪農家の離農が進み、飼養頭数は減少するものの、見通しの後半には気象条件が改善されて1頭当たりの乳量が増加するため、生乳生産は低水準ながらも安定すると見込まれている。
(注3)中国からの乳用牛の生体輸入需要については、同国の生体輸入牛頭数の4割(乳用牛に加え、繁殖用およびと畜用肉用牛を含む)を出荷するニュージーランド(NZ)が、アニマルウェルフェアの観点から2023年4月までに生体牛の海上輸送を禁止すると発表している。これにより、現在、NZが担っている輸出頭数の相当部分が豪州にシフトすると見込まれている。詳細は、『畜産の情報』2022年11月号「豪州およびニュージーランドにおける生体牛輸出の現状」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002464.html)を参照されたい。
イ 乳製品輸出
2022/23年度の乳製品輸出量は、生乳生産量の減少により主要4品目すべてで減少が見込まれている(図8)。また、23/24年度については、生乳生産量が22/23年度並みで推移するため、輸出量も大きな変動は見られず、前年度並みで推移すると見込まれている。一方で、見通し期間中、チーズがわずかに増加するのは、乳業がより高付加価値製品であるチーズの生産・輸出に注力するため設備投資を進めていることを反映したものであり、粉乳やバターの製造は減少傾向にあるとしている。また、今後の5年間で日本やインドネシアからの乳製品需要は増加するものの、中国からの需要は伸び悩むとしている。この理由についてABARESは、同国で生乳生産量が増加していることに加え、同国政府が自給自足を優先しているためとしている。
ウ 乳製品国際価格
乳製品の国際価格は、需給状況を反映し大きな変動を繰り返している。中期的な世界の生乳生産量は、米国での好調な生乳生産にけん引されて増加が見込まれている。しかし、メタンガスの排出削減など厳しい環境対策が圧力となり、世界の乳用牛飼養頭数が着実に減少すると予測される中で、生乳生産量が大幅に増加する可能性は低いとみられる。このため、引き続き需要の増加が見込まれる中で、乳製品の国際価格は上昇基調で推移すると見込まれている(図9)。
エ 生産者乳価
2022/23年度の生産者乳価は、世界的な乳製品価格の高騰と国内生乳生産量の歴史的な低迷にけん引されて、1リットル当たり72.6豪セント(67円、前年度比27.6%高)と過去最高が見込まれている(図10)。23/24年度の生産者乳価は、豪ドル高で推移する為替相場による輸出額の減少を受けて、同62.5豪セント(57円、同13.9%安)、24/25年度は同61.9豪セント(57円、同0.9%安)と2年連続の下落が見込まれている。しかし、その後は国内生乳生産の伸びが少ないことから徐々に上昇すると予測されている。