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海外情報 豪州 畜産の情報 2023年5月号

豪州の農畜産物需給見通し 〜2023年豪州農業需給観測会議から〜

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調査情報部 工藤 理帆、横田 徹

【要約】

 豪州農業資源経済科学局は、「世界的な不確実性・地域的な課題」と題し、2023年豪州農業需給観測会議を首都のキャンベラにて開催した。この会議では、農畜産物の中期的な需給見通しのほか、豪州農業が直面するさまざまな課題が報告された。その中でも最優先課題の一つとして、持続可能な農業を目標とした環境対策の必要性が訴えられた。

1 はじめに

 豪州農業資源経済科学局(ABARES)は、2023年3月7、8日の2日間にわたり豪州の農畜産業をめぐる情勢および28年までの展望を見通す「2023年豪州農業需給観測会議」(以下「アウトルック」という)を同国の首都、キャンベラで開催した(写真1)。コロナ禍により3年ぶりの対面開催となった今回は、同国内の農業関係者や政府関係者を中心に600名を超える参加者が集まり、13のセッションを通して68名から講演が行われた。


 
 今回のアウトルックでは、例年と同じく主要農畜産物の需給見通しのほか、豪州連邦政府が掲げる30年までに温室効果ガス(GHG)排出量を05年比で43%削減し、50年までに実質排出量をゼロにするという目標(注1)を念頭に置いた講演が見受けられた。しかし、内容はいずれも具体的な取り組みが示されるものではなく、業界としての必要性を訴えるものにとどまった。また、取材した連邦政府職員からは、大幅に目標が引き上げられた中で政府としてどのような取り組みができるのか、アウトルックを通じて業界動向を把握したいとの声も聞かれた。法律に掲げられた削減目標の達成に向けて、官民ともに半ば手探りの状況も見受けられた。
 本稿では、アウトルックの中から畜産物の需給見通しなどに加え、GHG排出量削減に向けた取り組みを報告する。
 なお、本稿中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2023年3月末TTS相場の1豪ドル=91.69円を使用した。

(注1)2022年5月に行われた連邦議会総選挙で8年8カ月ぶりに政権に返り咲いた労働党のアルバニージー首相は、党の重要な選挙公約として気候変動対策を掲げていたことから、従前のGHG排出削減目標である「30年までに05年比で26〜28%削減」としていたものを同40%へと大幅に引き上げた。また、これを国内法で規定するための法律案を議会に提出し、上下両院の審議を経て22年9月、2022年気候変動法が制定された。

2 基調講演から

 アウトルック開催に当たり、豪州連邦政府のマレー・ワット農林水産大臣から、豪州農業が直面する四つの課題((@)バイオセキュリティ(A)労働者不足(B)気候変動と持続可能性(C)農業資材などの価格高騰)とその対応を交えた基調講演が行われた(写真2)。

 
 この中で同大臣は、豪州の農業生産は900億豪ドル(8兆2521億円)規模と過去最高に達し、条件が整っている今こそ課題に向けて政府、生産者、より広い業界の間で協力関係を構築する時期であるとした。一方で、ここ数年の中国との貿易摩擦については会場からの質問に答える形で、両国の関係が安定し始めたからこそこのような問題が生じたとしつつ、相互の対話を通じて解決に努めることが必要とした。また他方では、ここ数年で業界が学習したこととして、特定の市場に依存するのではなく、貿易や市場の多様化の必要性を掲げた。大きな市場(中国)への輸出再開を目指すと同時に、EUやインドとのFTA(自由貿易協定)交渉に触れつつ複合的なアプローチが必要であるとした。四つの課題に関する概要は以下の通りである。

(@) バイオセキュリティ
・昨年、隣国インドネシアで発生した口蹄疫に対し、業界などとの協力で迅速に対処してきたが、バイオセキュリティは政府のみの取り組みではなく、業界や関係する多くの人々が一体となって行うことが必要であり、すべての豪州国民もそれぞれに求められる役割を果たすことが重要である。
・連邦政府は、毎年の予算でバイオセキュリティのために一定の資金を確保しているが、年々、増大するリスクに対処するためには業界と協力し、安定した資金をより確保できるよう検討を進めている。

(A) 労働者不足
・過去の人材育成のための慢性的な投資不足と労働力計画の失敗により、農業やあらゆる産業で労働者のスキル不足が生じている。特に農場や食肉処理施設の労働者と話すたびに、労働者不足が波のように押し寄せ、農業のあらゆる部門に影響を及ぼしていることを実感する。
・政府は、業界関係者、農業や食肉処理施設の労働組合代表者との間で第三者委員会を設立し、それぞれの協力で人材の発掘や融通などに取り組んでいる。また、国内の1万3000を超える職業訓練施設に対して農業人材育成資金を最優先で提供している。

(B) 気候変動と持続可能性
・豪州の農家は、地球上で最も過酷で変化の激しい環境で働いており、干ばつや洪水は決して目新しいものではないが、その重大度と頻度が新たな脅威となっている。地球温暖化はすべての農家に影響を及ぼしており、ABARESの調査では過去20年間で豪州の平均農家収益は23%減少した。
・バイオセキュリティと労働者不足とともに、気候変動と持続可能性は政府の最優先課題であるが、特にここ数年続いた降雨が永遠に続くものではないことは誰もが知っており、干ばつが起きていない今こそ、干ばつに備えた準備を始める時期である。
・また、輸出市場の拡大や成長を促すためには、持続可能性に関する取り組みは避けられないものとなる。過去には、EUが求める持続可能性に抵抗してきたことも事実であるが、結果として豪州の生産者が必要とする市場とそこから得られる収益を否定することにつながる。また、豪州の消費者も、自らが購入する食品が環境にどのような影響を及ぼすのか、ますます関心を寄せている。

(C) 農業資材などの価格高騰
・国内製造業の衰退により海外から高価な肥料などを購入する事態となっているが、これらはすべて事前に予期できたものである。現政権の選挙公約であり、現在国会で審議中の150億豪ドル(1兆3754億円)の国家復興基金には、地元製造業への投資と農業を支援するための5億豪ドル(458億円)が割り当てられている。
・豪州は、他国への輸出も可能な肥料原料を十分に有しているのにもかかわらず、なぜ、その製造ができないのか。それを促すのが国家復興基金となる。
 豪州にとって農業は重要な産業であり、克服すべき課題が明確に整理され、それらに対して積極的に対処する強い意志が示されたことは印象的であった。
 次章以降では、肉牛・牛肉および酪農・乳製品についてABARESによる今後の見通しを、また、アウトルックでも取り上げられたGHG排出削減に関連する現地調査を紹介する。

3 豪州畜産の現状と2023年以降の見通し

 今回公表されたABARESの中期見通しでは、世界的なインフレ圧力の持続と金利の上昇による世界経済の成長鈍化を前提とした上で、2023/24年度および26/27年度にエルニーニョ現象による乾燥気候がもたらされるシナリオに基づき予測している。なお、本項中、特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月とする。

(1)肉牛・牛肉

ア 肉用牛飼養頭数

 豪州の肉用牛飼養頭数は、干ばつなど気象条件が悪化すると淘汰とうたが進むことで減少し、その後、気象条件の回復に伴い増加に転じる傾向があるなど、気象条件によって大きく左右される。主要畜産地帯である豪州東部では、2018年1月〜19年6月にかけて20年に一度とも言われる深刻な干ばつに見舞われ、牛群の淘汰が進められた。この結果、19/20年度(20年6月末時点)の飼養頭数は過去30年間で最低となる2114万頭(前年度比5.5%減)にまで落ち込んだ(図1)。
  しかし、20年以降は3年連続でラニーニャ現象が発生し、国土の大部分で平年を上回る降雨に恵まれ、牧草の生育状況が良好に転じたことで牛群再構築が進展した。この牛群再構築はすでに完了したとされており、23年6月末時点の飼養頭数は2367万頭(同6.4%増)と過去10年で最大の伸び率が見込まれている。
 23/24年度は、通常よりも乾燥気候をもたらすエルニーニョ現象の発生が予測されることで、牧草の生育状態は前シーズンの「良好」から「平年並み」の状態に戻るため、飼養頭数は前年同水準での推移が見込まれている。

 

イ と畜頭数および牛肉生産量

 2021/22年度は、牛群再構築による雌牛の保留に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に起因する食肉処理施設の労働力不足に伴い、と畜頭数は過去最低となる615万頭(前年度比7.1%減)、牛肉生産量は188万トン(同2.8%減)といずれも記録的な低水準で推移した(図2)。22/23年度のと畜頭数は628万頭(同2.2%増)、牛肉生産量は192万トン(同2.2%増)といずれも前年度からわずかな増加が見込まれている。ABARESによると、食肉処理施設の慢性的な労働力不足は継続しているものの、COVID-19に起因する労働力不足は緩和傾向にあり、23/24年度以降の見通しでは食肉処理能力に及ぼす影響はないとしている。また、23/24年度は乾燥した気象条件により1頭当たりの枝肉重量は減少するものの、と畜頭数(678万頭、同7.9%増)の増加がこれを相殺し、牛肉生産量は201万トン(同4.6%増)とやや増加が見込まれている。また、24/25年度以降は、輸出競合国である米国で干ばつ後の牛群再構築が進展することで、同国産の牛肉供給量の減少が見込まれている。このため、豪州の牛肉生産は、米国産牛肉が席巻してきたアジア市場に加え、米国自体からの引き合いが強まることから堅調に推移すると見込まれている。

 

ウ 肉用牛生体価格

 2022/23年度の家畜市場の肉用牛平均取引価格は、牛群再構築が完了に向かうことから、牧草肥育業者からの需要が低下することで1キログラム当たり726豪セント(666円、前年度比10.0%安)と4年ぶりの下落が見込まれている(図3)。また、取引価格の下落が一因となり、同年度の肉用牛関連の総生産額は144億豪ドル(1兆3203億円、同10.0%減)とかなりの程度の減少が見込まれている。
  23/24年度からの乾燥した気象条件により、24/25年度まで取引価格の下落傾向は継続するものの、25/26年度は気象条件が改善することで737豪セント(676円、同6.9%高)まで上昇、その後も堅調に推移し、27/28年度には786豪セント(721円、同0.4%高)まで上昇すると見込まれている。

エ 牛肉輸出

(ア)ABARESによる見通し
 2022/23年度の牛肉輸出量は、(1)牛群再構築下で牛肉生産量が低水準にあること(2)鶏肉・豚肉価格の上昇(注2)に伴い牛肉が相対的に安価となり国内消費が増加していることから93万6000トン(前年度比0.5%減)とわずかな減少が見込まれている(図4)。23/24年度以降の輸出量は、生産動向(と畜頭数の増加および牛肉生産量の増加)に従い、見通し期間を通じて増加が見込まれている。また、米国の干ばつに関しては、同国での牛群再構築の開始が世界市場に大きな影響を与え、豪州の牛肉輸出業者にとっては大きなビジネスチャンスになるとしている。ABARESは、米国の牛群再構築は23年後半に始まり、その勢いは24年〜25年前半に加速、26/27年度までに終了し、その後は価格への影響は緩和されるとしている。しかし、牛群再構築が長引けば長期にわたって価格上昇が続く可能性が高いとした上で、牛群回復の正確なタイミングは不明であり、天候に左右されるとしている。また、米国の牛群再構築が完了した際は、豪州産牛肉との競争が激化するとしている。

(注2)主要穀物などの飼料コストが高止まりしていることに加え、牛肉に比べて安価であることから消費者需要が高く、価格上昇の圧力になっている。

 
(イ)業界関係者の反応
 これについて豪州の業界関係者からは、アジア向け輸出の伸びは期待できるとしつつも、主要輸出先である日本向けは米国にとっても主要な市場であることから、同国の牛肉生産量が減少する中でも一定量の輸出は確保されるのではないかとの見方が示された。また、日本向けは他の市場向けとは異なる独自の仕様で肥育しているため、フルセット(全部位)での販売を拡大できない限り、大きな伸びはあまり期待できないとの声も聞かれた。どのような牛肉も受け入れる中国向け輸出の拡大に期待するという姿が見え隠れしていた。

オ 生体牛輸出

 2022/23年度の生体牛(と畜場直行牛および肥育もと牛)輸出頭数は、豪州国内の生体牛価格が高値で推移していることや、主要輸出先のインドネシアやベトナムなどの景気後退に伴う需要減から46万頭(前年度比11.4%減)とかなり大きな減少が見込まれている(図5)。しかし、23/24年度にはこれらの輸入国の景気が上向くことで、生体牛輸出頭数は55万頭(同19.3%増)と大幅な増加が見込まれている。

 

(2)酪農・乳製品

ア 乳用経産牛飼養頭数および生乳生産量

 2022/23年度は、酪農主産地であるVIC州やTAS州での長雨や洪水に加え、中国からの乳用牛の生体輸入需要(注3)が堅調に推移すると予測されることから、乳用経産牛の飼養頭数は124万頭(前年度比2.0%減)、生乳生産量は804万キロリットル(同6.0%減)と過去30年間で最低水準になると見込まれている(図6、7)。また、多湿な気象条件が牧草の品質低下や乳房炎などの健康リスクを高めたことで、同年度の1頭当たりの生乳生産量は6500リットル(同4.1%減)と見込まれている。23/24年度については、乾燥した気候により、前シーズンまでの牧草地の貯水過多が緩和され、牧草の質と量が改善することで、1頭当たりの乳量増加が見込まれる。しかし、飼養頭数の減少がこれを相殺するため、生乳生産量は前年度と同水準にとどまると予想されている。また、中期的には酪農家の離農が進み、飼養頭数は減少するものの、見通しの後半には気象条件が改善されて1頭当たりの乳量が増加するため、生乳生産は低水準ながらも安定すると見込まれている。
 


 
(注3)中国からの乳用牛の生体輸入需要については、同国の生体輸入牛頭数の4割(乳用牛に加え、繁殖用およびと畜用肉用牛を含む)を出荷するニュージーランド(NZ)が、アニマルウェルフェアの観点から2023年4月までに生体牛の海上輸送を禁止すると発表している。これにより、現在、NZが担っている輸出頭数の相当部分が豪州にシフトすると見込まれている。詳細は、『畜産の情報』2022年11月号「豪州およびニュージーランドにおける生体牛輸出の現状」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002464.html)を参照されたい。


イ 乳製品輸出

 2022/23年度の乳製品輸出量は、生乳生産量の減少により主要4品目すべてで減少が見込まれている(図8)。また、23/24年度については、生乳生産量が22/23年度並みで推移するため、輸出量も大きな変動は見られず、前年度並みで推移すると見込まれている。一方で、見通し期間中、チーズがわずかに増加するのは、乳業がより高付加価値製品であるチーズの生産・輸出に注力するため設備投資を進めていることを反映したものであり、粉乳やバターの製造は減少傾向にあるとしている。また、今後の5年間で日本やインドネシアからの乳製品需要は増加するものの、中国からの需要は伸び悩むとしている。この理由についてABARESは、同国で生乳生産量が増加していることに加え、同国政府が自給自足を優先しているためとしている。

 

ウ 乳製品国際価格

 乳製品の国際価格は、需給状況を反映し大きな変動を繰り返している。中期的な世界の生乳生産量は、米国での好調な生乳生産にけん引されて増加が見込まれている。しかし、メタンガスの排出削減など厳しい環境対策が圧力となり、世界の乳用牛飼養頭数が着実に減少すると予測される中で、生乳生産量が大幅に増加する可能性は低いとみられる。このため、引き続き需要の増加が見込まれる中で、乳製品の国際価格は上昇基調で推移すると見込まれている(図9)。

 

エ 生産者乳価

 2022/23年度の生産者乳価は、世界的な乳製品価格の高騰と国内生乳生産量の歴史的な低迷にけん引されて、1リットル当たり72.6豪セント(67円、前年度比27.6%高)と過去最高が見込まれている(図10)。23/24年度の生産者乳価は、豪ドル高で推移する為替相場による輸出額の減少を受けて、同62.5豪セント(57円、同13.9%安)、24/25年度は同61.9豪セント(57円、同0.9%安)と2年連続の下落が見込まれている。しかし、その後は国内生乳生産の伸びが少ないことから徐々に上昇すると予測されている。

4 GHG排出削減に向けた取り組み

(1)海藻由来成分が8割以上のメタン発生を抑制

 豪州では、国内のGHG排出量の10%が牛などの反すう動物から排出されるメタンガスとされており、政府や研究機関、業界を挙げて家畜の飼養管理、環境対策など削減に向けたさまざまな取り組みが行われている(注4)
 この一つとして、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)、連邦政府の研究機関である豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)、豪ジェームズクック大学の共同研究により、海藻の一種であるアスパラゴプシスに含まれる成分(注5)を牛や羊に給餌することで、これら家畜の体内で発生するメタンを80%以上抑制する効果があることが判明した。この成果を商業的に利用するため、CSIROは豪州小売大手や穀物大手などから出資を受け、2020年8月に特許管理や第三者使用を許諾するフューチャーフィード(FutureFeed)社を設立した。同社は現在、豪州国内5社を含めた世界9社とライセンシー(使用許諾契約)を結んでいる。
 今回のアウトルックで取材した同社役員からは、現在、日本の企業ともライセンシーの締結に向けた話を進めており、将来的には日本や東南アジア諸国での生産が計画されているという。また、各国でより安価なサプリメントなどの競合製品が開発されていることに対しては、豪州で生み出されたこの技術を上回るようなメタン排出量の大幅な削減は困難とし、この技術が各国に広がることで、地球規模でのGHG排出削減に大きく寄与できるとしている。
 以下では、同社とライセンシーを結んだ豪州国内の1社であるSea Forest社の取り組みについて紹介する。

(注4)『畜産の情報』2021年9月号「豪州の牛肉需給展望〜持続可能な牛肉生産を踏まえて〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001766.html)および2023年3月号「豪州およびニュージーランドの畜産業界における持続可能性〜気候変動対策を中心に〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002629.html)を参照されたい。
(注5)CSIROによると、アスパラゴプシスには、牛などの反すう動物の消化器官に存在するメタン生成細菌の働きを抑制する化学物質(ブロモホルム)が含まれており、牛などの飼料に少量を加えることで、消化機能などへの影響を最小限にとどめながらもメタンの発生を抑制できるとされている。

(2)メタン削減に向けた取り組み

 2019年2月に設立したSea Forest社は、TAS州トライヴァナ(州都のホバートから東に約80キロメートルの海沿いの町)に所在し、世界で初めて商業規模でのアスパラゴプシスの栽培に成功した(写真3)。

 
 同社では、タスマニア原産のアスパラゴプシス種を用いて、隣接する湾内での海上養殖(1800ヘクタール規模)と近隣地での陸上養殖を行っている。海上養殖の場合は季節的な変動があるものの、おおむね8〜10週間で、また、陸上養殖の場合は1週間で収穫が可能となる。同社は現在、大学などの研究機関と協力し自社の研究施設でさまざまな育成環境を想定してアスパラゴプシスの優性株を選抜するなど、今後の事業展開に向けた株の開発に取り組んでいる(写真4)。

 

ア 商業化に向けた研究成果

同社では、これまでの研究成果について以下の通り整理している。

<従前の課題>
・当初は、収穫したアスパラゴプシスをフリーズドライ加工し、粉砕したものを牛に給餌していたがメタン削減に有効な成分であるブロモホルムは揮発性が高く、その多くが大気中に抜けてしまうことが判明した。
・また、ブロモホルムは本来、アスパラゴプシスがウニなどの海洋生物に捕食されないための防御機能として生成される苦味のある化学物質であるため、フリーズドライ加工ではその苦味成分が消えず、給餌しても食べない個体(牛)がいた。

<研究成果>
・アスパラゴプシスを豪州特産のカノーラオイルに入れることで、オイルに抽出される活性化合物の状態が安定することが判明した(写真5A)。
・また、苦味成分はオイル内にとどまらないため、すべての牛に給餌することが可能になった(写真5B)。
・このオイルを牛1頭当たり1日40ミリリットル程度給餌した場合、平均で68%のメタン削減効果を確認(試験給餌では最大98%のメタン削減効果)。
・成分抽出後のアスパラゴプシスには苦味成分が残らないことから、乾燥圧縮してウニやアワビ養殖用の餌としての供給を検討している(写真5C)。

 

イ 今後の課題

 商業化には成功したものの、同社ではまだまだ多くの課題を解決しなければならないとしている。その大きなものが価格であり、現在は牛1頭1日当たりのコストは1豪ドル(92円)となっている。今後、豪州国内の生産拠点の拡大により価格の引き下げは可能としているが、そのためにはタスマニア以外の気候条件に合わせたアスパラゴプシス株の開発が最優先としている。

コラム 持続可能なハンバーガー

 豪州全土で161店舗(2023年3月末時点)を展開するハンバーガーチェーンでは、2年前から自社農場でアスパラゴプシス抽出物(ペレットタイプ)の牛への給餌試験を行っている。同社ウェブサイトによると、耳標を利用した給餌データを通じ、牛が食事中に排出したゲップに含まれるメタン排出量をリアルタイムに測定することが可能としている。収集したデータは毎日、国内の大学に送付され結果分析が進められている。これまでの試験でアスパラゴプシス抽出物を給餌するとメタン排出量が最大68%削減されることは立証済みであり、22年11月からは新しい牛群を対象に給餌試験を開始し、今後は90%のメタン削減を目指すという。
 同社は、23年1月31日からアスパラゴプシス抽出物を給餌した牛の肉をパテに使用した「ゲームチェンジバーガー」と銘打ったハンバーガーの販売を開始している(コラム−写真1)。
 「一度に一つのバーガーで世界を変えていく」をスローガンに、23年3月末時点では62店舗で提供され、順次、提供店舗数の拡大を進めるとしている(コラム−写真2)。価格は通常のバーガーよりも1豪ドル高い13豪ドル(1192円)で設定されており、アスパラゴプシスの抽出物を給餌するための費用(1日1頭当たり1豪ドル)と同程度となっている。業界関係者への聞き取りによると、このハンバーガーは当初予定していた販売目標を大きく上回るなど、消費者の関心も高いとしている。



5 おわりに

 今回のアウトルックでは、豪州の肉牛・牛肉部門について、過去の度重なる干ばつで減少した肉牛飼養頭数は、ここ数年の降雨による飼養環境の改善から牛群再構築が進むことで、2023年以降は肉牛出荷頭数や牛肉生産量の増加が見込まれている。特に輸出については、輸出競合国となる米国での牛肉生産量の減少が見込まれることで、豪州にとって明るい見通しが示された。
 一方で、厳しい気象環境などから離農が進み、生乳生産量の減少が続く酪農・乳業部門については、安定した国内需要やアジア向け輸出が好調と見込まれるものの、国際需給の緩和を受けて生産者乳価の下落が続くなど、従来のアウトルックにはない厳しい見通しが示された。
 豪州国内では、労働者不足やその後のインフレ圧力から人件費が上昇しており、現地調査時(23年3月)の聞き取りでは、労働者の平均時給は手取りで平均25〜26豪ドル(2292〜2384円、休日出勤の場合は倍額)と高く、多くの労働力が必要とされる畜産経営にとって厳しい状況が続いている。また、金利の上昇も経営を圧迫する一因になっており、食肉処理業界ではコロナ禍での処理能力の低下から赤字経営が続いた施設の売却のうわさも出始めている。
 このような中でも生産現場では、GHG排出の削減に向けた取り組みが求められているが、アウトルックで取材した連邦政府職員からは、個々の農家が直接、これに取り組むのは難しいのは理解しており、政府と業界が一体となって対処する問題であるとの声も聞かれた。フィードロットや乳業会社の一部では、近い将来の輸出市場から求められる環境基準に対応した製品の供給を念頭に置き、アスパラゴプシス抽出物の利用を積極的に進め、肉牛や乳牛から排出されるメタンの削減を目指している。
 食料生産国・輸出国である豪州では、近年の食料供給の不確実性を背景に、農業生産・輸出の好調さなど前向きな報道が目についた。しかし、畜産部門に目を向けると諸課題が多いのも事実である。この難局にどのように取り組んでいくのか、日本にとっても注目されるものとなる。