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海外情報 畜産の情報 2023年6月号

フランスとオランダにおける酪農の最近の動向について

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調査情報部 渡辺 淳一

【要約】

 2022年の欧州各国の酪農は、飼料価格など生産費の高騰の影響を受け、EUの生乳取引価格は過去最高を記録し、高騰する生産費の一部を補うものとなった。
 このような中、フランスの生乳取引価格の上昇率はEU加盟国の中でもとりわけ小さく、また、オランダの酪農は欧州委員会や同国政府の環境規制の影響を受けてきた。
 両国では、消費者が価格以外の価値を認める環境や、効率性を追求しながらの規制への対応の中、酪農生産が継続されている。

1 はじめに

 2022年の欧州各国の酪農は、日本を含めた世界各国の酪農と同様に、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の影響やロシアによるウクライナ侵攻などによる穀物などの飼料価格や燃料費の高騰の影響を大きく受けた。
 このような中でEUの生乳取引価格は、堅調な乳製品需要を背景に過去最高を記録し、高騰する生産費の一部を補うものとなった。ただし、生乳取引価格の上昇率はEU27カ国で異なっている。同年の生乳生産量が2402万トンとEU加盟国第2位の生乳生産量を誇るフランスは、生乳取引価格の上昇率がEU加盟国の中でもとりわけ小さい(図1、2)。21年10月以降の同国の生乳取引価格の上昇率は、主要な生乳生産国が前年同月比10〜60%で推移する中、同5〜25%未満であり、上昇率の振幅はEU平均より小さい。
 



 
 一方、日本の10分の1以下の国土面積で年間1376万トンとEU加盟国第3位の生乳生産量を誇るオランダは、生乳取引価格の上昇率がEU平均を上回ったが、後述する厳しい環境規制が酪農経営に重くのしかかっている(表1)。
 本稿では、フランスとオランダというEUを代表する酪農国(注1)について、フランスは生乳取引価格の上昇率を中心に、オランダは環境規制などを中心に、それぞれの酪農をめぐる状況を紹介することで、EU酪農の理解とわが国酪農にとって参考となる情報を提供できたらと考える。
 なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2023年4月末TTS相場の1ユーロ=149.54円を使用した。

(注1)EU最大の生乳生産国であるドイツの酪農・乳業については、『畜産の情報』2022年9月号「酪農大国ドイツにおける持続可能性への取り組み」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002381.html)を参照されたい。

2 フランスおよびオランダの酪農業の概況

(1)農業産出額

 直近公表資料のある2021年のフランスとオランダの農業産出額のうち、酪農はそれぞれ13%、19%を占め、畜産業の中で最大となった(表2)。オランダの農用地面積はフランスの6%程度であるものの、酪農産出額はフランスの50%強に及ぶ。一方、日本については農業産出額に占める家きんと鶏卵の割合11%が最大であり、酪農はこれらに次ぐ10%であった。

 

(2)飼養頭数および生乳生産量

 フランスでは、2015年3月末の生乳クオータ制度(注2)廃止を見据えて、乳業と生産者の間で生乳需給の緩和を危惧した抑制的な取引が行われたことで、14年以降の乳用経産牛頭数の減少傾向が現在も継続し、22年は前年比2.7%減の323万頭となった。
 一方、オランダでは、狭小な国土に多くの家畜が飼養されていることから、かねてから家畜由来の窒素やリン酸塩の過剰(注3)が問題とされ、乳用経産牛飼養頭数は16年をピークに減少傾向にあったが、22年は同1.0%増の157万頭となった(図3、4)。
 窒素やリン酸塩といったミネラルは、植物の生育に不可欠な栄養素である一方、過剰な場合、河川や地下水に浸出することにより水草や藻の大増殖の原因となり、飲料水へも悪影響を及ぼす。また、家畜排せつ物からのアンモニア放出は、土壌などの酸性化や富栄養化をもたらす。

(注2)生乳生産量の上限を加盟国ごとに割り当て、上限を超えた場合、一定額の課徴金を課すとともに、加盟国内の農家間での売買などを認めた生産割当制度。
(注3)『畜産の情報』2020年2月号「オランダ養豚における家畜排せつ物処理の取り組み〜持続可能な養豚のために〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000968.html)および2000年11月号「オランダの畜産環境対策」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/2000/nov/rep-eu.htm)を参照されたい。



 
 EUの生乳生産量については、農業活動に基づいて発生する硝酸塩などによる水質汚染の抑制を目的とした欧州委員会の硝酸塩指令をはじめとする環境政策(注4)から、加盟国の多くで乳用経産牛をはじめとする家畜飼養頭数が減少傾向にあり、22年の生乳生産量は前年比で減少し、フランスでは前年比0.7%減の2402万トンであった。
 一方、オランダは、同国政府による環境政策が厳しさを増す中で、生乳生産量は減少傾向にあったものの、22年に1376万トンと前年を1.2%上回った(表3)。これは、22年上期が熱波や飼料および燃料など資材費の高騰で前年同期比1.2%減(692万トン)となったが、下期は穏やかな天候が続き豊富で良質な牧草に恵まれ、また、過去最高を更新する生乳取引価格にけん引される形で同3.7%増(684万トン)となったことが全体を押し上げた(図5)。

(注4)『畜産の情報』2023年3月号「欧州グリーン・ディール下で進められる農業・畜産業に影響する各種政策」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002628.html)、2020年3月号「持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農畜産業の展望〜2019年EU農業アウトルック会議から〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001030.html)および1998年9月号「農業に関連したEUの環境関連政策 −その歴史と各国の措置−」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/1998/jun/rep-eu.htm)を参照されたい。



 
 22年の1頭当たりの年間生乳生産量を見ると、フランスは前年比2.1%増の7436キログラムとわずかに増加し、オランダは同0.1%増の8766キログラムと前年並みであった(図6)。同年のフランスの生乳生産量は、乳用経産牛頭数の減少が1頭当たりの生産量の増加により補われたことで前年比0.7%減にとどまった。

 

(3)生乳取引価格

 世界的な穀物や燃料の価格の高騰は生乳生産費に強く影響し、EU加盟国の乳製品価格および生乳取引価格を押し上げたが、22年7月のフランスの生乳取引価格はEU平均以下の100キログラム当たり44.12ユーロ(6598円)であった(図7)。一方、同月のオランダは、EU平均以上の同60ユーロ(8972円)であった。また、これらの価格は、COVID−19拡大以前の19年7月に比べ、フランスは約1.2倍、オランダは約1.7倍であった。

3 フランスの生乳生産を取り巻く状況

(1)フランスの酪農形態

 全国酪農経済センター(CNIEL:Centre National Interprofessionnel de l'Économie Laitière)の調査結果によると、2019年のフランスの酪農家戸数は4万戸、1戸当たりの飼養頭数は87頭となった。また、飼料用農地の面積は1戸当たり76ヘクタールであり、1頭当たりで算出すると0.9ヘクタールとなった。
 生乳生産は、比較的大手乳業が強いとされるブルターニュやノルマンディー地方および東部のブルゴーニュ・フランシュコンテやオーベルニュ・ローヌアルプ地方で盛んである(図8)。また、同地域は、乳用牛に与える飼料に占める放牧による牧草の割合が20%以上と高く、自給飼料の多い地域で生乳生産量も多くなる傾向にある(図9)。CNIELによると、1年間に乳用牛に与える飼料の内訳の7割弱は、トウモロコシサイレージ(34%)、牧草(17%)および牧草サイレージ(14%)で占められる。
 なお、22年のフランスのトウモロコシ生産量は、EU加盟国第1位の1070万トン、輸入量は同13位の65万トン、輸出量は同2位の515万トンであり、高い自給率を誇る。




 

(2)生乳の価格形成

 フランスの生乳取引価格は、CNIELが公表する生乳取引価格指標(乳価指標)を参考に、生産者組合と農協・乳業との交渉で決定し、契約を締結する。ブルターニュおよびノルマンディー地方の450の酪農家で構成する生産者組合によると、毎月公表される乳価指標を参考に、乳業との価格交渉は3カ月ごとに年4回行われる。
 この乳価指標は、(1)粉乳および原料バター(2)チーズや市販バターなどの乳製品(3)ドイツにおけるチーズ製造−のそれぞれに用いる加工原料乳の過去3カ月の平均価格を基に設定される。ドイツのチーズ製造に用いる加工原料乳の平均価格が参考にされるのは、フランスの乳製品の最大の輸出先がドイツであることによる(表4)。
 また、生乳取引価格には、脂肪分やたんぱく質含有量に応じた割り増し代金が支払われ、その金額は時期や販売先によって異なる。

 

(3)生乳の価格変動などについて

 前述の通り、フランスの生乳取引価格の上昇率は、EU加盟国の中でもとりわけ小さく、2021年10月以降の同国の生乳取引価格の上昇率は、主要な生乳生産国が前年同月比で最大60%で推移する中、同25%未満であった。また、フランスの上昇率はEU平均よりも振幅が小さい。これについて、前述の生産者組合の会長から、一農家の談話として以下のコメントを得られた。

・欧州委員会による環境規制の強化などで農場の管理業務が煩雑化する一方、飼料費など生産費の高騰により利益を出しづらい状況が続いていることから、麦やトウモロコシ生産などに転換する酪農家が増えている。
・生乳の需給緩和により、生乳取引価格が暴落すると廃業する酪農家がさらに増えるため、乳業にとっても深刻な問題となる。
・このため、乳業と生産者が協力し、短期的な価格の変動幅が少なくなるよう調整を図っており、16年の欧州酪農危機(注5)の際も、フランスの生乳取引価格の下落幅は他国に比べて小さかった(図10)。

 フランスを代表する乳業関係者からも、「生乳取引価格の急激な変動を抑えて生産者と業界を守るのはフランス酪農業界の伝統のようなものである」との話も聞かれた。
 両者の話からは、生乳需給の緩和やひっ迫にかかわらず、持続可能な酪農経営を酪農業界として目指していることがうかがわれる。

(注5)『畜産の情報』2016年8月号「EU酪農の現状と展望」(https://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2016/aug/wrepo01.htm)を参照されたい。

 
 このような取引の状況を可能としているのは、前述の豊富な自給飼料によるところが大きい。また、他のEU加盟国と比較して、チーズに代表される乳製品の品目数が多く、また原産地呼称保護(PDO)などの付加価値も手伝い、旺盛な国内需要に支えられているという特徴も挙げられる。
 ただし、CNIELによると、生産者の多くは自給飼料を利用しているが、購入飼料への依存度が高い生産者は、今般の穀物など飼料価格高騰の影響を受けたことで、厳しい経営を強いられているという。

コラム  農業生産者の利益確保を目指したエガリム法

 フランスの食品小売業界は、大手小売チェーン6社で小売市場全体の90%以上のシェア(市場占有率)を占めており、価格設定に関してこれら6社が大きな力を持つ。この状況を是正するためフランス政府は、本来であれば農業生産者が手にする利益を確保するための手段として「フランス新農業・食品法(エガリム法)」を制定し、2018年11月に公布した。これにより、生産費を考慮した価格での契約が取り交わされることが期待された。
 これに次いで、21年10月には「農業者の報酬を保護するための法律(エガリムU法)」が採択された。フランス農業・食料省によると、同法はエガリム法を補完するものであり、エガリム法で期待されていた生産費を考慮した価格契約について、契約書の締結が義務化された。
 CNIELによると、エガリム法の適用範囲は小売り用のみとされている。フランスで生産される生乳のうち小売り用には4割ほどが仕向けられるとのことから、生産される生乳の6割は同法の対象外となり、生乳取引価格への生産費の反映は限定的としている。また、生産費を考慮した生乳取引価格となった場合、短期的には生産者の利益増加が見込まれるものの、フランスの乳製品価格の上昇につながることで、国内外における外国産品との価格競争力が低下するといった難しさもある。こうした課題をどのように解決していくのか、今後の動向が注目される。

4 オランダの生乳生産を取り巻く状況

(1)オランダの酪農形態

 オランダ中央統計局(CBS)によると、2021年のオランダの酪農家戸数は1万4000戸、1戸当たりの飼養頭数は110頭となった。また、草地と飼料用トウモロコシの面積の合計は1戸当たり71ヘクタールであり、1頭当たりで算出すると0.6ヘクタールとなった。
 同国の総家畜飼養密度はEU最大であり、20年は1ヘクタール当たり3.4LSU(注6)である(図11)。なお、フランスの総家畜飼養密度はEU平均と同じ0.7LSUであり、オランダの約5分の1である。
 乳製品の多くが輸出されており、22年の同国のEU域内外への輸出量は、チーズがEU加盟国第2位の105万トン、バター・バターオイルが同1位の33万トン、全粉乳が同1位の14万トンおよび脱脂粉乳が同5位の16万トンであった(表5)。国土面積が日本の10分の1以下と国内市場は小さいため、輸出を軸としたビジネスモデルであることがうかがえる。

(注6)LSU(家畜単位)とは、家畜の飼養密度を表す指標として用いられる係数で、搾乳牛:1.0LSU、2歳以上の経産牛:0.8LSU、2歳以上の雄牛:1.0LSU、2歳以上の未経産牛:0.8LSU、1歳以上2歳未満の牛:0.7LSU、1歳未満の牛:0.4LSU、体重50キログラム以上の繁殖雌豚:0.5LSU、山羊・羊:0.1LSUなどとなっている。




 

 (2)硝酸塩指令の緩和措置

 欧州委員会が1991年に定めた硝酸塩指令(91/676/EEC)では、EU加盟各国の家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限は、1ヘクタール当たり年間170キログラムまでとされている。これに対しオランダ政府は05年4月、草地が70%以上を占める農場では1ヘクタール当たり年間250キログラムの窒素が消費されることを理由に、家畜排せつ物由来窒素施用量の上限を同250キログラムに引き上げる緩和措置を欧州委員会に要求した。同委員会は同年12月、窒素およびリン酸の排出量を02年基準とする条件で、同国の要求を認めることを決定した(2005/880/EC)(表6)。

 
 この緩和措置は06年に開始され、14年には、特定地域の砂質土壌などに対する家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限を同230キログラムに引き下げ、農場に占める草地の割合を80%以上に拡大するなど、条件を厳しくしながらも現在まで更新・継続されている。
 EUの生乳クオータ制度が15年3月に廃止されると、16年の同国の生乳生産量は11年比23.0%増の1432万トンに、搾乳牛飼養頭数は同19%増の179万頭に増加した。このため、欧州委員会から警告を受け、新たな窒素およびリン酸の排出量の削減対策を導入する必要が生じた。

(3)リン酸塩排出削減計画や直近の環境規制など

 オランダ政府は2017年、リン酸塩排出削減計画(注7)を導入し、これに基づき酪農家は飼養規模の縮小が求められた。飼養規模の縮小により窒素およびリン酸の排出量が削減され、欧州委員会の硝酸塩指令における排出上限が順守されたことから、緩和措置は継続された。しかし、それ以降も同国政府は、循環型農業や土地利用型酪農を目指すとして環境規制を推進してきた。

(注7)海外情報「オランダ、乳用牛のリン酸塩排出権システムの運用を開始」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002104.html)を参照されたい。

 21年7月には窒素削減と自然環境改善に関する法律(窒素法)が施行され、ナチュラ2000指定地(注8)の窒素量が硝酸塩指令の上限を下回る割合を、25年に40%以上、30年に50%以上、35年に74%以上とすることが義務付けられた(図12)。なお、18年時点の同割合は24%である。
 また、窒素の削減や自然環境の改善の計画は、交通・工業・インフラ・建築および農業を含むさまざまな部門での策定が必要となるが、農業・自然・食品品質省の大臣のみが制定するとされた。
 これに対し、農業部門への風当たりが強過ぎるとして、生産者の抗議活動が活発化した。

(注8)ナチュラ2000指定地:野鳥保護指令(79/409/EEC)と生息地指令(92/43/EEC)に基づいた指定地で、EUの陸地の18%と海洋の8%が該当し、野鳥保護指令により500の鳥類、生息地指令により1000の動植物および200の生息地の保護が義務付けられている。同地域の保護はEUにより監督され、オランダには160以上の同指定地があり、多くが酪農場と並存している。

 
 22年1月、オランダでは第4次ルッテ内閣が発足し、新たに自然・窒素政策大臣が設置された。同大臣は政権発足当初に、政府は30年までに窒素の排出量を50%削減し、家畜頭羽数を3分の1に減らすことを目標としていると表明した。さらに22年6月、畜産農家に対して、窒素排出量を40%削減するためには家畜を30%程度削減する必要があると言明した。
 この政策は農業団体によって激しく批判され、多くの酪農家による激しい抗議行動が引き起こされた。自らの家畜を大幅に減らすか、100年以上の伝統を持つ酪農を廃業するかの選択を迫られた生産者の抗議行動が何度も行われた(注9)

(注9)『畜産の情報』2020年1月号「オランダ酪農乳業の現状と持続可能性(サステナビリティ)への取組み〜EU最大の乳製品輸出国の動向〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000906.html)を参照されたい。
 

(4)2022年以降の硝酸塩指令の緩和措置

 欧州委員会による2022年以降の緩和措置の継続は表6に示した通りであるが、同委員会はオランダに対し、窒素とリン酸の排出上限を20年水準に引き下げ、25年以降はさらに引き下げるとしている((EU)2022/2069)。また、家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限も毎年1ヘクタール当たり10キログラムずつ減少させ、26年にはすべての地域や土壌で、他のEU加盟国と同じ同170キログラムを上限としている。この決定は、(1)依然として同国の家畜密度が高いこと(2)砂質土壌などの地域で地下水の硝酸塩濃度がEUの制限値を上回っていたこと(3)淡水の約50%が富栄養化していたこと−などによるものとしている。
 

(5)オランダ州議会議員選挙

 2023年3月15日に実施されたオランダ州議会議員選挙では、政府の窒素排出規制の見直しを求める農民市民運動党(BBB)が記録的な勝利を収めた。BBBは、与党・自由民主国民党(VVD)の10議席を上回る16議席を獲得し、上院の第一党となった(注10)
 オランダ農業園芸組織連合会(LTO)は3月16日、BBBの勝利は有権者が窒素排出規制の見直しと農業分野への支援を支持している証拠であるとの声明を発表した。

(注10)海外情報「窒素排出規制の見直しを求めるオランダ農民政党、選挙で躍進(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003486.html)を参照されたい。

(6)現状への酪農家の対応

 酪農を取り巻く環境が激変しているオランダの主要酪農生産地帯・フリースランド州で酪農を営んでいるチプケ・ニューランド氏と妻の亜輝氏に現状をうかがった(写真1)。

 
 同牧場はチプケ氏の父親が農地30ヘクタール、乳用経産牛70頭から開始したもので、現在は農地75ヘクタール、乳用経産牛約150頭を飼養している(写真2)。

 
 初夏から秋にかけて放牧も行っており、生乳取引価格には放牧プレミアムが加算される。乳業が放牧プレミアムを認定するには、年間120日以上、1日6時間以上の放牧が必要となる。これらの生乳は乳業が他の生乳と区分して処理し、放牧牛による乳製品として市場に供給される。牧歌的な酪農の原風景に加えて持続的な酪農に対し、消費者は対価を支払っている。
 また、昨年は協同組合系の乳業から民間の乳業に出荷先を変えた。生乳の全量買い上げ契約ではなくなったが、契約した生産者への研修や福利厚生の充実している同社に好感が持てたという。
 最近の飼料価格高騰の対策として、自給飼料を最大限活用するため、月1回の飼料アドバイザーとの打ち合わせを基にした飼料計画を立てている。サイレージは、収穫期の異なる牧草を積み上げてサイレージにすることで、収穫期により異なる栄養価を平準化している(写真3)。

 
 また、現在の生乳取引価格は高い水準にあるが、厳しくなる環境規制に対する新規投資は控えている。ただし、周囲の農家が離農する際は、土地を購入できる機会は滅多にないので可能な限り購入したいと考えている。環境規制が厳しくなる中、牛の飼養密度を高めることはできないため、土地を増やすことが大事であるという。
 同牧場では、牛の生涯乳量を最大限に効率よく引き出すことを考えている。餌となる牧草の管理、削蹄時の牛の健康状態の確認、さらには個々の雌牛に合った精液の購入、前述の飼料設計など、酪農業の大部分を自ら取り組んでいる。
 政府による厳しい環境規制の中、日々の作業をこなし、経営の維持と改善に尽力している姿は、どこの酪農家にも共通したものである。

5 おわりに

 飼料価格を始め、あらゆる生産資材が高騰する中でも、フランスの生乳取引価格の上昇率はEU加盟国の中でも低い水準となっている。持続可能な酪農を念頭に置いた生産者と乳業との契約形態や、高い飼料自給率がこれを可能としているが、他国を上回って製造される乳製品の品目数が示すように、テロワールと呼ばれるその土地特有の農産物に価値を見いだす文化にも支えられていると考えられる。また、低い生乳取引価格は輸入乳製品に対する一定の競争力も有するため、国内の消費者に支持されることにもつながっており、他国への輸出力も増す強みとなっている。
 一方、オランダの酪農は、輸出を軸とした効率的な生産のビジネスモデルであり、国際市場をターゲットとしている。2022年の生乳取引価格は記録的な高水準にあり、生産量は前年比で増加した。しかしながら同国は、家畜密度がEU加盟国の中で最も高く、欧州委員会からは環境に及ぼす影響が大きい国として家畜排せつ物由来の窒素排出量の削減が強く求められている。
 フランスのように消費者が価格以外の価値を認める環境の醸成と、オランダのように効率性を追求しつつ環境規制という枠に対応しながら行う生産は、今後のわが国の酪農にとって、少なからず参考になると思われる。