(1)オランダの酪農形態
オランダ中央統計局(CBS)によると、2021年のオランダの酪農家戸数は1万4000戸、1戸当たりの飼養頭数は110頭となった。また、草地と飼料用トウモロコシの面積の合計は1戸当たり71ヘクタールであり、1頭当たりで算出すると0.6ヘクタールとなった。
同国の総家畜飼養密度はEU最大であり、20年は1ヘクタール当たり3.4LSU
(注6)である(図11)。なお、フランスの総家畜飼養密度はEU平均と同じ0.7LSUであり、オランダの約5分の1である。
乳製品の多くが輸出されており、22年の同国のEU域内外への輸出量は、チーズがEU加盟国第2位の105万トン、バター・バターオイルが同1位の33万トン、全粉乳が同1位の14万トンおよび脱脂粉乳が同5位の16万トンであった(表5)。国土面積が日本の10分の1以下と国内市場は小さいため、輸出を軸としたビジネスモデルであることがうかがえる。
(注6)LSU(家畜単位)とは、家畜の飼養密度を表す指標として用いられる係数で、搾乳牛:1.0LSU、2歳以上の経産牛:0.8LSU、2歳以上の雄牛:1.0LSU、2歳以上の未経産牛:0.8LSU、1歳以上2歳未満の牛:0.7LSU、1歳未満の牛:0.4LSU、体重50キログラム以上の繁殖雌豚:0.5LSU、山羊・羊:0.1LSUなどとなっている。
(2)硝酸塩指令の緩和措置
欧州委員会が1991年に定めた硝酸塩指令(91/676/EEC)では、EU加盟各国の家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限は、1ヘクタール当たり年間170キログラムまでとされている。これに対しオランダ政府は05年4月、草地が70%以上を占める農場では1ヘクタール当たり年間250キログラムの窒素が消費されることを理由に、家畜排せつ物由来窒素施用量の上限を同250キログラムに引き上げる緩和措置を欧州委員会に要求した。同委員会は同年12月、窒素およびリン酸の排出量を02年基準とする条件で、同国の要求を認めることを決定した(2005/880/EC)(表6)。
この緩和措置は06年に開始され、14年には、特定地域の砂質土壌などに対する家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限を同230キログラムに引き下げ、農場に占める草地の割合を80%以上に拡大するなど、条件を厳しくしながらも現在まで更新・継続されている。
EUの生乳クオータ制度が15年3月に廃止されると、16年の同国の生乳生産量は11年比23.0%増の1432万トンに、搾乳牛飼養頭数は同19%増の179万頭に増加した。このため、欧州委員会から警告を受け、新たな窒素およびリン酸の排出量の削減対策を導入する必要が生じた。
(3)リン酸塩排出削減計画や直近の環境規制など
オランダ政府は2017年、リン酸塩排出削減計画
(注7)を導入し、これに基づき酪農家は飼養規模の縮小が求められた。飼養規模の縮小により窒素およびリン酸の排出量が削減され、欧州委員会の硝酸塩指令における排出上限が順守されたことから、緩和措置は継続された。しかし、それ以降も同国政府は、循環型農業や土地利用型酪農を目指すとして環境規制を推進してきた。
(注7)海外情報「オランダ、乳用牛のリン酸塩排出権システムの運用を開始」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002104.html)を参照されたい。
21年7月には窒素削減と自然環境改善に関する法律(窒素法)が施行され、ナチュラ2000指定地
(注8)の窒素量が硝酸塩指令の上限を下回る割合を、25年に40%以上、30年に50%以上、35年に74%以上とすることが義務付けられた(図12)。なお、18年時点の同割合は24%である。
また、窒素の削減や自然環境の改善の計画は、交通・工業・インフラ・建築および農業を含むさまざまな部門での策定が必要となるが、農業・自然・食品品質省の大臣のみが制定するとされた。
これに対し、農業部門への風当たりが強過ぎるとして、生産者の抗議活動が活発化した。
(注8)ナチュラ2000指定地:野鳥保護指令(79/409/EEC)と生息地指令(92/43/EEC)に基づいた指定地で、EUの陸地の18%と海洋の8%が該当し、野鳥保護指令により500の鳥類、生息地指令により1000の動植物および200の生息地の保護が義務付けられている。同地域の保護はEUにより監督され、オランダには160以上の同指定地があり、多くが酪農場と並存している。
22年1月、オランダでは第4次ルッテ内閣が発足し、新たに自然・窒素政策大臣が設置された。同大臣は政権発足当初に、政府は30年までに窒素の排出量を50%削減し、家畜頭羽数を3分の1に減らすことを目標としていると表明した。さらに22年6月、畜産農家に対して、窒素排出量を40%削減するためには家畜を30%程度削減する必要があると言明した。
この政策は農業団体によって激しく批判され、多くの酪農家による激しい抗議行動が引き起こされた。自らの家畜を大幅に減らすか、100年以上の伝統を持つ酪農を廃業するかの選択を迫られた生産者の抗議行動が何度も行われた
(注9)。
(注9)『畜産の情報』2020年1月号「オランダ酪農乳業の現状と持続可能性(サステナビリティ)への取組み〜EU最大の乳製品輸出国の動向〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000906.html)を参照されたい。
(4)2022年以降の硝酸塩指令の緩和措置
欧州委員会による2022年以降の緩和措置の継続は表6に示した通りであるが、同委員会はオランダに対し、窒素とリン酸の排出上限を20年水準に引き下げ、25年以降はさらに引き下げるとしている((EU)2022/2069)。また、家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限も毎年1ヘクタール当たり10キログラムずつ減少させ、26年にはすべての地域や土壌で、他のEU加盟国と同じ同170キログラムを上限としている。この決定は、(1)依然として同国の家畜密度が高いこと(2)砂質土壌などの地域で地下水の硝酸塩濃度がEUの制限値を上回っていたこと(3)淡水の約50%が富栄養化していたこと−などによるものとしている。
(5)オランダ州議会議員選挙
2023年3月15日に実施されたオランダ州議会議員選挙では、政府の窒素排出規制の見直しを求める農民市民運動党(BBB)が記録的な勝利を収めた。BBBは、与党・自由民主国民党(VVD)の10議席を上回る16議席を獲得し、上院の第一党となった
(注10)。
オランダ農業園芸組織連合会(LTO)は3月16日、BBBの勝利は有権者が窒素排出規制の見直しと農業分野への支援を支持している証拠であるとの声明を発表した。
(注10)海外情報「窒素排出規制の見直しを求めるオランダ農民政党、選挙で躍進(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003486.html)を参照されたい。
(6)現状への酪農家の対応
酪農を取り巻く環境が激変しているオランダの主要酪農生産地帯・フリースランド州で酪農を営んでいるチプケ・ニューランド氏と妻の亜輝氏に現状をうかがった(写真1)。
同牧場はチプケ氏の父親が農地30ヘクタール、乳用経産牛70頭から開始したもので、現在は農地75ヘクタール、乳用経産牛約150頭を飼養している(写真2)。
初夏から秋にかけて放牧も行っており、生乳取引価格には放牧プレミアムが加算される。乳業が放牧プレミアムを認定するには、年間120日以上、1日6時間以上の放牧が必要となる。これらの生乳は乳業が他の生乳と区分して処理し、放牧牛による乳製品として市場に供給される。牧歌的な酪農の原風景に加えて持続的な酪農に対し、消費者は対価を支払っている。
また、昨年は協同組合系の乳業から民間の乳業に出荷先を変えた。生乳の全量買い上げ契約ではなくなったが、契約した生産者への研修や福利厚生の充実している同社に好感が持てたという。
最近の飼料価格高騰の対策として、自給飼料を最大限活用するため、月1回の飼料アドバイザーとの打ち合わせを基にした飼料計画を立てている。サイレージは、収穫期の異なる牧草を積み上げてサイレージにすることで、収穫期により異なる栄養価を平準化している(写真3)。
また、現在の生乳取引価格は高い水準にあるが、厳しくなる環境規制に対する新規投資は控えている。ただし、周囲の農家が離農する際は、土地を購入できる機会は滅多にないので可能な限り購入したいと考えている。環境規制が厳しくなる中、牛の飼養密度を高めることはできないため、土地を増やすことが大事であるという。
同牧場では、牛の生涯乳量を最大限に効率よく引き出すことを考えている。餌となる牧草の管理、削蹄時の牛の健康状態の確認、さらには個々の雌牛に合った精液の購入、前述の飼料設計など、酪農業の大部分を自ら取り組んでいる。
政府による厳しい環境規制の中、日々の作業をこなし、経営の維持と改善に尽力している姿は、どこの酪農家にも共通したものである。