本項では、現地専門家へのヒアリングと消費者へのアンケート調査から得られた情報を中心に、中国の牛乳・乳製品消費の変遷について紹介する。
(1)アンケート調査の概要
ア 調査手法
インターネットによるアンケート調査。
イ 調査期間
・アンケート調査は、2022年10月10日〜25日の間で実施し、特段の断りがない限り、アンケート結果は「現在の状況」について聞き取ったものである。
・アンケート項目内の「現在の状況」は、同年9〜10月の状況とした。
・いずれの期間も、調査対象都市では新型コロナウイルス感染症(COVID−19)に伴う大規模なロックダウン(都市封鎖)や飲食店・小売店の閉鎖措置が行われたとの報告はない。
ウ 調査対象
地理的、文化的バランスなどを考慮し選定した中国国内の5都市(北京市、瀋陽市、上海市、広州市および重慶市<図9、表1>)に居住する以下の条件をすべて満たす者を対象とした。
・20〜60代(性別、未婚・既婚、子どもの有無は問わない)
・世帯月収が1万元(19万6500円)以上
・「牛乳、ヨーグルト、チーズおよびバターのいずれか」または「牛肉、豚肉および鶏肉のいずれか」を週1回以上摂食している(家庭内・外食不問)
調査対象人数は、世代別・男女別で均等割り付けをした各都市500人(20代、30代、40代、50代、60代各100人<各世代の内訳:男性50人、女性50人>。100人×5世代=500人)、計2500人(500人×5都市)とした。
エ 回答者の属性
図10〜13の通り。
(2)購入チャネルや摂食機会などの変化
ア 1980年代まで
計画経済体制導入下の中国では、1956年に牛乳の配給が開始され、配給を受けるためには配給券が必要であった(写真1)。
しかし、当時牛乳の供給量は非常に限られていたことから、この配給券は高齢者や病人、乳児など病院の証明書を持った特定の人のみを対象に配布される貴重な品であった。また、この配給券は無料であったが、実際の牛乳購入時には配給券に加えて代金が必要となった(表2)。
米などの配給券である糧票(リャンピャオ)の正式廃止は1993年であったが、牛乳の配給券廃止は比較的早く、84年の北京市などを皮切りに90年代初頭にはほぼすべての都市で自由に牛乳購入が可能となった。この要因について現地専門家からは、当時は牛乳需要が非常に小さく、政府はこの調整を行う必要性が低かったからではないかとの意見が聞かれた。
当時の牛乳購入チャネルは国営の牛乳供給スタンドの他、酪農家による路上での販売や、乳業によるガラス瓶入り牛乳の家庭宅配などが一般的であった(写真2)。
また、80年代は輸送や殺菌技術の問題などから常温流通が多く、品質保持期間は販売日から1日とされた。さらに、冷たい飲み物は体を冷やし健康に良くないとの考えや衛生上の懸念から、購入した牛乳は加熱して飲まれることが多かった。
同時期の乳製品の購入チャネルを見ると、ヨーグルトは牛乳と同様、乳業による宅配形態が多く見られ、常温流通・販売が主流であったことから、「購入後すぐ食べるもの」とされていた。その後、88年に広東省でストローを使った「飲む」ヨーグルトが発売されると爆発的に人気が広がった(写真3)。今では、中国でヨーグルトといえば「飲む」タイプが主流となっている(後述)。一方チーズは、一部の輸入食材店などで販売される程度にとどまり、バターも家庭での使用はほとんどなく、香港などから広がった焼き菓子(エッグタルトなど。高価なバターに代わりラードが使われたこともあった)や洋菓子に用いられる程度で、これらは一般的に高価な
嗜好品とされた。
イ 1990年代
1990年代に入ると、生乳生産量の増加などから一般消費者も徐々に牛乳を購入することが可能となり、朝食や就寝前などに牛乳を飲む習慣を持つ層が出現した。またこの時期、都市部を中心にスーパーマーケットが展開され、牛乳やヨーグルトの新たな購入チャネルの一つとなった。併せて、超高温瞬間殺菌(UHT)技術が広がり、常温で1〜6カ月保存可能な常温保存可能牛乳(LL牛乳)が一般化し、贈答品としても人気を博した(写真4)。
また、欧米系ファストフードチェーンの展開に合わせ、ピザやハンバーガーなどを通し徐々にチーズ消費が浸透してきたが、家庭で消費される機会はほとんどなかったとされる。バターの消費状況は80年代とほぼ変わらず、認知度も低いままであった。
ウ 2000年代
2000年代に入ると、中央政府による「学生飲用乳計画」が始まり、牛乳はより日常的な飲み物となり、食事以外でも健康的な飲み物として摂取されるようになった。また08年ごろ以降、コールドチェーンの発達などから大手乳業が低温殺菌乳(注8)の生産に力を入れ始めると、LL牛乳よりも体に良いイメージ(注9)や風味が良いなどの理由から都市部の若者を中心に人気が高まった。
ヨーグルトについては06年、健康意識の高い層をターゲットに、中国大手乳業がこぞって健康面での訴求力が高いプロバイオティクスを前面に打ち出した商品を市場に投入したことで、機能性ヨーグルトブームが起きた。次に09年、常温で最大6カ月保存可能なヨーグルト(以下「常温保存ヨーグルト」という)が発売されると、コールドチェーンが未発達な地域へのヨーグルトの普及が進んだ(写真5)。常温保存ヨーグルトについては、中国北部など現在でも冷たい食べ物を好まない地域での消費層拡大の可能性が期待されている。
チーズについては、主な消費の場は引き続きファストフード店などであったが、朝食時に家庭で食べる層が出現した。一方、バターは、引き続きベーカリーなどでの限定的な消費にとどまっていた。
またこのころ、中国国内の電子商取引(EC:eコマース)が急成長し、若者を中心にECサイトが食品の新たな購入チャネルとなっていった。同時期、殺菌技術の発達などにより、これまでよりも賞味期限が長い(6〜12カ月)LL牛乳も登場した。
(注8)中国の低温殺菌乳は60〜90度殺菌であるので、日本の低温殺菌乳(63〜65度殺菌)とは定義が異なる。本稿中では中国の定義に基づいて使用する。
(注9)現地専門家からは、「賞味期限の設定期間が長い商品は添加物が多く体に良くない。対して、設定期間が短い商品は添加物が少なく新鮮で体に良い」と認識している消費者が多いとの意見が聞かれた。
エ 2010年代
2010年以降になると、既存のスーパーマーケットや市場などに加え、海外の会員制スーパーマーケットの進出や社区生鮮業(小規模な生鮮食品専門店)、生鮮新小売(注10)などの展開により、牛乳・乳製品の購入チャネルの選択肢が増加した。加えて、コールドチェーンの発達に伴い、若者を中心にECサイトを通じて購入する層が急速に増加した。
またこの時期、若年層を中心にコーヒー文化が急速に広まった(中国ではコーヒーに牛乳や粉乳などを入れて飲まれることが多い。コラム参照)。コーヒーで消費される乳製品の量は、今では、ミルクティーやチーズティー(写真6)(注11)などとともに、乳製品消費の一翼を担うまでに成長しているとされる。
このころの牛乳・乳製品の特徴的な動きとして、子どもをターゲットとしたチーズスティックの登場が挙げられる(写真7)。都市部を中心に子どもの健康や栄養への意識が高まる中で、チーズスティックは、「栄養価の高いおやつ」として市場を拡大し、低年齢からチーズに親しむ層を作り出した。また、それまでベーカリーなどで消費されていたバターは、ホームベーカリーを購入する家庭が増え始めたことをきっかけに、家庭内消費が増加してきた。中国のレシピ紹介サイト「下厨房」が18年に行ったアンケート調査によると、家庭でのバター消費量は、中国北部に比べ海外との交流が盛んとされる南部が多い傾向にあったという。前述の通り香港を中心とした焼き菓子などの広がりから、南部はバターを使った食品になじみがあり、お菓子や料理などへのバター使用のハードルが低かったことがうかがえる。
(注10)中国のEC業界大手アリババグループが提唱した「ニューリテール(新小売)」の概念に基づく店舗。オフラインとオンラインを融合させた新しい消費体験を提供するビジネスモデルで、生鮮新小売の代表的なスーパーとされる「盒馬鮮生(フーマーフレッシュ)」では、通常のスーパーマーケットのような店頭販売に加え、オンラインショッピング、イートイン(食材の調理加工・提供)、配送なども行う。
(注11)ミルクティーは、濃い紅茶にエバミルク(無糖れん乳)を加えた香港式や、タピオカ入りの甘いミルクティーなどさまざまな種類がある。また、チーズティーは、紅茶やウーロン茶などの上に、甘くて濃厚なチーズクリームを乗せた飲み物で台湾発祥とされる。
オ 2020年以降
2019年末以降のCOVID−19の流行に伴い、乳製品が持つ免疫増強効果などへの期待から乳製品の需要が高まり、家庭を中心に各人が好きなタイミングや場所で牛乳・乳製品を摂食するようになった(注12)。また現地専門家からは、中国政府が20年2月に公布した「新型コロナウイルス感染症の予防・対策のための影響指導」などで牛乳の摂取を奨励したことが、牛乳の需要をより後押ししたとの意見も聞かれた。それを裏付けるように、15年以降、最大でも前年比2.6%増で推移していた牛乳販売量が、20年には同4.1%増、21年には同6.0%増と増加率が大きくなっている(図14)。また、21年の低温殺菌乳は、データを得られた04年以降最大の増加率(同17.9%増)となったが、これには、コールドチェーンの発達に加え、COVID−19により人々の健康意識が高まる中で、(注9)の通り、低温殺菌乳が中国でより健康に良いイメージが持たれていることが影響したと考えられる。
また、健康意識が高まる中で、子ども向け商品が多いチーズスティック市場に、低カロリーの訴求や若者に好まれる風味付けなど「大人向けおやつ」と位置付けるさまざまな商品が投入され、人気を集めている(写真8)。
購入チャネルについては、COVID−19の拡大に伴い人々に行動制限が課せられると、若者を中心に従来のECサイトに加え、オフラインの店舗が展開するネット注文、ソーシャルコマース(注13)やライブコマース(注14)などさまざまなオンライン上の購入チャネルの人気が高まった。行動制限が解除された後でも、これらは購入チャネルの選択肢の一つとして定着している。
(注13)ソーシャルメディアを活用したEC手法の一つ。ソーシャルメディアを活用し、企業・インフルエンサー・一般の消費者による投稿などで商品やサービスの魅力を発信し、情報を見たユーザーがそのソーシャルメディア上でそのままその商品などを購入することができる仕組み。
(注14)動画のライブ配信を活用したEC手法の一つ。リアルタイムで配信する動画で商品などを紹介し、視聴者からコメント機能などで寄せられる質問に配信者が即座に回答するという双方向性が特徴。
アンケート調査でも、消費者がオンラインショッピングを含めた複数の購入チャネルを併用していることが分かった(図15)。食肉について行った同様の調査では、食肉の購入チャネルとして「市場」を選択した回答者が最も多かった(豚:9割、牛・鶏:8割)(注15)が、牛乳・乳製品の購入チャネルとしては、最も低いか2番目に低い結果となった(牛乳・ヨーグルト:2割、チーズ・バター:1割)。反対に、食肉についての調査では最も割合が低かった「コンビニエンスストア」(豚・牛:2割、鶏:1割)が、牛乳・乳製品の購入チャネルとしては、いずれの品目でも「スーパーマーケット、総合スーパー」に次ぐ2番手(牛乳:6割、ヨーグルト:7割、チーズ:5割、バター:2割)につけた。この結果から、そもそも市場での牛乳・乳製品の取り扱いが少ない(注16)こともあるが、食肉に比べ、調理が不要で手軽に食べられる商品が多い牛乳・乳製品を、身近な購入チャネルで入手して気軽に食べている様子がうかがえる。
(注15)回答者全体に占める、その購入チャネルを選択した回答者の割合。
(注16)2023年2月に香港で行った現地調査では、市場での牛乳・乳製品の取り扱いは確認できなかった。
牛乳・乳製品を摂食するタイミングについてのアンケート調査では、「おやつ時」や「喉が渇いた時」など、食事にかかわらず、さまざまなタイミングで牛乳・乳製品を摂食していることが分かった(図16)。このうちヨーグルトについては、回答者の4割が「喉が渇いた時」に摂食すると回答しているが、これには、中国でヨーグルトといえば、「飲む」タイプが主流であることが影響しているとみられる。例えば、22年のヨーグルトの小売販売額を見ると、「飲む」ヨーグルトが「食べる」ヨーグルトの4倍以上の販売実績を記録していることからも、「飲む」ヨーグルトがヨーグルトの主流であることが分かる(図17)。
(3)消費量の変化
これまで述べたように、1990年代初頭までは牛乳・乳製品の供給量が十分ではなかった。中国国家統計局によると、90年の1人当たり年間家庭内消費量(注17)は、都市部で4.6キログラム、農村部で1.1キログラムにすぎない(図18)。その後、供給量の増加に伴い、1人当たり消費量も増加傾向で推移したが、2008年のメラミン混入事件により、育児用調製粉乳を中心とした国産乳製品に対する消費者の信頼が失墜したことを一因として、特に都市部の家庭内消費が減退した(13年は同消費量が急増したように見えるが、これは統計の対象範囲が「牛乳」から「牛乳・乳製品」に広がったことが要因と考えられる)。その後、14年をピークに都市部の家庭内消費量は減少傾向にあったが、COVID−19流行による健康志向の高まりや巣ごもり需要などから20年以降は顕著に増加し、21年には18.2キログラム(1990年比3.9倍)となった。
農村部に目を向けると、この間の農村部の消費量は着実に増加し続け、21年には9.3キログラム(同8.5倍)となったが、それでもなお都市部と農村部の間の1人当たり消費量の差は大きい。
(注17)販売重量ベース。統計の変更により、都市部の数値は、2012年以前は牛乳のみの数値、13年以降は牛乳・乳製品の数値となっている。
また、牛乳・乳製品の1週間当たりの摂食頻度についてアンケート調査を行ったところ、いずれの品目でも摂食頻度が増加していることが分かった(図19)。
現在(22年9〜10月)の年代別の摂食頻度を見ると、牛乳およびヨーグルトは、全年齢の多くの者が摂食しており、特に、50代以下では過半数が習慣的(週2〜3回以上)に摂食する層が多く、また、年齢が若いほどその傾向が強いことが分かった(図20−1〜2)。チーズおよびバターも、比較的若い層での摂食頻度が高いことは共通していたが、20、30代でもほとんど摂食しない層も多く(チーズ:20、30代ともに4割、バター:同3割)、消費量が増加する余地を大いに感じさせる結果となった(図20−3〜4)。
また、2000年ごろと比較して最も摂食頻度が増えたと感じる牛乳・乳製品としては、6割を超える回答者が「牛乳」を挙げた(図21)。その理由の上位2項目は、「健康に良いから」(66.3%)、「栄養がつくから」(48.2%)であり、中国人の健康意識の高さがうかがわれる結果となった(図22)。健康に関するこれら2項目は、最も摂食機会が増えたと感じる牛乳・乳製品を「ヨーグルト」、「チーズ」または「バター」と回答した者でも、その品目の摂食頻度が増加した理由の上位に挙げられている。しかし同時に、「チーズ」および「バター」については、「おいしいから」との回答が最も多く、健康や栄養面からの摂食ではなく、嗜好品として楽しんでいる状況がうかがえる。