酪農・乳業界と肉用牛業界のGHG削減に向けた取り組みについては違いがあるように思われる。酪農・乳業界については、生産から消費に至るまでの関係者を束ねる組織化がしっかりしているとともに、国際的な連携も確固たるものがある。また、本業界においてはトップ企業が集まると、一定程度のシェアを確保できることも強みである。
一方、肉用牛業界においては、酪農・乳業界ほどの組織化がなされておらず、中小規模の企業が多いため、トップ企業が集まっても業界を動かすほどのシェアを確保できるという状況ではない。
(1)酪農・乳業界の取り組み
(ア)一般社団法人Jミルク
酪農・乳業界では一般社団法人Jミルク(以下「Jミルク」という)が大きな役割を担っている。Jミルクは酪農乳業や牛乳乳製品の価値を高め、さらには共通課題の解決に貢献するために設立された、生乳生産者、乳業者および牛乳販売業者の団体である。
Jミルクは酪農・乳業界の国際的な機関とも連携している。代表的な国際団体として、国際酪農連盟(IDF)がある。IDFは酪農乳業関係者が共通の問題解決を目指し、良質な生乳の生産と乳製品の開発・普及に努めるための国際団体である。加盟国1カ国ごとに1国内委員会があり、わが国ではJミルク内に設置されている。IDFは国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)や国連食糧農業機関(FAO)とも連携して、酪農乳業セクターにおけるGHG削減に取り組んでいる。
また、Global Dairy Platform(GDP)は、大手乳業企業が創立した組織で、現在世界の約100の団体や乳業メーカーで構成されている。乳製品の栄養価値、乳脂肪の課題、持続可能性などの共通課題について一致団結して対応するために作られた。日本国内の大手乳業3社(株式会社明治、森永乳業株式会社、雪印メグミルク株式会社)、一般社団法人日本乳業協会およびJミルクが会員となっている。
そして、Dairy Sustainability Framework(DSF)は酪農乳業セクターにおける持続可能性の継続的な改善を目指すための組織であり、世界各地の酪農乳業組織、企業などがメンバーになっている。わが国ではJミルクがアグリゲーティングメンバー
(注1)となっている。
このように、Jミルクは国際的な枠組みと強く連携している。2015年の国連持続可能な開発のための2030アジェンダ採択を受けて、16年にIDFは酪農セクターのSDGsである、ロッテルダム宣言を行い、社会・経済・環境・栄養面に配慮した持続可能な統合的な取り組みなどを採択している。そして、19年、Jミルクでは提言「力強く成長し信頼される持続可能な産業を目指して〜わが国酪農乳業の展望ある未来に向けた戦略ビジョン〜」を決定し具体的な取り組みを進めている。持続性に関わるテーマごとに三つの作業部会を設置し、目標の設定や具体的実効策などの検討している。GHGの削減に向けては、環境対策作業部会の中で検討を開始している。その上で、25年には酪農乳業におけるガイドラインの策定を目指しているという。
(注1)その国や地域を取りまとめ、持続可能な取り組みを評価する項目を定めて、その内容を定期的に報告することが求められる会員。
(イ)乳業メーカー
乳業メーカーもGHG削減に向けた取り組みを深化させている。企業においては、気候変動問題に対してどのように向き合っていくのかという企業経営者の戦略を開示することが求められている。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)
(注2)が17年に公表したTCFD提言にそのことが示されている。TCFDに関する取り組みは大きく2段階に分かれており、まず、TCFDに賛同し、その後、開示を行うことになっている。2023年3月27日段階で、世界全体では4344の企業・機関が賛同し、日本では1252の企業・機関が賛同しており(経済産業省 2023)、わが国の関心の高さを示している。乳業メーカーを中心に、畜産関連企業も10社以上賛同しており、その多くが22年以降にTCFDの開示を行っている。
19年からTCFDへの取り組みを開始している明治ホールディングス株式会社に話を聞いた。同社は、18年に「明治グループサステナビリティ2026ビジョン」を策定し、19年には「サステナビリティ推進部」を新設し、22年に「2050年カーボンニュートラル社会に向けて」と題して、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル実現に向けたロードマップを作成している(明治ホールディングス 2022a)。その中で、事業者自らによるGHGの直接排出であるScope1と、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出であるScope2については、30年度のGHG排出量を19年度比で50%削減、50年には実質ゼロを実現するとしている。事業者の活動に関連する他者の排出であるScope3についても、30年度に30%削減、50年には実質ゼロを実現するとしている。明治グループの21年度のCO2総排出量は376万トンであり、このうち、Scope3のうち、主に原料の調達に該当するカテゴリ1が228万トンとなっている。このカーボンニュートラルを実現するために、原料の供給元(サプライヤー)にCO2削減を積極的に働きかけ、協働して取り組むとしている。
22年6月にTCFD開示を行った取り組み内容では、今後必要となる予算額も明示している(表、明治ホールディングス 2022b)。この中で、独自にカーボンプライシング
(注3)による影響額を算出し、30年は、省エネ活動、創エネ活動、再エネ由来電力の購入などで14億円の削減を図り、37億円のコスト増加を想定している。50年は、新たな技術や次世代エネルギーの積極的導入などの対応策の強化により19億円を削減するものの、現在の技術では50年にCO2排出量ゼロが見込めないため、排出量実質ゼロに向けて40億円の排出権購入が必要として、合計80億円のコスト増加を想定している。
(注2)Task Force on Climate-related Financial Disclosures。国際金融に関する監督業務を行う金融安定理事会により、気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するために設立された組織。TCFDは2017年に最終報告書を公表し、その中で、企業などに対し、気候変動関連リスク、および機会に関する、ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標について開示することを推奨した。
(注3)炭素に価格をつけることにより、GHG排出量に応じた金銭的負担を企業などに求める制度。
(2)肉用牛業界の取り組み
肉用牛業界においては、生産から消費に至るまでの関係者を束ねる組織が、国際的にも国内的にも存在せず、酪農・乳業界に比べると、組織的な対応が遅れていると言わざるを得ない。ただし、危機感を持っている一部の団体においては、公的資金を使用して、取り組みを開始している。
(ア)全国肉牛事業協同組合
全国肉牛事業協同組合は、比較的経営規模が大きい肉用牛経営で発足した組織であるが、現在は小規模の繁殖経営を含む1000人を超える組合員を有する団体である。国産牛肉を合理的な価格で安定的に供給するため、肉用牛預託、飼料や機材の販売、機械・設備のリースなどの事業を展開している。
また、同組合の主要な事業である、肉用牛預託については、金融機関から多額の融資を受けている。後述するように、金融機関はサステナブルファイナンスに大きくかじを切っており、そのための対策の一環にもなっていると思われる。
同組合は、2022年度からJRA畜産振興事業を活用して、「肉用牛生産におけるGHG削減可視化システム構築事業」を開始した。牛由来のGHGが気候変動対策上無視できないものであり、その発生状況を科学的に可視化し肉用牛生産者に具体的な対応方向を提示することで、地域社会を支えバランスの良い日本型食生活を支えている肉用牛生産について理解を求めていくためのものである。
牛の消化管から発生するメタンを削減するとされるカシューナッツ殻液製剤を牛に給与し、その効果を実証しようというもので、北海道河東郡
音更町の株式会社ノベルズ 音更牧場、鹿児島県志布志市のみらいファーム株式会社、それに独立行政法人家畜改良センターで、合計100頭程度の実証試験を実施している。
そのうち、みらいファーム株式会社 志布志農場での実証試験を22年10月に見学させていただいた。同農場は常時2000頭を飼養する和牛肥育専門の農場である。ここでは、飼料効率や増体の改善を主たる目的にカシューナッツ殻液製剤であるルミナップを以前から使用してきた経緯があり、今回の試験実施についても、スムースに受け入れることができた。試験については、導入した去勢牛9頭を3頭ずつの3区に分け、ルミナップをそれぞれ0グラム、100グラム、200グラム給与する。給与開始前と、試験飼料の給与後、1、2および3カ月後にメタン排出量の測定を実施する。メタンの測定には、農場でも実施可能な新たな測定法(スニファー法)を採用し、マニュアル(農研機構 2022)に即した測定を実施する。測定の様子を写真1、2に示した。対象牛が採食する際、スタンチョンで保定し、簡易なフードを飼槽上に置いて測定する。測定機器は移動しやすいように、キャリーカート上に設置している。
(イ)一般社団法人全国肉用牛振興基金協会
前述の全国肉牛事業協同組合と同様に、2022年度から、JRA畜産振興事業を活用して、持続的肉用牛生産関連情報発信事業を開始した。肉用牛生産は、人が食用にできない資源を飼料として利用でき、農村の維持、活性化にも貢献している重要な産業であり、地球の環境にもやさしい生産が求められている。そこで、持続可能な肉用牛生産について、生産者サイドに対する情報の共有と、一般消費者向けの情報発信による理解醸成を行うためにウェブサイトを開設している。