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調査・報告 畜産の情報 2023年7月号

畜産分野における温室効果ガス削減に向けた取り組みと取り巻く状況 〜生産現場での取り組みとそれを取り巻く状況〜

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【要約】

 畜産分野における温室効果ガス発生抑制が喫緊の課題になりつつある。畜産の現場、関連企業および団体、そして、それを取り巻く金融機関やサプライチェーン企業などにおいても、新たな枠組みでの取り組みが始まりつつある。ただし、その対応については、急速に変化しつつあるものから、旧態依然としたものまで多様である。

1 はじめに

 畜産物は食卓を彩る、かけがえのないごちそうである。しかしながら、一部では畜産物に対するバッシングも存在する。その一因として、近年、畜産分野における温室効果ガス(GHG)の発生が注目を浴びている。畜産分野から発生するGHGは、飼料の生産や運搬に関わるものなどを合わせると、人類の活動によって生じるGHGの14.5%であるとの報告がある(FAO 2017)。国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において採択されたパリ協定や、国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)に示されているGHGの削減目標を達成するためには、畜産分野からのGHG排出削減が強く求められている。前号では、その削減に向けた、研究の進捗しんちょく状況について報告した。本稿では、畜産の現場でGHG削減を達成するように努力している畜産関連企業および団体、そして、それを取り巻く金融機関やサプライチェーン企業などの取り組みについて報告する。

2 酪農・乳業界と肉用牛業界の取り組み

 酪農・乳業界と肉用牛業界のGHG削減に向けた取り組みについては違いがあるように思われる。酪農・乳業界については、生産から消費に至るまでの関係者を束ねる組織化がしっかりしているとともに、国際的な連携も確固たるものがある。また、本業界においてはトップ企業が集まると、一定程度のシェアを確保できることも強みである。
 一方、肉用牛業界においては、酪農・乳業界ほどの組織化がなされておらず、中小規模の企業が多いため、トップ企業が集まっても業界を動かすほどのシェアを確保できるという状況ではない。

(1)酪農・乳業界の取り組み

(ア)一般社団法人Jミルク
 酪農・乳業界では一般社団法人Jミルク(以下「Jミルク」という)が大きな役割を担っている。Jミルクは酪農乳業や牛乳乳製品の価値を高め、さらには共通課題の解決に貢献するために設立された、生乳生産者、乳業者および牛乳販売業者の団体である。
 Jミルクは酪農・乳業界の国際的な機関とも連携している。代表的な国際団体として、国際酪農連盟(IDF)がある。IDFは酪農乳業関係者が共通の問題解決を目指し、良質な生乳の生産と乳製品の開発・普及に努めるための国際団体である。加盟国1カ国ごとに1国内委員会があり、わが国ではJミルク内に設置されている。IDFは国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)や国連食糧農業機関(FAO)とも連携して、酪農乳業セクターにおけるGHG削減に取り組んでいる。
 また、Global Dairy Platform(GDP)は、大手乳業企業が創立した組織で、現在世界の約100の団体や乳業メーカーで構成されている。乳製品の栄養価値、乳脂肪の課題、持続可能性などの共通課題について一致団結して対応するために作られた。日本国内の大手乳業3社(株式会社明治、森永乳業株式会社、雪印メグミルク株式会社)、一般社団法人日本乳業協会およびJミルクが会員となっている。
 そして、Dairy Sustainability Framework(DSF)は酪農乳業セクターにおける持続可能性の継続的な改善を目指すための組織であり、世界各地の酪農乳業組織、企業などがメンバーになっている。わが国ではJミルクがアグリゲーティングメンバー(注1)となっている。
 このように、Jミルクは国際的な枠組みと強く連携している。2015年の国連持続可能な開発のための2030アジェンダ採択を受けて、16年にIDFは酪農セクターのSDGsである、ロッテルダム宣言を行い、社会・経済・環境・栄養面に配慮した持続可能な統合的な取り組みなどを採択している。そして、19年、Jミルクでは提言「力強く成長し信頼される持続可能な産業を目指して〜わが国酪農乳業の展望ある未来に向けた戦略ビジョン〜」を決定し具体的な取り組みを進めている。持続性に関わるテーマごとに三つの作業部会を設置し、目標の設定や具体的実効策などの検討している。GHGの削減に向けては、環境対策作業部会の中で検討を開始している。その上で、25年には酪農乳業におけるガイドラインの策定を目指しているという。

(注1)その国や地域を取りまとめ、持続可能な取り組みを評価する項目を定めて、その内容を定期的に報告することが求められる会員。

(イ)乳業メーカー
 乳業メーカーもGHG削減に向けた取り組みを深化させている。企業においては、気候変動問題に対してどのように向き合っていくのかという企業経営者の戦略を開示することが求められている。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)(注2)が17年に公表したTCFD提言にそのことが示されている。TCFDに関する取り組みは大きく2段階に分かれており、まず、TCFDに賛同し、その後、開示を行うことになっている。2023年3月27日段階で、世界全体では4344の企業・機関が賛同し、日本では1252の企業・機関が賛同しており(経済産業省 2023)、わが国の関心の高さを示している。乳業メーカーを中心に、畜産関連企業も10社以上賛同しており、その多くが22年以降にTCFDの開示を行っている。
 19年からTCFDへの取り組みを開始している明治ホールディングス株式会社に話を聞いた。同社は、18年に「明治グループサステナビリティ2026ビジョン」を策定し、19年には「サステナビリティ推進部」を新設し、22年に「2050年カーボンニュートラル社会に向けて」と題して、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル実現に向けたロードマップを作成している(明治ホールディングス 2022a)。その中で、事業者自らによるGHGの直接排出であるScope1と、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出であるScope2については、30年度のGHG排出量を19年度比で50%削減、50年には実質ゼロを実現するとしている。事業者の活動に関連する他者の排出であるScope3についても、30年度に30%削減、50年には実質ゼロを実現するとしている。明治グループの21年度のCO2総排出量は376万トンであり、このうち、Scope3のうち、主に原料の調達に該当するカテゴリ1が228万トンとなっている。このカーボンニュートラルを実現するために、原料の供給元(サプライヤー)にCO2削減を積極的に働きかけ、協働して取り組むとしている。
 22年6月にTCFD開示を行った取り組み内容では、今後必要となる予算額も明示している(表、明治ホールディングス 2022b)。この中で、独自にカーボンプライシング(注3)による影響額を算出し、30年は、省エネ活動、創エネ活動、再エネ由来電力の購入などで14億円の削減を図り、37億円のコスト増加を想定している。50年は、新たな技術や次世代エネルギーの積極的導入などの対応策の強化により19億円を削減するものの、現在の技術では50年にCO2排出量ゼロが見込めないため、排出量実質ゼロに向けて40億円の排出権購入が必要として、合計80億円のコスト増加を想定している。

(注2)Task Force on Climate-related Financial Disclosures。国際金融に関する監督業務を行う金融安定理事会により、気候関連の情報開示および金融機関の対応をどのように行うかを検討するために設立された組織。TCFDは2017年に最終報告書を公表し、その中で、企業などに対し、気候変動関連リスク、および機会に関する、ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標について開示することを推奨した。
(注3)炭素に価格をつけることにより、GHG排出量に応じた金銭的負担を企業などに求める制度。

 

(2)肉用牛業界の取り組み

 肉用牛業界においては、生産から消費に至るまでの関係者を束ねる組織が、国際的にも国内的にも存在せず、酪農・乳業界に比べると、組織的な対応が遅れていると言わざるを得ない。ただし、危機感を持っている一部の団体においては、公的資金を使用して、取り組みを開始している。

(ア)全国肉牛事業協同組合
 全国肉牛事業協同組合は、比較的経営規模が大きい肉用牛経営で発足した組織であるが、現在は小規模の繁殖経営を含む1000人を超える組合員を有する団体である。国産牛肉を合理的な価格で安定的に供給するため、肉用牛預託、飼料や機材の販売、機械・設備のリースなどの事業を展開している。
 また、同組合の主要な事業である、肉用牛預託については、金融機関から多額の融資を受けている。後述するように、金融機関はサステナブルファイナンスに大きくかじを切っており、そのための対策の一環にもなっていると思われる。
 同組合は、2022年度からJRA畜産振興事業を活用して、「肉用牛生産におけるGHG削減可視化システム構築事業」を開始した。牛由来のGHGが気候変動対策上無視できないものであり、その発生状況を科学的に可視化し肉用牛生産者に具体的な対応方向を提示することで、地域社会を支えバランスの良い日本型食生活を支えている肉用牛生産について理解を求めていくためのものである。
 牛の消化管から発生するメタンを削減するとされるカシューナッツ殻液製剤を牛に給与し、その効果を実証しようというもので、北海道河東郡音更おとふけ町の株式会社ノベルズ 音更牧場、鹿児島県志布志市のみらいファーム株式会社、それに独立行政法人家畜改良センターで、合計100頭程度の実証試験を実施している。
 そのうち、みらいファーム株式会社 志布志農場での実証試験を22年10月に見学させていただいた。同農場は常時2000頭を飼養する和牛肥育専門の農場である。ここでは、飼料効率や増体の改善を主たる目的にカシューナッツ殻液製剤であるルミナップを以前から使用してきた経緯があり、今回の試験実施についても、スムースに受け入れることができた。試験については、導入した去勢牛9頭を3頭ずつの3区に分け、ルミナップをそれぞれ0グラム、100グラム、200グラム給与する。給与開始前と、試験飼料の給与後、1、2および3カ月後にメタン排出量の測定を実施する。メタンの測定には、農場でも実施可能な新たな測定法(スニファー法)を採用し、マニュアル(農研機構 2022)に即した測定を実施する。測定の様子を写真1、2に示した。対象牛が採食する際、スタンチョンで保定し、簡易なフードを飼槽上に置いて測定する。測定機器は移動しやすいように、キャリーカート上に設置している。



 
(イ)一般社団法人全国肉用牛振興基金協会
 前述の全国肉牛事業協同組合と同様に、2022年度から、JRA畜産振興事業を活用して、持続的肉用牛生産関連情報発信事業を開始した。肉用牛生産は、人が食用にできない資源を飼料として利用でき、農村の維持、活性化にも貢献している重要な産業であり、地球の環境にもやさしい生産が求められている。そこで、持続可能な肉用牛生産について、生産者サイドに対する情報の共有と、一般消費者向けの情報発信による理解醸成を行うためにウェブサイトを開設している。

3 畜産農家や畜産関連企業を取り巻く状況

 畜産農家や畜産関連企業の気候変動対応に関して、国際的な枠組みや行政の方針が大きな影響を与えているが、それに加えて、金融機関やサプライチェーンの動きも注視すべきである。

(1)金融機関

 Environment(環境)、Social(社会)、Governance(統治)の頭文字をとった、ESG金融に関する取り組みが拡大している。これら3要素の側面を加味した財務、非財務の両面から企業を評価する金融手法であり、企業活動を行うことで与える環境や社会への影響も評価し、単なる過去の実績評価だけにとらわれない金融を指す。サステナブルファイナンスとも呼ぶ。
 国内の114の銀行を正会員とする一般社団法人全国銀行協会(以下「全国銀行協会」という)においては、政府の2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、2021年12月、「カーボンニュートラルの実現に向けた全銀協イニシアティブ」を策定し、銀行界として取り組むべき基本方針を示している(全国銀行協会 2022)。その上で、当面の重点取り組み分野として、エンゲージメント(建設的な対話)の充実・円滑化、評価軸・基準の整理、サステナブルファイナンスの裾野拡大、開示の充実、気候変動リスクへの対応、これら五つを挙げている。このうち、エンゲージメントに関しては、顧客企業ごとに気候変動に関連する変化がもたらすリスクおよび機会が異なることから、まず、エンゲージメントによって、その状況についての共通認識を持つことが重要である。それを踏まえて顧客企業における事業の成長・持続可能性向上に向けた着実な道筋を顧客企業と銀行がともに検討し、必要な支援を顧客企業に提供することになる。必要な支援としては、GHG排出量の算定支援、脱炭素に係るビジネスマッチング、脱炭素の取り組みを促す資金の提供、自治体や研究機関等との連携による地域全体での脱炭素化や資源活用の支援などである。
 このような全国銀行協会の方針に沿って、個々の銀行でも、個別の気候変動への対応方針を打ち出している。例えば、みずほ銀行では、リスクコントロールの一環として、投資先とのエンゲージメントを実施し、初回のエンゲージメントから1年を経過しても、移行リスクへの対応意思がなく、移行戦略も策定されない場合には、取引継続について慎重に判断するという方針を打ち出している(みずほ銀行 2022)。ただし、その取り組みについては、石炭火力発電、石炭採掘(一般炭)、石油・ガスなどが対象のようで、農業分野に関する記載はない。
 全国銀行協会の会員である農林中央金庫も、他行と同様に、投融資先のGHG排出量マイナス50%(2013年対比)を2030年中長期目標とするとしている(農林中央金庫2022)。ただし、同庫は、100兆円の貯金量を有し、そのうち60兆円を運用しており、農業分野への融資は一部に過ぎない。また、同庫は、金融庁ではなく農林水産省が所管しており、農林中央金庫法を根拠法とするなど、他行とは趣を異にする部分もある。そのため、畜産農家のGHG削減が難しいからといって、2030年中長期目標の達成が困難になるというわけではないため、直ちに融資を取りやめるという対応にはならないとのことである。農業生産における脱炭素技術・手法は限られており、農業のGHG算定において、脱炭素化の取り組みを適切に反映する仕組みが、いまだ構築されていない。そのため、農研機構と連携して、農業生産者におけるGHG削減を促進・支援する独自の取り組みを開始したところでもある。企業のTCFD開示や、SBT(Science Based Target)(注4)の取得などへのサポートを実施するとともに、農業分野でのGHG排出の計測の支援も行っている。

(注4)「パリ協定」が求める水準になるように、科学的根拠に基づいたGHG削減目標の設定を世界の企業に働きかけ、審査・認定するもので、CDP、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)の四つの機関が運営している。SBTが企業に求めるGHG排出量の基準には、「地球温暖化による気温上昇が2度を十分に下回る」と、「地球温暖化による気温上昇が1.5度未満に抑えられる」の2種類がある。

(2)サプライチェーン企業

 畜産物を消費者に販売するサプライチェーン企業では、持続可能な調達に向けた方針を打ち出している。持続可能な調達とはCSR調達とも呼ばれ、企業の社会的責任の原則に適合する形で調達活動を進めることを指す。大手スーパーマーケットの方針においては、畜産物の調達に関して、自然・生態系・社会との調和、生産者や地域への配慮、動物福祉、農業生産工程管理、家畜の健康管理、フードロスの削減、環境負荷低減などが盛り込まれている。このうち環境負荷低減については、GHGの排出に係る具体的な記述は現時点において見当たらず、今後の動向を注視する必要がある。
 

4 おわりに

 畜産分野におけるGHG削減を取り巻く状況については、ここ1、2年で大きく変わりつつある。畜産関連企業においては、2022年以後、TCFDの開示が行われるようになっており、50年のカーボンニュートラルに向けて、カーボンクレジットの購入など、具体的な対応策とそれにかかる支出額を明確に示す企業も出ている。そのような畜産関連企業においては、優秀な研究者を有するところも多く、その研究者がGHG排出削減に向けた研究に参画することも望まれる。
 一方、酪農・乳業界と肉用牛業界における気候変動対応の違い・不均一性が懸念される。特に肉用牛業界においては、異常な事態に直面していながら、「大したことにはならないに違いない」「自分は大丈夫だろう」と思い込み、危険や脅威を軽視してしまうことを意味する、「正常化の偏見」(注5)に陥らないかと心配される。22年には第12回全国和牛能力共進会鹿児島大会が開催され、道府県間での競い合いが注目されたところではあるが、GHG削減に向けても一致団結した取り組みを期待したい。
 畜産分野のGHG削減は、畜産業における最重要課題の一つであり、今後、さらにその重要性が増してくると考えられる。その達成に向けては、消費者、生産者、関連企業、研究者、団体、行政など、多くの関係者の理解と取り組みが必須である。全体の取り組みをバランスよく調整し、国民との対話も分かりやすく対応できる指揮者兼責任者が必要になってくると思われる。

(注5)自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする認知の特性。

引用文献
FAO 2017 Livestock solutions for climate change. https://www.fao.org/3/I8098EN/i8098en.pdf
経済産業省 2023 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/tcfd_supporters.html
明治ホールディングス 2022a https://www.meiji.com/pdf/sustainability/harmony/climate_change-carbon_neutral.pdf
明治ホールディングス 2022b https://www.meiji.com/pdf/sustainability/harmony/management-initiatives_for_TCFD_2021.pdf
みずほ銀行 2022 みずほフィナンシャルグループTCFDレポート2022 https://www.mizuho-fg.co.jp/csr/mizuhocsr/report/pdf/tcfd_report_2022.pdf
農研機構 2022 ウシルーメン発酵由来メタン排出量推定マニュアル https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/CCMC-manual.pdf
農林中央金庫 2022 農林中央金庫「サステナビリティ報告書2022」 https://www.nochubank.or.jp/sustainability/backnumber/pdf/sustainability-pdf_2022/all.pdf
全国銀行協会 2022 https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news340831.pdf