(1)穀物の生産と輸送
豪州の大麦および小麦の生産は、主に西部および南東部に広がる地域で行われている(図4)。これら産地からの輸送は、一部の穀物取扱業者が鉄道会社との契約により貨車を利用しているが、鉄道網は概して発達しておらず、また、輸送に適した大きな河川もないことから、主にバラ積みのトラックにより、国内向けの加工施設のほか、約20カ所の輸出向け港湾施設に運ばれている。
(2)穀物生産に影響を及ぼす天候要因
豪州の穀物生産に影響を及ぼす天候要因として、(1)主に秋から春(5〜11月ごろ)にかけ、北部、東部、南部を中心に干ばつを引き起こす「エルニーニョ現象」、(2)主に秋から初夏(5〜12月ごろ)にかけ、同地域を中心に豪雨や低温を引き起こす「ラニーニャ現象」のほか、(3)主に秋から初夏(5〜12月)にかけ、西部と南部を中心に干ばつを引き起こす「インド洋ダイポール現象」の三つが挙げられる(表1)。
豪州では2017〜19年にかけて、エルニーニョ現象に起因する大規模な干ばつに見舞われ、穀物生産量の減少などが生じた(図5)。植物検疫の関係から穀物の輸入が難しいことで、当時はニューサウスウェールズ(NSW)州の肉牛農家が、西オーストラリア(WA)州まで飼料確保のために片道3000キロメートル以上をトラックで奔走したとの話もある。
20年以降はラニーニャ現象が約3年間にわたり継続し、豪州南東部では記録的な大雨による洪水が一部で発生したが、結果として、それまで干ばつにより乾燥していた土壌の水分量を満たすこととなった(図6)。このことで、特に主要穀物生産地域であるWA州の穀物生産は好調となり、22/23年度の豪州全体の穀物生産量も過去最高を記録する見通しとなっている(図7)。
(3)穀物関係の主要規則や農家支援策など
豪州の穀物には、公正な取引を促進する基準のほか、飼料用として流通する際の安全性などを担保するための諸規則が制定されている。また、農家支援策に関しては、穀物生産農家にとって天候要因による影響が大きいことから、干ばつに備えた基金が整備されているが、価格や所得維持、生産調整などに関係するような政策は存在しない。その他、研究開発やバイオセキュリティ関連に用いるため、法律に基づき穀物生産農家からの課徴金の徴収が行われている。
ア 主な基準・規則
(ア)穀物取引基準(GTA:グレイン・トレード・オーストラリア)
豪州の穀物貿易取引団体であるGTAは、飼料用を含む大麦や小麦などの各品種および品質の定義や評価手法などに関する穀物の取引基準を定め、公正な取引を推進している。本基準は、穀物業界関係者によって構成されるGTAの技術委員会により、毎年見直されることになっている。
(イ)FeedSafe(SFMCA:豪州飼料製造業者協議会)
SFMCAは、飼料の製造と使用における品質保証とリスク軽減のためのHACCPベースの認定プログラムにより、製造業者に対する飼料製造、輸送、検査などに関する基準を定めている。本認可を受けるために、製造業者は毎年独立した第三者機関による監査を受けることが要求されている。
(ウ)飼料調整規則(各州政府)
各州政府は、表示を含む飼料の基準を定めている。流通が可能な飼料として、特定のホルモンや抗生物質、豪州農薬獣医薬局(APVMA)により登録されていない添加物、肉骨粉などの動物性飼料が含まれておらず、鉛や水銀などの汚染物質が基準値以下であることなどとしている。
(エ)家畜生産保証(インテグリティ・システムズ)
豪州の赤身肉業界の農場保証プログラムである家畜生産保証(LPA)は、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)傘下のインテグリティ・システムズが運営する認証プログラムで、(ウ)の肉骨粉などの動物性タンパク質や化学残留物質が含まれていないことなどの飼料に関する証明のほか、家畜の移動や取引、バイオセキュリティ、動物福祉など七つのプログラム要件により農場保証を行っている。
イ 農家支援策など
(ア)干ばつ対策(連邦政府)
干ばつに備えるための準備資金や、干ばつにより資金繰りが困難となった農家のための長期低利融資制度が設けられているほか、最新の気象情報が配信されるオンラインプラットフォームの提供、州政府と連携した干ばつのリスク管理ツールの提供などが行われている。これらの取り組みが開始された2020年6月以降、合計4億2000万豪ドル(390億8940万円)の連邦政府予算が割り当てられている。
(イ)課徴金制度による農家支援(GRDC:穀物研究開発公社)
豪州では、1950年代ごろから生産者の自主的な取り組みとして、法的拘束力のない課徴金の徴収が行われてきた。その後、89年に法制化され、現在では「1999年第一次産業 (関税) 手数料法」および「1999年第一次産業課徴金および料金徴収法」などに基づき、穀物を含む70以上の農林水産品に対し、販売などの際に生産者から課徴金が徴収されている。穀物については、(1)害虫の侵入時におけるバイオセキュリティ対策(2)化学残留物や環境汚染物質の残留モニタリング(3)植物衛生を担当する団体(プラントヘルス・オーストラリア)の活動費(4)研究開発費―などに活用されている。主要穀物などの課徴金徴収額は表2の通りであるが、国内研究機関の調査によると、同国の穀物生産者は2021/22年度、農業の全セクターの中で最も多くの額を研究機関(穀物はGRDC)の活動費に充てている(2億2315万豪ドル:207億6857万円)
(注2)。
豪州農業資源経済科学局(ABARES)は、特に研究開発が農林水産業に高い利益をもたらしているとし、研究開発への投資が1豪ドル(93円)追加されるごとに、農家に7.82豪ドル(728円)の利益をもたらす可能性があると試算している。
(注2)穀物の課徴金は販売額に対して徴収され、総額は各年度の生産状況が反映されたものとなっている。干ばつ時の2019/20年度は9580万豪ドル(89億1611万円)と、21/22年度の半分以下であった。
(4)飼料用穀物の国内消費
豪州における飼料用穀物の畜種別利用量を見ると、肉用牛が391万トンと最も多く、全体の28.9%を占めている(図8)。次いで肉用鶏が326万トン(同24.1%)、乳用牛が263万トン(同19.4%)となっている。
これらの畜種で最も多く利用されている飼料穀物は大麦と小麦であり、特に肉用牛では小麦の給与が脂肪交雑に効果をもたらすとされている。また、小麦の栄養価はトウモロコシに類似しているため、飼料用トウモロコシ生産が少ない豪州では、飼料の主原料となっている。