(1)中小規模の企業化生産者〜Thanh Thinh(タインティン)農場〜
ア 農場の概要
ベトナム北部ハノイ市に近いフート省にあるタインティン農場は、約6ヘクタールの敷地で養豚を営むほか、山羊、アヒル、ガチョウ、鹿などの飼養に加え、水産業(淡水魚)、園芸(ジャックフルーツなど)、林業(紙用、街路樹用など)を行うなど、業務分野は広範囲に及ぶ。同農場は40人以上の従業員を抱えているが、その大部分は人手を必要とする林業分野に従事しており、養豚部門では2人が従事している。取材当時(2023年2月)、繁殖母豚を約100頭、肥育豚を約300頭飼養していた(写真4)。経営は繁殖を主体に、一部で肥育(5〜6カ月齢、体重120〜130キログラムで出荷)も行っている。肥育用として販売する子豚は22〜25日齢で母豚から離し、約1週間飼養して出荷している(29〜32日齢)。同農場は特定企業との間で販売契約を結んではいないが、販売する子豚の状態が良好なことで大手養豚企業向けの販売も伸びているとしていた。飼料はトウモロコシ、大豆、小麦など原料にビタミンやミネラルなどの飼料添加物を含む配合飼料(25キログラム袋)を購入し、生育ステージ別に給餌を行っている(写真5)。飼養管理はほとんど自動化され、従業員の主な作業は1日1回の清掃と給餌機器への飼料の補充におおむね集約されるなど、省力化が図られていた。また、当農場は耕畜連携にも取り組み、家畜排せつ物はすべて自家消費されている
(注6)。
(注6)紅河デルタ地域やメコンデルタ地域では、農業、畜産、水産を組み合わせた農畜水複合経営が普及している。これらの地域では、養豚部門のふん尿を魚のエサとして養殖池に投入し、池に沈殿した泥を有機肥料として果樹園で利用するなど副産物を通じた資源循環型農業が盛んに行われている。同農場でも、家畜排せつ物を養豚場の地下に落下させた後、固液分離槽でふん尿を分離し、固形分は淡水魚のエサとして活用し(写真6)、液分はバイオガス(日常生活での燃料)を回収した後に肥料として樹木圃(ほ)場へ散布していた。これらの工程では大部分が機械化されている(写真7)。
イ アフリカ豚熱発生の影響と対策
当農場では、2019年にアフリカ豚熱が発生し、農場内で飼養していた肥育豚を中心に約300頭を殺処分(埋却または焼却)した。事前に国内でのアフリカ豚熱の発生が伝えられていたことで、リスク回避に向けて飼養規模を縮小していたため、被害を小規模に抑えることができたとしている(発生以前は繁殖母豚約300頭、肥育豚1000頭程度を飼養)。
これらの経験を生かし、現在、当農場では人や資材の養豚場への入場を制限している(写真8、9)。例えば、養豚場に入る際には3回の着替えおよび消毒が必須となり、搬送用トラックは消毒槽の通過が必要なほか、農場へのアクセスも制限されるなど、農場への直接的な入場はできない。これらの取り組みが奏功し、当農場でのアフリカ豚熱の発生は19年時の1回のみで、再発を免れている。農場主のタイン氏は、農場の施設規模では肥育豚数千頭まで拡大可能であるが、(アフリカ豚熱が終息しない)現段階では、差し当たり現状を維持したいとしている。
(2)庭先農家の一例〜庭先養豚の実態と近隣グループでの助け合い〜
同じくフート省の一般的な庭先農家の一例についても紹介する。農村部では収入源が限られるため、庭先の簡素な小屋で数頭程度の豚を飼養し、食料や収入の確保を図ることが一般的とされている。取材した農家では、国内でアフリカ豚熱が発生する以前は肥育豚300頭程度を飼養していたが、発生を機に規模を縮小し、取材時には肥育豚2頭を飼養していた(写真10、11)。アフリカ豚熱を含めて今まで目立った疾病は発生していないことから、飼養施設は比較的簡素であり、消毒設備などは見られなかった。
肥育された豚は、自家および近隣農家で消費されている。農村部では、近隣世帯でおおむね1カ月ごとのローテーションで肥育豚をと畜し、各世帯に分配することが習慣化しており、余った分は冷凍保存や都市部で生活する親戚などに配布するとされている。一般的な庭先養豚では飼料に残飯などが用いられるが、当農家では以前に300頭程度を飼養していたことから、引き続き配合飼料を利用している。しかし、配合飼料に対する不信感
(注7)もあり、と畜の数週間前には配合飼料の使用を中止し、飼料を残飯に完全に切り替えることで、薬剤成分をすべて豚体内から排出させるとしていた。
また、農村部では人工授精が普及しておらず、雄豚による種付けが一般的であり、雄豚を所有する農家が荷車に載せて地域の農家を種付けに回り、その収入を生業としている農家もあるとしていた。雄豚を所有する農家は、各農家が飼養する雌豚の妊娠サイクルをある程度把握しており、計画的な繁殖を行えることが利点とされている。しかし、雄豚は、雌豚に比べて価格が高いことや、体重が重く気性が荒いことから、飼養には労働力などの面でのハードルが高いとされている。
(注7)前述の通りベトナムでは、企業により生産された豚肉や飼料には成長促進剤などの薬剤が含まれているかもしれないという不信感が根強い。
(3)インテグレーターの紹介〜VINH ANH(ヴィンアイン)食品技術合資会社〜
ベトナム北部に展開するヴィンアイン食品技術合資会社は、養豚からと畜、加工、流通に加え、飼料製造まで展開しているインテグレーターであり、海外の先鋭機器の導入を積極的に進めるなど、国内有数の企業である(写真12)。
同社は数十カ所の自社養豚場を有するほか、契約農場も同規模確保しており、全体で1カ月当たり約3000頭の肥育豚を処理・出荷している。同社が処理する部分肉や加工品の豚肉は数百アイテムに及び、スーパーマーケットに並ぶほぼ全種類を賄っている。また、冷凍・冷蔵設備を備えた食肉処理・加工施設からのコールドチェーンによる配送を確保し、納品先の要望に応じた商品の提供を可能としている。さらに販売先も幅広く、小売り大手の「Winmart
(注8)」や「Big C」などの現地の有名スーパーマーケットのほか、ホテル、レストラン、学校や企業の食堂、小規模な小売店など広範囲に及んでいる。ベトナムではウェットマーケットで食材を購入することが一般的であったことから、午前中にその日の食材を購入する人が多く、小売店では客の動きに合わせ、朝方には各店舗で商品を確保する必要がある。そのため、同社の食肉処理・加工施設の稼働帯は夜間が中心となり、日中は工場の清掃や点検などのメンテナンス作業に充てている。
また、同社が所有する一部の養豚場でもアフリカ豚熱が発生したため、家畜疾病対策(消毒、気温管理、ワクチン接種、飼料管理、従業員等の立ち入り規制など)に厳重に取り組んでいる。具体的には、社内規則やマニュアルに基づく農場や工場への出入り時の消毒作業の徹底、従業員の住み込み勤務(外部との接触回避)、勤務復帰時の3日間の従業員隔離処置など厳しい衛生管理が実施されている。
同社では、近年の飼料価格の高騰により収益性が低下しているものの
(注9)、企業努力により今のところ価格転嫁は考えていないとしている。
(注8)2021年に「Vinmart」から「Winmart」へ名称変更された。コンビニエンスストアに似た小型店舗からスーパーマーケットのような大型店舗まで擁する流通・小売企業である。
(注9)ベトナム商品取引所によると、中小養豚農家の一般的な生産コストは生体豚1キログラム当たり5万5000〜6万ベトナムドン(328〜358円)とされている。また、ベトナム畜産協会によると、2023年5月下旬の生体豚出荷価格は1キログラム当たり5万5000〜6万ドン(328〜358円)近辺で推移し、4月ごろから上昇傾向となっている。