(1)気候変動による放牧地への影響
このように牛肉生産大国である米国では広い範囲で放牧が行われているが、近年、気温の上昇や降水量の変化などによる干ばつの深刻化や洪水の発生といった気候変動の影響が放牧地に及んでいる。
灌漑放牧地の多い西部では干ばつによる水資源のひっ迫、南西部の乾燥地帯では洪水による土壌侵食など、牧草の生育に影響が生じているとされる。その他にも、外来種牧草の優勢化、伝染病や病害虫の発生、火災発生のリスクなど、放牧地への影響が増している。
繁殖セクターでの放牧は、省力化や飼養コスト低減を目的としており、肉用牛は自然体で特別な管理を行わない、いわゆる自由放牧が多い。そのため、米国農務省自然資源保全局(USDA/NRCS)や肉用牛業界団体・放牧業界団体は、気候変動に対応するために管理が行き届いた、いわゆる管理放牧への切り換えを推進している。USDA/NRCSによると、管理放牧とは牛群の規模と構成の最適化、放牧時期の多様化、計画的・戦略的な水の供給、積極的な植生管理などを行う放牧を指し、これらはすなわち、牧草の生産性や品質、牛の健康、環境への影響を管理する手法である輪換放牧
(注3)につながる(図6)。特に環境面に関しては、固定放牧
(注4)と比較して効果的で重要な手法であるとしている。
(注3)放牧地を複数のパドックに分け、牛を順次移動させる方式。
(注4)同一放牧地に長期間連続で放牧させる方式。
(2)輪換放牧の導入状況
米国農務省全国農業統計局(USDA/NASS)の農業センサスによると、輪換放牧を導入している繁殖セクターの生産者数は、2007年の38万8912(繁殖セクター全体の40%)から12年の28万8719(同32%)、17年の26万5162(同30%)と減少傾向にある。このような流れを受け、USDA/ERSは22年11月、管理放牧の推進に当たって、23州(山岳部/太平洋地域、北部平原/コーンベルト西部、南部平原、デルタ地域/南東部、アパラチア地域の5地域)の繁殖セクターの事業者を対象とした調査結果を公表した(図7)。この調査に際しUSDA/ERSは、放牧地を少なくとも二つの区画(パドック)に分け、放牧期間と休息期間を繰り返す手法を「輪換放牧」と定義し、そのうち一つのパドック当たりの放牧期間が15日以上である手法を「基本型」、14日以下である方法を「集約型」と分類している。集約の程度が弱い(飼養密度の低い)放牧は一つのパドック当たりの放牧期間が長くなり、集約の程度が強い(飼養密度の高い)放牧は一つのパドック当たりの放牧期間が短くなるため、放牧地の休息期間も短くなる。地域の気候や土壌環境などを踏まえつつ、放牧に適した牧草種の選択や放牧地の管理を行うことで放牧地の生産性を高め、より集約の程度が強い放牧が可能となる。
調査結果では、輪換放牧の導入割合は40%にとどまり、基本型と集約型の内訳はそれぞれ24%および16%であった(図8)。輪換放牧の導入割合を経営形態別に見ると、繁殖・育成農家が54%と最も大きく、繁殖農家は38%と最も小さかった(図9)。また、繁殖・育成農家による集約型の導入割合が36%と大きかったことも特徴である。さらに、一つのパドック当たりの平均放牧日数の回答割合を見ると、集約型を導入している事業者では8〜14日間が半数以上を占め、基本型を導入している事業者では22日以上が大半を占めた(表3)。
輪換放牧の導入状況には地域差も見られる。導入率は北部平原/コーンベルト西部とアパラチア地域がそれぞれ49%と47%と大きく、南部平原とデルタ地域/南東部はそれぞれ25%と29%と小さかった(図10)。また、(1)アパラチア地域では放牧地面積が最も小さい中で集約型が25%と最も大きいこと(2)デルタ地域/南東部では飼養密度が高いこと(3)他の地域が冬季の輪換放牧がなされていない中でデルタ地域/南東部ではほとんどの事業者が周年放牧を行っていること−なども調査結果から判明している。
基本型および集約型の飼養規模、放牧地面積、飼養密度を比較すると、放牧地面積が広くない農場で集約型の導入が進んでおり、飼養密度が高いことが分かる(表4)。パドックの広さと数を見ても、集約型は基本型よりもパドックが狭く、数が多い(表5)。集約型は短期間で牛を移動させることから必要以上に広いパドックは不要であり、適した休息期間を設定するためにはパドック数を増やす必要があることが理由として考えられる。一方で、集約型の1年間に要する1頭当たり平均総飼料コストが402ドル(5万8688円)と、基本型の381ドル(5万5622円)を上回った(表4)。牧草飼料コストは基本型を下回るものの、農場内飼料生産コストや飼料購入費といった補助飼料に要するコストが大きくなる傾向にある。ただし、放牧地が狭い農場は農場内飼料生産に係る土地面積が小さく生産量も少ない傾向にあるため、飼料生産コストや飼料購入費が大きくなることは当然とも言える。
また、輪換放牧では牛のパドック間での移動に要する作業時間という潜在的コストが生じることが導入の障壁の一つとなっていると考えられている。さらに、地域によって気候や植生などが異なるため、放牧手法にも違いが生じており、これらのデータは輪換放牧の導入に要する準備の複雑さも示していると言えるだろう。
(3)管理放牧への切り換えに関する支援
ア 環境品質インセンティブ・プログラム(EQIP)
USDA/NRCSは、水質や大気の保全、土壌の健全性維持・改善、野生生物の生息環境改善など生産者による保全活動の導入を支援している。主な支援プログラムの一つが環境品質インセンティブ・プログラム(EQIP)である。EQIPでは、生産者がUSDA/NRCSが示す保全活動の実践モデルを導入する場合、それに要する設備の設計・設置費用の75〜90%を補助している。畜産生産者向けの実践モデルとしては管理放牧が含まれる。
管理放牧の実践モデルでは、家畜の健康管理と生産性向上に向けた牧草の量および質の維持・改善、放牧地の草種構成、地表・地下の水質および水量の保全、水辺・流域の機能維持、土壌の健全性の維持・改善などの目的のうち一つ以上を取り入れる必要がある(表6)。それぞれの目的には具体的な基準が設定されている。例えば、「家畜の健康・生産性のために、牧草の量・質を維持・改善する」という目的には、「目的とする飼料の量・質に合わせた放牧を計画すること」「放牧の強度、頻度、時期、期間の計画を立て、放牧地の植物の多様性を強化すること」などの基準が設定されている(表7)。
また、フェンスの設置、水供給用パイプラインの整備、給水設備の設置、家畜の集中などの過度な負荷がかかる土壌の強化などといった個別限定的な実践モデルも示されており、EQIPが開始された2005〜18年の14年間に措置された管理放牧の導入に関する支援総額は16億5700万米ドル(2419億543万円)に上る(表8)。
イ 保全スチュワードシップ・プログラム(CSP)
USDA/NRCSは、保全スチュワードシップ・プログラム(CSP)を通じて生産者がすでに実践している保全活動の強化を支援している。例えば、放牧柵の電気柵への変更、基本型輪換放牧から集約型への変更、水質改善に向けた水辺・流域における牧草種の変更など、放牧管理の強化に要する設備の設計・設置費用などが支援対象となる。生産者がEQIPやCSPに参加して支援を受けるためには保全活動計画を策定する必要があり、当該計画には干ばつや山火事といった予期せぬ災害が発生した場合に備えた緊急時対策も含めなければならない。USDA/NRCSは、生産者による保全活動に対する助言や教育ツールの提供を行う保全技術支援・プログラム(CTA)も提供しており、CTAを通じてUSDA/NRCSの地方事務所職員が実際に農場を訪問して、保全活動計画の策定を支援している。
さらに、USDA/NRCSは、生産者が個々に取り組むこれらの保全プログラムを強化し、地域が一体となった管理放牧への取り組みを推進するために放牧地保全イニシアチブ(GLCI)を立ち上げ、23年には49の取り組みに対して合計1200万米ドル(17億5188万円)の補助金交付を決定した。これらの取り組みには、生産者や教育担当者を対象とした放牧技術研修、教育プログラムの開発、地域の放牧戦略の策定、農場ごとの放牧管理計画(GMP)の策定支援などが含まれる(表9)。