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海外情報 米国 畜産の情報 2023年8月号

米国における肉用牛の放牧をめぐる情勢 〜管理放牧への切り換え〜

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調査情報部

【要約】

 近年、深刻な干ばつや洪水の発生といった気候変動の影響が放牧地にも及んでいる。米国の肉用牛の生産構造として、繁殖セクターの96.1%が放牧に取り組んでいるとする調査もあるように、放牧は幅広く取り組まれている。一方で、米国の放牧は省力化や飼養コスト低減を主な目的としていることもあり、適切な管理が行き届いていないことも多い。
このような中で、米国農務省(USDA)は、気候変動に対応した回復力のある放牧地への切り換えを目指し、複数のプログラムによって管理放牧の導入や既存の管理放牧システムの強化に要する経費を補助しているほか、技術支援を講じている。
 また、近年、肉用牛・牛肉業界による持続可能な牛肉生産に向けた取り組みが注目を集めている中で、取り組みをけん引する「持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)」も、放牧地における土壌侵食、土壌炭素の排出、水資源の喪失などを課題として挙げており、肉用牛生産者の収益性の維持・向上のためにも放牧管理計画(GMP)に基づく放牧地面積を拡大することを目標に掲げている。
 政府による支援と業界が主導するサプライチェーンが一体となった取り組みにより、肉用牛繁殖セクターの管理放牧への切り換えに追い風が吹いている。

1 はじめに

 米国における肉用牛の生産構造として、繁殖セクターでは放牧に取り組む生産者が大部分を占めている。しかし、この放牧の目的は、主に省力化、生産コストの低減、土壌資源の有効活用によるものであり、必ずしも適切な管理が施されているとは言えない状況にある。近年では気候変動による影響もあり、深刻な干ばつによる放牧地の荒廃化も見られる中で、米政府や肉用牛業界は回復力のある放牧地への切り換えを目指している。
 また、持続可能な肉用牛・牛肉生産への取り組みに当たり、土壌健全性の向上、水質の保全、土壌への炭素固定の促進といった環境保全の観点からも、繁殖セクターの放牧に目が向けられており、農場ごとの放牧管理計画の策定が推進されるなど管理放牧への切り換えに向けた動きが活発化している。
 本稿では、米国における肉用牛の生産構造や放牧の現状に触れつつ、肉用牛業界が一体となって取り組む繁殖セクターでの管理放牧への切り換えや放牧管理計画の策定の推進について、その動向を報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=145.99円(注1)を使用した。
 
(注1) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均為替相場」の2023年6月末TTS相場。

2 放牧の背景・動向

(1)肉用牛の生産構造
 米国の放牧の現状を知るためには、まず肉用牛の生産構造を把握する必要がある。米国の肉用牛の生産構造は、日本と同様に繁殖雌牛を飼養して肉用子牛を生産する繁殖農家、肥育もと牛をと畜段階まで肥育する肥育農家に大別されるが、米国では肉用子牛を肥育もと牛まで育成する繁殖農家と肥育農家のつなぎ役を担う育成農家の存在も無視できない。このため、繁殖農家と育成農家をまとめて繁殖セクターとして分類することが多く、離乳後の子牛をすぐに販売する「繁殖農家」、離乳後も子牛を飼養・育成する「繁殖・育成農家」、離乳後の子牛を購入して育成する「育成農家」の戸数の構成割合は、それぞれ86.5%、11.6%、1.9%とされている。
 一般的に、肥育に供用される肉用子牛は離乳後、(1)ワクチンや駆虫薬の接種などの衛生対策を施した上で30〜60日間の牧草給与と健康確認を経て肥育農家に送られるプレコンディショニング・プログラム(2)90〜120日間の牧草給与を経て肥育農家に送られるストッカー・プログラム(3)90〜120日間の乾草、サイレージ、飼料穀物の補助給与を経て肥育農家に送られるバックグラウンド・プログラム−のいずれかの方法で育てられる(図1)。
 
 
 バックグラウンド・プログラムを除き、繁殖雌牛や生まれた子牛は放牧を中心とした方法で飼養されており、米国農務省動植物検疫局(USDA/APHIS)が全国家畜衛生モニタリングシステム(NAHMS)に基づいて2017年に実施した調査(注2)によると、繁殖セクターの生産者の96.1%が放牧を行い、給与飼料の50%以上が放牧によるとの結果が得られている(表1)。
 繁殖雌牛の飼養分布を見ると、比較的偏りは少ないものの、テキサス州430万頭、オクラホマ州198万1000頭、ミズーリ州194万5000頭、ネブラスカ州170万3000頭、サウスダコタ州153万3000頭など、グレートプレーンズと呼ばれるロッキー山脈の東側を南北に広がる大平原に多い(表2、図2)。これら上位7州で米国内繁殖雌牛飼養頭数の48.6%を占めるなど、放牧に取り組みやすい平原部で繁殖セクターが根付いていることが分かる。
 
(注2)USDA/APHISが24州の繁殖セクターを対象として2017年に実施した調査(20年5月公表)。2013の生産者が回答。







 
(2)米国における放牧地の面積と分布
 米国農務省経済調査局(USDA/ERS)によると、米国の総面積22億6000万エーカー(9億1459万ヘクタール)のうち、公有地を除く永年牧草地・放牧地は6億5549万エーカー(2億6507万ヘクタール)であるが、実際に放牧が行われているのは4億6400万エーカー(1億8777万ヘクタール)とみられている(図3)。さらに、米国内務省土地管理局(BLM)や米国農務省森林局(FS)が管理する公有地・国有林でも放牧が行われている。BLMおよびFSが保有する公有地・国有林はそれぞれ2億4400万エーカー(9874万ヘクタール)および1億9300万エーカー(7810万ヘクタール)であり、このうち、現在放牧が認められているのはそれぞれ1億5500万エーカー(6273万ヘクタール)および1億200万エーカー(4128万ヘクタール)である。その他にも米国内務省インディアン事務局(BIA)や州政府などが管理する放牧地なども7700万エーカー(3116万ヘクタール)存在する。肉用牛に限らず、乳用牛やめん羊などの放牧も含まれることに留意する必要はあるが、米国で放牧が行われている土地面積は合計7億9800万エーカー(3億2294万ヘクタール)と米国の総面積の35.3%もの割合を占める。
 地域別の放牧地の分布を見ると、放牧地面積は山岳部、南部平原、北部平原で、それぞれ3億2687万エーカー(1億3228万ヘクタール)、1億2436万エーカー(5033万ヘクタール)、7977万エーカー(3228万ヘクタール)であり、当該地域の面積に占める放牧地面積の割合がそれぞれ59.7%、58.9%、41.1%とかなり大きな面積を占めていることが分かる(図4)。これらの地域では放牧が盛んに行われている。
 また、米国では独立後に西部開拓を促進したことなどを背景に、太平洋部や山岳部にはBLMなどが管理する公有地が広く分布する(図5)。これらの地域ではかつて大規模な放牧が行われてきたが、過放牧による土壌・水資源や植生の劣化などを理由として、1930年代に放牧に規制が設けられるようになった。その後、徐々に土壌・水資源や植生の劣化が改善されていく中で、米政府は60〜70年代にかけて、水質、野生生物、植生の保全や文化・歴史的資源の維持といった放牧地資源の管理・保護に方針を切り換えた。米政府は土地資源の有効活用も必要であるとして、土壌・水資源や植生の劣化の防止に要する管理を条件に放牧を許可するようになった。現在では、BLMは自然・文化・歴史的資源を維持するとともに家畜放牧を含むさまざまな用途のために公有地を管理すること、FSは森林資源を維持するとともにこれらの資源に大きく依存する畜産業界を支援することを目的に国有林での放牧を管理している。太平洋地域・山岳部の州では主に公有地・国有林で放牧が行われているが、北部平原・南部平原では主に私有地で放牧が行われていることが分かる。
 また、BLMやFSの公有地・国有林で放牧を行うためにはそれぞれの機関が発行する放牧許可証が必要であり、そのためにはBLMやFSが定める放牧計画を策定する必要がある。放牧計画には、家畜の種類や頭数、放牧時期、放牧方法や条件、野生生物の保全、フェンスや給水設備などの設備の管理方法などを設定しなければならない。







3 管理放牧への切り換えの推進

(1)気候変動による放牧地への影響
 このように牛肉生産大国である米国では広い範囲で放牧が行われているが、近年、気温の上昇や降水量の変化などによる干ばつの深刻化や洪水の発生といった気候変動の影響が放牧地に及んでいる。灌漑かんがい放牧地の多い西部では干ばつによる水資源のひっ迫、南西部の乾燥地帯では洪水による土壌侵食など、牧草の生育に影響が生じているとされる。その他にも、外来種牧草の優勢化、伝染病や病害虫の発生、火災発生のリスクなど、放牧地への影響が増している。
 繁殖セクターでの放牧は、省力化や飼養コスト低減を目的としており、肉用牛は自然体で特別な管理を行わない、いわゆる自由放牧が多い。そのため、米国農務省自然資源保全局(USDA/NRCS)や肉用牛業界団体・放牧業界団体は、気候変動に対応するために管理が行き届いた、いわゆる管理放牧への切り換えを推進している。USDA/NRCSによると、管理放牧とは牛群の規模と構成の最適化、放牧時期の多様化、計画的・戦略的な水の供給、積極的な植生管理などを行う放牧を指し、これらはすなわち、牧草の生産性や品質、牛の健康、環境への影響を管理する手法である輪換放牧(注3)につながる(図6)。特に環境面に関しては、固定放牧(注4)と比較して効果的で重要な手法であるとしている。

(注3)放牧地を複数のパドックに分け、牛を順次移動させる方式。
(注4)同一放牧地に長期間連続で放牧させる方式。

 
(2)輪換放牧の導入状況
 米国農務省全国農業統計局(USDA/NASS)の農業センサスによると、輪換放牧を導入している繁殖セクターの生産者数は、2007年の38万8912(繁殖セクター全体の40%)から12年の28万8719(同32%)、17年の26万5162(同30%)と減少傾向にある。このような流れを受け、USDA/ERSは22年11月、管理放牧の推進に当たって、23州(山岳部/太平洋地域、北部平原/コーンベルト西部、南部平原、デルタ地域/南東部、アパラチア地域の5地域)の繁殖セクターの事業者を対象とした調査結果を公表した(図7)。この調査に際しUSDA/ERSは、放牧地を少なくとも二つの区画(パドック)に分け、放牧期間と休息期間を繰り返す手法を「輪換放牧」と定義し、そのうち一つのパドック当たりの放牧期間が15日以上である手法を「基本型」、14日以下である方法を「集約型」と分類している。集約の程度が弱い(飼養密度の低い)放牧は一つのパドック当たりの放牧期間が長くなり、集約の程度が強い(飼養密度の高い)放牧は一つのパドック当たりの放牧期間が短くなるため、放牧地の休息期間も短くなる。地域の気候や土壌環境などを踏まえつつ、放牧に適した牧草種の選択や放牧地の管理を行うことで放牧地の生産性を高め、より集約の程度が強い放牧が可能となる。
 調査結果では、輪換放牧の導入割合は40%にとどまり、基本型と集約型の内訳はそれぞれ24%および16%であった(図8)。輪換放牧の導入割合を経営形態別に見ると、繁殖・育成農家が54%と最も大きく、繁殖農家は38%と最も小さかった(図9)。また、繁殖・育成農家による集約型の導入割合が36%と大きかったことも特徴である。さらに、一つのパドック当たりの平均放牧日数の回答割合を見ると、集約型を導入している事業者では8〜14日間が半数以上を占め、基本型を導入している事業者では22日以上が大半を占めた(表3)。





  




 
 輪換放牧の導入状況には地域差も見られる。導入率は北部平原/コーンベルト西部とアパラチア地域がそれぞれ49%と47%と大きく、南部平原とデルタ地域/南東部はそれぞれ25%と29%と小さかった(図10)。また、(1)アパラチア地域では放牧地面積が最も小さい中で集約型が25%と最も大きいこと(2)デルタ地域/南東部では飼養密度が高いこと(3)他の地域が冬季の輪換放牧がなされていない中でデルタ地域/南東部ではほとんどの事業者が周年放牧を行っていること−なども調査結果から判明している。 
 基本型および集約型の飼養規模、放牧地面積、飼養密度を比較すると、放牧地面積が広くない農場で集約型の導入が進んでおり、飼養密度が高いことが分かる(表4)。パドックの広さと数を見ても、集約型は基本型よりもパドックが狭く、数が多い(表5)。集約型は短期間で牛を移動させることから必要以上に広いパドックは不要であり、適した休息期間を設定するためにはパドック数を増やす必要があることが理由として考えられる。一方で、集約型の1年間に要する1頭当たり平均総飼料コストが402ドル(5万8688円)と、基本型の381ドル(5万5622円)を上回った(表4)。牧草飼料コストは基本型を下回るものの、農場内飼料生産コストや飼料購入費といった補助飼料に要するコストが大きくなる傾向にある。ただし、放牧地が狭い農場は農場内飼料生産に係る土地面積が小さく生産量も少ない傾向にあるため、飼料生産コストや飼料購入費が大きくなることは当然とも言える。
 また、輪換放牧では牛のパドック間での移動に要する作業時間という潜在的コストが生じることが導入の障壁の一つとなっていると考えられている。さらに、地域によって気候や植生などが異なるため、放牧手法にも違いが生じており、これらのデータは輪換放牧の導入に要する準備の複雑さも示していると言えるだろう。
 
 


 

 
(3)管理放牧への切り換えに関する支援
ア 環境品質インセンティブ・プログラム(EQIP)
 USDA/NRCSは、水質や大気の保全、土壌の健全性維持・改善、野生生物の生息環境改善など生産者による保全活動の導入を支援している。主な支援プログラムの一つが環境品質インセンティブ・プログラム(EQIP)である。EQIPでは、生産者がUSDA/NRCSが示す保全活動の実践モデルを導入する場合、それに要する設備の設計・設置費用の75〜90%を補助している。畜産生産者向けの実践モデルとしては管理放牧が含まれる。
 管理放牧の実践モデルでは、家畜の健康管理と生産性向上に向けた牧草の量および質の維持・改善、放牧地の草種構成、地表・地下の水質および水量の保全、水辺・流域の機能維持、土壌の健全性の維持・改善などの目的のうち一つ以上を取り入れる必要がある(表6)。それぞれの目的には具体的な基準が設定されている。例えば、「家畜の健康・生産性のために、牧草の量・質を維持・改善する」という目的には、「目的とする飼料の量・質に合わせた放牧を計画すること」「放牧の強度、頻度、時期、期間の計画を立て、放牧地の植物の多様性を強化すること」などの基準が設定されている(表7)。
 また、フェンスの設置、水供給用パイプラインの整備、給水設備の設置、家畜の集中などの過度な負荷がかかる土壌の強化などといった個別限定的な実践モデルも示されており、EQIPが開始された2005〜18年の14年間に措置された管理放牧の導入に関する支援総額は16億5700万米ドル(2419億543万円)に上る(表8)。
 





 
 イ 保全スチュワードシップ・プログラム(CSP)
 USDA/NRCSは、保全スチュワードシップ・プログラム(CSP)を通じて生産者がすでに実践している保全活動の強化を支援している。例えば、放牧柵の電気柵への変更、基本型輪換放牧から集約型への変更、水質改善に向けた水辺・流域における牧草種の変更など、放牧管理の強化に要する設備の設計・設置費用などが支援対象となる。生産者がEQIPやCSPに参加して支援を受けるためには保全活動計画を策定する必要があり、当該計画には干ばつや山火事といった予期せぬ災害が発生した場合に備えた緊急時対策も含めなければならない。USDA/NRCSは、生産者による保全活動に対する助言や教育ツールの提供を行う保全技術支援・プログラム(CTA)も提供しており、CTAを通じてUSDA/NRCSの地方事務所職員が実際に農場を訪問して、保全活動計画の策定を支援している。
 さらに、USDA/NRCSは、生産者が個々に取り組むこれらの保全プログラムを強化し、地域が一体となった管理放牧への取り組みを推進するために放牧地保全イニシアチブ(GLCI)を立ち上げ、23年には49の取り組みに対して合計1200万米ドル(17億5188万円)の補助金交付を決定した。これらの取り組みには、生産者や教育担当者を対象とした放牧技術研修、教育プログラムの開発、地域の放牧戦略の策定、農場ごとの放牧管理計画(GMP)の策定支援などが含まれる(表9)。

コラム1 モンタナ州の輪換放牧導入農場(ジョンソン牧場)

 米国西北部のモンタナ州西部ディアロッジ郡に位置するジョンソン牧場は、約125頭の繁殖雌牛を飼養する肉用牛繁殖農家である(コラム1−図、写真1)。約400エーカー(162ヘクタール)の放牧地を所有し、集約型の輪換放牧を導入している。放牧地を50〜60エーカー(20〜24ヘクタール)の七つのパドックに分け、夏場には採食の程度や牧草の生育状況を見ながら2〜5日で牛をパドック間で移動させている。以前は自給飼料用のアルファルファの牧草地であったが、輪換放牧の導入とともにトールフェスク、ギャリソン(注)、その他の野草を中心とした放牧地に切り替えた(コラム1−写真2)。

(注)「ギャリソン」はUSDA/NRCSおよびワイオミング農業試験場によって発表されたクリーピング・メドウ・フォックステールを基にした牧草品種である。日本で知られる雑草とは異なるもので、USDA/NRCSは「ギャリソン」を牛の嗜好しこう性が高く、根茎の成長率が大きい回復性に優れた牧草として紹介している。
 





 
 ワイヤーフェンスには牛のパドック間の移動を考慮した可動式の簡易柵、灌漑設備には固定式のスプリンクラーと移動式のスプリンクラーを組み合わせた灌漑システムを採用している(コラム1−写真3、4)。十分な水を供給すれば牧草の生育状態は4〜5日で一定程度回復するが、パドックの30〜40日程度の休息期間を設けている(コラム1−写真5)。






 
  肥料散布は行っておらず、牧草の生育には牛のふん尿のみで十分であるという。ただし、一般的に青草を食べると排せつ物の水分含有量が増加するため、水辺の周囲にはブロックを設置して牛を遠ざけることで水質の保全を図っている。
 輪換放牧の導入には、牧草の切り換えやワイヤーフェンス、灌漑設備、飲料用給水設備、水辺周囲のブロックなどの設置に初期費用を投じる必要があったが、作業時間の短縮(30%減)、飼料コストの低減(40%減)、子牛の増体の向上(日増体重3ポンド(1.4キログラム))といった生産性の向上、土壌健全性の改善といった環境負荷の低減などの大きなメリットがあったという(コラム1−写真6)。

コラム2 放牧ワークショップ「406放牧アカデミー」

 モンタナ州天然資源保全局およびモンタナ州立大学は2023年6月、主に肉用牛生産者を対象としたワークショップ「406放牧アカデミー」を開催した。本ワークショップは、生産者が放牧地モニタリングや放牧戦略などの専門知識を学ぶことによって、各自の農場における管理放牧の方針を定めるための支援を行うものである。
 放牧地モニタリングのフィールドワークでは、チェックリストを用いた放牧地の健全性の確認方法や、放牧前の牧草量に対する牛が採食した牧草量の割合である放牧利用率の簡単な推計方法などの説明が行われた(コラム2−写真1、2)。これにより、放牧可能頭数や放牧期間の設定、パドック移動のタイミングの改善が図れるという。




 
  牧地の健全性を確認するためのチェックリストには、(1)多年草の種類が豊富であるか(2)嗜好性や栄養価の高い牧草種が豊富であるか(3)晩夏に草丈が3〜4インチ(7.6〜10.2センチメートル)残っているか(4)牧草束の株元は土壌表面にあるか(5)地衣類・コケ類が周囲の石に付着している場合にその根は土壌表面まで伸びているか−など14項目が並ぶ(コラム2−表)。すべての項目に当てはまる放牧地が望ましいが、少なくとも7項目は当てはまらないと放牧地の改善が必要であるという。
 また、本ワークショップでは、USDA/NRCSが運営するウェブ土壌調査(WSS)と呼ばれるシステムが紹介された。WSSは全米の95%の地域を網羅した土壌情報システムであり、放牧に限らず、農場における栽培計画など広く活用が可能とされる。参加者からは、管理放牧の導入計画を立てるのに極めて有用であるとの声も上がった。

4 肉用牛業界によるGMP策定の推進

(1)GMP策定の目標設定
 肉用牛業界団体・放牧業界団体は、持続可能性の観点からも管理放牧を推進している。その中でも、全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)が事務局を務め、肉用牛・牛肉業界における持続可能性の取り組みをけん引する「持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)」は、農場ごとのGMPの策定を明確に目標に掲げている。USRSBは温室効果ガス(GHG)排出量削減や土地・水資源保全といった環境保全対策などの6項目を持続可能な牛肉生産に向けた重点項目に位置付け、2022年4月には重点項目ごとの目標と牛肉サプライチェーンのセクターごとの目標および指標を設定した(注5)(図11)。
 深刻な干ばつ、土壌の劣化、山火事のリスク増大などによって放牧地では土壌侵食が生じており、また、土壌炭素の排出、水資源の喪失、水質汚染、野生生物への影響などは環境面で大きな課題となっている。これらは、肉用牛生産者の収益性にも影響を及ぼしかねない状況にあり、放牧地を土地資源として適切に管理することは、肉用牛生産者にとって経済的価値を生み出すことになる。USRSBは、土壌資源を維持・改善するために考慮する必要がある土壌の種類・状態、地域の気候、植生、牛の栄養要求、野生生物の生息状況など、多岐にわたる要素に加え、肉用牛生産者の収益性や効率性の向上といった経営面の要素を踏まえたGMPを農場ごとに策定することが必要であるとしている。重点項目のうち「土地資源」の項目目標として、「23年までにGMPに基づく放牧地面積の基準値を定めること」「50年までにGMPに基づく放牧地を3億8500万エーカー(1億5580万ヘクタール)にすること」などを掲げた(表10)。つまり、23年までに現在のGMPに基づく放牧地の面積を算出し、50年までの目標に向かってGMPに基づく放牧地を拡大していくということである。この50年までのGMPに基づく放牧地の拡大は、「温室効果ガス(GHG)排出量削減」「土地資源保全」「水資源保全」といった各重点項目における繁殖セクターの目標にも設定されている(表11)。
 
(注5)『畜産の情報』2023年3月号「米国における持続可能な酪農・肉用牛生産に向けた取り組みについて」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002627.html)および海外情報「持続可能な牛肉のための米国円卓会議、持続可能に向けた目標を設定(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003251.html)を参照されたい。






 
 (2)GMP策定の水準
 前述の通り、USRSBは、2023年までに現在のGMPに基づく放牧地の面積を算出することを目標に掲げているが、適切なデータの収集は容易ではない。現在、連邦政府や業界団体による取り組みに応じてGMPを策定している肉用牛生産者は少なくない。また、自発的に策定している生産者もいるという。しかし、これらのGMPに統一的な基準は設けられていないため、GMPの内容はそれぞれ異なる。例えば、USDA/NRCSの支援を受けながら策定するGMPは、放牧方法や経営に関する計画にとどまらず、保全活動に向けた目標、実践方法、評価方法の設定まで求めるなど水準が高いものと言える。一方で、BLMやFSの公有地・国有林における放牧の認証に要するGMPは、放牧方法に限られるなど非常に限定的なものである。
 前述のUSDA/APHISが17年に実施した調査によると、放牧を行っている繁殖セクターの生産者のうち、USDA/NRCSが支援するGMPと同水準のGMPを書面化している生産者の割合は7.6%にとどまった(図12)。規模別に見ると、大規模(飼養規模200頭以上)が19.8%、中規模(同50〜199頭)が13.4%、小規模(1〜49頭)が5.2%であり、小規模であるほどGMPの書面化に消極的であることも分かった(表12)。一方で、カンザス州立大学が21年に実施した調査によると、放牧方法や経営、目標、実践方法、評価方法などいずれかの情報を含んでいるGMPを書面化している生産者は42.9%にのぼる。
 USRSBは、生産者に二度手間のような不要な負担を強いることを避けるべく、USDA/NRCS、BLM、FSに加え、全米放牧地連合(NatGLC)などの放牧業界団体、その他の団体・民間企業と協議を重ねており、23年中の統一的なGМP基準の設定に向けて前向きに取り組んでいる。



5 おわりに

 米国の肉用牛繁殖セクターでは、省力化および生産コストの低減のために広く放牧に取り組んでいるが、放牧の管理は細かく行き届いていない生産者が多いのが現状である。しかし、干ばつや山火事などの増加などを背景に気候変動への対応に取り組むべく、放牧を適切に管理することが重視され始めている。また、近年、消費者や投資家の間で持続可能性への意識の高まりを受け、肉用牛・牛肉サプライチェーンが一体となって持続可能な牛肉生産に取り組み始めている中で、繁殖セクターに対しても、土壌への炭素固定やGHG排出量の削減、土地資源・水資源の保全などへの貢献に期待する声も多い。一方で、GMP策定の推進に当たっては、繁殖セクターへの過度な負担をかけることのないよう慎重に検討すべきとの声もある。特に、高齢の生産者や小規模な農場にとって負担は大きいとされる。
 ただし、USDAや全米・州レベルの団体による管理放牧の導入に関する支援も非常に充実しており、繁殖セクターの生産者の管理放牧への切り換えに追い風が吹いていると言えるだろう。このような中、今後、USRSBが肉用牛・牛肉業界をどのようにまとめ上げ、GMP策定の目標を遂行していくのか注目したい。
 
(岡田 卓也 (JETROニューヨーク))