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調査・報告 畜産の情報 2023年8月号

有機管理で生産される日本短角種の生理学的および骨格筋特性

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北里大学 獣医学部附属フィールドサイエンスセンター 講師 小笠原 英毅

【要約】

 近年、SDGsの開発目標であるゴール2「飢餓をゼロに」、ゴール13「気候変動に具体的な対策を」などに貢献する持続可能な畜産方式として有機畜産への取り組みが注目されている。本研究では、試験対象牧場を、有機JAS認証を取得した牧場または取得を目指す牧場とし、グラスフェッドタイプ、グレインフェッドタイプで飼養される日本短角種去勢を用いて、各牧場の飼養管理の状態(増体および血液性状)、枝肉成績、内臓特性、骨格筋特性を解析した。
 増体特性では1日当たり増体量が明確化された一方、有機管理草地における肥育期の放牧技術を再検討する必要性が考えられた。各骨格筋の筋線維型構成割合はグレインフェッドでは筋収縮のエネルギーを糖に依存する筋線維の割合が多く、それは穀物給与量または期間に依存することが明らかとなった。また、グラスフェッドで生産された日本短角種の骨格筋で脂肪滴含有筋線維の割合が高く、脂肪酸組成では大腿二頭筋近位部でのαリノレン酸含量が明確な特徴となる可能性が示唆され、グラスおよびグレインフェッドで生産された有機畜産物の基礎的知見が得られた。

1 はじめに

 2005年に有機畜産物の表示基準(有機JAS(注1))が制定され、17年が経過した。野菜などの農産物では多くの農場が有機JAS認証を取得し、有機JASマークを付けた農産物が販売されているのを目にする機会も多い。一方、牛肉などの畜産物で有機JAS認証を取得した生産行程管理者は極端に少ない。08年に津別有機酪農研究会が有機JAS認証牛乳を販売、09年には北里大学獣医学部附属フィールドサイエンスセンター八雲牧場(以下「八雲牧場」という)が肉用牛で国内初の有機JAS認証を取得したほか、鶏卵、鶏肉、豚肉で認証取得されているが、現在まで有機JAS認証の畜産物は限られた地域と生産者で生産しているのみで、一般消費者が購入できる機会はまだまだ少ない。八雲牧場では、1994年から放牧と自給飼料100%で肉用牛生産から販売まで実践的な研究を行っており、草資源のみで26カ月齢、生体重880キログラム(絶食時体重)、枝肉重量は527キログラムのウシの生産も可能であることを実証した(小笠原 2017)。
 21年5月、農林水産省は持続可能な開発目標(SDGs)の達成および農業分野における地球温暖化防止の政策として「みどりの食料システム戦略」を策定し、50年までに有機農業の取り組み面積を耕作面積の25%(100万ヘクタール)に拡大することを目指している(農林水産省 2021)。しかしながら、有機畜産(肉用牛)においては有機JAS認証取得牧場が北海道内の7戸のみ(22年3月現在)となっており(小笠原 2022)、今後、普及拡大に関してさらなる方策が必要である。同形態が普及しない要因は、一般の酪畜産農家が有機JAS認証取得に関わる手続きのノウハウを知る機会が少ないことや有機飼料の確保の難しさにある。現状では、17年に北海道オーガニックビーフ振興協議会が有機畜産の普及拡大を目的に設立され、生産者14人、流通関係19社が加入し、申請手続き、有機飼料の確保、生産牛肉の流通をサポートしている。参画する生産者の飼養管理はさまざまで、グラスフェッド(草資源のみ給与)およびグレインフェッド(穀物併用給与)、日本短角種やアンガス種、その他交雑種と飼養管理に品種を組み合わせると多岐にわたる。一方、有機畜産物を求める消費者はオーガニックビーフ=グラスフェッドビーフという認識が強く、筆者は消費者側への情報発信が必要と強く感じる。つまり、現状では有機JAS認証を取得した牧場の生産物(牛肉や内臓肉)はオーガニックビーフおよびオーガニックホルモンとオーガニック製品としてひとくくりにされ、有機JAS認証を有する一方、その飼養管理や品種の特性が明確ではない。従って、これら有機畜産物の科学的特性に関する一定の見解が必要と考えている。
 本研究では有機畜産物(肉用牛)生産の普及拡大を目的とし、有機JAS認証を取得した、もしくは取得を目指す牧場の、生産される過程ならびにその畜産物に関する生産者から消費者まで可視化可能な国内の有機畜産物の新たな指標を分析することを目的とした。

(注1)「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)」に基づく有機食品の認証制度。有機農産物や有機加工食品などの生産方法についての基準を定め、この基準を満たすものだけを「有機」と表示できるようにしたもので、農林水産省の登録認定機関が認証する。

2 材料と方法

(1)対象牧場と供試動物

 本研究における試験対象牧場は有機JAS認証取得した、または取得を目指す(試験計画当時)牧場であるため、八雲牧場(有機JAS取得済み、グラスフェッドタイプ)およびA牧場(有機JAS取得予定、グラスフェッドタイプ)、B牧場(有機JAS取得済み、育成期から肥育前期まではグラスフェッドタイプ、肥育期後期はグレインフェッドタイプ)およびC牧場(有機JAS取得済み、グレインフェッドタイプ)とし、供試動物はそれぞれの牧場で飼養される日本短角種去勢とした(図1、表1)。
 実験1として、各牧場の飼養管理の状態(増体および血液性状)を把握した。八雲牧場で飼養される日本短角種去勢4頭(29.8±1.3カ月齢)を、A牧場で飼養される日本短角種去勢4頭(34.0±0.3カ月齢)を用い、夏期間に放牧し放牧草と固形塩を自由採食させた。B牧場では日本短角種去勢4頭(24.2±1.1カ月齢)を用い、夏期間に放牧し放牧草を自由採食とした。C牧場では日本短角種去勢4頭(29.8±0.8カ月齢)を用い舎飼飼養で穀物給与とした。
 実験2として、各牧場で生産された日本短角種の枝肉成績、内臓特性、骨格筋特性を解析した。実験1で供試した八雲牧場の日本短角種去勢4頭と出荷時期(2021年10月)と合わせる必要があり、A〜C牧場では実験1とは異なる、またはその群内の供試牛を用いた(B牧場は出荷前4カ月穀物給与)。各牧場、同時期に出荷された日本短角種去勢はそれぞれ2頭(A牧場:43.8±0.9カ月齢、B牧場:31.5±0.8カ月齢、C牧場:30.1±0.4カ月齢)であった。なお、A牧場は有機JAS認証に見合う放牧地での放牧飼養であること、BおよびC牧場は有機JAS認証を取得済みであるが有機牛出荷までに至っていないことを追記する。



 

(2)実験1 有機管理で生産される肉用牛の増体および血液性状

ア 体重および体尺測定

 八雲牧場の供試牛は放牧開始(6月)から毎月一度、午前中に歩行型体重計(キャトルロード)で、その他の牧場では8月および10月に移動式体重計(スマートスケール)で体重を測定し、実験期間中の1日当たり増体量を算出した。また、同時に胸囲、腰角幅、寛幅かんはばを測定した。


イ 血液性状の解析

  血液成分はヘマトクリット(Hct)(注2)、トリグリセリド(TG)(注3)、総コレステロール(T−CHO)(注4)、遊離脂肪酸(NEFA)(注5)、グルコース(Glucose:Glu)(注6)コルチゾール(注7)を分析した。


(注2)血液中に占める赤血球の体積の割合。
(注3)中性脂肪。
(注4)血液中に含まれるコレステロール(脂質の一種で、細胞膜や血管壁の構成などの役割を果たす)のすべての量。
(注5)脂肪組織から血液に放出され、エネルギー源として活用される脂肪分。
(注6)血液中のブドウ糖。血糖。
(注7)副腎皮質ホルモンの一種で炭水化物、脂肪、タンパク代謝を制御する役割がある。

(3)実験2 有機管理で生産される日本短角種の枝肉成績と内臓および骨格筋特性

ア 枝肉成績

 すべての供試牛は2021年10月末までに出荷され、公益社団法人日本食肉格付協会の発行する牛枝肉格付明細書を基に枝肉成績を解析した。


イ 内臓組織の重量測定と第一胃乳頭の解剖学的解析

 と畜時に採取可能(食用廃棄ではなく許諾を得られた)な内臓組織を食肉加工業者が洗浄、簡易整形後の内臓(第一胃、第二胃、第三胃、第四胃、小腸、大腸、肺、すい臓、肝臓、臓、心臓、横隔膜、咬筋)重量を測定した。
 重量測定後の第一胃を解剖学的に分類される噴門部、第一・二胃口、筋柱近部、背のうの4部位に分け、それぞれの各部位から1センチメートル四方の組織片を4片以上切り出し、第一胃乳頭を筋層側から眼科バサミで切り取り1平方センチメートル中の枚数から乳頭の密度を算出した。


ウ 骨格筋の組織化学的解析

 骨格筋組織は枝肉表面および断面より生産者および流通業者から許諾が得られ採取可能であったロース系(僧帽筋、広背筋、胸最長筋)、バラ系(胸腹鋸筋)、ウデ・モモ系(上腕三頭筋、大腿筋膜張筋、大腿二頭筋近位部および中遠位部、半膜様筋)、ひき材系(鎖骨頭筋乳突部、指伸筋、趾伸筋)に用いられる12種類を採取した。その後、10マイクロメートルの凍結切片を作製し、myosin-slow(T型)およびfast(U型)抗体を用いた免疫組織化学的染色で、酵素化学的染色によりミトコンドリアのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド脱水素酵素(nicotinamide adenine dinucleotide dehydrogenase : NADH)活性(UA型)および3−ヒドロキシ酪酸脱水素酵素(3−hydroxybutyrate dehydrogenase : HBD)活性(TD型)を染色し、筋線維型構成割合を算出した(図2)。

 

エ 脂肪酸組成と栄養成分

 分析に用いる胸最長筋および大腿二頭筋近位部は皮下脂肪を取り除き、可能な限り赤身部分のみをミンチ状にし、分析まで真空状態・マイナス30度で保存した。
 脂肪酸組成の測定はミリスチン酸(C14:0)、パルミチン酸(C16:0)、パルミトオレイン酸(C16:1)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、C18:1脂肪酸の異性体、C18脂肪酸の異性体、リノール酸(C18:2)およびα−リノレン酸(C18:3)の脂肪酸メチルエステルの含有率を算出した。
 栄養成分分析は熱量、水分、タンパク質、脂質、炭水化物について一般財団法人食品分析開発センターSUNATECに委託し、測定した。
 実験1および2で解析された項目から有機畜産を実践する牧場の科学的共通点を抽出し、有機JAS認証取得牧場で生産された畜産物(生産過程も含む)における科学的指標を分析した。

3 結果と考察

(1)体重および体尺測定

 表2に供試牛の月齢、実験開始時(2021年8月)の体重、実験終了時(21年10月)の体重、実験期間中の1日当たり増体量を、表3に胸囲、腰角幅、寛幅を示す。試験開始時および終了時の体重の違いは月齢とそれぞれの飼養管理に起因する。採材時の飼養管理は、八雲牧場、A牧場、B牧場が放牧飼養であり、八雲牧場が有機管理で通常牧草型(基幹草種がペレニアルライグラス、オーチャードグラス、シロクローバー)、A牧場が有機管理の野草型(基幹草種がノコンギク、カズザキヨモギ)、B牧場が有機管理の通常牧草型(基幹草種がオーチャードグラス、リードカナリーグラス)の完全グラスフェッドである。一方、C牧場は舎飼飼養でコーンサイレージ、ビートパルプ、規格外小麦、乾草などのTMR(TDN70%以上)の配合飼料を給与するグレインフェッドである。従って、個体差は大きいがC牧場の生体重および1日当たり増体量が他牧場より高いことは舎飼飼養による行動量の抑制と給与飼料による影響の可能性が考えられた。



 

(2)一般血液成分の推移

 供試牛の健康状態を把握するために一般血液成分の推移を解析したところ、血中TG濃度を除き(乙丸ら 2014)、慣行牛の基準値の範囲内(NEFA:0〜0.4 mEq/ml(図3)、TG:30〜70mg/dl(図4)、GLU:61.5〜69.5mg/dl(図5)、T-CHO:99.8〜120.8 mg/dl(図6)、Hct:27〜34%(図7))であった。血中NEFA濃度は体脂肪動員の指標とされ、TG濃度は中性脂肪の指標として脂質不足で低下、T-CHO濃度はエネルギー充足の指標、GLU濃度はエネルギー不足状態で低下する(畜産技術協会 2005)。基準値範囲外であった血中TG濃度は脂肪交雑重視の牛肉を生産する上で重要な因子であるが、グラスフェッドおよびグレインフェッドで有意な差はなく、グラスフェッドでは過度な脂肪交雑を必要としない赤身牛肉生産を目的としているため、血中TG濃度の低下(基準値外)は放牧と自給粗飼料のみで肉用牛を生産する場合、考慮する必要がない可能性が示唆される。また、グレインフェッドでは血中TG濃度よりT-CHOおよびGLU、Hct濃度がグラスフェッドより顕著に高く、給与飼料の影響が反映された。しかしながら、これらのデータは短期的な解析であり、一般血液成分の推移を継続的に行う必要がある。













 
 有機畜産はアニマルウェルフェアに配慮した生産方式であるため(農林水産省 2021)、ストレス指標で用いられるコルチゾールを試験終了時の血漿しょうおよび被毛を用いて測定した(図8、9)。血中コルチゾールは短期的な、毛中コルチゾールは長期的(1〜2カ月)な個体のストレスを反映する(林 2018)。ウシの血漿中および被毛中コルチゾール濃度はそれぞれ1〜5ng/mlおよび1〜11pg/mgの範囲と報告されており(Hayashi et al., 2020)、本研究では各個体によるコルチゾール濃度に極端な差が認められたが、既報の範囲内であった。各個体の血漿中および被毛中コルチゾール濃度は緩やかな相関関係にあり、ストレス指標としてコルチゾールを測定する場合には簡易に採取可能な被毛が最適である可能性が示唆された。




 

 (3)枝肉成績

 グラスフェッド(八雲牧場およびA牧場)およびグレインフェッド(B牧場およびC牧場)の日本短角種の枝肉成績を解析した(図10、表4)。B牧場では出荷4〜6カ月前より穀物給与を行うため、グラスフェッドから舎飼飼養のグレインフェッドに切り替わる。グラスフェッドではグレインフェッドより枝肉重量、ロース面積、バラ厚、皮下脂肪厚が低く、BCS(牛肉色基準)およびBFS(牛脂肪色基準)が高かった。枝肉重量、ロース面積、バラ厚、皮下脂肪厚が低いことは摂取エネルギーと放牧飼養による運動行動(エネルギー消費)の差に起因すると考えられた。BCSでは放牧行動で増加するミオグロビンの増加(伊藤ら 1989)、BFSでは摂取飼料である放牧草由来のβカロチンの沈着に起因する(中村ら 2010)。脂肪交雑基準であるBMS(牛脂肪交雑基準)に関してはグレインフェッドとグラスフェッドに明確な差はなく、日本短角種の脂肪交雑能力の低さが示された。



 
 

(4)内臓組織の重量と第一胃乳頭の解剖学的解析

 グラスフェッドの内臓組織の重量を図11に示す。BおよびC牧場の供試牛の内臓組織は廃棄または生産者および流通業者からの許諾が得られなかったため、採材できなかった。
 慣行の畜産方式では哺乳期間は長くても3カ月齢である一方、有機畜産実践牧場では哺乳期間の長期化が見受けられる(八雲牧場およびA牧場は6カ月齢まで哺乳期間)。哺乳期間の長期化は第一胃乳頭(ウシの生体エネルギー、産肉性、産乳性に関与する揮発性脂肪酸を吸収する)の発達が遅延する。第一胃乳頭の発達には粗飼料などの物理的刺激および穀物飼料由来のプロピオン酸、酪酸による化学的刺激が必要とされるためである(津田 1963)。本研究では八雲牧場で生産される日本短角種の第一胃乳頭において、密度、長径、短径、表面積を解析したところ、各部位で有意な差は認められなかった(図12〜15)。慣行肥育のウシでは第一胃乳頭の密度は噴門、筋柱、背嚢、第一・二構でそれぞれ、38.5、47.5、33.5、47.0枚/平方センチメートル、長径の平均値では0.5、0.2、0.1、0.4センチメートルであり(津田 1966)、本事業のグラスフェッドで生産された日本短角種は穀物給与と同等以上の第一胃乳頭の発達を有し、粗飼料による物理的刺激で十分に第一胃乳頭の発達が促されることが明らかとなった。













 

(5)骨格筋の組織化学的解析

 筋線維型構成割合は家畜および家きん肉において、食味嗜好しこう性と関連することが知られ、白色筋線維(UB型筋線維)は食肉の柔らかさに、赤色筋線維(T型およびUA型筋線維)の構成割合と食味嗜好性は正の相関がある(渡邊 2016)。また、赤色筋線維の割合が高いほどジューシーさや香りが向上する(Kim et al., 2013)。さらに赤色筋線維は旨味成分およびへム鉄含有タンパク質ミオグロビンやカルニチンなどの機能性成分の含有量が多く、アラニン、グルタミンなどの旨み成分である遊離アミノ酸含量も遅筋型筋線維で多いと報告されている(Mashima et al., 2019)。グラスフェッド(八雲牧場)(表5)、グラスからグレインフェッド(B牧場)(表6)、グレインフェッド(C牧場)(表7)で生産された日本短角種の各骨格筋の筋線維型構成割合を解析したところ、グレインフェッドでは筋収縮のエネルギーを糖に依存する速筋型のU型(UA型+UB型)筋線維の割合が多く、それは穀物給与量または期間に依存した。
 






 
 TおよびTD型筋線維は主として脂肪酸を筋収縮エネルギーとして利用する。放牧飼養では行動量が増加すること、グラスフェッドでは皮下脂肪厚が薄い傾向にあることからも体内の脂肪を分解して筋組織にエネルギー源として動員され、TD型筋線維が増加すると推測される(小笠原 2017)。
 一方、グレインフェッドにおいても一定量のTD型筋線維が存在する骨格筋が存在した。筋線維型の移行は運動負荷もしくは摂取飼料の違いから生じ、脂質含量の高い飼料を摂取した場合、遅筋型、つまりT型およびTD型筋線維に移行する(Wang et al., 2013)(Maxwell et al.,2014)。グレインフェッドで認められたTD型筋線維の存在は摂取飼料の影響による可能性が示唆された。
 図16および表8に各牧場の日本短角種の大腿二頭筋近位部および中遠位部における脂肪滴(注8)含有筋線維の染色像とその発現割合を示す。
 脂肪滴含有筋線維の増減は筋線維型移行と同様に栄養摂取および運動負荷により生じる可能性が示唆されるが、反すう家畜におけるウシでの報告は少なく、また、有機管理で生産される飼養管理でも生産の基軸を担う放牧飼養(運動負荷)時の脂肪滴含有筋線維に関する詳細な解析は行われておらず、有機管理に準じた飼養管理での各骨格筋における脂肪滴含有筋線維の発現割合の報告は本稿が初めてである。脂肪滴含有筋線維の割合はグレインフェッドよりグラスフェッドで生産された日本短角種の骨格筋で多く、大腿二頭筋近位部で飼養管理に関わらず一定の割合で存在した。また、グラスフェッドの鎖骨頭筋乳突部で脂肪滴含有筋線維の割合は著しく高く、鎖骨頭筋乳突部は頭部を支える頸部の骨格筋であることから出荷まで放牧飼養である八雲牧場の日本短角種は採食行動(草を食む)が持続的に続くため(鈴木ら 2014)、疲労耐性の強い筋線維型を必要することに起因する。脂肪滴含有筋線維はTD型筋線維の割合と連動する傾向があること、鎖骨頭筋乳突部の脂肪滴含有筋線維の高発現がグラスフェッド型有機畜産で生産された日本短角種の骨格筋特性になり得る可能性が示唆される。

(注8)細胞中に存在する、脂質やタンパク質などを含む球形の液体の固まり。


 

 
 

(6)脂肪酸組成と栄養成分

 脂肪滴含有筋線維の割合が顕著に異なった部位である胸最長筋および大腿二頭筋近位部の脂肪酸組成を表9に示す。一般的に牛肉はオレイン酸の割合が高く、パルミチン酸とステアリン酸の割合が少ないほど風味が良いとされ、オレイン酸の割合と風味の好ましさに正の相関があることが報告されている(Mandall et al., 1998)(松本 2012)。胸最長筋においてはグレインフェッドでオレイン酸が高かった。一方、大腿二頭筋近位部ではαリノレン酸以外の脂肪酸で差は認められなかった。αリノレン酸は牧草由来の脂肪酸であることからグラスフェッドの飼養管理で増加することは推測できる。αリノレン酸はヒトの体内では生産できない必須脂肪酸で血圧改善や動脈硬化の予防に働く(櫻井 2007)。大腿二頭筋近位部では脂肪滴含有筋線維が飼養管理に関わらず高い割合で存在し、さらにαリノレン酸も著しく増加するため、大腿二頭筋近位部でのαリノレン酸含量がグラスフェッド型有機畜産で生産される日本短角種の明確な特徴となる可能性が示唆された。
 胸最長筋の栄養成分(熱量、水分、タンパク質、脂質、灰分)を表10に示す。グラスフェッドでは水分、タンパク質が高く、エネルギー、脂質が低かった。この傾向は穀物給与量および給与期間に依存した(C牧場<B牧場<八雲牧場)。



4 おわりに

 本研究では試験対象牧場を有機JAS認証取得した牧場または取得を目指す(試験計画当時)牧場とし、グラスフェッドタイプ、グレインフェッドタイプで飼養される日本短角種去勢を用いて、実験1として各牧場の飼養管理の状態(増体および血液性状)を解析した。次に実験2として各牧場で生産された日本短角種の枝肉成績、内臓特性、骨格筋特性を解析した。増体特性では放牧飼養時の肥育期の日本短角種の1日当たり増体量が明確化し、グラスフェッド型有機畜産で生産する日本短角種の増体量を増加させるためには、有機管理草地における肥育期の放牧技術(栄養価の高い草種構成など)を再検討する必要性が考えられた。一方で、グラスフェッド型有機畜産では肥育期の1日当たり増体量は約0.3キログラムであったことから穀物多給の慣行飼養と比較して一定の増体を求める場合、出荷期間が長期化する可能性が考えられた。これが生産経費に直接的に影響し、一般市場で流通する有機畜産物が高価になり得る一因につながると考えられる。血液成分の推移ではすべての飼養管理で血中TG濃度を除き、慣行牛の基準値の範囲内であることが明らかとなった。第一胃の解剖学的解析では粗飼料のみで十分な第一胃乳頭の発達が促されることが明らかとなり、グラスフェッドで生産される日本短角種の第一胃の解剖学的知見が得られた。各骨格筋の筋線維型構成割合はグレインフェッドでは筋収縮のエネルギーを糖に依存する速筋型のU型(UA型+UB型)筋線維の割合が多く、それは穀物給与量または期間に依存すること、グレインフェッドにおいても一定量のTD型筋線維が存在する骨格筋が存在することが明らかとなった。また、グレインフェッドよりグラスフェッドで生産された日本短角種の骨格筋で脂肪滴含有筋線維の割合が高く、脂肪酸組成では大腿二頭筋近位部でのαリノレン酸含量が有機管理で生産されるグラスフェッド日本短角種の明確な特徴となる可能性が示唆された。
 以上より、有機管理下で生産されるグラスフェッドおよびグレインフェッドの日本短角種の特性は各項目で明らかとなり、本研究により哺乳期間が長期化する可能性の高いグラスフェッド型有機畜産において、第一胃乳頭の発達は穀物給与牛と同等以上であること、両飼養管理での各骨格筋の筋線維型構成割合と脂肪酸組成の基礎的情報(有機畜産物においても脂質含量が高く柔らかい牛肉を求める消費者はグレインフェッドを、脂質含量が低い赤身牛肉を求める消費者はグラスフェッドを)が示された。しかしながら、両飼養管理で共通する特性は見いだせず、今後、有機畜産物に関するさらなるデータの蓄積が望まれる。最後に本事業の成果がこの先、広がりを見せる有機畜産の発展とそれに伴う有機畜産の生産者および消費者双方への基礎的情報を提供することによる普及拡大、すなわち国内における持続可能な畜産体系の構築の一助につながることを期待する。

謝 辞
本調査は、各牧場、北里大学獣医学部栄養生理学研究室の落合優准教授、マルハニチロ株式会社の岩崎方保課長代理のご協力を得たことで遂行できました。ここに感謝の意を示します。


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