(1)体重および体尺測定
表2に供試牛の月齢、実験開始時(2021年8月)の体重、実験終了時(21年10月)の体重、実験期間中の1日当たり増体量を、表3に胸囲、腰角幅、寛幅を示す。試験開始時および終了時の体重の違いは月齢とそれぞれの飼養管理に起因する。採材時の飼養管理は、八雲牧場、A牧場、B牧場が放牧飼養であり、八雲牧場が有機管理で通常牧草型(基幹草種がペレニアルライグラス、オーチャードグラス、シロクローバー)、A牧場が有機管理の野草型(基幹草種がノコンギク、カズザキヨモギ)、B牧場が有機管理の通常牧草型(基幹草種がオーチャードグラス、リードカナリーグラス)の完全グラスフェッドである。一方、C牧場は舎飼飼養でコーンサイレージ、ビートパルプ、規格外小麦、乾草などのTMR(TDN70%以上)の配合飼料を給与するグレインフェッドである。従って、個体差は大きいがC牧場の生体重および1日当たり増体量が他牧場より高いことは舎飼飼養による行動量の抑制と給与飼料による影響の可能性が考えられた。
(2)一般血液成分の推移
供試牛の健康状態を把握するために一般血液成分の推移を解析したところ、血中TG濃度を除き(乙丸ら 2014)、慣行牛の基準値の範囲内(NEFA:0〜0.4 mEq/ml(図3)、TG:30〜70mg/dl(図4)、GLU:61.5〜69.5mg/dl(図5)、T-CHO:99.8〜120.8 mg/dl(図6)、Hct:27〜34%(図7))であった。血中NEFA濃度は体脂肪動員の指標とされ、TG濃度は中性脂肪の指標として脂質不足で低下、T-CHO濃度はエネルギー充足の指標、GLU濃度はエネルギー不足状態で低下する(畜産技術協会 2005)。基準値範囲外であった血中TG濃度は脂肪交雑重視の牛肉を生産する上で重要な因子であるが、グラスフェッドおよびグレインフェッドで有意な差はなく、グラスフェッドでは過度な脂肪交雑を必要としない赤身牛肉生産を目的としているため、血中TG濃度の低下(基準値外)は放牧と自給粗飼料のみで肉用牛を生産する場合、考慮する必要がない可能性が示唆される。また、グレインフェッドでは血中TG濃度よりT-CHOおよびGLU、Hct濃度がグラスフェッドより顕著に高く、給与飼料の影響が反映された。しかしながら、これらのデータは短期的な解析であり、一般血液成分の推移を継続的に行う必要がある。
有機畜産はアニマルウェルフェアに配慮した生産方式であるため(農林水産省 2021)、ストレス指標で用いられるコルチゾールを試験終了時の血
漿および被毛を用いて測定した(図8、9)。血中コルチゾールは短期的な、毛中コルチゾールは長期的(1〜2カ月)な個体のストレスを反映する(林 2018)。ウシの血漿中および被毛中コルチゾール濃度はそれぞれ1〜5ng/mlおよび1〜11pg/mgの範囲と報告されており(Hayashi
et al., 2020)、本研究では各個体によるコルチゾール濃度に極端な差が認められたが、既報の範囲内であった。各個体の血漿中および被毛中コルチゾール濃度は緩やかな相関関係にあり、ストレス指標としてコルチゾールを測定する場合には簡易に採取可能な被毛が最適である可能性が示唆された。
(3)枝肉成績
グラスフェッド(八雲牧場およびA牧場)およびグレインフェッド(B牧場およびC牧場)の日本短角種の枝肉成績を解析した(図10、表4)。B牧場では出荷4〜6カ月前より穀物給与を行うため、グラスフェッドから舎飼飼養のグレインフェッドに切り替わる。グラスフェッドではグレインフェッドより枝肉重量、ロース面積、バラ厚、皮下脂肪厚が低く、BCS(牛肉色基準)およびBFS(牛脂肪色基準)が高かった。枝肉重量、ロース面積、バラ厚、皮下脂肪厚が低いことは摂取エネルギーと放牧飼養による運動行動(エネルギー消費)の差に起因すると考えられた。BCSでは放牧行動で増加するミオグロビンの増加(伊藤ら 1989)、BFSでは摂取飼料である放牧草由来のβカロチンの沈着に起因する(中村ら 2010)。脂肪交雑基準であるBMS(牛脂肪交雑基準)に関してはグレインフェッドとグラスフェッドに明確な差はなく、日本短角種の脂肪交雑能力の低さが示された。
(4)内臓組織の重量と第一胃乳頭の解剖学的解析
グラスフェッドの内臓組織の重量を図11に示す。BおよびC牧場の供試牛の内臓組織は廃棄または生産者および流通業者からの許諾が得られなかったため、採材できなかった。
慣行の畜産方式では哺乳期間は長くても3カ月齢である一方、有機畜産実践牧場では哺乳期間の長期化が見受けられる(八雲牧場およびA牧場は6カ月齢まで哺乳期間)。哺乳期間の長期化は第一胃乳頭(ウシの生体エネルギー、産肉性、産乳性に関与する揮発性脂肪酸を吸収する)の発達が遅延する。第一胃乳頭の発達には粗飼料などの物理的刺激および穀物飼料由来のプロピオン酸、酪酸による化学的刺激が必要とされるためである(津田 1963)。本研究では八雲牧場で生産される日本短角種の第一胃乳頭において、密度、長径、短径、表面積を解析したところ、各部位で有意な差は認められなかった(図12〜15)。慣行肥育のウシでは第一胃乳頭の密度は噴門、筋柱、背嚢、第一・二構でそれぞれ、38.5、47.5、33.5、47.0枚/平方センチメートル、長径の平均値では0.5、0.2、0.1、0.4センチメートルであり(津田 1966)、本事業のグラスフェッドで生産された日本短角種は穀物給与と同等以上の第一胃乳頭の発達を有し、粗飼料による物理的刺激で十分に第一胃乳頭の発達が促されることが明らかとなった。
(5)骨格筋の組織化学的解析
筋線維型構成割合は家畜および家きん肉において、食味
嗜好性と関連することが知られ、白色筋線維(UB型筋線維)は食肉の柔らかさに、赤色筋線維(T型およびUA型筋線維)の構成割合と食味嗜好性は正の相関がある(渡邊 2016)。また、赤色筋線維の割合が高いほどジューシーさや香りが向上する(Kim
et al., 2013)。さらに赤色筋線維は旨味成分およびへム鉄含有タンパク質ミオグロビンやカルニチンなどの機能性成分の含有量が多く、アラニン、グルタミンなどの旨み成分である遊離アミノ酸含量も遅筋型筋線維で多いと報告されている(Mashima
et al., 2019)。グラスフェッド(八雲牧場)(表5)、グラスからグレインフェッド(B牧場)(表6)、グレインフェッド(C牧場)(表7)で生産された日本短角種の各骨格筋の筋線維型構成割合を解析したところ、グレインフェッドでは筋収縮のエネルギーを糖に依存する速筋型のU型(UA型+UB型)筋線維の割合が多く、それは穀物給与量または期間に依存した。
TおよびTD型筋線維は主として脂肪酸を筋収縮エネルギーとして利用する。放牧飼養では行動量が増加すること、グラスフェッドでは皮下脂肪厚が薄い傾向にあることからも体内の脂肪を分解して筋組織にエネルギー源として動員され、TD型筋線維が増加すると推測される(小笠原 2017)。
一方、グレインフェッドにおいても一定量のTD型筋線維が存在する骨格筋が存在した。筋線維型の移行は運動負荷もしくは摂取飼料の違いから生じ、脂質含量の高い飼料を摂取した場合、遅筋型、つまりT型およびTD型筋線維に移行する(Wang
et al., 2013)(Maxwell
et al.,2014)。グレインフェッドで認められたTD型筋線維の存在は摂取飼料の影響による可能性が示唆された。
図16および表8に各牧場の日本短角種の大腿二頭筋近位部および中遠位部における脂肪滴
(注8)含有筋線維の染色像とその発現割合を示す。
脂肪滴含有筋線維の増減は筋線維型移行と同様に栄養摂取および運動負荷により生じる可能性が示唆されるが、反
芻家畜におけるウシでの報告は少なく、また、有機管理で生産される飼養管理でも生産の基軸を担う放牧飼養(運動負荷)時の脂肪滴含有筋線維に関する詳細な解析は行われておらず、有機管理に準じた飼養管理での各骨格筋における脂肪滴含有筋線維の発現割合の報告は本稿が初めてである。脂肪滴含有筋線維の割合はグレインフェッドよりグラスフェッドで生産された日本短角種の骨格筋で多く、大腿二頭筋近位部で飼養管理に関わらず一定の割合で存在した。また、グラスフェッドの鎖骨頭筋乳突部で脂肪滴含有筋線維の割合は著しく高く、鎖骨頭筋乳突部は頭部を支える頸部の骨格筋であることから出荷まで放牧飼養である八雲牧場の日本短角種は採食行動(草を食む)が持続的に続くため(鈴木ら 2014)、疲労耐性の強い筋線維型を必要することに起因する。脂肪滴含有筋線維はTD型筋線維の割合と連動する傾向があること、鎖骨頭筋乳突部の脂肪滴含有筋線維の高発現がグラスフェッド型有機畜産で生産された日本短角種の骨格筋特性になり得る可能性が示唆される。
(注8)細胞中に存在する、脂質やタンパク質などを含む球形の液体の固まり。
(6)脂肪酸組成と栄養成分
脂肪滴含有筋線維の割合が顕著に異なった部位である胸最長筋および大腿二頭筋近位部の脂肪酸組成を表9に示す。一般的に牛肉はオレイン酸の割合が高く、パルミチン酸とステアリン酸の割合が少ないほど風味が良いとされ、オレイン酸の割合と風味の好ましさに正の相関があることが報告されている(Mandall
et al., 1998)(松本 2012)。胸最長筋においてはグレインフェッドでオレイン酸が高かった。一方、大腿二頭筋近位部ではαリノレン酸以外の脂肪酸で差は認められなかった。αリノレン酸は牧草由来の脂肪酸であることからグラスフェッドの飼養管理で増加することは推測できる。αリノレン酸はヒトの体内では生産できない必須脂肪酸で血圧改善や動脈硬化の予防に働く(櫻井 2007)。大腿二頭筋近位部では脂肪滴含有筋線維が飼養管理に関わらず高い割合で存在し、さらにαリノレン酸も著しく増加するため、大腿二頭筋近位部でのαリノレン酸含量がグラスフェッド型有機畜産で生産される日本短角種の明確な特徴となる可能性が示唆された。
胸最長筋の栄養成分(熱量、水分、タンパク質、脂質、灰分)を表10に示す。グラスフェッドでは水分、タンパク質が高く、エネルギー、脂質が低かった。この傾向は穀物給与量および給与期間に依存した(C牧場<B牧場<八雲牧場)。