(1)生乳出荷量の動向
2022年のEUの生乳出荷量は、前年並みの1億4465万トン(前年比0.02%増)となった(図2)。
EUの生乳出荷量は、15年3月の生乳クオータ制度(注2)廃止を受けて増加基調で推移していたが、ここ数年は、環境規制の強化やアニマルウェルフェアへの対応などから乳用経産牛飼養頭数が減少傾向にある中で、高泌乳牛の増頭などによる1頭当たり乳量の増加により横ばいで推移している。22年は、乳用経産牛飼養頭数は同0.6%減の1980万頭となったが、下期に穏やかな天候が続き、良質な牧草に恵まれたことで出荷量は前年並みとなった。総会では、22年は生乳取引価格が過去最高水準で推移した(図3)ことも、生乳生産を押し上げる一因と報告された。
23年の生乳出荷量は、需給の緩和に伴う生乳取引価格の下落から酪農家の収益に影響を及ぼしているとされるが、経営基盤を左右するほどの下落にはならないと見込まれることから、1億4437万トン(同0.2%減)と前年並み(注3)になると予測されている。
(注2)生乳生産量の上限枠を加盟国ごとに割り当て、上限を超えた場合、一定額の課徴金を課すとともに、加盟国内の農家間での枠の売買などを認めた生産割当制度。
22年の生乳出荷量を加盟国別に見ると、第3位のオランダ(注4)(同1.2%増)、第5位のポーランド(注5)(同2.1%増)、第6位のアイルランド(同0.8%増)は前年を上回った(図4)。
オランダについては、生乳取引価格の高騰が増加の要因とされたが、今後、環境規制が現状の枠組み通りに実施されれば生乳出荷量は減少との見通しも示された。生乳出荷量の減少により、同国の乳業各社は、乳製品生産量を維持するために隣接するベルギーやドイツ西部から集乳する必要が生じるとの報告もあった。この場合、追加の集乳コストなど採算性の課題も生じるため、乳製品に栄養面や機能面の強化といった付加価値を付ける必要もあるとのことだ。
ポーランドについては、農家戸数、乳用経産牛飼養頭数がともに減少する中で、規模拡大の進展が増加要因とされた(図5)。同国では、特に100〜300頭規模を飼養する農家の増加傾向が見られる。
アイルランドは、EU全体の乳用経産牛飼養頭数が減少傾向にある中で、12年連続で増頭したことが要因とされた。22年は前年比0.3%増と前年並みではあるが頭数増加を維持している。ただし、総会では、近年の天候不順が続く中で、23年も年初からの長引く降雨により、牧草の生育に加えて冷涼な気候が需要の低下を招くことで生乳出荷量にマイナスの影響を及ぼすとの見込みが報告された。現に22年の生乳出荷量の伸び率(同0.8%増)は、直近3年の値(同3.9〜5.6%増)を大きく下回った。
一方、EU加盟国の中で生乳出荷量第1位のドイツ(注6)および第2位のフランスは、ともに乳用経産牛飼養頭数が減少しており、これが生乳出荷量の減少要因とされている。総会では、特にドイツの飼養頭数減少の背景として、生産資材費の高騰やアニマルウェルフェアに関連する規制の厳格化の影響が挙げられるとされた。このため、今後、同国の生乳出荷量がこれまでの水準に戻ることは考えにくいとされている(注7)。
(注7)2023年1〜4月のドイツの生乳出荷量は、前年同期に比べわずかに増加している。本誌37ページ「乳製品価格の下落により、バターと脱脂粉乳の輸出量が増加」を参照されたい。
(2)乳製品の生産・輸出動向
2022年のEUの乳製品生産量は、脱脂粉乳(前年比0.7%増)が前年をわずかに上回ったものの、その他の乳製品は前年を下回った(図6、7)。また、EUの乳製品価格は、コロナ禍からの経済回復を背景とした乳製品需要の高まりにより、22年は過去最高の水準に達したが、同年後半には下落に転じている(図8)。これは、インフレ圧力により食品価格全般が高騰する中で、消費者の購買力低下から乳製品需給が緩和したことや、より一層の乳製品価格の下落を見越した需要者による発注の先延ばしなどによるものとされている。
22年のEUの主な乳製品の輸出量を見ると、すべての品目で前年を下回った(図9)。ただし、輸出額では、乳製品価格の高騰もあり過去最高水準に達している。同年の輸出先については、第1位が英国、第2位は中国、第3位は米国、第4位は韓国(前年は日本)と報告されている。
総会で報告された品目別の需給動向は以下の通りである。
ア 飲用乳
EU域内の飲用乳(乳飲料などを含む)需要は減少している。1人当たり飲用乳消費量は、2012年の86.9キログラムから22年は81.4キログラムとなり、この10年間で6.3%減となっている。このため、22年の飲用乳の生産量は、前年比1.0%減とわずかに減少した。
イ チーズ
これまで堅調な需要を背景に増産基調で推移していたが、2022年の生産量は前年比0.5%減とわずかに減少した。これは、同年のチーズ価格の高騰が輸出量減少を招いたためとされている。EU域内の1人当たりチーズ消費量については、12年の18.1キログラムから22年には20.9キログラムとなり、この10年間で15.5%増とかなり大きく増加している。23年は、チーズ価格の低下による輸出量の回復から、生産量の増加が見込まれている。特に、これまでチーズを消費する習慣がなかった地域でも、インターネットの動画サイトなどを通じてピザなどを知ることで、チーズ需要が喚起される余地があるとする例も報告されており、引き続きチーズ需要は堅調と見込まれている。
ウ バター
2022年のバターの生産量は、前年比0.1%減と前年並みとなった。これは、EU域内のバター需要が堅調に推移している中で、同年のチーズ生産量の減少に伴いバターへの生乳仕向け量が維持されたことによる。EU域内の1人当たりバター消費量は、12年の4.2キログラムから22年は4.7キログラムとなり、この10年間で13.8%増とかなり大きく増加している。しかし、チーズと同様にバター価格も上昇したため、同年の輸出量は同2.6%減とわずかに減少した。
エ 脱脂粉乳
2022年の脱脂粉乳の生産量は、前年比0.7%増とわずかに増加した。しかし他の乳製品と同様に22年は価格が高騰し、国際的な価格競争力が低下したため、輸出量は同9.8%減とかなりの程度減少した。EU域内では、乳用経産牛飼養頭数の減少に伴い子牛頭数も減少しているため、脱脂粉乳の用途の一つとなる子牛用飼料としての需要も減少している。23年下期は、需要をけん引してきた中国向けなどの輸出の伸びはわずかと見込まれること、および生産量が前年並みで推移する見込みから、価格の低下が予測されている(注8)。
(注8)2023年第1四半期のEUの脱脂粉乳の輸出量は、前年に比べ増加している。本誌37ページ「乳製品価格の下落により、バターと脱脂粉乳の輸出量が増加」を参照されたい。
オ 全粉乳
2022年の全粉乳生産量は、他の乳製品に比べ製造量が多くないものの、前年比5.5%減とやや減少した。また、輸出量は同19.2%減と大幅に減少した。全粉乳の主な輸出先は中国であるが、同国国内における生産能力の増加や同国政府による2年半にわたる新型コロナウイルス感染症対策を発端とする需要の低下が影響した。このような状況は、EUだけではなく、中国向けの全粉乳輸出量が最大となるNZも同様であった。