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調査・報告 畜産の情報 2023年10月号

女性農業研修施設での研修後に単身で新規酪農就農 〜北海道新得町 西尾牧場〜

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札幌事務所 石井 清栄

【要約】

 わが国の農業が成長産業として持続的に発展していくためには、安定的な農業経営を目指す経営体となる担い手の育成・確保が重要である。このためにも、今後は女性の新規就農者の増加が求められる。
 近年、全国の女性の新規参入者数は増加傾向にあるものの、このうち酪農部門における女性の新規参入者は増加していない。
 こうした中で、北海道十勝管内の新得町が平成8年に設置した女性農業研修施設「新得町立レディースファームスクール」の9年度研修生である西尾文生ふみお氏は、研修修了後業務経験を積み、15年に同町で単身により新規酪農就農した。西尾氏は現在乳用牛38頭を飼養し、忙しいながらも放牧主体の酪農経営を楽しみながら行っている。

1 はじめに

 農林水産省の「農林業センサス」などによると、女性の基幹的農業従事者は減少傾向ながらも、わが国の基幹的農業従事者の約4割を占める重要な担い手である(表1)。

 
 今後のわが国の農業の発展、地域経済の活性化のためには、多彩な能力を持つ女性農業者が一層力を発揮できるような環境を整えることが重要である。
 農林水産省の「新規就農者調査」によると、令和4年の新規就農者(注)数は、前年比12.3%減の4万5840人となった(表2)。男女別では、男性が同17.5%減の3万2630人となったのに対し、女性は同3.7%増の1万3220人となった。新規参入者(注)数は、前年比1.0%増の3870人となり、男女別では、男性が同0.6%増の3150人、女性が同2.9%増の720人となった。
 
(注)新規就農者および新規参入者の定義については、以下の通り。
・新規就農者:新規自営農業就農者、新規雇用就農者および新規参入者の3者。
・新規自営農業就農者:個人経営体の世帯員で、調査期日前の1年間の生活の主な状態が、「学生」から「自営農業への従事が主」になった者および「他に請われて勤務が主」から「自営農業への従事が主」になった者。
・新規雇用就農者:調査期日前1年間に新たに常雇い(年間7カ月以上)として雇用されることにより、農業に従事することとなった者。
・新規参入者:親の農地などを譲り受けず、土地や資金を独自に調達して調査期日前1年間に新たに農業経営を開始した者(第三者継承もここに含まれる)。
 

 
 
 一方、酪農においては、担い手の高齢化や後継者不足などを背景に、毎年一定数の酪農家の経営離脱が続いている。農林水産省によれば、平成29年〜令和3年に全国で2600人以上(北海道では800人以上)が経営から離脱した(表3)。今後の酪農生産基盤の維持・強化のためには、多様な経営継承の取り組みが必要であり、女性も含めた新規就農者の増加も求められる。このため、北海道をはじめとして、酪農研修施設も以前より設置されてきている。
 「新規就農者調査」によると、令和4年の酪農部門における新規参入者数は前年比25.0%減の30人となった(表4)。このうち女性は前年同の10人となった。当該統計が平成30年に公表されて以降、令和2年(20人)を除き、女性は10人で推移している。
 なお、全国および北海道の酪農部門における新規就農者数は表5の通りである。
 







 
 
 こうした中、本稿では、十勝管内の新得町が平成8年に設立した女性農業研修施設「新得町立レディースファームスクール」の9年度研修生で、その後業務経験を積み、15年に同町で単身により新規酪農就農(新規参入)した西尾文生氏(写真1)の事例について紹介する。

2 新得町立レディースファームスクールについて

 前述のように、酪農部門における女性の新規参入者数が少ない中で、まずは、西尾氏が新規酪農就農を目指すきっかけとなった「新得町立レディースファームスクール」(以下「ファームスクール」という)について紹介したい。
 

(1)新得町について

 新得町は北海道のほぼ中央の十勝地方に位置し、町面積は約1064平方キロメートルと、東京都の約半分の面積で、全国の町の中で7番目の大きさの面積を誇る(図1)。
 新得町の令和4年の最高気温は32.6度、最低気温はマイナス18.4度で、年間平均気温は7.9度で、年間日照時間は1808.9時間、降水量は1322ミリとなっている(図2)。




 

(2)新得町の農業概況

 手つかずの自然が残る東大雪のふもとに広がる新得町は、その豊かな自然の恵みを生かした農業が基幹産業となっている。令和2年の農業概況を見ると、農地の6割強を牧草地が占め、生産額の9割以上を畜産が占めている。(表6)

 

(3)ファームスクール設置のきっかけ

 現在、北海道では会社員など農業以外から数多くの女性が農業研修(実習)や従業員として農業に関わっているが、かつては女性が農業研修生などとして農家に住み込む場合、プライバシーの確保など、生活面の課題があった。
 このため、研修と生活拠点を切り離し、同じ目的を持った仲間との集団生活を送ることで研修生の精神的負担を軽減するとともに、ある程度の技術・知識水準を習得し、将来円滑に農業に関わることができるよう、女性専用(雇用就農向け(基礎研修))の研修施設が平成8年に設置された(写真2、3)。




 
ア 施設の概要
居住施設:鉄筋コンクリート2階建て延べ1072平方メートル
宿泊用の個室(10室)、講習室、食堂など
総敷地面積:2万1869平方メートル、うち実習農場面積3300平方メートル

イ 研修生の受入農家の選定方法
 受入農家で構成されるレディースファームスクール協議会(事務局:新得町)が研修先を決定
 
ウ 近年の研修生(長期研修生)応募状況
■ 年度別入校生数(定員10人)
  令和元年度:5人
       2年度:1人
       3年度:9人
       4年度:7人
       5年度:2人
■ 修了生の出身地
 238人の修了生のうち、道外出身者が210人と全体の9割近くを占める。

エ 研修期間における研修先
 募集の段階において、酪農コース6人、肉牛コース1人、畑作コース3人と設定。酪農コースでは1年間で4カ所、畑作コースでは7カ月間で2カ所の農家の実習を必ず行うこととなっている。

オ ファームスクール修了後の進路
修了後も新得町の農業分野で活躍してもらうため、町内の農業関係事業者の募集状況などを提示するなどしているが、最終的な進路については、研修生が自ら判断している(表7)。

 
(ア)修了生の約3割が新得町内で農業関係に就職
 修了生の約3割が町内の農業関係に就職したこと(雇用就農)は、農業分野の労働力不足解決に寄与していると考えられる。また、結果的に新得町に定住したことは、移住・定住の面からも有効であったと考えられる。

(イ)スクール修了生に対する求人状況
 具体的な数字は明らかでないが、町内農業関係事業者から求人情報の提示を依頼された場合、提示依頼のあったすべての情報は研修生へ提供されている。

(ウ)約4割が農業関係に就職しなかったことについて
 本施設に入校後、初めて農業分野に携わる者が多いため、研修中のさまざまな経験から修了後の進路に農業分野を選択しなかったと考えられる。新得町としては、農業は決して楽な分野ではないため、約4割が進路先として農業を選択しなかった点をマイナスには評価していない。

(エ)西尾氏の「新規酪農就農」について
 新得町内においては、女性1人で新規就農したケースは、西尾氏以外に例がない。西尾氏は、現在に至るまで長きにわたり新得町農業(酪農)の発展に寄与された。
 
カ ファームスクールの課題と今後の事業展開
(ア)課題
 研修生の確保に課題意識を有している。なお、当該施設は研修生の食費などを除き町費で運営されているため、健全な施設運営が求められている。
(イ)事業展開
 新得町としては、今後、道内の他の農業研修施設との差別化を図っていく考えである。具体的には、管理人(常駐)による宿舎生活のバックアップ(研修施設に管理人を置いている施設はあまりないとのこと)や、複数の農家での研修の充実などが検討されている。

3 西尾牧場について

 西尾氏はファームスクール修了生唯一の新規酪農就農者となった。以下、その経緯などについて紹介する。
 

(1)ファームスクールへの入学動機

 東京都出身で御両親は農業とは無関係であったが、動物が好きで、大学時代は「馬術部」に所属していた。卒業後、3年間企業勤めをしたが、都会から離れて大好きな馬と暮らしたい気持ちが強まった。都内の北海道のアンテナショップでファームスクールを紹介してもらい、新得町管内には馬術部の先輩もいて、なじみがあったことから、26歳で入校した。
 

(2)研修で楽しかった点や苦労した点

 大学時代は「馬」の世話をしていたので、「牛」の世話は苦ではなく、体を動かすことも楽しんでこられた。また、平成9年度の研修生は10人以上と多く、施設での共同生活で親しくなった研修生と楽しみや悩みを共有できたこともファームスクールのメリットとして挙げ、単独で飛び込みで農業実習を行っていたら、続けることは難しかっただろうと西尾氏は言う。共同生活で行われるファームスクールの研修は当時、画期的なシステムであったと述懐された。
 西尾氏は、研修先4カ所の酪農家の経営スタイルがそれぞれ全く異なっていること(つなぎ飼育やフリーストールなど)に驚いたそうで、搾乳作業などにおける自身の「不器用さ」を痛感された。機械操作のほか、頭で理解していても体がうまく動かないことに大変苦慮されたとのことである。
 これらの苦労を経験する中で、当時の研修先の酪農家の人たちは冷静に研修生の仕事ぶりを評価しており、不器用でも一生懸命頑張っていると助けてくれたとのこと。この経験を通じ、一生懸命作業に取り組むことが大事であると西尾氏は痛感した、と述べていた。
 

(3)新得町で「新規酪農就農」に至った理由

 研修先の酪農家(男性の経営者)の人たちがとても楽しそうに仕事をしている姿を見て、酪農家の仕事の奥深さや面白さを実感し、酪農家の「配偶者」になるという選択肢よりも、研修経験を生かして「経営者」になりたいと考えるようになったとのこと。
 研修当初は、研修生仲間も同様に受け止め、酪農に携わろうという「夢」を持っていたが、結婚や就職などにより、最終的には、新規酪農就農という「夢」を目指したのは西尾氏1人となった。
 ファームスクールでの研修修了後、西尾氏は、すぐにでも新規酪農就農したいという思いはあったと述べる。しかし、資金面の問題に加えて、経験が浅かったことなどから、法人経営や個人経営の酪農家など、さまざまな酪農経営スタイルで働くことで着実に業務経験を積むこととなった。
 一方で、就農のチャンスを虎視眈々こしたんたんとうかがい、ファームスクールでの研修修了後の実習先の酪農家(新得町管内)には「自分は今後酪農家になりたいので、引退する際は経営を譲ってもらえないか」と西尾氏は伝えていた。しかしながら、実習先の酪農家は、単身の女性が新規酪農就農することは難しいと考え、経営自体は第三者継承で西尾氏以外に譲ってしまった。それでも、その酪農家は、西尾氏からの相談を受け、管内で酪農を行える土地として、旧酪農家の土地を紹介した。その土地が、現在の西尾氏が酪農経営を行う場所となっている。
 

(4)新規就農とその後の苦労

 上述の酪農家の仲介により土地を取得した後、町役場や農協に「酪農経営」の申請を行った。しかし、新規酪農就農は初期投資が多額となる。このため、土地代、牛舎建設費や搾乳機器購入費などを含む費用については、(1)新得町の「新規就農支援資金」(2)北海道(担い手支援センター)の「就農支援資金」(3)両親からの借り入れ−で賄った。また、同町から初妊牛10頭の無償貸与を受けた。当時(20年前)の状況では金融機関からの与信を受けることが難しく、その後の乳牛の導入については、新得町農協の立替払いで行い、少しずつ返済することとなった。
 経営がある程度軌道に乗るまでは、土地の管理などに苦労された。例えば、雪解け後に敷地内の道が大変ぬかるんでしまい、タンクローリーが入って来られなくなったことや、2〜3月にかけて、冬の渇水で井戸水の水位が下がってしまい、牛の飲み水を確保できなくなってしまったこともあった。また、牧場から牛が脱走してしまったことや、隣の家の花火の音で牛が驚いて暴れたこともあった。生乳廃棄の場所が不適切であったことから、その場所にヒグマが出没したこともあった。その他にも牛の出産やパドックの整備などが当初はうまくいかないなど、毎日がトラブルの連続であった。しかし、隣の元酪農家の方などが助けてくれて何とかトラブルをしのぐことができた、と西尾氏は述懐する。
 

(5)牧場の概況

 現在、ホルスタイン種30頭、ジャージー種8頭の計38頭を飼養しており、うち経産牛は25頭(表8)。極力、牛ができることは牛にしてもらうという方針から放牧酪農を実施している。放牧は、放牧地を三つに区分して実施しており、放牧地への出入りを促すことはせず、牛が時間通りに牛舎に帰ってくるように仕向けている。牛舎はフリーアクセスで自由に出入りできるようにし、水飲み場も牛舎にしかない。
 一度に分娩を集中させると哺乳が大変なので季節繁殖は行っていないが、厳寒期の分娩を避けるため、12月から2月には極力分娩させないようにし、出産は直前まで見守っている。飼料(完全混合飼料)も時間通りに給与せず、残った飼料を牛が食べ切るまで給与しないことで、残滓ざんしを発生させないようにしている。
 このような管理を実現するため、牛を「自由」にしているものの、「放任」はせず、1頭ごとの観察を欠かさない。特に搾乳時は牛のちょっとした変化も見逃さないようにしている、とのことである。
 育成牛は5〜6カ月まで飼養し、その後は預託している。離乳後(3カ月後)は、(屋根のない)パドックに出して土に慣れさせ、足腰を鍛えさせている。
 地域内の酪農家とは機械などの貸し借りをしたり、地元の公共施設の清掃などを一緒に行ったりしている。
 燃料や資材費高騰に対する国の補助は受けているが、酪農関係の補助事業は今のところ利用していないとのことである。









コラム 西尾氏の「ワークライフバランス」

  西尾牧場では、牛の他に馬1頭(15歳)、ポニー1頭、鶏3羽、豚(5頭購入予定、放牧豚として出荷)、ヤギ1頭、犬2匹を飼養している(コラム―写真1、2)。




 
 
 西尾氏は「動物たちに囲まれた酪農経営は、ほぼ趣味に近いかもしれない。これらを飼っているのは、『癒やし』になる他にも周辺の草刈りをしてくれたり、景観維持にも貢献してくれている。研修前は、『牧場』には牛以外にも馬などたくさんの動物がいると思っていたが、実際には牛しかいなかったのが残念だったので、実際に今自分がこのような牧場にしている。他の酪農家からは『牛以外に色々な生き物を飼っているから、忙しいんだよ』と言われている。他の生き物を飼うと牛の良さがわかる。一番稼いでくれるし、一番無駄なく動いてくれる」と話す。
 また、馬を飼養している地元農場と交流があり、お互いに馬で行き来している。他にもまきストーブのまき作りや、ガーデニングも取り組んでいる。

4 西尾氏の思い

(1)現在の酪農をめぐる状況について

 あくまでも個人的な所感と断った上で、次のように話してくれた。西尾氏が新規酪農就農した当時は、年配の酪農家は家族経営が多く、楽しく酪農を行っているように見えたと言う。その後、20年にわたって法人化が進み、「仕事」として割り切る酪農家が増えてきているように思い、これまでの生乳増産に向けた過度な取り組みが、現在のような生乳需給緩和に至った理由の一つではないか、と言う。
 現在の状況を契機に、「お金を稼ぐ酪農」ではなく、「楽しむ酪農」に立ち返っても良いのではないか。牛舎に牛を詰め込んで目一杯搾るのではなく、酪農は8割程度の力で行い、自分のように動物に囲まれながら楽しく酪農を行う者がいても良いのではなかろうか。大規模化は否定しないが、このまま進めば、新規酪農就農が一層難しくなり、単身での小規模酪農での就農は難しいだろう。多様な酪農経営があった方が、新規酪農就農を目指す人が増えるのではないか、と話す。
 

(2)今後の事業展開

 飼養頭数は減らす予定で、牛の死亡率、事故率、廃棄率などを減らして効率的な経営を目指している。また、酪農ではないが、豚の飼養頭数を増やす考えである。利用していない土地の有効活用による総合的な牧場経営を目指しており、費用をかけずに何か新しいことに取り組んでみたい、とチャレンジ精神旺盛である。
 

(3)新規酪農就農に当たって一番大事なもの

 「情熱を持って地道に取り組んでいくこと」と言い切る。「継続は力なり」の通りで、なすべきことをきちんと取り組んでいけば道は開ける。誰も西尾氏が酪農経営を20年以上継続できるとは思わず、女性1人で酪農は無理だと言われてきた。(1)周囲(地域社会)を大事にする(2)牛を大事にする(3)自分を信じる−ことが大事である、と言う。
 同時に、経営感覚も重要で、趣味ではなく仕事であるため、優先順位を的確に付けることがポイントである。自営業なので正してくれる人はおらず、間違った方向に行くと、牛が病気になってしまうなど経営が悪化していく。
 また、自分の理想の経営方針を持って酪農に取り組むことは良いと思うが、牛が自分の理想にしっかりついてきてくれているかを見極めることも大切であり、自分の理想をあまり牛に求めてはいけない、と言う。
 新規酪農就農を目指して西尾氏を訪れる女性には、新規就農にかかった費用などを包み隠さず話し、中途半端な気持ちでは酪農はできない、と伝えている。自分も将来的には酪農を引退する時期が来ると思うが、今のところ、他者への継承はあまり考えていない。新規酪農就農を目指す女性は、自分なりのスタイルを目指して、頑張ってほしいと話す。
 もともと馬が好きだったので、就農当時、牛はあくまでも「家畜」で、馬の方がかわいいと思っていた。今は、本当によく働いてくれて、けなげでかわいい生き物だと思っている、とインタビューを締めくくった。

5 おわりに

 西尾氏がこれまで多くの困難に直面する中、自分を信じて着実に努力し、「夢」を実現させたことに対して、最大級の賛辞を贈らずにはいられない。当時の女性の新規酪農就農の厳しさを考えると、彼女は「時代の先駆者」とも言えるだろう。
 こうした中で、個人的に改めて認識したことが二つある。一つ目は、女性は酪農経営に向いているのではないか、ということである。当事務所では近年「女性と酪農」をテーマの一つとして2回調査したが、調査を通じて(一般論として)女性の持つ「母性」や「気配り」などが、酪農経営に大変生かされていることがわかった。今回、西尾氏の牛に対する愛情や牛への観察力などを伺い、それらを認識した。
 二つ目は、西尾氏も述べているが、新規就農するに当たっては地域社会を大事にする必要があるということである。当事務所の優良事例調査でも、成功の重要なカギとして、農業に対する真摯しんしな取り組みは当然のこととして、地域社会のコミュニティを尊重することが重要であることが確認された。
 全国の乳用牛の飼養戸数(令和5年2月1日現在)は、前年比5.3%減の1万2600戸、飼養頭数は同1.1%減の135万6000頭と現在の酪農を取り巻く厳しい状況を反映するものとなった(農林水産省「畜産統計」)。うち北海道は、同3.2%減の5380戸、同0.4%減の84万2700頭となった。
 このような状況で、現在、新規酪農就農を目指している、または検討している女性の方々におかれては就農を躊躇ちゅうちょしてしまうかもしれないが、ぜひ「ピンチをチャンス」と捉えてほしい。資金面の問題については、ある程度の資金は必要であるが、国や市町村などの新規就農に対する資金面の支援策を利用することが可能である。また、技術習得については、酪農作業の省力化(機械化)が進む中、基礎研修としての「新得町立レディースファームスクール」や都道府県の農業大学校をはじめとして、市町村の農業研修施設など、基礎的な技術を学べる場も増えてきている。国や地方などがスマート農業の推進を図り、地域のコントラクターも増えている。都会からの人の移住・定住化を望む市町村等の窓口も積極的に相談に乗ってくれるだろう。手始めとして気軽に地域の新規就農フェアに参加してみても良いのではなかろうか。
 また、新規酪農就農後、経営支援や技術支援などが必要な時は、国や当機構の支援策の活用を検討していただきたい。国や当機構の酪農事業は多岐にわたるので、新規就農される方が必要とする事業が見つかる可能性は高いと思われる。
 最後に、新規酪農就農を目指している、または検討している女性の方々が、今回の西尾文生氏の新規酪農就農事例を知り、一歩前に進む気持ちを持っていただけたら幸いである。
 

謝 辞
 本稿の執筆に当たり、本調査にご協力いただきました西尾文生様、新得町産業課農政係
橋拓也係長に、厚く御礼申し上げます。
 
〇 女性専用農業体験実習施設 新得町立レディースファームスクール
 
(参考文献)
・農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢」
・農林水産省「農業における女性の活躍推進について」
 〈https://www.maff.go.jp/j/keiei/jyosei/gaiyo.html〉(2023/08/14アクセス)
・農林水産省「農業労働力に関する統計」
 〈https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html〉(2023/08/14アクセス)
・農林水産省「新規就農の推進」
 〈https://www.maff.go.jp/j/new_farmer/index.html〉(2023/08/14アクセス)
・農林水産省「畜産農家・関係団体に対する支援」
・農林水産省「令和4年新規就農調査結果」
・農林水産省「畜産統計(令和5年2月1日現在)」
・小島康斉(2021)「女性を中心とした若い働き手が酪農を支える新たな姿〜JGAP認証を取得した株式会社リジッドファームズの取り組み」『畜産の情報』(2021年7月号)pp. 59-73. 独立行政法人農畜産業振興機構
・福寿悠星(2022)「グループの仲間と学び、支え合う酪農経営〜網走市・デイリーウーマンズの取り組み」『畜産の情報』(2022年5月号)pp. 69-81. 独立行政法人農畜産業振興機構
・新得町農業協同組合「新得町ってこんな町」
 〈https://www.ja-shintoku.or.jp/ayumilk/about/〉(2023/08/14アクセス)
・北海道新得町「町政要覧【資料編】」
 (2023/08/14アクセス)
・気象庁「過去の気象データ検索」
 〈https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php〉(2023/08/14アクセス)