肉用牛(黒毛和種)の枝肉形質の遺伝的能力の評価は、推定育種価とSNPs情報(遺伝子情報)を踏まえたゲノム育種価で行われ、家畜の改良と選抜に活用されている(引用文献1)。一方で、生体の遺伝的能力の発揮度は、タンパク質レベルで第一義的に評価しなければならないが、現場で実装可能な生体評価方法が未だ確立されていなかった。
そこで、遺伝的能力の発揮度を生体評価し、家畜生産の効率化ならびに生産性の向上などに寄与することを目的に、われわれは、肉用牛(黒毛和種)の肥育期間中に経時的に採取した血清を対象とした定量プロテオミクス(SWATH:Sequential Windowed Acquisition of all Theoretical fragment ions)解析情報(注2)に基づき牛の産肉形質の発育状態や肥育状態を生体評価するシステムの開発と、その結果から得られるウシ血清バイオマーカータンパク質(注3)の情報を基盤にした産肉制御の分子機構の統合的理解に関する研究開発を進めてきた。
まず、肉用牛の主要6項目の産肉形質(枝肉重量・ロース芯面積・バラの厚さ・皮下脂肪の厚さ・歩留基準値・脂肪交雑)の発育を肥育期間中にそれぞれ生体評価するウシ血清バイオマーカータンパク質延べ168個を明らかにした(特許8件)。さらに、われわれは、ウシ血清に特化した飛行時間型質量分析装置を用いた定量プロテオミクスSWATH法を確立して、血清1マイクロリットル中から135種類のバイオマーカータンパク質を同時定量解析する技術を開発してAIビーフを確立した(図2)。具体的には、血清バイオマーカータンパク質135種類について、その生物学的機能で大別すると図3のようになり、アルブミン(複合系に分類)やグロブリン(免疫系に分類)のほかに、脂質輸送に関連するアポリポタンパク質やビタミン輸送タンパク質、ホルモンや脂質代謝調節および細胞分化に関与するタンパク質なども含まれていた。また、肥育期間中のバイオマーカータンパク質の動態解析から、例えばウシ血清中には血液生化学値(図4では血中総コレステロール濃度)と高い相関性を示すタンパク質(図4ではアポリポタンパク質A1とC3)が多数存在していることも確認されたことから、血清タンパク質は肥育期間中の肉用牛の生理状態を反映していることが認められた(図4)。次に、肥育期間中(10〜28カ月齢)のバイオマーカータンパク質135種類の定量データに基づく主成分分析の結果から、ウシ血清中のバイオマーカータンパク質の量は遺伝的背景や肥育期間中の環境効果(飼養する肥育農家)を反映していることが明らかになった(図5)。さらに、同一肥育農家で肥育された牛の肥育期間中の経時的な血清バイオマーカータンパク質の定量情報の主成分分析から、血清バイオマーカータンパク質情報は、肉用牛の月齢の経時的変化を示していることが認められた(図6)。
一方、BMSナンバーを生体予測する回帰モデル式の説明変数(選択された血清バイオマーカータンパク質項目と各定量データ)を用いた因果ネットワーク解析(IPA:Ingenuity Pathway Analysis)(注4)を実施したところ、経験的に指摘されている筋肉内脂肪細胞が形成される時期と合致して、BMSナンバーに関わる血清バイオマーカータンパク質の上流因子と下流表現型の因果ネットワークがダイナミックに変化していることが認められた(図7)。このことから、われわれのデータから肥育期間中の脂肪交雑の生理的状態を分子レベルで理解し、説明することが可能であることが明らかになった。
以上のことから、ウシ血清バイオマーカータンパク質の情報に基づいて、肉用牛(黒毛和種)の産肉制御の分子機構を統合的に理解することが可能となり、AIビーフの科学的正確性を担保できることが認められた。
(注2)質量分析装置を使って細胞や血液などの生体サンプル中に存在するタンパク質の種類と量を網羅的に調べた結果から得られる情報。
(注3)生物個体の生理状態や病態を示す指標となるタンパク質。
(注4)データの因果関係を解析する手法のこと。この場合は、血清中のバイオマーカータンパク質の因果関係を示す。