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海外情報 畜産の情報 2023年10月号

アフリカ豚熱の発生がフィリピンの養豚業界に与えた影響について

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調査情報部

【要約】

 フィリピンでは、2019年7月のアフリカ豚熱の発生を受けて政府が策定した非常事態対処計画書に沿った対策が講じられた。しかし、従来からの慣例などの要因により、同国内の家畜衛生対策が徹底されず、現在までアフリカ豚熱の封じ込めには至っていない。また、豚飼養頭数の落ち込みから豚肉生産量は低迷している。この結果、豚肉小売価格や代替品の鶏肉価格の高騰、豚肉輸入量の増加などが生じ、経済的にも甚大な被害がもたらされている。同国政府はさまざまな復興支援策を講じ、長期的には国内養豚業の近代化も進むものとみられるが、同国の豚肉輸入量が増す中で国際的な需給への影響も増しつつある。

1 はじめに

 アジアで初めてアフリカ豚熱(以下「ASF」という)の発生が確認されたのは、2018年8月に中国・遼寧りょうねい省の養豚場とされ、それ以降、瞬く間に中国全土に広がり、翌年には海を越えてフィリピン、インドネシア、韓国などの周辺諸国にも広がった(図1)。その後も、感染拡大の勢いは衰えることなく、東アジアではこれまでに日本と台湾を除くすべての国で感染が確認されており、各国の養豚業界に甚大な被害をもたらしている。
 わが国へのASFの侵入脅威が一段と高まる中で、これまでに中国、韓国、ベトナムなど発生国の養豚業への影響について紹介してきた(注1)。本稿では、拡大が続くフィリピンのASF発生状況や感染対策、その影響について紹介する。
 なお、本稿中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2023年8月末TTS相場の1フィリピンペソ=2.74円を使用した。
 
(注1)『畜産の情報』2020年12月号「中国の養豚業におけるアフリカ豚熱の影響」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001414.html)、2022年7月号「近年の韓国の養豚業および豚肉需給の概要 〜アフリカ豚熱や新型コロナウイルス感染症の影響について〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002273.html)、2023年7月号「アフリカ豚熱を経験したベトナムの養豚業の動向 〜中小規模の生産者の現状を中心に〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002812.html)を参照されたい。

2 フィリピンの養豚業の位置付け

(1)養豚業の概況

 フィリピンは、首都マニラが位置するルソン島、中部のビサヤ諸島、南部のミンダナオ島など7641の島々から構成されている。国土は日本の約8割に当たる29万8170平方キロメートル、人口は日本の約9割に当たる1億904万人を有しており、島国であることに加え、面積や人口などは日本と類似している部分も多い。ASEAN(東南アジア諸国連合)唯一のキリスト教国で宗教上の制約を受けない同国では、以前から養豚業が盛んに行われており、食肉消費の大部分を豚肉と鶏肉が占めてきた(図2)。近年、1人当たりの年間豚肉消費量はASFの発生を受けて大きく落ち込んでいるものの、2021年には13.1キログラムと、日本の13.1キログラム(注2)と同水準にあり、フィリピンの豚肉需要の高さがうかがえる。また、一定の貧困層を抱えるとされるため、豚肉や鶏肉と比較して高価な牛肉(水牛肉を含む)の消費量は少なく、1人当たりの年間消費量は2.9キログラム(日本は6.2キログラム)と低水準にある。
 
(注2)農林水産省「食料需給表」令和4年度概算値。



 
 主要な養豚地域は、都市部での旺盛な需要を背景に首都マニラ周辺を中心に、比較的人口の多い中部のビサヤ諸島や南部のミンダナオ島にも分布している(図3)。生体豚および豚肉の流通は、基本的には州内や自治体内で行われているが、マニラ首都圏は人口が多く、需要も高いことから、ビサヤ諸島やミンダナオ島から豚を買い付けたり調達を行ったりする業者も多い。

 
 
 フィリピン統計局によると、同国の養豚業は経営規模別に三つに分類されている(表1)。23年7月末時点の豚総飼養頭数は1007万4000頭であり、このうち小規模農場での飼養頭数は680万1900頭と全体の7割弱を占めている(図4)。同国では、小規模農家を中心に庭先(バックヤード)で豚を肥育・販売して現金収入を得る、庭先養豚が養豚業の主流となっている(写真1)。また、これら小規模農家では、フィリピン料理として有名な豚の丸焼(レチョン(注3))用として、成体体重が30〜50キログラムの小型の豚を飼養している場合も多い(写真2)。
 
(注3)スペイン語で豚の丸焼きを意味し、レモングラス、ニンニク、タマネギなどを詰め、太い竹串に刺して直火で豚を焼いたもの。結婚式やクリスマスなどの祝賀行事では、丸ごと大皿に乗せて提供されるのが伝統になっている。











 

(2)豚肉の生産および流通構造

 養豚業の大半を占める小規模農家では、豚が出荷適正体重(30〜90キログラム)になると集荷業者や家畜市場に生体豚を販売する(図5)。集荷業者の場合は、買い取った豚をさらに買付業者に売り渡し、買付業者が食肉処理場へ出荷する。集荷や買付は、現金によるやり取りか委託払いが一般的である。同国では、農務省行政命令でと畜処理された豚肉は、肉質に劣化のない限り同日8時間以内であれば常温で販売することが認められており、これらの豚肉は伝統的なウェットマーケット(生鮮市場)や小規模食肉店などで販売される(写真3)。
 一方、大規模な商業養豚業者では、繁殖、肥育、と畜、加工の一体化が進んでおり、自社養豚施設での一貫経営または契約繁殖業者からもと豚を導入し、自社肥育を行い、豚が適正出荷体重になると食肉処理場へ直接出荷する。これらの豚肉は、安定した供給や衛生管理基準の徹底が要求される近代的な大型食品スーパーなどを中心に販売される(写真4)。近年は同国の経済発展や所得の向上により、豚肉を含む食肉の販売に際して食品衛生およびトレーサビリティが求められるようになり、サプライチェーンの統合も図られている。








3 ASF発生までの経緯と発生後の影響

(1)水際対策とASF発生後の感染拡大防止策

 中国でASFの発生が確認されて以降、フィリピン政府はASFタスク・フォースを設立し、農務省畜産局を中心にASFウイルスの侵入および蔓延まんえん予防の水際対策を講じてきた。水際対策は五つの対策から成り立っており、それぞれの頭文字をとって「BABES」と称されている(表2)。
 また、国内でASFの発生が確認された場合、迅速な対応と蔓延防止を可能とするための防疫指針が策定された。ASFに関する防疫指針は非常事態対処計画書に示されており、同計画書には、先に挙げたBABESによる予防措置のほか、感染封じ込め、撲滅計画、復興支援策、担当行政の役割などがまとめられている(表3)。




 
 このうち、業界支援プランでは、以下のように同国政府が地方自治体と協力し、被害を受けた生産者に対する補償とASF撲滅の取り組みに必要な資金提供を行うことが定められている。

・農務省:殺処分された家畜の補償資金の提供(1頭当たり5000ペソ(1万3700円))
・家畜疾病局:疾病発生時および撲滅取り組み時の事業運営費を提供
・財務省および環境天然資源省などその他の関係省:各省で緊急時に利用できる資金の提供
・地方自治体:上述の事業運営費または補償資金のどちらかへの資金提供

 上述の通り業界全体であらゆる水際対策を講じていたが、2019年7月25日、マニラ首都圏に隣接するリサール州の小規模農家(庭先養豚)で第1例目となるASFの発生が確認された(図3参照)。ASFウイルスに汚染された輸入豚肉製品が発生源であった可能性が高いとされている。ASFの発生を受けてフィリピン政府は、非常事態計画書に沿ったゾーニングエリアを設定し、1−7−10プロトコルと呼ばれる蔓延防止対策を講じた(図6、表4)。ゾーニングエリアは三つに区分され、1キロメートル圏内は感染地域、7キロメートル圏内は隔離地域、10キロメートル圏内は監視地域とし、感染地域内の豚の殺処分や消毒実施のほか、周辺地域の豚の移動を制限した。




 
 
 しかし、(1)感染地域で豚の殺処分漏れがあったこと(2)生産者が豚の引き渡しを拒んだこと(3)未報告の症例があったこと−などから隣州のブラカン州にも感染が拡大し、同年10月までに2万頭以上の豚が殺処分された。同国では、個人によると畜や、病気症状が見られる豚のと畜が一般的に行われており、親戚や隣人にこれらの豚が売り渡される。また、庭先養豚で病気になった豚は、集荷業者が安く買い取って近隣地域の買付業者に売り渡すこともあり、このような従来からの慣例や対策の徹底の甘さが感染拡大につながったとみられている。ASFの発生が拡大する中で、同国政府はさらに踏み込んだ対策を講じるため、発生州のロックダウン(都市封鎖)を行うとともに、ASF発生地域では、養豚従事者が生体豚の売買や輸送、ASF感染豚のと畜・販売を行った場合は、逮捕および起訴することを発表した。さらに同国政府は、自治体ごとの感染情報を発信するため、同年12月には自治体別の感染状況評価の導入を発表した(表5、図7)。この評価では、ASF発生状況によって各自治体を5段階レベルに評価し、生体および豚肉加工製品の移動を各自治体の評価レベルによって制限した。ASF未発生地域は、同国全土に制限なく生体豚および豚肉製品を販売・輸送できるものの、感染地域と評価された自治体は、自治体内およびマニラ首都圏のみに販売・輸送が制限された。しかし、図7の通り北部のルソン島から南部のミンダナオ島まで感染ゾーン(赤色)は拡大した。フィリピン農務省によると、19年7月に第1症例が確認されて以降、これまでに81州のうち67州でASFの発生が確認されており、23年6月末時点では、16州58地区で感染が確認されている。
 



 

(2)水際対策および蔓延防止措置に対する業界団体の反応

 国内の養豚団体や獣医協会からは、ASFウイルスの侵入および蔓延を防止できなかった主な要因として対策の徹底の甘さ、人手不足、政府の予算不足であったという意見が多い。また、前述のBABESや非常事態対処計画書は策定されていたものの、空港や港湾などでの水際対策(動物検疫および密輸摘発に必要な十分な人員や探知犬の配置)が徹底されていなかったことも一因とされる。さらに、国内でASFの発生が確認された際にゾーニングエリア(1-7-10プロトコル)が設置されたが、豚や豚肉関連製品の移動を監視する検疫チェックポイントや人員が足りず、検疫をすり抜けてこれらの製品を移動させることも可能であった。このような政府予算の不足から生じたさまざまな事態は、生産者による感染豚の引き渡しの拒否やASF発生の未報告、感染した豚肉の流通にもつながった。養豚団体によれば、ASFで被害を受けた生産者には、当初1頭当たり3000ペソ(8220円)の補償額が支給されたが、当時1頭当たりの飼養コストが1万ペソ(2万7400円)であったため、補償額を受け取るよりも市場で販売するほうが利益を得られたとされる。また、前述の通り病気の豚を買い取る業者も存在するため、飼養する豚がASFに感染しても庭先養豚を行うほとんどの農家は買取先を見つけることに困らなかったとみられる。そのほか、地方の蔓延防止措置も市町村によって対策資金や人手に差が生じ、全国で同一水準の対策を講じることが難しいという声もあった。
 

(3)ASF発生の影響

ア 豚飼養頭数および豚肉生産量
 フィリピンの豚飼養頭数は、2019年7月のASF発生以降、大きく落ち込み、23年7月時点の飼養頭数は1007万4000頭(19年7月比20.7%減)と大幅に減少している(図8)。飼養頭数の内訳を見ると、小規模農場では680万1900頭(同15.6%減)とかなり大きく減少し、準商業養豚施設は32万6600頭(同3.2%減)とやや減少、商業養豚施設は294万5000頭(同29.2%減)と大幅に減少している。特に商業養豚施設での減少率は大きく、同国でASF封じ込めの見通しが立っていないことや有効なワクチンや治療法がないことから、飼養頭数の回復に慎重な養豚業者が多いことがうかがえる。また、飼養頭数の減少に連動して豚肉生産量も減少傾向にあり、23年4〜6月の豚肉生産量(生体重量(注4))は42万2700トン(19年同期比27.1%減)と大幅に減少しており、年推移でもASF発生以降に大きく落ち込んでいることが見て取れる(図9、10)。
 
(注4)フィリピンでは、枝肉重量に基づいた豚肉生産量は集計されていないとみられる。







 
 
 イ 小売価格
 豚肉生産量の大幅な減少に伴い、小売価格も上昇を続けており、2021年の豚肉平均小売価格は1キログラム当たり288ペソ(789円、前年比14.3%高)と前年の平均価格である252ペソ(690円)からかなり大きく上昇した(図11)。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を防止するため、フィリピンでも厳しい感染拡大防止措置が講じられ、国レベルや州レベルで感染状況に応じたロックダウンが断続的に行われた。特にマニラ首都圏に講じられた厳しいロックダウンは、ヒトやモノの移動に制限が課され、物流の遅れや食品販売に大きな影響を与えた。農村都市間の農産物の移動はフィリピン農務省によって許可が与えられていたものの、地元警察が設けた主要道路のチェックポイントでは、移動許可証の確認や車両チェックなどに時間がかかり物流の遅れが発生したことも価格高騰の一因となった。
 同国では、緊急事態や災害時もしくは人為的な要因によって不合理に生活必需品や主要な物品の価格上昇が引き起こされるような事態に陥った場合、小売価格のさらなる高騰を防ぐことを目的として、関係機関もしくは価格調整協議会の勧告に基づき、大統領が生活必需品や主要な物品の上限価格を定めることができるとされている。21年2月、同国政府は大統領令124号を発出し、肩ロースおよびモモについては、1キログラム当たり270ペソ(740円)、バラについては同300ペソ(822円)の上限価格を60日間にわたって設定した。
 上限価格の設定は同年4月8日に解除されたものの、継続した市場価格の安定を図ることを目的として、同年4月9日以降はフィリピン農務省が省令として推奨小売価格を設けている。推奨小売価格は、肩ロースおよびモモが同270ペソ(740円)、バラが同350ペソ(959円)に設定されたが、自由市場経済の中、その実効性に疑問の声が投げかけられている。


 
 その後、輸入豚肉が増えたことなどから、小売価格は同年10月に一時的に下落したものの、クリスマス需要を控えた年末に向かうにつれて再び値上がりした。また、現地報道によるとCOVID-19の拡大に伴う所得減少や物価上昇が消費者の購買意欲を低下させたが、ASFによる豚肉の供給不足は継続しているため、23年6月時点のマニラ近郊の肩ロース価格は、同326ペソ(893円)と依然として高止まりしている。
 また、豚肉小売価格の高騰を受けて、安価な鶏肉の購入に切り替える消費者が増加したことから鶏肉の需要も増加した。しかし、飼料価格の高騰やCOVID-19拡大による外食産業の需要低迷などから鶏肉業界は生産量を制限していたため、鶏肉小売価格も急上昇したことで、同国政府は鶏肉に対しても同160ペソ(438円)とする上限価格を設定した。
 
ウ 豚肉輸入量
 フィリピンでは、これまでの主な豚肉輸入品は輸入枠(ミニマム・アクセス数量)が設定されてない内臓品が中心であったが、2021年以降はASF発生に伴い国内生産が落ち込んだことで豚肉、内臓および副産物の輸入量が急増している(図12)。部分肉については、12〜20年は、毎年4〜6万トン程度輸入されていたが、21年は21万5600トン(前年比279%増)と大幅に増加し、さらに22年には31万4800トン(同46.0%増)に増加した。
 同国では、国内の養豚産業を保護する目的で、輸入豚肉にはミニマム・アクセス数量が設定されているほか、高い関税率を設けている。しかしながら、国内の供給不足の深刻化に対応するため、21年に大統領令第128号、133号および134号を発令し、一時的に輸入枠の引き上げと輸入関税率の引き下げを行った(注5)(表6)。同年4月に発令された大統領令128号では、輸入関税率が大幅に引き下げられたが、国内の養豚団体などから、安価な輸入豚肉が市場に出回れば、ASFですでに打撃を受けている国内の豚肉生産は立ち直れない、と批判が集まった。そのため、政府は関税率の見直しを行い、同年5月には大統領令第134号を発令し、輸入関税率を改訂した。関税率の引き下げは23年12月まで維持され、税率は四半期ごとに見直されるとしている。また、ミニマム・アクセス数量は大統領令133号で5万4000トンから25万4210トンに引き上げられた。主要輸入先はカナダ、米国、フランスであり、21年以降はブラジルや英国、スペインからの輸入量も増加した(図13)。
 
(注5)海外情報「豚肉の供給不足から輸入関税を大幅引き下げ(フィリピン)」(https://www.alic.go.jp/chosa-cu/joho01b_000046.html)を参照されたい。








4 政府による復興支援

 フィリピン農務省は2019年9月、畜産局を通じて7800万ペソ(2億1372万円)の緊急資金をASF蔓延防止対策に拠出すると発表した 。また、同国予算管理省は同月、感染拡大防止措置の実施に向けて農務省に8200万ペソ(2億2468万円)の資金を割り当てた 。そのうち約3200万ペソ(8768万円)が国際空港での食肉製品の摘発・没収などの水際対策に、約3000万ペソ(8220万円)が食肉などのサンプル検査に、約2000万ペソ(5480万円)が国内のサーベイランスなどに充てられた。21年以降では、以下の増頭プログラムや復興支援策、ASF発生で被害を受けた生産者や企業に対する融資プログラムも策定し、行政の枠組みを超えた連携による支援を提供している。
 

(1)増頭プログラム

開始:2021年3月〜(3年間)
予算:6億ペソ(16億円)
 フィリピン農務省による対策であり、ASFの発生が一定期間確認されておらず防疫対象から除外された地域(表5のゾーニングで桃色および黄色ゾーンに分類されている地域)または未発生地域(表5のゾーニングで黄緑、緑ゾーンの地域)の庭先養豚の飼養頭数回復を支援し、豚の繁殖および供給源を確保するもの。具体的には、ASFの被害を受けた地域の一部に検査対象となるモニター豚を配置し、同地域内でASFウイルスが残存していないことを確認するものであり、各業者につき政府当局から3〜5頭の子豚が提供され、6カ月の肥育期間中は飼料や薬剤などが提供される。
 

(2)養豚企業育成融資プログラム

開始:2021年3月〜(期間指定なし)
予算:300億ペソ(822億円)
 フィリピン農務省と国営のフィリピン土地銀行による対策であり、豚肉供給の安定に貢献する商業養豚業者に資金援助を行うことを目的としている。同プログラムでは、ASFで被害を受けた地域の養豚組合や商業養豚業者への融資のほか、バイオセキュリティや豚の繁殖、飼育に関する研修が提供される。融資資金は精液や繁殖豚の輸入、飼料製造、バイオセキュリティに準拠した施設の建設・改修などに使用することが可能となっている。
 

(3)増頭および回復融資プログラム

開始:2021年7月〜(3年間)
予算:120億ペソ(329億円)
 フィリピン農務省と国営のフィリピン開発銀行による対策であり、ASFで被害を受けた生産者は経営規模にかかわらず融資を申請することが可能である。融資を受けるためには、政府のプログラムに規定された手順に基づき、2週間間隔で血液サンプリングやPCR検査を行い、水のサンプルなども提出する必要がある。
 

(4)家畜保険プログラム

開始:2021年7月〜(期間指定なし)
 フィリピン穀物保険公社を通じた対策であり、豚がASFで死亡した場合、豚1頭につき225ペソ(617円)の保険料で1万ペソ(2万7400円)が支払われる。小規模の庭先養豚は生産者登録を行っていれば無料で同保険に加入することができる。

5 おわりに

 フィリピンでは、ASFの発生により豚飼養頭数が大きく落ちこんでいる。同国政府は増頭プログラムをはじめとした復興支援策を通じ、豚肉の安定供給に向けて飼養頭数の回復に注力するとともに、豚舎設備への融資やバイオセキュリティの強化も行っていることから、長期的には国内養豚業の近代化も進むとみられる。しかし、ASFは引き続き発生が確認されており、養豚団体は、飼養頭数の完全回復には時間がかかり、政府機関以外にも民間組織や企業(獣医協会、動物用医薬品企業、飼料協会など)からの支援が必須としている。
 また、養豚団体からは、輸入豚肉の増加は国内の養豚産業の立ち直りを遅らせるとの声が強いが、豚肉の小売価格は依然として高止まりにあり、食品価格のインフレ傾向も続いている。養豚団体は、さらに、政府による豚肉小売価格の上限の設定などは出荷価格の落ち込みを招くため、これらの政策が継続した場合、国内養豚産業の回復をさらに遅らせると指摘している。
 このような状況の中、フィリピンの主要食肉である豚肉需給を見ると、国産豚肉の供給が下落傾向にある中、輸入豚肉の拡大が進み、国際市場での影響力が増す傾向にある。このため、国際需給の動向を見極める観点から、今後も、同国のASFをめぐる状況や国内養豚業の近代化の進展を見守る必要がある。