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調査・報告 畜産の情報 2023年11月号

温室効果ガス排出削減認証国産牛肉とアニマルウェルフェア配慮認証国産牛肉に対する消費者評価 〜令和4年度「食肉に関する意識調査」回答データに基づく仮想評価法分析〜

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帯広畜産大学 名誉教授 澤田 学

【要約】

 首都圏と京阪神圏の20歳以上の男女1108人を対象に「温室効果ガス排出量を一定水準以下に削減し生産されたことを第三者機関が認証した国産牛肉(GHG排出削減認証国産牛肉)」と「国際水準のアニマルウェルフェアに配慮し生産されたことを第三者機関が認証した国産牛肉(AW配慮認証国産牛肉)」に余分に支払ってもよいと思う金額(追加支払意志額)を仮想評価法で分析した。
 半数の回答者は、どちらの牛肉にも追加支払する意志がなかった。GHG排出削減認証国産牛肉、AW配慮認証国産牛肉に追加支払を表明した回答者は、それぞれ41%、43%を占め、平均追加支払意志額の普段の購入価格に対する割合は、どちらも12%程度だった。GHG排出削減認証国産牛肉へ追加支払する傾向が高かったのは、女性や高齢者層、人間との明確なつながりを持たない環境自体への懸念・関心を反映する生物圏価値を重視する、普段購入する国産牛肉の価格が高い、SDGsの認知度やわが国畜産分野のGHG排出削減の取り組みに関心が高い回答者であった。AW配慮認証牛肉では、利己的価値を重視する人ほど追加支払しない傾向が高い一方、高齢女性、生物圏価値を重視する、普段購入する国産牛肉の価格が高い、AWに配慮した家畜飼養管理の技術指針普及推進への関心が高いほど、追加支払する傾向が高かった。

1 はじめに

 気候変動やアニマルウェルフェア(以下「AW」という)への国際的関心の高まりを背景に、持続可能な食料生産を実現する一環として、食肉生産のあり方について見直しが迫られている。本稿は、そのような状況下で、わが国の消費者が、国が認定した第三者機関が生産に伴う温室効果ガス(以下「GHG」という)の排出量を一定水準以下に削減したことを認証した国産牛肉(以下「GHG排出削減認証国産牛肉」という)や、国が新たに策定した、AWに配慮した家畜飼養管理の技術指針に従って生産されたことを認証した国産牛肉(以下「AW配慮認証国産牛肉」という)に対して、(1)通常の国産牛肉よりも割高な価格を支払う意志があるか(2)どの程度の価格上昇額を支払う用意があるか(3)割高な価格を支払う意志決定に影響する要因は何か−について仮想評価法(注1)(以下「CVM」という)により明らかにする。GHG排出量削減認証やAW配慮畜産物認証については、わが国でも最近、民間団体(一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会(2016))や地方自治体(山梨県(2021、2022))による認証、あるいは国の実証事業(農林水産省(2023a))が行われているが、国産牛肉については国レベルでの認証制度はいまだ存在していないため、仮想的シナリオの下で消費者の意識を分析する。
 本誌2018年1月号に掲載された広岡ら(2018)の調査報告は、同様のテーマを扱っており、しかも仮想的シナリオがほぼ同一である。しかし、本稿は(1)評定項目数が少なくシンプルで解釈が容易なBoumanら(2018)のEnvironmental Portrait Value Questionnaire(以下「E-PVQ」という)尺度を用いたこと(2)調査範囲を国産牛肉に限定したこと(3)調査対象者の年齢が20〜70歳以上と幅広いこと(4)認証を受けた牛肉に対して通常の牛肉よりも割高な価格を払うかどうかの意志決定を含め分析・考察を行った点で広岡ら(2018)の調査報告と異なる。
 本稿は、公益財団法人日本食肉消費総合センター(以下「消費センター」という)の『令和4年度「食肉に関する意識調査」報告書』(2023)(注2)で筆者が執筆した部分(43〜65ページ)に基づいているが、分析対象を当初の調査対象であった1800人から、普段購入している国産牛肉の価格を覚えている回答者1108人に限定し、新たに分析し直した。
なお、本稿における見解は、筆者の個人的見解であり、消費センターの見解ではないことを予めお断りしておく。
 
(注1)アンケート調査を用いて、仮想的なシナリオの下で市場取引されていない財に対する被験者にとっての経済的価値を推定する手法。
(注2)独立行政法人農畜産業振興機構(以下「機構」という)の補助事業である国産畜産物安心確保等支援事業の実施主体として、「食肉の安全・安心に関する意識調査」を毎年度10月に実施している。同調査の調査事項は、食肉の購買実態、食肉の安全性や家畜伝染病、食肉の放射能汚染に対する意識、食肉の安全性に関する情報源、行政への期待、代替肉に関する意識、新型コロナウイルス感染症の流行に伴う食肉購買行動の変化など多岐にわたる。調査・分析結果をまとめた『「食肉に関する意識調査」報告書』は消費センターウェブサイト(http://www.jmi.or.jp/info/survey.php?id=69)で公表されている。

2 E-PVQ尺度による回答者の価値観把握

 まず、CVMの実施に先立って回答者の価値観の把握を行った。今回の調査で用いたE-PVQは、Boumanら(2018)が環境価値の研究で開発した価値観尺度で、人や社会・環境に配慮した行動の根底にある心的傾向を概念化した価値観を四つの価値で構成する(図1)。


 
 E-PVQ尺度の四つの価値観は、それぞれ四つの評定項目の回答値に基づいて測定されるが、本調査では総質問数の制約のため、表1に掲げた評定項目を採用し、回答者に評定してもらった。その結果を踏まえ、生物圏価値、利他的価値、利己的価値、快楽的価値それぞれの四つの下位尺度の各項目の評定得点を合計し、それを項目数で除したものを各下位尺度得点とした。表2の通り、特に生物圏価値と利他的価値の間ではかなり強い相関(0.730)、利他的価値と快楽的価値の間でやや強い相関(0.657)が認められた。また、E-PVQ下位尺度得点を構成する四つの価値の尺度得点のドットプロット図(度数分布表を視覚的に表したグラフ)は図2の通りとなった。






 
 さまざまな検定を経て、多重比較によって吟味した結果、生物圏価値の重視度は相対的に男女とも高齢層で高く(70代以上、60代の当該中央値は男女とも、それぞれ、4.00、3.74)、中年・若年層で低かった(20代女性3.25、50代男性3.38、その他の性別年代は3.50)。利他的価値の重視度は、70代上女性(4.00)で相対的に高い一方、20〜40代女性および20代男性、40代男性(20代女性3.25、それら以外のカテゴリ3.50)で有意に低かった。他方、利己的価値の重視度は、20代男性(3.33)が60代女性、70代以上男性(ともに3.00)より高かった。居住地域に関して、首都圏の利他的価値尺度得点中央値(3.75)は京阪神圏(3.50)よりも有意に高かった。税込世帯年収について、利己的価値の下位尺度得点について中央値が世帯年収のカテゴリ間で同じであるという仮説は有意水準1%で棄却された。多重比較の結果、500〜700万円未満層、700〜1000万円未満層、1000〜1500万円未満層(いずれも中央値3.33)と300万円未満層(3.00)の各ペア、700〜1000万円未満層(3.33)と300〜500万円未満層(3.00)のペアで、有意な差があった。

3 本調査報告における仮想シナリオと分析方法

 本項では、本調査報告における仮想シナリオと分析方法について説明する。生産過程で排出されるGHGを一定水準以下に削減した国産牛肉に、国が認定した第三者機関が「GHG排出削減認証国産牛肉」の認証を与え、認証済みロゴマークを貼付して市場販売する。あるいは、国が策定した「AWに配慮した畜種ごとの飼養管理の技術的指針」に基づいて飼育された国産牛から生産された国産牛肉を国の認定した第三者機関が「AW配慮認証国産牛肉」の認証を与え、認証済みロゴマークを貼付して市場販売するという仮想的状況を設定する。
 それらの状況下で、回答者が認証済みロゴマークを貼付された国産牛肉を、普段購入している国産牛肉より割高な価格上昇分を追加的に支払って購入する意志があるのかどうか、また、追加支払意志があるとすれば、その追加支払意志額(marginal willingness-to-pay、以下「MWTP」という)はいくらくらいなのか分析する。
 最初に、国産牛肉の普段の購入価格を回答者に尋ねて度数分布図にまとめた(図3)。回答者数が最多の価格帯は200〜249円(127人)、次いで250〜299円(120人)、300〜349円(115人)であった。200〜349円の購入単価で国産牛肉を普段買っている回答者は有効回答者全体の2割を占める。
 

 
 本調査を実施した2022年10月における全国の国産牛肉小売価格は、和牛(黒毛和種)のサーロイン1348円(特売価格1115円)〜 バラ772円(同679円)、交雑種のサーロイン940円(同814円)〜 モモ620円(同500円)、その他国産牛のサーロイン723円(同501円)〜 モモ411円(同335円)だった(機構「牛肉の小売価格」)。このことから、回答者が普段200〜349円の単価で購入している国産牛肉は、ウデ肉などの低需要部位を含んだ切り落としやひき肉が主で、普段の購入単価が650円以上の回答者が和牛肉を買っていると考えられる。99円以下の価格帯の代表単価を95円、1500円以上の価格帯の代表単価を1550円、それら以外の価格帯の代表単価を各価格帯の中点値として、普段の購入単価の平均値を推計すると431円、標準偏差は271円であった。
 次いで、GHG排出量削減に直接関わる“気候変動に具体的対策を”を13番目の目標として掲げる「持続可能な開発目標」(以下「SDGs」という)の認知度を、説明を提示せずに回答者に質問したところ、“詳しく知っている”が9%、“ある程度知っている”が45%、“言葉は聞いたことがある・知っている”が32%、“知らない”が15%と、回答者の大半(86%)が少なくともSDGsという言葉を知っていた。
 さらに、SDGsを踏まえ、わが国農林水産分野における環境負荷軽減や持続的農業システムの構築に向けた取り組みが加速していること、わが国のGHG排出量の1%を占める畜産分野でもGHG削減の取り組みが進められていること、GHGの説明とさまざまな悪影響について説明した上で、わが国酪農・畜産におけるGHG排出削減への関心度を尋ねたところ、“非常に関心がある”が12%、“やや関心がある”が40%、“どちらでもない”が25%、“あまり関心がない”が15%、“全く関心がない”が9%で、回答者の過半(52%)がわが国酪農・畜産におけるGHG排出削減に関心をもっていることが分かった。
 これらの質問に続いて、仮想的なGHG排出削減認証国産牛肉に対する購入意向質問Q35(図4)と、CVM質問Q36(図5)を行った。購入意向を尋ねる際には、わが国農林水産分野における環境負荷軽減や持続的な農業システムの構築に向けた取り組みが加速していること、わが国では酪農・畜産分野がGHG総排出量の1%を占めること、GHGによる地球温暖化の悪影響について、簡潔な説明を提示した。



 
 
 CVM質問は、Q35で、“割高でも購入したい”あるいは“ロゴマークのついていない通常の国産牛肉と同程度の価格なら購入したい”の選択肢を選んだ回答者のみに回答してもらった。
 仮想的なAW配慮認証国産牛肉に関する質問でも、CVM質問に先立って、回答者にあらかじめ説明をせずにAWの認知度を尋ねた。その結果、“詳しく知っている”と回答した者は全体の4%、“ある程度知っている”は13%、“言葉は聞いたことがある・知っている”は18%、“知らない”は65%であった。つまり、回答者の過半はAWについて知らないことが分かった。
 次いで、AWに関する簡単な説明を提示した上で、国が「畜種ごとのAWに配慮した飼養管理の技術的指針」を示し、その普及を図っていくことへの関心度を聞いたところ、“非常に関心がある”が9%、“やや関心がある”が31%、“どちらでもない”が30%、“あまり関心がない”が18%、“全く関心がない”が12%で、関心がある回答者は全体の4割にすぎなかった。これは、回答者が、わが国畜産の実情を知らないことを反映しているためと思われる。さらに、国が2023年7月に国際基準などにより示されるAWの水準を改めて通知することに加え、畜種ごとの飼養管理などに関する技術的指針を示し、その普及を図っていくことを都道府県や畜産関係者へ通知することになったが(農林水産省2023b)、それらの内容が行政や畜産関係者以外の国民に広く周知されていないことも影響しているのではないだろうか。
 これらの質問の後、AWとわが国政府の新たな飼養管理策定・普及方針を簡潔に説明した上で仮想的なAW配慮認証国産牛肉の購入意向質問Q39(図6)と、CVM質問Q40(図7)を行った。CVM質問は、Q39で、“割高でも購入したい”あるいは“ロゴマークのついていない通常の国産牛肉と同程度の価格なら購入したい”の回答選択肢を選んだ回答者のみに回答してもらった。



 
 
 GHG排出削減認証国産牛肉やAW配慮認証国産牛肉に対して通常の牛肉よりも割高な価格を払うかどうかの意志決定分析は、Probitモデルの計測によって行った。Probitモデルは、対象の認証国産牛肉に割高な価格を支払うか否かを直接予測するのではなく、割高な価格を支払う確率を予測する。従って、被説明変数の値は0と1の間の値を取る。分析の結果、被説明変数の予測値(追加支払確率予測値)が0.5より大きいなら割高な価格を支払うと判定し、0.5を下回ると割高な価格を支払わないと判定する。

4 分析結果と考察

(1)GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉に対するMWTPと対購入価格比率

 
 図8は、GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉に対するMWTPの回答結果をクロス集計したものである。水色の背景色をつけた列がGHG排出削減認証国産牛肉、橙色の背景色をつけた行がAW配慮認証国産牛肉に対するそれぞれのMWTPの度数分布を表す。
 GHG排出削減認証国産牛肉に対するMWTPは、100グラム当たり41〜50円が102人(22%)で最も多く、次いで6〜10円の75人(16%)、11〜20円の63人(14%)、71〜100円の60人(13%)であった。他方、AW配慮認証国産牛肉に対するMWTPは、100グラム当たり41〜50円が88人(19%)で最も多く、次いで6〜10円の72人(15%)、21〜30円の68人(14%)、71〜100円の66人(14%)であった。
 桃色の背景色をつけたセルは、どちらの認証牛肉に対しても同額のMWTPを支払う回答者数を表す。その合計は194人で、GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉のどちらもMWTP>0の回答者(386人)の50%、少なくともどちらかの認証国産牛肉についてMWTP>0の回答者(550人)の35%、全回答者(1108人)の8%を占めた。
 GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉のどちらもMWTP=0の回答者は、全回答者の50%(558人)おり、AW配慮認証国産牛肉についてMWTP>0だが、GHG排出削減認証国産牛肉についてはMWTP=0の回答者が8%(85人)、GHG排出削減認証国産牛肉についてMWTP>0だが、AW配慮認証国産牛肉についてはMWTP=0の回答者が7%(79人)いることも分かる。また、GHG排出削減認証国産牛肉に対してAW配慮認証国産牛肉より高いMWTPを支払う回答者が10%(108人)と、AW配慮認証国産牛肉に対してGHG排出削減認証国産牛肉より高いMWTPを支払う回答者8%(84人)より多かった。


 
 
 図9は、図8における各MWTP区間中点値の、回答者が普段購入している国産牛肉の価格帯の代表値に対する比率を求めて、GHG排出削減認証国産牛肉に対するMWTPの対購入価格比率とAW配慮認証国産牛肉に対するMWTPにおける対購入価格比率のバブルチャートである。GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉のどちらもMWTP=0の回答者が半数を占めるため、原点を中心とする円が突出して大きいが、それを除くとどちらの対購入価格比率も10%付近に集まっていることが分かる。
 MWTP=0の回答者も含めた場合、AW配慮認証国産牛肉に対するMWTP、GHG排出削減認証国産牛肉に対するMWTPの対購入価格比率の平均値は、いずれも5%であった。また、AW配慮認証国産牛肉に追加支払意志のない回答者を除いた場合、AW配慮認証国産牛肉に対するMWTPの対購入価格比率の平均値は12%、GHG排出削減認証国産牛肉に対する追加支払意志のない回答者を除いた場合、GHG排出削減認証国産牛肉に対するMWTPの対購入価格比率の平均値も12%であった。この結果は、広岡ら(2018)の報告した値33〜47%に比べて極めて低い。


 
 

(2)GHG排出削減認証国産牛肉とAW配慮認証国産牛肉に追加支払する要因とその限界確率効果


 表3に、限界確率効果(説明変数1単位の変化が追加支払確率に与える影響)を示す。
 追加支払確率への影響度を見ると、20代、50代、60代、70代以上の女性、70代男性は、他の年代性別に比べてGHG排出削減認証国産牛肉に対する追加支払確率が、それぞれ21%、23%、20%、31%、19%高まる。量的変数の限界確率効果は、年代性別変数のように0か1の二つの値しか取らない説明変数の限界確率効果に比べ、有用性が低く、解釈が難しいと指摘されている(Williams(2021))。
 

 
 そこで、吟味したい量的説明変数が一定量ずつ変化したときのGHG排出削減認証国産牛肉に追加支払する確率の予測値の変化を、他の説明変数を平均に固定した状態で、Probit計測式から計算し、グラフ化してみた(図10)。その結果、すべての説明変数を平均に固定した状態では追加支払確率予測値は0.38でGHG排出削減認証国産牛肉に対する追加支払が行われないが、他の変数を不変として、生物圏価値尺度得点が5以上だと追加支払確率予測値が0.5を上回り、回答者が追加支払を表明することが分かる。同様に他の変数を平均に固定してSDGs認知度が4(“詳しく知っている”)、わが国畜産分野のGHG排出削減の取り組みへの関心度が4(“やや関心がある”)以上、国産牛肉の購入価格が960円以上のいずれかの条件を満たせば、追加支払確率予測値が0.5を超え、回答者はGHG排出削減認証国産牛肉に対し追加支払を行うと予測される。

 
 この結果は、和牛以外の相対的に安価な国産牛肉を普段購入している消費者に、GHG排出削減認証国産牛肉を割高な価格で購入してもらうには、生物圏価値をより重視する価値観への転換、SDGsの理解醸成と実践行動の普及定着、わが国畜産分野におけるGHG排出削減の取り組みについて一層の情報提供が必要であることを示唆している。
 AW配慮認証国産牛肉へ追加支払する確率を高める説明変数は、70代以上女性ダミー変数、国産牛肉の購入価格、AWに配慮した家畜飼養管理の技術指針普及推進への関心度、生物圏価値尺度得点で有意に低める説明変数は利己的価値尺度得点であった。生物圏価値を重視する回答者ほど、AW配慮認証国産牛肉に割増金を追加支払する確率は高まる一方、利己的価値観を重視する回答者ほど当該認証済み国産牛肉への追加的支払をしない確率は大きくなる。追加支払意志への影響度を吟味すると、70代以上女性は、他の年代性別に比べ、AW配慮認証国産牛肉に割増金を追加支払する確率が24%高い。
 図11は、分析対象の量的説明変数が一定量ずつ変化したときのAW配慮認証国産牛肉に追加支払する確率の予測値の変化を、他の説明変数を平均に固定した状態でグラフ化したものである。この結果から、他の条件を一定として、生物圏価値尺度得点が5以上、あるいは利己的価値尺度得点が1だと追加支払確率予測値が0.5を上回り、回答者がAW配慮認証国産牛肉に追加支払することが分かる。また、他の変数を平均に固定して、AW認知度が4(“詳しく知っている”)、AWに配慮した家畜飼養管理の技術指針普及推進への関心度が4(“やや関心がある”)以上、国産牛肉の購入価格が1130円以上のいずれかの条件を満たせば、追加支払確率予測値が0.5を超え、回答者はAW配慮認証国産牛肉に対し追加支払を行うと予測される。


 
 
 この結果は、和牛以外の相対的に安価な国産牛肉を普段購入している消費者に、AW配慮認証国産牛肉を割高な価格で購入してもらうには、利己的価値から生物圏価値を重視する価値観への転換、国によるAWに配慮した家畜飼養管理の新たな技術指針(農林水産省(2023b))の生産現場への周知・徹底、国民への情報提供が必要であることを示唆している。

5 おわりに

 本稿では、国の認証を受けた第三者機関がGHG排出削減認証国産牛肉を認証するという仮想状況下での消費者の意識と支払意志を分析したが、海外ではすでにこの種の認証が行われている。豪州では、2019年4月に肉用牛大手生産者であるNapcoが販売している牛肉ブランドが、同国初のカーボンニュートラル牛肉(注3)(以下「CNB」という)の認定を連邦政府から受けた(菅原ら(2020))。また、23年4月から豪州小売大手のColesが、政府の"Climate Active Carbon Neutral Standards”認証を取得したCNB“Finest”シリーズを全豪で販売開始している(赤松(2023))。米国では、21年11月に、Low Carbon Beef社が「低炭素牛肉(以下「LCB」という」)のUSDAプロセス認証プログラム(PVP)の確認・認証機関に認証された。牛肉生産過程のGHG排出削減を要件とするPVPは米国初であり、LCBの認証に当たってはライフサイクルアセスメント評価を受け、肉用牛業界平均と比較してGHG排出量が10%以上削減されていれば認証を受けられる。23年1月時点では肉用牛の認証段階であり、まだLCBとして市場に出回っていない。さらに23年3月にはニュージーランドのSilver Fern Farms社が“net carbon zero Angus beef”の販売を開始した。この牛肉はカーボン・インセット方式によって、肉用牛の飼養管理の工程で排出されるGHGをネット・ゼロにしている。米国のスーパーマーケットでも販売されており、価格はUSDA認定の高級ブランド牛肉よりも28〜50%割高に設定されている(岡田2023))。また、ブラジルではMarfrig社が20年8月からCNBの認証ラベルを取得した自社ブランド牛肉を販売開始した(Bruna(2020))。
 わが国でも、肉用牛(ホルスタイン種)の排せつ物からのGHG発生量を減らすため、栃木県畜産酪農研究センターと栃木県大田原市の株式会社前田牧場が、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発したアミノ酸バランス改善飼料の給与実証試験によって、排せつ物堆肥化期間に出るGHG排出量が半減する一方、牛の嗜好しこう性や肉質に影響がないことを確認し、22年4月から直売店と通信販売で、通常の牛肉より2割高い価格で「地球にやさしいお肉」として販売を開始した(下野新聞(2022))。わが国畜産分野では、反すう家畜の消化管内発酵や排せつ物からのGHG排出を安全・低コストで削減する実用的な技術がいまだ確立していないが、アミノ酸バランス改善飼料の改良や、反芻家畜のげっぷ由来のGHGに削減効果がある飼料添加物などの開発加速化と低メタン産生牛作出のための品種改良が必要である。
 AWに配慮した肉用牛の飼養管理に関しては、欧米に比べわが国消費者のAWへの関心の低さが際立っているが、全国25〜65歳の女性を対象としたインターネット調査によって、AWに関する情報提示による消費者の購買意向の変化を検証した志賀ら(2020)は、約7割の消費者はAWという言葉を知らなかったが、簡単なAWの定義と「五つの自由(注4)」の概念を情報提示し、さらに肉用牛の飼養方法の一例として、AW水準の「低い飼養」と「高い飼養」について画像と簡単な説明を提示後に回答者のAWに対する関心が高まったことを報告している。具体的には、牛肉購入時に重視する項目のうち、特に「飼養のされ方」が有意に上昇し、AW水準の高い飼養方法で生産された牛肉に対するMWTPの平均値が100グラム当たり99円であった(本稿のAW配慮認証国産牛肉に対するMWTP平均値は全サンプル平均で23円)。これらの結果から肉用牛の飼育環境におけるAWの重要性や実際の飼養方法について、定期的かつ積極的に消費者に向けて情報発信し、普及啓発することが重要であると結論しているが、筆者も全く同感である。
 農林水産省(2023a)は、「みどりの食料システム戦略」の一環として、GHG削減の取り組みを行っている生産者の努力を的確に評価し、事業参加店舗でGHGの削減度を星の数で見える化し、消費者に伝える事業を22年度から始めた。22年度の実証事業はコメ、トマト、キュウリが対象だったが、23年度以降、農産物の対象品目と参加店舗を増やし、その後、畜産物にも対象を広げ25年度までに国内での普及を目指す(読売新聞(2022))。また、農林水産省(2023)はGHG削減に加え、生産者が生物多様性保全の取り組みを行っていることをコメにラベリングする「見える化」を検討予定としている。わが国農林水産分野のGHGの2大排出部門が稲作と畜産であり、AWの重要性に鑑みると、畜産物にAW水準をラベリングする「見える化」も検討してほしい。
 25年4月13日〜10月13日には2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催される。物品やサービスの調達プロセスにおける持続可能性への配慮を実現するための基準や運用方法などを定める「持続可能性に配慮した調達コード」では、農産物と畜産物について個別基準が追加されるが、これらの「見える化」も農産物と畜産物の調達要件と連動させる発想があってもよい。
 
(注3)牛からのGHG排出が森林や農作物の栽培によって相殺される農場で飼育された牛から生産された牛肉。
(注4)「飢え、渇きおよび栄養不良からの自由」「恐怖および苦悩からの自由」「身体的および熱の不快さからの自由」「苦痛、傷害および疾病からの自由」「通常の行動様式を発現する自由」
 
謝辞
 本稿で実施した分析のために、「食肉に関する意識調査」(2022年10月実施)Web個票データの利用を許可していただいた公益財団法人日本食肉消費総合センターに謝意を表します。

 
[引用文献]
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