(1)酪農の概要(EUおよびイタリア)
EUは、全世界の2割弱を占める主要生乳生産地域であり、牛乳・乳製品の自給率は100%を超える純輸出地域でもある。2022年の国別出荷量(注1)について上位の占める割合を見ると、ドイツ(EU生乳出荷量全体の22.1%)、フランス(同16.6%)、オランダ(同9.5%)、イタリア(同8.9%)と続き、イタリアはEU域内で主要な生乳生産国に位置付けられる(図1)。
(注1)欧州委員会での統計では、生乳が酪農家で一定の自家消費があることを勘案し、乳業への出荷量(Delivered to dairies)を集計値として掲載している。このため、本稿でも同委員会の数値を利用することから「生産量」ではなく「出荷量」と表記する。
図2にイタリアの生乳出荷量の推移を示した。EUでは、15年3月末の生乳生産割当(クオーター)制度の廃止以降、生乳出荷量が増加し、イタリアでも同様の傾向となっており、22年の生乳出荷量は1280万8000トン(15年比20.4%増)となった(22年は干ばつの影響から前年比では減少)。また、22年末の乳用牛飼養頭数は187万頭であり、これは同時期のEU27カ国の乳牛群全体の約9.3%に相当する。ただし、ここ数年は酪農家戸数の減少などから同頭数は横ばいで推移している。
同国の主要生乳生産地域は、山間地域が多く比較的冷涼な北部のロンバルディア州、エミリア・ロマーニャ州、ヴェネト州、ピエモンテ州の4州であり、これら4州で国内生乳生産量の約8割を担っている(図3、4)。
地中海に面し南北に長い国土を持つイタリアは、国土の約7割が山岳・丘陵地であるが、国土面積に占める農用地面積は約43%に上り(2020年)、EU域内の農業生産額はフランス、ドイツに次ぐ第3位(22年)となっている。一方で、1戸当たりの農用地面積(16年)は、フランスの60.9ヘクタール、ドイツの60.5ヘクタールに対し、イタリアは11.0ヘクタールと非常に小さい。この面積には小麦などの畑作も含まれるため、酪農経営はより中小規模のものが中心となり、日本の酪農にも共通するところである。
(2)乳製品の需給状況
かつてのクオーター制度下では、各国の生乳生産量に上限が設けられていたため、イタリアの乳製品需給は基本的にひっ迫していた。このため、同国で出荷された生乳は国内需要が大きく、付加価値の高いチーズ向けが優先された。また、不足する飲用乳などはEU域内から製品などで輸入し、国内に供給することで需給のバランスが保たれていた(表1)。同国は、クオーター制度廃止後も生乳需要に供給が追い付かない状況が続いており、引き続きチーズ向けが優先され、飲用乳などはドイツやポーランドから安価な製品を輸入するという需給構造になっている。
(3)生乳の流通
図5の通り、生乳出荷量の約半分(47%)はGI(PDO・PGI)(注2)チーズに向けられ、飲用乳向けは8%にとどまっている。また、業務用に向けられた生乳44%のうち、78%が輸入されたバルクミルクおよび中間財とともに、その他のチーズに仕向けられている。結果として生乳出荷量の約7割(注3)がチーズ向けとなっており、同国の生乳流通はチーズを中心に動いていることが分かる。
(注3)GIチーズ向け+(その他業務用向け×うち78%×その他チーズ向け70%)=47%+(44%×0.78×0.7)=約71%。
イタリアの主要農業協同組合の一つであるイタリア農業連盟(Confagricoltura)は、このようにチーズに向けられる生乳が多いことから、国内で乳製品需給が緩和した際は、一般的なバターや脱脂粉乳(注4)の製造で調整せず、保存性の高いパルミジャーノ・レッジャーノやグラナ・パダーノなどのチーズを製造することで対応するとしている。ただし、これらのチーズは、価格や品質の維持などを目的に生産量の上限を定めていることから、それを超える分は冷凍保存が可能なモッツァレラチーズの製造で調整するという。コロナ禍では、特にこれらのPDOチーズを主体に家庭での巣ごもり需要が高まったことで、乳製品需給の緩和には至らなかったとしている(注5)。また、チーズ生産時に生じるホエイの取り扱いに関しては、(1)リコッタチーズ(ホエイを凝固させたもの。写真1)(2)養豚農家(3)医薬品・化粧品向け−などの需要が高いことから、余剰となるような課題はないとしている。
(注4)イタリア農業連盟によれば、同国には脱脂粉乳を製造する施設が存在しないとされる。
(注5)欧州委員会は、コロナ禍でEUの乳製品需給が緩和した際、加盟各国を対象に脱脂粉乳、バター、チーズの民間在庫補助を実施している。
(4)乳製品の特徴
イタリアの乳製品生産の特徴は、図5に示したように地理的表示(GI)のチーズ生産が多いということである。同国の生乳のほぼ半分がGI製品の表示区分であるPDOおよびPGIのチーズ生産に使用されている。日本のスーパーマーケットなどでも販売されているパルミジャーノ・レッジャーノやグラナ・パダーノ、ゴルゴンゾーラは、イタリアのPDO乳製品の中では生産量・金額ベースで常に上位に位置し、すべて北部地域で生産されるチーズである(注6)。先の二つは、ハードタイプの長期熟成チーズであり、その製造は中世にまでさかのぼる。同国でチーズが食生活に深く浸透している理由として、当時の人口に対し生乳の生産量が多かったため、有効な保存方法として中・長期熟成チーズを製造し、日常的に食されてきたことが背景にある。
(注6)パルミジャーノ・レッジャーノは、最低12カ月の熟成期間を要し、エミリア・ロマーニャ州とロンバルディア州の一部で生産される(図6)。同じくハード系のグラナ・パダーノは、最低9カ月の熟成期間を要し、ピエモンテ州、ロンバルディア州、ヴェネト州、トレンティアーノ・アント・アディジェ州とエミリア・ロマーニャ州の一部で生産される。青カビ系のゴルゴンゾーラは、ロンバルディア州とピエモンテ州で生産される。これらチーズはいずれも生産地域が限定されており、EU域内外での需要が高い。