本調査研究では、和牛肉の輸出展開で今後拡大が見込まれる和牛肉の小売販売について、小売形態で流通する際の「脂質酸化リスク」に着目した。さらに、輸出量の確保に向け、和牛の増産を図る上で有効な手段である肥育期間短縮技術を導入した場合に想定される「出荷月齢」の早期化が牛肉の脂質酸化リスクに影響を及ぼす可能性を考え、これを検討した。検討には、早期出荷区として平均26カ月齢、慣行出荷区として平均30カ月齢の黒毛和種のリブロースのミンチ試料の貯蔵試験を行い、各貯蔵日のTBARS値、酸化臭強度評点およびメトミオグロビン割合を指標として脂質酸化リスクを評価した。また、出荷月齢が影響する可能性が考えられた脂質酸化関連要因である脂肪酸組成とミオグロビン含量、牛肉に含まれる代表的な抗酸化成分であるα-トコフェロールとカルノシン含量を両区で比較した。その結果、今回比較した早期出荷区と慣行出荷区では、各貯蔵日のTBARS値に差はなく、脂質酸化によって生じる酸化臭の強さや、肉色の褐色化の程度にも差がないことが明らかとなった。また、脂質酸化関連要因である脂肪酸組成、ミオグロビン、α-トコフェロールおよびカルノシン含量にも差は認められなかった。これらの結果から、今回の検討においては、貯蔵中の牛肉の脂質酸化リスクに対する出荷月齢の影響はないと示唆された。
本調査研究で「脂質酸化リスク」と「出荷月齢」が関連する可能性に着目したのは、出荷月齢によって脂質酸化関連要因である脂肪酸組成とミオグロビン含量が変化するという過去の知見に基づいている。そして、出荷月齢が早期化することで、脂肪酸組成は酸化が生じにくい飽和脂肪酸の割合が高くなり、酸化促進物質であるミオグロビン含量は減少し、牛肉の脂質酸化リスクが低くなるという仮説を立てた。しかし、得られた結果は仮説と異なり、今回比較した早期出荷区と慣行出荷区では牛肉の脂質酸化リスクに対する出荷月齢の影響は確認されなかった。その原因としては、今回比較した月齢は、脂肪酸組成やミオグロビンの生理的変化が顕著に示されるほどの月齢差ではなかった可能性が考えられる。過去の知見では、不飽和脂肪酸の増加は14カ月齢から28カ月齢の範囲で、ミオグロビン含量の増加は20カ月齢から35カ月齢の範囲で示されていた。本調査では、輸出拡大のための増頭手段としての肥育期間短縮技術で想定される範囲の26カ月齢と30カ月齢の比較であり、この範囲においては、脂肪酸組成やミオグロビン含量の変化はなく、脂質酸化リスクに対する出荷月齢の影響はないと推察された。
本調査研究の主目的であった出荷月齢と牛肉の脂質酸化リスクの関連は確認できなかったものの、両区ともに貯蔵中の脂質酸化が進行していたことには注意する必要がある。例えば、牛ミンチ肉の貯蔵温度4度での保存における消費期限の目安(社団法人中央畜産会、2006)は3日間とされている。本調査の両区で示された貯蔵3日目のTBARS値は、貯蔵0日目より増加しており、酸化臭強度評点からは酸化臭強度がやや弱い〜やや強いと推測された。これらの結果は、貯蔵3日間で両区ともに脂質酸化が進行しており、消費期限内でも酸化臭が強く感じられ、品質が劣化していると判断される可能性があることを示している。
牛肉自体に存在する脂質酸化関連要因のうちコントロールが可能な要因の一つにα-トコフェロールが挙げられる。三津本ら(1995)は、黒毛和種肥育牛にビタミンE剤1日当たり2500ミリグラムを4週間投与することで、牛肉中のα-トコフェロール含量を増加させ、貯蔵中の牛肉の脂質酸化とメトミオグロビン形成を抑制できることを示している。また、α-トコフェロールを多く含むイネ発酵粗飼料の給与によっても冷蔵保存中の牛肉の脂質酸化や変色が抑制される(山田ら、2012)。これらの報告のように、給与飼料によって牛肉自身の抗酸化性を高め、脂質酸化リスクを低減することは可能である。生産段階の他にも、加工段階、包装段階と多くの過程において、牛肉の脂質酸化リスクを低減するための技術が存在する。今後、和牛肉の輸出拡大を推進する上で重要である小売販売については、和牛肉の脂質酸化を防ぎ、品質を保った状態で海外の家庭に届けるために、生産から流通までのすべての過程において、脂質酸化リスクへの配慮をしながら進めていく必要があると考えられる。
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