ここでは、日常の普及活動における発信情報の活用事例および成果を紹介する。
(1)乳中脂肪酸組成の活用
前述したように、宗谷管内における粗飼料生産については多くの課題がある。その中から、粗飼料品質が乳牛の状態に及ぼす影響を見える化して酪農家に発信した事例を紹介する。
北海道では、2021年4月から一部地域を除いて、バルク集乳旬報および乳用牛検定成績に「脂肪酸組成データ」の情報提供が開始された。脂肪酸組成の指標値は、過去の道内の調査結果から目安値が示されている(表2、3)。脂肪酸組成の数値の活用は「粗飼料品質の判断」「不健康な牛の発見」「飼養環境の再確認」につながり、飼料給与方法をはじめとした飼養管理の良否が反映されるが、新しく追加された分析項目であったため、その活用方法については十分理解されていない面があった。
そこで、普及センターではこのデータを現場で活用できるようウェブページに乳中脂肪酸についての情報を集約したページを作成、乳脂肪に焦点を当てた約3分間の動画を作成し、ウェブページに掲載(YouTubeにリンク)している。この動画では牛乳に含まれる脂肪酸の種類と乳中脂肪酸組成の紹介を行っている。また、公益社団法人北海道酪農検定検査協会の「牛群検定Webシステム」の検定日速報(CSVファイル)から脂肪酸の推移やデノボ脂肪酸(注)バランス(マトリックスグラフ)を簡単に把握できるシートを作成し、活用を図っている(図7)。
(注)炭素数が16以下の脂肪酸。
このシートを用いて飼養管理改善を実施したA牧場の事例を紹介する。
A牧場の飼養形態は自動給餌機を利用しているつなぎ飼いである。改善前の脂肪酸バランスの状況は、分娩60日以内のデノボ脂肪酸が低く、60日以降もばらつきが見られた(図8)。そこで飼養状況を調査した結果、(1)分娩直後の急激な配合飼料の増給(2)ピーク時の濃厚飼料給与量が最大1頭当たり19キログラム(3)飼槽に食べられるサイレージがない(4)ふんが水溶性で泡立っている−といった特徴が見られたことからルーメンの発酵状況が不安定であることが想定された。
以上の対策として、表4の取り組みを実施した。取組内容のうち、敷料については、その過不足が牛の行動にどのような影響を与えるか確認を行った。具体的には、片側半分の牛床には少ないままの敷料、もう半分の牛床には敷料を増やすという処理を行った。その結果、敷料を増やした牛床の牛は全頭寝るようになり、敷料が少ないままの牛床では起きている牛が多い状況となった(写真1)。全頭寝るようになった牛床の牛の乳量は1頭1日当たり1.4キログラム増加する結果となった。
これらの取り組みを実施した後、脂肪酸バランスを確認すると、分娩後60日以内のデノボ脂肪酸の割合が上昇し、ルーメン発酵が安定化した(図9)。また、分娩後60日以降のばらつきも少なくなった。その結果、乳量は改善前の2020年を100%とすると、改善後の21年は117%、22年は129%と増産になった(図10)。また、分娩後の疾病発生率も20年の51.7%から21年は3.8%、22年は2.4%と大きく低下した。22年は購入飼料費の高騰や厳しい夏の暑さがあったにもかかわらず、収支は黒字で終えることができた。
この取り組みについては、地域の懇談会や研修会などで広く周知し、管内の酪農家に飼養管理の改善に活用できることが認知され始めている。
また「脂肪酸組成データを活用した農場の改善事例」として普及センターのウェブページに掲載したことで、道内だけでなく道外からの問い合わせもあり、広く効率的な波及につながった。さらに複数の農業専門誌でも紹介され、幅広く周知することができた。
普及センター独自でも、「現場で使おう!『乳中脂肪酸組成』事例紹介」と題した紙媒体の資料を作成し、勉強会などで飼養管理改善に活用してもらうべく配布している。
(2)ヘルパーマニュアル
現在、担い手の高齢化や労働過重の低減のために、酪農ヘルパーの重要性はますます増している。その一方で、酪農ヘルパーは慢性的な人手不足であり、定着率も低く、頻繁に人員が入れ替わる状況にある。
酪農ヘルパーの業務は、各農場の仕事を代行することであるが、搾乳作業一つとっても全く同じ方法をとる農場はほぼ皆無である。そのため、農場ごとの作業手順を覚えることが必要で、慣れるまで非常に時間を要する。
その負担を軽減するため、普及センターではJAや酪農ヘルパー組合と連携し、各農場の搾乳作業に係るマニュアルの作成と活用に取り組んでいる。
経験の浅い酪農ヘルパーはこのマニュアルを参照することで、農場や先輩ヘルパーに都度聞くことなく作業手順や内容が確認できるため「気持ちが楽になった」との声が聞かれており、円滑な業務遂行につながっている。
活用している農場からは、「酪農ヘルパーがマニュアルを見ながら仕事をすると時間はかかるが、不明な点についての問い合わせがなくなるので、休養に集中できて良い」との話があった。2024年1月現在、7農場の作業マニュアルが完成し活用されている(図11)。
また、酪農経験のない方でも酪農ヘルパーとして早期に農場や仕事に慣れることができるように、『新人酪農ヘルパー入門書〜搾乳の基礎〜』を作成した。この入門書では、搾乳で使われる器具や道具の名称や搾乳手順の基本などについてまとめている。新人ヘルパー研修会のテキストとして使用しているほか、ウェブページにも掲載しているので、牧場従業員の方や結婚を機に酪農家になられた方など、酪農作業初心者の方々の参考にしてもらっている。このような初心者の方々からは「搾乳機器や道具の名称が分からず困っていたが、このマニュアルを見て知ることができた」などの声が聞かれている。
(3)身近なGAP情報
農林水産省は2030年までにほぼすべての産地で国際水準GAP(Good Agricultural Practices:農業生産工程管理)に取り組むことを目標にしているが、宗谷管内ではまだGAPの認知度は高くない。しかし、部分的にでもGAPの考え方に基づいた管理をしている農場は少なくない。普及センターではGAPの定着に向けて、具体的な取組内容やGAPの実践がもたらす効果を伝えるために、定期的に「身近なGAP情報」を発行し、啓発を行っている(表5)。
粗飼料生産と活用という点では、ほ場作業に係る安全対策の実施、乳牛飼養管理におけるアニマルウェルフェアの実践など、GAPの取り組みと密接に関連する重要項目が含まれている。
人材不足への対応という点では、特に、従業員の定着に向けて働きやすい環境を整備するためのヒントになる。
いずれにも、GAPの考え方には生産性や農場運営の向上に役立つ多くの示唆があり、これを活用していくことが持続可能な酪農経営に必要と考えられる。
身近なGAP情報は3カ月に1回、紙媒体として印刷し、職員協力の下、農場巡回時や集合研修時(4Hクラブ<農業青年クラブ>の例会、重点地区懇談会、担い手関係の勉強会など)に説明とともに配布している。ウェブページにも掲載しているが、酪農家へのアピールという点では、対面で説明する方が効果的と考えている。
「身近なGAP情報」をヒントにして作業改善につながった例として、B牧場の事例を紹介する。
B牧場の飼養形態はフリーストールによる放し飼いで、飼料はTMRを調製して給与している。TMRを調製する際のミキサーの攪拌時間についてのルールはあったものの、サイレージの状態や攪拌開始・終了のタイミングが担当者によって微妙に異なることで、調製されたTMRの粒度にばらつきが見られ、乳牛の乾物摂取量が安定しないという問題があった。
そこで、「身近なGAP情報」No.3(農場マニュアルをつくってみよう〜畜産GAPの取組)などを参考に、さまざまな粒度のTMRを画像として見える化し、最適な状態のものを従業員間で共有することで各自、攪拌時間を調整し、毎回ほぼ一定の粒度のTMRを調製できるようにした(写真2)。この取り組みにより、乳牛の状態も安定してきている。
今後は、さらにGAPの認知度を高めて、幅広く実践につなげていくことが必要である。