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国内特集号 畜産の情報 2024年2月号

中山間地域を新たな技術で支える〜スマート放牧による低コスト畜産の取り組み〜

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国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 西日本農業研究センター 
周年放牧研究領域 上級研究員 平野 清

【要約】

 スマート技術などを活用し、国立公園三瓶山の荒廃農地を再生しつつ、省力放牧家畜管理、無農薬・無化学肥料での家畜生産性向上技術の現地実証を行った。技術として、牧草作付け計画支援システムを活用した放牧期間延長、荒廃農地の効率的再生、RTK-GPSガイダンスを用いた効率的鶏ふん散布、放牧牛位置監視システムなどを用い、放牧地面積増加(31ヘクタール→64ヘクタール)・放牧牛頭数増加(30頭→50頭)の管理を増員することなく実現できた。

1 取り組み開始の経緯

 高齢化や人手不足による農地の荒廃は、全国の多くの地域で見られる現象であるが、中山間地域では特に顕著な問題となっている。また、近年急速に進んだ輸入飼料・化学肥料・燃料などの価格高騰も、経営上の課題となっている。島根県大田市の三瓶さんべ山の山麓では、古くから放牧により草地景観が守られつつ、家畜生産が行われてきた。この取り組みが評価され、1963年から国立公園に指定され現在に至る。しかしながら、高齢化などにより三瓶山の共同放牧地利用農家数は、過去は10戸以上あったが現在は1戸に減少し、放牧が継続できず放棄される区画が徐々に増え、荒廃が進行しつつあった(図1左)。本稿で紹介する取り組みは、スマート放牧技術などを活用し、荒廃農地を再生しつつ、三瓶山の景観と農業生態系の再生・省力放牧家畜管理・地域資源などを活用した家畜生産性向上・みどりの食料システム戦略1)に沿った無農薬・無化学肥料による農地管理を実現したものである(図1右)。
 放牧による牛の飼養には、以下の特徴がある。
 
(1)牛ができること(圃場ほじょう内の自給飼料の採食・ふん尿の圃場散布など)を牛にしてもらうことにより、輸入飼料の給与量やふん尿の処理に必要となる燃料代などを削減できる飼養方法であること
(2)土-草-家畜の農業生態系の循環を活用した、自給飼料に基づく低投入・持続型の家畜生産体系であり、「みどりの食料システム戦略」や「有機畜産」への対応が比較的容易な飼養体系であること
(3)近年、耕作放棄地・荒廃農地の解消と、農地の省力的保全管理にも放牧は注目されてきており、2022年に改正された「農山漁村の活性化のための定住等及び地域間交流の促進に関する法律」2)においても、放牧は省力的農地管理手法に位置付けられていること
 
 このように放牧は、食料安全保障の面から、農業生態系を活用した自給飼料生産・給与、価格高騰し続けている輸入飼料・燃料などの低減、人口減少下での農地保全に寄与する持続的な飼養方法という側面を持つ。
 農作業の省力化などの方法として、スマート技術が近年注目され、家畜飼養においてもさまざまな製品が開発されてきた3)。一方、これまでに開発・利用されてきた牛用のスマート機器の多くは、主に牛舎内での利用を想定しているため100ボルトなどの商用電源が必須であり、放牧地でそのまま利用できる機器は少ない。また、放牧を活用した和牛飼養では、舎飼に対し、前述のように牛自身の放牧行動により省力化できる部分が多くあるが、一方で放牧牛監視など労力が増加する部分もある。また、放牧飼養の利点を生かすための放牧地の面積増加や草地管理の最適化も、コスト低減のためには必要である。本取り組みでは、これら放牧特有の課題を中心に最新のスマート技術などを活用し、課題の解決を試みた。

2 取り組み内容・目的

 本稿で紹介する取り組みは、スマート農業実証プロジェクト「荒廃農地の再生による環境保全効果と生産性の高いスマート放牧体系の実証」として、2022〜23年の期間で実施している。場所は三瓶山西ノ原地区であり、21年時点で第1牧区(21ヘクタール)は放牧利用中であるがノイバラをはじめとした雑灌木かんぼくの処理が人手不足でできない状態であり、第2牧区(16ヘクタール)は放牧できず木本植物が侵入した荒廃農地となっていた。標高は約450メートルであり、12月下旬ごろより積雪のため草地に隣接する道路が一部閉鎖される程度の比較的冷涼な気象条件である。なお、本プロジェクト課題の構成員は8組織(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)西日本農業研究センター、かわむら牧場、三瓶牧野委員会、島根県畜産技術センター、山口県農林総合技術センター畜産技術部、島根県西部農林水産振興センター、島根県大田市、島根県農業協同組合石見銀山地区本部)である。

取り組み概要は、次の通りである。
 輸出需要が増大する牛肉増産、輸入飼料・資材高騰に対する国内資源活用型のスマート畜産実証に必要となる、肥育もと牛(子牛)の放牧による低コスト・省力生産拡大に向け、
(1)農研機構が開発を主導したスマート放牧技術(放牧牛自動体重測定システム、牧草作付け支援システムなど)と市販のスマート農業対応機器を活用した収益性の高い生産体系を実証
(2)スマート化効果の最大化に向けた、灌木除去などによる荒廃農地の再生技術を検証
(3)スマート技術の導入コストを肥育もと牛生産費の上限10%に設定、導入時のシェアリング体制を確立することで、コスト増の軽減を図る
 
目標は次の三つとしている。
(1)牧草作付け支援システムにより提案された草種の導入による放牧可能日数増加(180日→200日)
(2)荒廃農地の再生による利用面積拡大(21ヘクタール→37ヘクタール)
(3)放牧牛飼養頭数増加(30頭→50頭)
主な導入技術は図2に示した通りであり、本稿ではこれら技術の現地実証を中心に報告する。

3 主な研究成果の紹介

(1)牧草作付け計画支援システムを活用した放牧期間延長

 本システムは、放牧を活用した和牛繁殖経営において、産地・経営により、放牧可能な面積、放牧地の状況(トラクタ走行・管理の可否、排水性の良否)、気象条件、放牧可能頭数が異なる中で放牧を活用し、経営内の購入飼料を最も少なくする牧草作付け計画立案を支援するシステムである(図3(a))。本システムは以下の三つのプロセスからなる。
 
(1)地域・放牧可能な複数の圃場条件(面積・状況など)・放牧頭数を入力すると、圃場毎の複数の適草種が提示・選択可能となる。
 
(2)各圃場で選択された草種を基に、経営内全放牧地からの月毎の草量・放牧頭数を基にした放牧利用期間や不足する(購入が必要となる)草量が推定・提示される。
 
(3)圃場毎の草種変更を通じ、経営全体の放牧期間を最大限延長する(購入飼料を最小とする)と想定される、各圃場の牧草作付け計画をシミュレーションすることができる
 
 図3(b)のグラフに示すように、植物の種類により、季節生産性は大きく異なる。野草やシバなどの在来草の生産量は、春に少なく、夏に多く、秋に少なくなる。これに対し、より冷涼な気候に適応した寒地型牧草の生産量は、春に多く、夏に少なく、秋に多い傾向を示す。この二つの草種を組み合わせることにより、牧草生産量を平準化させつつ、放牧期間を延長することが可能となる。本取り組みでは、図3(c)の通り16ヘクタールに寒地型牧草を導入、21ヘクタールをシバなど野草利用とした。2021年9月に、寒地型牧草(オーチャードグラス品種:まきばたろう10アール当たり2キログラム、 ペレニアルライグラス品種:夏ごしペレ10アール当たり0.4キログラム、 ケンタッキーブルーグラス品種:ラトー10アール当たり0.3キログラム、シロクローバ品種:フィア10アール当たり0.3キログラム)を、簡易草地更新機(エイチゾン社シードマチック・グラスファーマー2014C)を用いて導入した。執筆時点で、寒地型牧草の季節生産性の評価を継続しているが、目標とする放牧期間200日は達成できる見込みである。
 なお、本技術については動画「なが〜く放牧してコスト削減」4)、技術解説書「周年親子放牧導入標準作業手順書-山陰地方版-」5)として公開している(図3(d)、(e))。

 

(2)荒廃農地の効率的再生

 木本植物の侵入が始まった三瓶山西ノ原第2牧区において、スマート技術を最大化しつつ、放牧による生産コスト削減を実現するには、荒廃農地を効率的に再生する必要があった。荒廃農地の植生が、牛が食べられる草本植物(ススキ、クズ、セイダカアワダチソウなど)であれば、牛の放牧により農地再生ができるが、牛が食べられない木本植物である場合、牛の放牧のみでは農地再生は困難である。このような木本植物除去は、従来は人手による伐採・持ち出しが必要であり、多大な労力が必要であった。
 それに対し本取り組みでは、3種のフレールモアを用いた(図4)。フレールモアは、地面に対し垂直方向に回転する刃で、植物を破砕することができ、残枝や残草の持ち出し作業を省略でき、効率的な農地再生が可能となる。
 乗用トラクタ装着型フレールモアは、TMC Cancela社のTGH-220(マルチャー)を用いた。本機は鋳物製の刃を持ち、カタログ値で直径18センチメートルの木本植物の細断が可能である。85馬力以上のトラクタが必要で、処理速度は3機種の中で最も早いことが明らかにされた。
 無線トラクタ装着型フレールモアは、キャニコム社のCG670(クロカンジョージ)を用いた。40度までの傾斜地で利用可能であり、乗用トラクタが入れない斜面での荒廃農地再生に適する。
 油圧ショベル装着型フレールモアは、タグチ工業のKS-27(クサカルゴン)を用いた。棚田など、上述の2機種が入れない地形で利用可能であり、処理速度自体は2機種より遅いが、多くのレンタル会社で取り扱いがあるため、利用が容易である。
 これら荒廃農地再生技術について、動画「どうする!?荒廃農地-最新フレールモアで放牧地に復活させてみた-」6)で公開している。また、これらを活用することにより、本取り組みでは農薬類を一切用いることなく荒廃農地再生・放牧草地の管理を実現している。

 

(3)RTK-GPSガイダンスを用いた効率的鶏ふん散布

 近年の化学肥料価格高騰に対し、代替肥料としての鶏ふんは、安価で窒素などの肥料成分含有量が牛ふんより高く、広い地域で入手が容易である。散布作業に際し、鶏ふんは草地に散布した跡が目視でわからないため、鶏ふん散布部の重複や無散布部が生じ、ひいては牧草の生育ムラなどの要因となっていた。
 この問題に対し、RTK-GPSガイダンスを活用し、効率的な鶏ふん散布を試みた(図5)。GPSガイダンスシステムはGPS端末(農業情報設計社AgriBus-GMiniR)、専用ガイダンスソフトウェア(農業情報設計社AgriBus-NAVI)とAndroidタブレット端末の利用で実現した。今回の実証地での鶏ふん散布に当たり、けん引式のマニュアスプレッダ利用が困難な地形が存在したため、鶏ふん散布が可能なブロードキャスタであるタカキタ社のCC8002D(コンポキャスタ)を用いた。今回の実証地は10ヘクタールを超える大面積で、さまざまな傾斜地形が含まれ、外縁形状も直線でない地形であるため、直進するには適切なハンドル操作が必要となるなどにより、鶏ふん散布のムラをなくすことは通常困難である。しかしRTK-GPSガイダンスを用いることにより、散布ムラを最小減に抑えた鶏ふん散布が実現できた。
 また、本実証における肥料価格は、2022年10月時点で、鶏ふん価格/化学肥料価格(14-14-14)は15.8%であり、実証地(5kgN/10a/回、2回/年、16ha)では年間約200万円の肥料資材コストの削減が実現できた。また、16ヘクタールの無化学肥料栽培管理も実現した。

 

(4)放牧牛位置監視システムなどの現地実証

 放牧地面積の増加は、放牧地からの採食可能草量および放牧頭数の増加ができることから、放牧を活用した低コスト化にとって必須の要因であるが、放牧頭数の増加は、放牧地での牛の管理作業も同時に増加することを意味する。この増加する管理作業について、放牧牛位置監視システム「うしみる(GIサプライ社)」を活用することによる低減を試みた(図6)。
 うしみるは、放牧牛の位置を、スマートフォンなどで知らせるシステムであり、親牛に取り付ける首輪型のGPS内蔵の端末と、ゲートウェイと呼ばれる中継装置、ウェブ上で利用できるソフトウェアから構成されている。首輪型の端末から、GPSによる位置情報が、ゲートウェイにLoRa形式(注)の通信により送られる。ゲートウェイから携帯通信回線を経由した各個体の家畜位置情報をウェブアプリから見ることができるため、スマートフォンやタブレット、PCから牛の位置を確認することができる。家畜位置情報の送信間隔は約20分である。
 本実証に用いている放牧地は、2021年までは第1牧区の31ヘクタール(草地21ヘクタール、林地10ヘクタール)であったが、荒廃農地再生技術などの導入により、新たに第2牧区の33ヘクタール(草地16ヘクタール、林地17ヘクタール)が加わり、22年時点で、合計64ヘクタール(草地37ヘクタール、林地27ヘクタール)となった。
 これにより、放牧牛は21年の30頭から、22年の50頭へ約1.7倍に増加し、放牧地面積も約2倍に増加した。この大面積、かつ地形も山麓のため平坦でなく、全体に占める林地の割合も高い放牧地では、放牧牛の居場所を探すことは大変な作業となる。特に、分娩前後や体調不良・事故などにより、牛群と離れた行動をしている牛の発見は、極めて困難な作業である。このような状況であったが、放牧牛位置監視システムなどを活用することにより、従業員2人体制で増員することなく、放牧牛の増頭に対応できた。
 
(注)長距離・省電力ネットワーク規格の一つ。見通し範囲であれば数キロメートルの通信が可能とされている。

 

(5)現地実証による生産者からの意見

 今回の現地実証について、生産者(2人)からは、「作業に余裕ができて、経営全体へ良い波及効果が出ている」という意見を頂いた。三瓶山西ノ原第2牧区における荒廃農地再生・牧草作付け計画支援システムを活用した放牧期間延長・RTK-GPSガイダンスを用いた効率的鶏ふん散布・放牧牛位置監視システムなどの導入は、「優秀な飼養管理担当の従業員1人に匹敵する。経営内の人員が2.8人(うち0.8人は臨時職員)から2人に減ったが、体の負担はそれほど変わらない」「放牧地で良質な草の量が増え、晩秋でも牛が落ち着き、放牧地に持っていく乾草の量が減った」「位置監視があるので、心理的に安心できる」「放牧できる牛が増え、牛舎に残る牛が半減したため、牛舎で自給飼料ロール給与に適した牛群編成ができた」「敷料交換頻度が減り、敷料代も減った。堆肥が半減したので切り返し作業・燃料代も減った」「余裕ができたので、従業員間のコミュニケーションが円滑にできるようになり従業員の技術が向上した」「考える時間ができ、飼料・資材などの発注等作業が従来より適切にできるようになった」といった、取り組み開始当初想定していなかった意見を頂いた。
 

(6)実証技術普及に向けた情報発信

 三瓶山における中山間地域でのスマート放牧による低コスト畜産の取り組みを、広く知ってもらうための情報発信も実施している。情報発信に際し、農林水産省地方農政局(北陸、近畿、中国四国、九州)、県(島根県、山口県)、農研機構畜産研究部門などと連携し、主に山陰地方を中心に、シンポジウム、現地説明会、現地実演会などを開催している(図7)。シンポジウムは2022年に島根県で2回、23年に山口県で1回開催した。現地での技術説明・実演を、22年に9カ所、23年に10カ所実施した。これらを通じ、乗用トラクタ装着型フレールモア導入を表明した牧場があるなど、技術普及が始まっている。

 

4 今後の展望

 スマート放牧技術普及に向け、2024年3月に「荒廃農地の再生による環境保全効果と生産性の高いスマート放牧技術導入支援パンフレット(仮)」の作成を予定している。各産地・経営により、放牧可能面積・牛の頭数などの条件が異なる中で、全産地・経営で提示したすべてのスマート機器などの導入は適当ではなく、各産地・経営の規模に応じ、必要かつ導入可能なスマート機器などを選択し、導入利用することが適当と考える。本パンフレットでは、各スマート機器などの導入費と維持管理費を基に、プロジェクト目標である「スマート放牧技術の導入コストを肥育もと牛生産費の上限10%に設定」した、スマート放牧技術導入計画の策定方法を示す予定である。
 スマート技術導入により現場での生産性向上・低コスト化を実現するには、スマート技術単独の普及情報提供のみではなく、その礎となる基本技術7)・従来技術の最新情報8)9)の提供と、現場との意見・情報交換が併せて必須である。本稿で紹介したスマート技術と関連技術を含めた普及活動の継続を可能な範囲で実施することなどにより、山陰地域にとどまらず幅広い地域において、放牧を活用した地域の和牛繁殖経営の継続・発展と地域の農用地保全に役立つことが期待される。
 本稿におけるスマート放牧体系の実証は、農林水産省「スマート農業実証プロジェクト(スマート農業産地形成実証)(課題番号:畜4G2、課題名:荒廃農地の再生による環境保全効果と生産性の高いスマート放牧体系の実証)」(事業主体:農研機構)の支援により実施された。
また、本稿に関するスマート放牧体系の実証等に協力いただいたすべての方々に謝意を表する。
 
<参考文献>
1)農林水産省(2021) みどりの食料システム戦略 〜食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現〜
2)農林水産省(2023) 農山漁村の活性化のための定住等及び地域間交流の促進に関する法律について
3)農林水産省(2023)スマート農業技術カタログ(畜産)
4)農研機構 (2023) なが〜く放牧してコスト削減
5)農研機構(2023) 周年親子放牧導入標準作業手順書「山陰地方版」
6)農研機構 (2023) 【どうする!?荒廃農地】−最新フレールモアで放牧地に復活させてみた−
7)平野 清(2022)イチから分かる牛の放牧入門、農文協.東京.pp215.
8)周年親子放牧コンソーシアム(2021) 周年親子放牧導入マニュアル
9)一般社団法人日本草地畜産種子協会 (2018) 日本型放牧の普及に向けて(乳用牛の集約放牧及び肉用牛の周年親子放牧について).pp75.